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魔界の酒場

 その後、俺たちは手分けして魔界に関することを訊いて回った。

 トビには魔王ちゃんのところへ向かうルートを優先して探ってもらっている。

 故に、歯抜けになっている情報が多いのだ。


「魔族の基本スペックはっぴょぉぉぉうっ!」

「いえーい!」

「……」


 集合したのは、町の酒場である。

 無駄にでかいユーミルの声に応じるように、リコリスちゃんが(はや)し立てる。

 ……酒でも入っているように思えるが、二人の前に置かれているのは林檎ジュースである。

 騒がしいが、周囲も客が多く相応なので、それほど目立ってはいない。


「まず、人間と魔族の間に絶望的なほどのスペック差はない!」

「ないです!」


 大人しそうな女性店員をつかまえ、説明を開始する二人。

 迷惑だからやめてあげなさい。


「が、人と比べて全体的に戦闘力高め! 魔力強い、体強い!」

「戦闘エリートです!」


 ウェイトレスさんが解放されたので、俺は手を上げて呼び寄せた。

 ――あの、追加で「魔界フルーツの盛り合わせ」をください。

 それと、これチップで……いえ、迷惑料と思って受け取っていただけると。

 はい、すみません。


「あと、なんか美男美女が多い! ついでに妖しげなフェロモンがムンムン!」

「色気があります!」


 そういえば、今のウェイトレスさんも綺麗だったなぁ。

 紫色の肌にピンク髪という、人外感溢れる容姿だったけど。

 二人が言うようにやけに妖艶だし、スタイルが――。


「ふんっ!」

「つめたっ!? グラスの水滴を飛ばすな!」


 ユーミルが的確に顔面を狙ってくる。

 顔面というか、目潰しに近い。


「……以上だっ!」

「ま、待て。わかりやすかったけど、その分やたら浅かったよな? 今の一連の情報」


 補足すると、魔族と一口に言っても種族は複数。

 角があったりなかったり、尻尾や羽があったりなかったり。

 肌の色もマチマチで、多様性という点では人族よりも上かもしれない。


「むぅ。だが、仕方ないだろう? 敵意は感じないが、妙な壁のようなものを感じるのだし! 会話が噛み合わないというか!」

「それは確かに、俺も思った。防具屋のお姉さんが例外だったっぽいなー……」


 町の名前は『ビスキュイ』だと教えてもらえたが、他はさっぱりだ。

 施設の場所を教えてもらう、人間世界の大陸の通貨で買い物をする、などは問題なし。

 ただ、少し踏み込んだ発言をすると距離を取られる……というか、警戒されるというか。


「ところでお前、その(なり)で魔族に仲間だと誤認されたりしなかったの?」

「うむ、それなのだがな。最初は“ここらで見ない顔だな? どこから来たんだ?”的な、親しみを込めた挨拶をされるのだが」

「おお、擬態できているじゃないか。それで?」

「少し話をしていると、怪訝な顔をされるのだ。あれ、お前魔族じゃねえな? 的な」


 話の途中で……?

 ユーミルと組んで話を訊いてまわっていたのは、セレーネさんだったな。

 視線を向けるとぎこちない頷きが返ってきたので、彼女にもなにか違和感があったらしい。


「そうか。まあ、なんにしても騙すのはよくないしな……でも、仲良くなれないと、スキルを教えてもらうのが難しくなるよなぁ」

「それは困るな!」

「ああ。一瞬だけ、全員で魔族に変装してみようか? とも考えたけど」


 魔族は魔王ちゃんやサマエルのように、人間に近い見た目の者から、緑色の巨人といった隠しようもなく魔族魔族している者まで様々だ。

 外見をそれらしく整えることは、不可能ではないのだが……。


「やめておきな」


 ダメ押しの言葉を受けてしまった。

 この低く、やや荒々しい口調の声の主は――


「お前は……酒場のマスター!」

「いや、ユーミル。どうして急に登場したような口ぶりなんだよ。さっきから目の前にいたじゃん」


 ――酒場のマスターである。

 俺たちが座っているのはカウンター席なので、会話は全て筒抜けだ。

 マスターはフルーツ盛りを俺の前に差し出しながら……って、なんか異質な見た目のものが載っているな。

 え、なにこれ? 心臓みたい。グロい。

 臓物の盛り合わせを頼んだ記憶はないのだが。


「マスターは人間とも普通に話してくれる人か!?」


 立ち上がって話すユーミルの横で、俺はスプーンで心臓……に似たフルーツをつつく。

 ゼリーみたいな触感だ……でも、色が赤黒くて嫌だなあ。

 生肉の臭さとはかけ離れた、甘い香りはするのだが。


「ああ。大陸人でも来訪者でも、どんとこいだ! 話をするのが好きでもなきゃ、こんな店なんて開かねえよ」

「それもそうだな! わっはっはっは!」

「おうよ! 俺の店は来るもの拒まず! ただし喧嘩だけは持ち込むな、がモットーだ! はっはっはっは!」


 しかし、俺は出されたものは残さず食べる主義だ。

 意を決し……え、リィズ? 一緒に食べるって?

