好感度と評価値
「商店は買い物、町人は依頼をメインに、親しくなったら贈り物か……」
マスターに訊いた話をまとめると、以上のようになった。
しかし、これって……。
「これ、好感度上げの基本ですわね?」
ヘルシャが折り返して両手で持った鞭をばっちんばっちん鳴らしながら首を傾げる。
物騒な所作だが、今は――バチン。
町を出て、フィールドにいるので戦闘準備は大事で――バチン、バチン。
……絶妙に気が散るリズムで鳴らすなぁ、あいつ。
「むぅ。しかしこのままだと、魔族がそっけない理由が判明していなくはないか?」
マスターが話した内容は、当たり前の好感度上げの方法ばかりだった。
ユーミルが腑に落ちない様子なのも仕方ない。
魔族は魔力の色が見えるだとか、感覚が鋭いといった情報は有用だったので、質問自体が無意味だったわけではないが。
「思うに、魔族は他の種族よりスタートの好感度が平均的に低いんじゃないかと」
最終的に、俺はそう結論付けた。
マスターや防具屋のお姉さんは例外で、種族傾向として排他的と。
その裏付けのためにも、あることを試してもらって――お、来た来た。
「リィズ、どうだった?」
少し遅れて、STチェッカーを持ったリィズとカームさんが合流。
大っぴらに妙なアイテムを魔族に向けるのはどうかと思ったので、隠密行動が得意な二人に好感度などの測定をお願いした。
距離を取って後方にいたので、こうして合流が少し遅れたというわけだ。
「おおよそ、ハインドさんの読み通りでした」
「結果はこちらに」
「ありがとう、二人とも。どれどれ」
カームさんが差し出してくれたメモに、全員で顔を寄せ――っと、嫌な予感。
回転しながら下がると、背中を取ろうとしていたシエスタちゃんと目が合う。
「……なんで避けるんですか?」
「なんで避けないと思ったの?」
「ちぇー」
甘えられるのが嫌なわけではないが、さすがに恥ずかしさが勝る。
この短時間で、同じ轍は踏む気はない……が、これじゃあメモが見えないな。
「好感度平均0、はいいとして……評価値平均-20? ハインド、これは?」
と思っていたら、ユーミルが読み取った内容を声にしてくれた。
評価値・好感度は共にスタートが0で、マイナスは険悪。
プラスの値は良好な関係であることを示している。
どちらも下限・上限は今のところ不明なものの、評価値-20は「やや信頼を失いかけている」といった状態になるか。
「低いのは好感度じゃなくて、評価値のほうだったか……評価値ってのは、知っての通りクエストや交易などに関する項目だ。仕事ぶりとか成果、プレイヤーの能力によって上下する」
この値が高ければクエストのランクが上がり、受注可能なものが増えていく。
好感度と分かれていることによって「あいつ嫌いだけど、仕事はできるから依頼しよう」といった現象が起きることもある。
一例として、PK、NPCへの攻撃など、ゲーム内犯罪をしているプレイヤーと善良なNPC。
逆にアウトローなタイプのNPCと、ゲーム内犯罪をしていないプレイヤー……といった組み合わせで、この現象は起きやすい。
が、俺たちは魔界に到着したばかりだ。
それにもかかわらずこの値が低いということは、つまり……。
「つまり?」
「つまり俺たち、魔族になめられているんじゃないか? ってこと」
「なんだと!?」
初期値が平均的に低いということは、プレイヤー全般が下に見られているということだ。
これは魔族の能力が高いことに起因していると考えられる。
「くっ……やはり今すぐ、手当たり次第に決闘を申し込んで……!」
「やめておけよ……評価値と引き換えに、鬼のように好感度が下がるぞ」
無法者にまっしぐらである。
今すぐにでも町に戻ろうと息巻くユーミルを、つかんで引き止める。
「閉鎖的なコミュニティのようでしたから、悪い噂はあっという間に広がりそうですわね……」
「そうだな。いい噂に比べて伝わるのが速いのは、現実と一緒だし」
ヘルシャが言うようにTBには噂の流布というシステムがあり、これも好感度や評価値を上下させる一因となる。
