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魔界到着

 トビに続き、魔界に到着してしばらく後。

 俺たちは先行したトビの情報を元に『ヘルハウンド』を倒しながら、最寄りの町がある方向に進んでいた。

 トビが単独で抜けられたことからわかるように、敵のレベルは進行に支障のない数値だ。


「魔界って……」

「はい」


 その(つぶや)きは、ともすれば聞き逃してしまいそうな小ささだった。

 きっと、返事をしなければ彼女はなかったことにしてしまっただろう。

 続きを聞かせてください、という思いを込めてセレーネさんに視線を向ける。


「……魔界って、地下にあるタイプと異空間にあるタイプがあるよね?」

「ありますね」


 遠慮がちながらも、口元を(ゆる)ませながら話す様子を見ていると……。

 返事をしてよかった、呟きを聞き逃さなくてよかったと思うわけで。


「最近だとTBみたいに、異空間が多いですかね? 地下にある異空間――なんて、複合パターンもありますけれど。あれ、もしかしたらTBはこっちかな?」


 言いながら、俺は自分の考えに確信が持てない。

 視界内のフィールド名には『魔界・流転(るてん)の荒野』と表示されている。

 オーブを使って転移する際に、地面の下に引っ張られるような感覚はあったが……うぅむ。


「関係するダンジョンが“天空の塔”と“地下大冥宮”で対になっていたから、その可能性はあるよね。昔の作品ほど異空間とかじゃなくて、地下の大空洞に魔界がどーんとあった気がするよ」

「ありましたねー。底が見えないような谷から侵入するとか、大洞窟をどこまでも下っていくとか」


 物理的に地上と(つな)がっている場合は、その境界に結界か封印の扉があるのが相場だ。

 その場合も、やっぱり鍵が必要になるんだよな。

 TBもそのパターンだったなら、あるいは『地下大冥宮』から直通だったなら、地下にあると断言できたのだが。


「……お二人とも、なんの話をしていますの?」

「あ、ヘルシャちゃん。ええと……」

「なにって、魔界談義だけど?」

「……え?」


 セレーネさんが首を(かし)げるヘルシャを見て、気遣うような視線を向ける。

 それに対し、俺は話の続きを(うなが)した。

 ヘルシャなら、話を聞いているうちに流れに乗れますよ。

 頭いいし。


「……ハインド君は、どうしてだと思う? いくつかの作品で、地底=魔界ってイメージが付いている理由」

「古くに唱えられていた天動説が原因だったり、地獄との関連から来るイメージだったり。神様がいるのは空の上、って考えで対比されていたのも一因でしょうか?」

「うん。いい線いっている気がするよ」

「あとは……昔は地下が未知の場所だった、ということも関係していそうですかね? 魔界は地下ってイメージが付いているのは」


 侵略者と超越者は常に、人類未踏(みとう)・未知のエリアから。

 地下……地殻(ちかく)の下にある大部分がマントル、そして中心部には外核内核と知られるようになってからは、イメージを膨らませにくくなってしまったのだろうと個人的には思う。

 地下に対する未知への憧憬は薄れ、地震どうすんの? マグマは? という考えが先に出てしまう。

 だからきっと、最近では古来よりの“地下”というイメージを引きずりつつも、プラス要素として異空間というパターンが増えている……という説はどうだろうか。

 セレーネさんの表情を窺うと、大方賛成といった感じだった。


「そうかもね。現代で言うと宇宙がそうだろうし、深海は今でも未知の部分が残っているし……未知の領域は魅力的、かぁ」

「ですね。魅力的で……反面、怖いものでもあるかと。でも、海底はまだしも、さすがに宇宙となると……魔界がどうとかのファンタジー作品からは逸脱しているような。別ジャンルじゃないですか?」

