極彩色の大森林・再び
町に集合した後、物資の補給を終えて間髪入れずに出立した。
ユーミルに加えてヘルシャが揃えば、しつこく急かされるのは目に見えている。
よって、足を速めるに限るのだ。
「はっはっは! 素晴らしきかな、サクサク行軍! 転移もあるから快適だ!」
「上機嫌ですわね。気持ちはわかりますが」
――とまあ、結果このように。
それと道々、極彩色シリーズのフィールドが怪しいという話は自分の口から説明した。
極彩色フィールドは大渓谷、大雪原、大山脈に大岩窟、そして我らがサーラにある大砂漠などなど……。
それらが大陸各地に存在しているが、選んだのは一度訪れたことのある『極彩色の大森林』。
いずれも隣接するフィールド込みで高難度なので、一から攻略ルートを構築するのは大変だ。
「喋ってもいいけど、あんまり無駄に動くなよ。レッサー・アースドラゴンが寄ってくるぞ」
大森林なら、過去の経験をそのまま活かすことができる。
以前も使った『トーアの森』を抜けて入るルートを選択。
森林の景色に溶け込む外套を着込み、馬を降りて徒歩に。
強いが感知能力が低い地属性ドラゴンの群れの傍を抜け、奥へと進む。
「むぅ……前にも言った気がするが、こそこそ移動するのは性に合わないのだが……」
「剣に触れるな、剣に。もし自分から仕掛けて戦闘不能になったら、蘇生せずにそのまま置いていくからな」
「ひどくないか!?」
ひどくはない。
逆に故意ではない純粋なミスならちゃんと助ける、と言っているのだから。
集中力に大きなムラのあるユーミルに、完璧な立ち回りは求めていない。
「それはいいですね。ユーミルさん、今すぐそこのドラゴンに斬りかかりなさい」
「!?」
「ドラゴンもきっと、あなたと戦いたがっていますよ」
「悪魔のささやきが聞こえる!」
今は互いの姿が『カモフラージュ・クロス』で見えにくい。
だから、本当にリィズの声がどこからともなく聞こえてくるようだった。
声量はないのに澄んでいて、通りがよくて、心の隙間に入り込んでくるような。
「さあ、衝動に身を任せなさい……大丈夫。あなただって、本当は戦ってみたいのでしょう? 戦って、勝って……みんなにいいところを見せるチャンスですよ……?」
「……」
「ちょ、ちょいちょい!? リコリスちゃん!?」
ふらふらーと、リコリスと書かれたカーソルがドラゴンに寄っていく。
慌ててそれを抱きとめる、サイネリアちゃんと思しき人物。
「リコ、だめぇ!」
「あ、あれ? サイちゃん……私、なんでサーベル抜いているの?」
「うわぁ……」
シエスタちゃんがリコリスちゃん、それからリィズを順番に見て引いている。
ドン引きである。
「やめんか! 耐性がついている私はいいが、劇物を撒き散らすな!」
「不可抗力です。私が捨てていきたいのはユーミルさんだけです」
「余計に悪いわ!」
ユーミルとリィズが揉み合う近くを、小型地竜がゆっくりと通っていく。
さすがの二人も話すのを中断し、動きを止める。
……どうにか気づかれずに、やり過ごせたようだ。
「ナチュラル洗脳ボイスですわ……」
「恐ろしいですね……」
頭を振り、意識をはっきりさせるようにしながらヘルシャとカームさんがそう話す。
足取りが覚束ないが、大丈夫か……?
「と、ところでハインド殿。目的の場所って、結構奥深くなのでござるか?」
トビがそんなことを訊いてくるが、現時点で大森林の奥地まで行くのは不可能だ。
あそこは名の通り大規模フィールドであり、深く踏み込めば逃走不能な移動速度を持つ強敵がわんさか出てくる。
それはトビもよくわかっていると思う。
間を持たせるため、空気を変えるための質問だ。
「いや、収穫祭の時にリンゴ狩りした広場があったろう? あそこ」
「ああ、大森林に入ってすぐの。って、そういえば……」
『トーアの森』も中腹を越え、そこで嫌な記憶を思い出したのだろう。
トビの表情が強張ったものになる。
「……ハインド殿。確かこの辺から、音に敏感な虫が出たような?」
「ああ、グリーディビートルのことだな。ってことで……」
「黙るぞ!」
群れで行動し、先程のドラゴンすら捕食する恐ろしい甲虫たちだ。
前回と同じように金属系の装備を解除、ユーミルの一言を最後に全員が口を閉ざし――俺たちは忍び足で『トーアの森』を抜けていった。
『トーアの森』を未踏破だったのはヘルシャたちだけだったので、エリアボス・フィールドボス戦は一回のみ。
ボスの『魔力結晶体・封石』は状態変化に合わせて、順番に属性攻撃を当てて倒すという……。
言ってみれば、パズルのような性質を持つ敵だ。
だからこそ、こちらのレベルが足りていなくても突破できるという寸法である。
失敗すると全滅するが、そこはそれ。
ヘルシャたちのプレイヤースキルは高水準なので、特に問題なく突破できた。
「わあ……!」
「まあ……!」
「……」
進むたびに景色が変わっていくのを見て、歓声があがる。
『極彩色の大森林』は非常に美しいフィールドだ。
初見の三人、ワルター、ヘルシャ、カームさんはその風景に圧倒されている。
「し、師匠! スクショ撮ってきていいですか!?」
写真・カメラ好きのワルターが、落ち着きなくその場で足踏みする。