 そんな、心中する覚悟を決めたような顔をしなくていいと思うぞ……?

 絶望の中にある恍惚とした瞳が怖い。

 と、ともかく、一口。


「どうして秒で意気投合しているんですの……?」

「すごいですよね、ユーミルさん……」

「お嬢様の社交能力とは、異質なものでしょうね。素晴らしいです」


 ヘルシャのそれはビジネスシーンや社交界用に特化している。

 そりゃあカームさんの言う通り、友だち作り用のユーミルとは違って当然だ。

 ……って、美味(うま)っ!? なんだこの心臓モドキ。

 舌に残る甘さ、その甘さとマッチした酸味、鼻を抜ける爽やかな香りと絶品だ。

 見た目詐欺にもほどがある……。


「それでだ、マスター! どうして魔族に変装するのは駄目なのだ?」


 不意に肩に乗っていたノクスが降りて、激しい勢いで心臓モドキを食べはじめた。

 だ、大丈夫か? その、性質的な意味で。神獣なのに。


「そりゃ簡単な話だ。魔族には、魔力の色が見えるやつがいてだな」

「ほう! 魔力の色! だから私が魔族でないとバレたのか……」

「そういうこった。人間と魔族とでは、その色に差がある。かくいう俺にも、あんたらの魔力の色が……」

「色が?」

「まるで見えないんだけどな! がはははは!」

「むおっ!?」


 前のめりで聞いていたユーミルが、たたらを踏む。

 おっさんだ……おっさんのノリだ……と、その場にいた全員が同じことを思った。

 ただ、この状況においてはそれが落ち着くというか。

 人族と変わらない点を見せられて、安心したというか。


「はっはっは! しかし、匂いで人間だとわかるぜ。魔力に弱い種族も、引き換えにどっかしら鋭くなっているもんさ。それが魔族って生き物だ」


 己の鼻を指差すマスター。

 取り立てて特殊な形状はしていないが、犬並みの嗅覚があると豪語する。

 ……素材選びとか酒選びとか、料理には有用な才能だなぁ。少し羨ましい。


「いずれにしても、ハインドの変装案……最初から詰んでいる案だったか」

「……みたいだな」


 そこまで期待していたわけではなかったが、ユーミルと共に肩を落とす。

 どうやら、俺は魔族という存在を甘く見ていたようだ。反省。


「マスター。言い出したのは俺ですけど、やっぱり変装なんかしてバレたらまずいですよね?」

「いい感情は抱かねえだろうなぁ。人間がどうなのか知らねえが、大抵の魔族は嘘が嫌いだ」


 そうなのか。

 どの道、メリットの薄い案である。

 当の魔族が無理だというのなら、強行する理由はなに一つない。

 ここは他の道を探るのがよさそうだ。

 マスターの意見を採り入れるなら、もっと正攻法な……。


「では、おっさん!」


 正面突破が得意なユーミルが、早速気持ちを切り替えて質問する。

 さり気なく呼び方がランクダウンしている。

 しかし、おっさんことマスターは気を悪くした様子もなくうなずいた。

 質問を許可してくれるらしい。


「私たちが魔族と仲良くなるには、どうしたらいい!? 闇のオーラを(まと)えばいいのか!?」

「闇のオーラってなんだよ」


『勇者のオーラ』とかいうバリバリの光属性を身に纏っているやつがなにを言っているんだ。

 仮にそういうアクセサリーがあっても、装備したがらな――いや、両方装備しそうだな、こいつ。

 そんなことを考えていると、後ろから柔らかい手に肩を叩かれる。


「先輩、先輩。それって、あれですよね? 妹さんがデフォで重ね着しているやつ」

「シエスタさん、そういうのはもういいで……は? 重ね着?」


 少し前にされた弄りに近かったため、スルーしようとしたリィズだったが。

 ……なんかランクアップしているな、悪い意味で。

 そんなユーミルと逆を行くシエスタちゃんに対し、リィズがゆらりと立ち上がり……あ、俺にも見えたわ。

 小さな体から溢れ出る、黒くて巨大で底なし沼みたいなオーラが。


「……すみません、サイネリアさん。そこをどいてくれませんか? 私は今から、不埒者(ふらちもの)を成敗しなければならないので」

「ひっ!? ちょっと、シー! 私の背中に隠れないでよ!」


 ……これは止めなくても、いいかなぁ? いいよなぁ、うん。じゃれ合いの範疇だ。きっとそうだ。

 俺たちの今の目的はコーヒー……じゃなかった、継承スキルだ。

 継承スキルなのだが、それ以外にもクエスト受注、特殊な交易、そして現在困難になっている情報収集と、魔族の好感度を上げる方法は早期に抑える必要がある。

 だから、ユーミルがした質問は大事なことだ。


「そうさなぁ……」


 俺たちのやり取りにひとしきり笑った後。

 ユーミルの言葉に答えるべく、おっさんは自分の尖った顎を撫でた。

 それから彼が話した内容は、それほど突飛なものではなく……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 定番としては「人間」じゃなくて「渡り鳥メンバー」として認識してもらう為に好感度を上げる…… 所謂「お手伝い系クエスト」かなw
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