「あー……うん。それは確かに」


 宇宙を関係させる際は、科学技術の発展が一番重視されるだろうし。

 魔法で全て解決してしまっているものもあるにはあるが、それはそれとして。

 設定としては、現実からの地続きで近い将来。

 分類するなら――。


「宇宙が舞台ですと、主にSF作品になりますわね? 幻想世界ではなく、空想科学と近未来の世界ですわ! スペースシップ!」

「あ、追いついてきた」

「お、おおー。さすがヘルシャちゃんだね」

「ふふっ……って、そうではなくて! 結局、なにを言いたかったんですの? セレーネは」


 ヘルシャの言葉を受けて、セレーネさんがどう返答するかを考えながら周囲を見回す。

 ――今、俺たちが訪れている魔界は、まさに夜の世界だった。

 といっても禍々(まがまが)しく黒々(くろぐろ)とした世界ということはなく、天にあるのは美しく(きら)めく無数の星たち。

 移動している間にそれなりのゲーム内時間が過ぎたが、日が昇ってくる様子は見受けられない。見える星の位置も変わっていない。

 地形はサーラ東部の荒野に少し似ているものの、起伏が激しく植生・空模様・温度湿度を含めた空気感など、異なっている点も多い。


「……え、ええと。この景色を見るに、ここが単純な地下世界ってことはないのかな? ……って思って、あんなことを言い出しちゃったんだけど」

「……はい?」


 つまり、一連の話の中間あたりで俺と共有した「魔界は異空間にあるのでは?」というのが要点だったということだな。

 あとは全て蛇足(だそく)、余談、無駄に無駄を重ねたオマケの話だ。

 宇宙も海底も、今いる魔界にはあまり関係ない。

 それを聞いたヘルシャは沈黙し、次に息を肺一杯に吸い込んだ。


「――回りくどいですわ!? 超・超・回りくどいですわーっ!」


 魔界の荒野にお嬢様の叫びが響く。

 俺にとっては、そういうセレーネさんとの回りくどい会話がこの上なく楽しいのだが。

 しかし、紅茶の話をしている時のヘルシャだって相当なものだぞ? 仲間仲間。


「仕方ないじゃないか。ここ、大規模フィールドみたいだし。徒歩だし。妙にモンスター少ないし。暗いから考え事に向いているし。話だって長くなる」

「そ、それはそうですけれど!」

「それとも、あっちに混ざってくるか?」


 言いつつ、先頭を進む前衛組を指し示す。

 あちらは(にぎ)やかで――


「うおーっ! 見ろ、リコリス! 月っぽいものが二つも! 赤と青の二つ!」

「はい! 綺麗です! ……ちょっと怖い気もしますけど。でも、綺麗です!」

「わあー……」

「む……スクショを撮りまくりだな、ワルター! 楽しいか!?」

「あっ、は、はい! とても楽しいです!」

「後で撮ったスクショを見せてください、ワルターさん! 私が撮ると、なぜかいつもブレブレになっちゃって……」

「そ、そうなんですか? そういうときは、自動補正機能をオフにするといいですよ。TBのスクショって、感度が高すぎる場合があって……」


 ――少し落ち着きがない。そして落ち着きがないものの、見ていて微笑ましい。

 いつも通りのユーミル・リコリスちゃんに、景色に感動しつつ画像コレクションを増やしているワルター。

 特にワルターは『極彩色の大森林』も含めて、新鮮なフィールドの連続で嬉しそうである。

 よかったな。


「……どうよ、ヘルシャ。あっちはあっちで、楽しいと思うけど」

「……」


 いや、なにもそんなに嫌そうな顔をしなくても。

 道でヤンキーを見かけた時の秀平とどっこいじゃないか。


「ストレートな感情表現ってのも、いいもんだぞ。常に優雅にっていうのも結構だけど、お前の素の表情を好む人だって大勢いるさ。現に――」

「あ、あなたは……?」

「――さっきの叫びも中々だったしな……うん?」


 今、俺が素のヘルシャをどう思うか訊いたのか?

 そんな小声で(まぎ)れるように訊かれても、答えづらいことこの上ないのだが。

 答えは決まっているが……照れるし、あえて答えまい。


「あそこまでしろとは言わないけど、学校でなにか似たようなことをしてみ? きっと友だち増えるぞ。シリウスのギルメンみんなだって、きっと――」

「け、結構ですっ! 大口開けて笑い合うなんて、はしたない!」


 それっきり、ヘルシャはむくれて顔を背けてしまった。

 ツンツンしちゃって、まあ……らしいといえばらしい態度だけど。

 位置の関係で背けた横顔がわずかに視界に入っているだろうセレーネさんは、微笑を浮かべている。

 俺は俺でどんな顔をしているのかと、見えはしないもののヘルシャと同じほうに視線を向けてみる――と。


「あれは……」


 星明りとは違う、光るものの集合体が見える。

 目を凝らすと、自然のものではない建造物らしき四角いなにかも確認できた。


「……町ですわ!?」


 ヘルシャも俺から一拍の間を置いて、確信を持って声を上げた。

 確認するようにセレーネさんのほうを見ると、うなずきが返ってきた。

 間違いない。


「採取をしながらだったから、いつの間にか進路がずれていたかな……」


 実のところ、魔界の特別仕様なのか、ここに来てからゲーム内のマップがあまり役に立っていない。

 普通ならマップ内の座標数値で町の位置を正確に把握できるのだが、魔界は場所によって表示がなかったり、一の位が消えたり。

 幸い方位は狂いがなかったので、スタート地点からひたすら東進していた。

 故にトビの報告にあった目印などが頼りだったのだが……うん。

 あいつ、よくこんな悪条件で町まで辿(たど)り着いたな。魔王ちゃんに対する執念がすさまじい。

 改めて、小高い丘の上で足を止め、町の様子を確認する。


「町を囲む城壁に、中央に高い塔が一つ……トビの報告とも一致しますね」

「うん、そうみたい。ヘルシャちゃん、お手柄だね」

「嬉しくないですわ!? こんな偶然!」

「あ、えっと……」


 ヘルシャの剣幕に、セレーネさんが困り顔になる。

 一触即発……なんてことはなさそうだが、微妙な空気。


「おいおい。言っておくけど、セレーネさんに皮肉だとかそういう意図はないからな?」

「わかっていますわ! ただの八つ当たりです!」

「八つ当たりかよ。小一時間前の俺かよ」


 先程のコーヒーの件が思い出される。

 ヘルシャはセレ―ネさんに向かって頭を下げた。


「ごめんなさいね、セレーネ。あの程度の言葉で心を乱すなんて、わたくしもまだまだ未熟ですわ。あ・の・て・い・ど・のっ!」

「う、ううん。き、気にしないで?」


 ……ひどい言われようだ。別にいいけど。

 この二人、意外と気が合うみたいだし、セレーネさんに任せて放っておいても大丈夫だろう。

 俺は前衛三人と、周辺で採取をしながら歩いている残りのメンバーに声をかけた。

 進路修正、魔界で最初の町はすぐそこだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一回条件が判明すればもう作業(それも渡り鳥······というかハインドとセレーネさんの比較的得意分野)だしなぁ······この場に居ない面子も宝玉はゲットしてると思って良さそうかな?·
[気になる点] 1話前のトビからのメールの詳細がないんだけど 最初にあったトビの情報って奴がメールで届いたのかな? それにオーブ1個で1人しか通れないのにトビ以外は全員で行動出来てるんだね
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