どこぞの誰かのように、いきなり駆けださないのは偉い。
ワルターの頬は紅潮しており、目が輝いている。
同世代の同性に向ける言葉としては不適当だが……可愛いな、おい。
だから思わず――。
「いいぞ、と言ってしまいたいところなんだけど……」
大森林に入ってすぐ目の前は、毒草地帯がある。
しかも、歩くだけで簡単に戦闘不能になるくらい凶悪なものが。
それを説明し、ワルターにはなるべく動き回らずにスクショを撮るよう提案する。
「わ、わかりました。色んな角度から撮りたいところですけど……我慢します」
「そうしてくれ」
落胆するワルターを見ていると、少し申し訳ない気持ちになる。
今よりレベルが上がったら、ゆっくり景色を撮る機会も巡ってくるだろう。
……もっとも、それには三桁超えのレベルが必要になる気がするが。
「……あの、ハインド君。ここって前回のイベントの時と違って、樹木精霊がいないから……」
「ええ。広場に出れば、普通にやばめのモンスターが出ますね……」
セレーネさんの声に応えつつ、先頭を進みはじめたリィズの背を追う。
広場の付近まで広がっている毒草地帯の突破については、以前得た情報とリィズの記憶、それから植生知識が頼りだ。
総勢十一名と三匹、縦長になって森を右へ、左へ。
毒草の少ない場所を通り、広場を目指す。
「えっと……もし会敵した場合は、どうするの?」
「幸い大部分の敵にけむり玉と閃光玉が効くらしいので、それで逃げるしかないですね……」
俺のインベントリ内にはその二つ、逃走用のアイテムが限界まで入っている。
毒草地帯では魔物と遭遇する心配がないそうだが、油断は禁物。
いつでもアイテムを投げられるよう準備し、周囲に気を巡らせておく。
「むお? なんだ、このシャボン玉は」
……巡らせておいたはず、だったのだが。
その異物を真っ先に見つけたのはユーミルで、気づいた時には無警戒に手を伸ばしていた。
「やめろ、ユーミル! それに触る――」
響く大きな破裂音。
そして衝撃。
「!?」
「――な……はぁー……」
どこからか流れてきたシャボン玉は、爆弾のような効果を持つものだったらしい。
吹っ飛ばされたユーミルは爆発ダメージの時点では無事だったようだが、毒の効果でHPが恐ろしい勢いで減り、瞬時に尽きた。
もちろん回復も解毒も間に合わないスピードで、である。
……思わず、長めの溜め息が出た。
もうちょっと警戒心というか、こう……はぁ。
「な、なにごとですの!?」
「あのシャボン玉が原因みたいだ。みんな、不用意に触るなよ――ノクス!」
シャボン玉は向かって左の方から多数飛んできている。
移動範囲が限定されている現状、これらを全て躱すのは難しい。
そのため、肩に乗って待機していたノクスに頼んで風魔法を発動。
強風を受けた拍子に、いくつかシャボン玉が爆発したが……。
大部分のシャボン玉は光を反射しながら美しく飛び、森の上空へと消えていった。
……遠く上空で破裂する音は、少し花火や爆竹に似ているような気がした。
「ありがとう、ノクス」
『ホー』
念のためノクスたちを連れてきてよかった。
肩に戻ったノクスを軽く撫でつつ、周囲の様子を確認。
「……リィズ。あいつが倒れたところまでで、毒草が少ないルートってわかるか?」
追加のシャボン玉がないことを確認し、先頭のリィズに声をかける。
ここから蘇生魔法を飛ばしてもいいのだが、あの位置だと復活した瞬間にまた戦闘不能になる。
紫の玉が浮かぶ毒のエフェクト出続けているので、毒草の上に倒れていると見て間違いない。
蘇生可能時間内に近くまで行き、移動させてから蘇生しなければ駄目だ。
「ちょうど今、ハインドさんが立っていらっしゃる場所から直進するのが一番かと。ただし途中、草木の背が低く窪みになっている箇所だけは必ず避けてください。ハインドさんまで戻ってこられなくなりますから」
「ああ、了解」
「……あの。ハインドさん」
「心配するな、ちゃんとあいつを連れて戻ってくるよ」
あの水たまりみたいになっている窪み、そんなにやばいのか……。
土に溜まった毒が強すぎて、毒草すらほとんど生えないってことなのか? 笑えないな。
「ハインド殿、がんばー」
「先輩、ふびんー。不憫属性ー。よっ、この苦労人ー」
「わ、私も行きますっ!」
「リコはじっとしていなさい? 二次被害が出るでしょ」
「だって、サイちゃん! ユーミル先輩が!」
「いいから。ハインド先輩、お気をつけて」
「し、師匠! ファイトです!」
みんなから声援に似たなにかを受けつつ、俺は毒草をかき分けユーミルの救出に向かう。
自力で回復・解毒を行いながら向かえるので、ここは神官・支援型の自分が最適だ。
さすがにこんな役目は、同職だろうとカームさんに任せるわけにもいかない。
それがわかっているから、リィズも異論を唱えず送り出してくれたのだ。
……まあ、表情はかなり苦々しいものだったが。
「……打ち捨てていく絶好のチャンスですのに、実際にはしないんですのね?」
「……」
去り際、ヘルシャがリィズに話しかける声が聞こえた。
リィズはヘルシャの質問には答えず、一旦沈黙を返し……。
「はぁ……」
先程、俺が出したものとよく似た溜め息を吐くのだった。