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レッツゴー防具屋(魔界)

「……行ってきます!」


 意を決し、セレーネさんが訪れたのは防具屋。

 普通の町民に正体不明の人間が話しかけるよりも、客と店員という関係のほうがコミュニケーションを取るのは簡単になる。

 困ったら商品についての話をすればいい。

 武器・防具ならセレーネさんの専門分野でもある。

 相手の態度だって物を売る以上、最低限の対応を期待できる……というものだろう。


「事前に武器・防具の話をすることで、この場にセッちゃんを誘導したということですか? ハインドさん」


 常に俺を買い被るリィズが、そんなことを言ってくるが……もちろん、そこまで深い考えがあったわけではない。

 結果的にこうなっただけである。

 そしてなんとなく一緒に入らず、セレーネさんを店の外から見守る俺たち。


「なんですの? この、子どものおつかいを見守る親のような状態……」

「俺たちより年上なんだけどな、セレーネさん……」


 透明なガラスなどはないので、ドアが開いたままの入口付近から店内を覗きこむ。

 またこの体勢だよ、仕方ないけれど。


「魔族の人間に対する心証は悪くない……頑張れ、セッちゃん!」


 この中で最も魔族っぽい見た目のユーミルが、拳を握って応援する。

 真っ先にけしかけた人間として、特に成否が気になるのだろう。


「ああ。一番魔族の敵っぽい、神官服の俺が歩いても大丈夫だったからな……」

「あれー? 先輩、私のことをお忘れですか? あんなに二人寄り添って、一緒に歩いたっていうのに。のにー」

「君は背負われていただけでしょ……勝手に記憶を改竄(かいざん)しないでくれるかな?」

「ブーブー」


 ここに来る前段階として、ローブを外して神官服で街中を歩いてみた。

 やはり人間であるというだけで、魔族からの視線は集まったが……。

 特に敵意のようなものは感じず、こちらを排除しようという動きも見られなかった。


「うむ、目立った反応はなかったからな。私もやってみたかったのに……」

「お前、ダークエルフじゃん。見た目、ほとんど魔族じゃん……」


 ちなみに歩いたのは俺とシエスタちゃんだけで、どちらも初期の神官服を派生させたものを着ていることから、姿を現してみるということに。

 理由は魔族の敵は神族、神を奉じる神官も敵なのでは――という単純な発想からだ。

 結果からして、それは間違っていたようだが。

 カームさんも職は神官だが、メイド服なので除外した。


「私は妹さんにやってほしかったんですけどねー」


 耳元からそんな声が割り込んでくる。

 息がかかってくすぐったいので、その位置で話すのはやめてくれないだろうか?

 シエスタちゃんの言葉に、リィズは眉根を寄せて睨みつける。


「……なぜですか?」

「妹さんなら、魔族が仲間と思って寄ってくるかもしれないじゃないですか」

「……一応、最期まで理由を聞いてあげます。どうぞ」


 今、最後の言い方がなにかおかしくなかっただろうか?

 俺の気のせいならいいのだが。

 シエスタちゃんはふっと笑うと、事もなげに告げた。


「内面から溢れる闇で、仲間と誤認いだだだだ!?」

「あなたも闇に引きずり込んであげましょう」

「先輩、お助けー。妹さんがー」

「いや、自業自得だし。いい加減に降りなよ……」


 いつまで人の背中にいるんだ。

 俺が振り回しても、リィズが引っ張ってもシエスタちゃんは背中から落ちない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると……。