町や地域を越えて影響するほどの噂になることは稀だが、悪評が広まるような真似をしないに越したことはない。
「一番簡単なアイテム輸送のクエストは受けてきたし、堅実に評価を上げることにしよう。マイナス評価は痛いが、コツコツやればいずれプラスに転じるさ」
アイテム輸送は基本のクエストで、指定されたアイテムを他の町や村まで運ぶというものだ。
トビが向かった町が指定されているものがあったので、受注可能な分は全て受けてきた。
受け取り手に品物を引き渡した時点で完了となるので、どのクエストよりも手軽だからだ。
モンスター討伐などの依頼もあるのだが、そちらは元の町に戻って依頼人に報告する必要があるので、今の状況だと都合が悪い。高速移動の要である馬がないし。
「……うん? あれ? ハインド、ハインド!」
馬が使えないということは、魔界はそう広くないのかもしれない――と、出発しながらそんなことを考えていた時。
不意にユーミルが、歩く俺の肩を何度も叩きながら呼びかける。
「どうした?」
「私、一つ思い付いたのだが!」
ユーミルのでかい声に、なんだなんだ? とみんなも足を止める。
わざわざ止まらなくても、歩きながらでいいと思うのだが……。
「魔族の評価値が低い理由なのだが、先行したトビが原因という可能性は考えられないか?」
「――」
思わず俺の足も止まった。
……言われてみれば、その可能性も大いにある。
勝手に魔族の特性だと決めつけていたが、さっき軽く触れた『噂システム』の仕様を考えると、有り得ない話ではない。
「えっと……噂って、直近で一緒にいた人にまで影響が出るんだったよね……?」
「え、ええ。同じギルド、同盟でなくとも、フレンド間でパーティを組めば影響が出るはずですわ」
セレーネさん、ヘルシャが俺の思考を補足するように言葉を重ねてくれる。
野良パーティなどは除外されるが、要は「仲間」と見なされる行動をしたプレイヤー同士は噂の影響を一緒に受けることがある。
俺たちとヘルシャたちとで違いが出なかった理由も、それで説明がついてしまう。
しかし、悪質プレイヤーならともかく、だ。
通常これは、プラスに働くことが多い機能のはずなのだが。
俺は頭を振って否定の言葉を口にする。
「い、いやいや、まさか。あいつはゲーム全般、上級者だぞ? TBだってセオリーとか、最適行動とか、人一倍詳しいじゃないか。そのトビが、短時間でこんな……」
「わからんぞ! 今のトビは、魔王に会うことしか頭にないからな!」
「……」
腕組みしながらのユーミルの発言に、トビから送られてきたメールの内容を思い返す。
そういや、かなりハイというか、目が血走っているのが伝わってくるような勢いのある文章ばかりだったような。
だからといって20も下げるのは相当だと思うが、あいつ一体なにをしているのだろう?
「で、でも、ユーミル先輩! まだそうと決まったわけではないですよね!?」
「む、リコリス。しかし……」
「信じましょう、トビ先輩を! 私たちが信じてあげなくて、誰がトビ先輩を信じるっていうんですか!」
「あの人の性格を知ればこそ、生じた疑惑だと私は思いますが」
リィズの刺し穿つような一言は、リコリスちゃんとユーミルの耳には届かない。
リコリスちゃんの言葉に、ユーミルは感じ入ったように震え、頷き……。
「……そうだな! 見てもいないうちから、人を疑うなど恥ずかしいことだな!」
拳を握り、熱い眼差しでリコリスちゃんに応えた。
リコリスちゃんも同じ温度で、それに……って、暑苦しいな、君ら。
周囲の温度が二、三度上がったような気がするやり取りだ。
「ありがとう! 目が覚めたぞ、リコリス!」
「はい! トビ先輩に会いに行きましょう!」
「うむ! 会えばはっきりすることだしな! ここでうだうだ言っていても仕方ない! ……ほら、ハインドも! 出発するぞ!」
「あ、ああ」
ユーミルに腕を取られ、半ば引きずられるように歩みを再開する。
その様子に大部分のメンバーは苦笑とも笑いともつかないものをこぼし、リィズは大きな溜息と共に肩をすくめるのだった。