「シー」

「あれー、サイ? って――もひょっ!?」


 サイネリアちゃんが後ろに回り込み、シエスタちゃんの脇に手を這わせた。

 シエスタちゃんの体がびくりと震え、俺の首に回っていた腕から力が抜ける。

 そのままサイネリアちゃんは、脇をくすぐってシエスタちゃんを俺から引き剥がした。

 なんという手際のよさ……。


「さ、サイ、やめ……あっひゃっひゃ!」

「いい加減にしなさいね。ご迷惑をおかけしました、ハインド先輩、リィズ先輩」

「う、うん……」

「……」


 脇が弱いのか、シエスタちゃん……俺には絶対に使えない手だな。

 それにしても驚いた、サイネリアちゃん。

 いつもより有無を言わさずというか、態度が強いというか。

 リィズもなにか変化を感じるところがあったのか、シエスタちゃんを連行するサイネリアちゃんをしばらく黙って見つめていた。


「――と、リィズ。セレーネさんは……」

「……そうでした。無理なようなら、いつでも助けに入るつもりでしたが」


 ユーミル、ヘルシャの頭越しに改めて店内を覗く。

 セレーネさんは……おお。


「……必要なさそうですね」

「ああ。よかったよかった」


 商品を指差しながら、店員らしき女性魔族と和やかに話し込んでいた。

 少し表情や動きは硬いものの、時折笑顔も見える。

 他に客がいなかったのも追い風だった。

 ……まあ、他に客がいないのは、もしかしたら入口に俺たちが固まっているせいかもしれないが。

 営業妨害になりかねないな? 後でなにか商品を買いに来よう、そうしよう。


「ふう……これなら平気そうですわね」


 額に薄く浮いた汗を拭いながら、前かがみだったヘルシャが上体を起こす。

 それを見て、同じように肩から力を抜いたユーミルが笑いかけた。


「ドリル、あれこれ言っていた割には力を入れて見ていたな? ん?」

「う、うるさいですわよ!?」


 いい人だなー、という生暖かい視線がヘルシャに集まる。

 ただ、それを素直に口にしてしまうのが……。


「いい人ですねー、ヘルシャさん。そういうの、すごくいいと思います!」

「なっ!?」


 リコリスちゃんという子なわけで。

 顔を赤くして(きゅう)したヘルシャは、己の従者たちのほうに顔を向けた。


「観念なさってください、お嬢様」

「えっと……お、お嬢様は、みなさんからお人柄を褒められているのですよね? だったら別によろしいのでは……」

「この裏切り者!」


 澄ました顔で答えるカームさんと、困り顔で答えるワルター。

 裏切り者って、ヘルシャ的にはどう答えたら正解だったんだよ……?


「あ、戻ってきましたね。セレーネ先輩」


 サイネリアちゃんの声に、俺たちは店内へと意識を戻す。

 少し変わった形のガントレットを手に、セレーネさんが軽い足取りで帰ってきた。


「た、ただいま……」

「おかえりなさい。どうでしたか?」


 見ていたのでおおよそわかっているが、そう問いかける。

 すると、セレーネさんは(せき)を切ったように話しだした。


「あ、あのね! ハインド君の予想通り、魔界の防具は魔族の体に合わせてあって……」

「はい」

「あ、でも普通にプレイヤーが装備できそうなのもあって。それ以外のものも、少しの加工で使えるようになりそうだったよ! でも、それらがゲーム的にどういう処理になるのかは、やってみないとわからないかな。それと――」

「なにがありました?」

「装飾が独特だね。イメージ通りの禍々(まがまが)しいものもあるし、(わる)っぽくて格好いいっていうか、ドクロとかの……」

「中二心に刺さりそうな?」

「そうそう、そういうの。それとちょっと、じょ、女性向けのセクシーな……」

「あー、悪の女幹部的なアレですか……魔王ちゃんもその系統だし……」

「う、うん、そう。それでね、使われている素材が地上のものとは全然違って――」


 話は続くよ、どこまでも。

 しかし、みんなが目を白黒させているうちに次の段階の進めたほうがよさそうだ――セレーネさんのためにも。

 ……後で話はいくらでも聞きますから。


「セレーネさん、そろそろ」

「――特に金属の硬度と靭性(じんせい)が……あっ、そ、そうだったね。つい熱くなっちゃって……」


 こんなに話すセレーネさんが珍しいのだろう、大多数のメンバーは驚いている。

 一早く立ち直ったユーミルが、仕切り直すように大きめの声を出した。


「と、ともかくだ! 上手く話せたようでなにより! 今後の対魔族の情報収集とかスキルの師事とか、大丈夫そうか? セッちゃん」

「あ、うん。なんとか大丈夫そう……かな? ありがとう、ユーミルさん」


 断言できないところがセレーネさんらしい。

 でも、さっきまでよりはずっといいはずだ。魔族、怖くない。多分。


「みんなも、ありがとう。ごめんね、こんなことに時間を割いてもらって……」


 頭を下げるセレーネさんに、みんなで「いやいや」と手を左右に振る。

 これくらいで怒るメンバーはこの中にはいない。

 比較的気が短いユーミルもヘルシャも、今回のような内容なら待ってくれる。

 そこまで気を遣う必要はないのだ。


「それにしても、随分と円滑に話せていたようですけれど……なにか意識の変化でもありましたの?」

「そういうわけじゃないんだけど……あの店員さん、ハインド君に少し似ていて……」

「え? でもあの方、女性ではなかったかしら?」

「容姿とかじゃなくて、雰囲気が……聞き上手で、言葉につかえても待ってくれるし、優しいし……掃除好きみたいで、店内もピカピカでね?」

「「「へー……」」」


 照れながらヘルシャに話すセレーネさんと、一斉に俺を見る八人と三匹分の視線。

 ……なんだよ。


「それは大当たりを引きましたね、セッちゃん。ところで、魔界の情勢などは訊けましたか? この町の名前は?」


 武器・防具のついでに、世間話程度でもなにか訊いていないか?

 そんなリィズの質問に対し、セレーネさんの答えは……。


「あ」


 という一言だった。

 ……どうやら、自分の興味がある分野の話だけで一杯一杯だったようだ。

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