表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
906/1112

特異点

 ひとまず俺たちは『地下大冥宮』を出た。

 物資が尽きているので、次になにをするにも一度町に帰還しなければならない。


「キーアイテムを手に入れたのはいいが、ハインド」

「うん?」


 馬上に戻ると、ユーミルが声をかけてきた。

 次の言葉は予想できたが、続きを待つため視線を合わせる。


「一体どこで使えばいいのだ? いい加減回り道が多くて、私はうんざりなのだが!」

「安心してくれ。多分、次に行く場所で最後だから」


 冥宮の最奥で使うという可能性も残っているが、それならわざわざ鍵の取得を面倒にする必要があるだろうか?

 最奥に魔界に通じる扉があるなら、大ボスという障害を置けばゲーム的には充分なはずだ。

 だから例のオーブは別の場所で使える、と考えるとしっくりくる。

 第一、まだ若干の余裕があるとはいえ、そろそろ進めなくなるほど冥宮内の敵は強くなっている。

 天界と対になるような設定からしても、今、このタイミングで魔界に行くことは可能なはず。

 ……はずだ。

 ここまで来ると、仮に間違っていても最後まで突っ走るしかない。

 以上の考えを踏まえ、冥宮以外で魔界と縁がありそうな場所といえば……。


「オーブを使う場所に心当たりがあるんだね? ハインド君」

「あり――」


 セレーネさんに応えようとした瞬間、メールが届く。

 視界の端に表示された送信者を確認。

 今の会話に関係ありそうなものだったので、一言断ってからメニュー画面を開く。

 馬の()れで酔うと困るので、移動は一旦中断だ。


送信者:情報屋ベール

件名:調査完了!

本文:ハイハイに頼まれていたフィールド・極彩色シリーズの調査だけど、

それらしい情報が大量に出てきたよ

(いわ)く、魔力の吹き溜まりってだけじゃなくて、

・該当フィールドに向かった人間が忽然(こつぜん)と消えた

・空間が(ゆが)んで見えた

・歪みの向こうに不思議な景色が見えた

・この世のものとは思えない、凶悪な姿の魔物を見た

・それとは逆に天使を見た、美しい獣を見た

・角の生えた女の子と、それに付き従う美形の青年を見た

なんて目撃情報を「現地人から」得られたよ

極彩色フィールドは大陸各地にあるっていうのに、

これらの目撃情報に地域差はなし

どこで訊いても似通った情報が集まってきて、お姉さん驚いちゃったよ

面白いねぇ、ワクワクするねぇ

ハイハイがこの情報を得て、なにをしようとしているのかは察しがつくけど……むふふ

あ、報酬はいつも通りの方法でよろしくね

もしお金が足りないときは、ハイハイ秘蔵の情報提供で手を打っても


「――ます。心当たり、ありますね。今、確認がとれました」


 最後の辺りは非常に目が滑る内容だったので、割愛。

 好奇心の(かたまり)のような人だな、本当……。

 こちらからの返信はお礼を述べつつも、あっさりしたものにしておこう。

 そちらのほうが喜びそうな気がするのがなんとも、なのだが。


「……ハインドさん。どなたと連絡を?」


 メニュー画面を閉じる俺に対し、リィズの目が細くなる。

 声が冷たくなり、それが伝播(でんぱ)したかのようにこちらの背筋が寒くなる。

 それに対しトビが嬉々として答えようとするのを横目に、機先を制して答えた。


「べ……情報屋さんだ」


 名前を呼ばなかった理由は察してほしい。

 とはいえ、リィズなら口走ってしまった一文字で全てわかっていそうだが……。


「……そうですか」


 努力は買ってくれたらしい。お(とが)めなしである。

 つまらなそうな顔のトビを張り倒したくなるが、折悪しく新たなメールが着信。


送信者:リコリス

件名:どうしましょう!?

本文:ハインド先輩のアドバイス通り、

かわいい服をあげて評価を上げました!

そのあとサイちゃんのアイディアで、

マーネちゃんの歌で評価を上げていたんですけど……

あ、魔王ちゃんはマーネちゃんの歌が好きみたいです!

これは新発見ですよね!?

それで、歌を聴かせていたらシーちゃんまでリラックスしたのか、

いつの間にか寝ちゃって……どうしたらいいですかね!?


「おお……」


 リコリスちゃんのメッセージは気持ちばかりが先行していて、やや読みにくい。

 一生懸命さはとても伝わってくるのだが。

 ただ、神獣の歌が魔王像に有効だったというのは実に興味深いな。

 やるな、サイネリアちゃん。

 それならノーコストで――いや、同じ歌が何度も有効とは限らないか。

 しかし、無形のものを捧げるというのは俺の貧困な発想の中にはなかったものだ。

 音楽、一発芸、大道芸、演劇、舞などでもいける可能性があるな。面白い。

 ちなみに俺たちが得た情報は共有済みであり、二組のパーティにはなるべく忠誠度を上げておいてほしいと伝えてある。


「あー……」


 シエスタちゃんについては……今更、俺に対処法を訊く必要があるのだろうか?

 二人のほうが慣れているだろう。

 任せる、そして一度町で合流しようと本文に書き――返信。

 さて、もう一件来ているな。


送信者:ヘルシャフト

件名:進捗報告

本文:時間が余ったので、冥宮の更に深部を探って参りましたわ

結果、敵のレベルの急上昇を確認

バランスを考慮した五人編成のフルパーティでも、

次のチェックポイントまで行けるかどうか……

という難易度ですわね

ハインドの予想通り、最深部に到達するには

あと数度のレベルキャップ開放が必要になるでしょう

報告は以上ですわ


 と、こちらは内容が簡潔でわかりやすい。

 そして、俺が気になっていた事項を潰してくれている。

 やはり現時点で、より深く冥宮に潜るのは無理か……最深部に扉があるという説は、どちらにしても捨てざるを得ないな。

 いやー、確かめてくれて実にありがたい。

 どうしてもそこまで手が回らなかったからな。

 ……前から思っていたのだが、メールやメッセージまでお嬢様口調の必要はあるのか? などとくだらない感想を抱きつつも。

 こちらにも、深部確認の礼と一度合流しようと書き込み――


「馬上メールは交通法違反だぞ、ハインド!」


 ――忙しくメニュー画面を操作していると、ユーミルからそんな言葉が飛んでくる。

 あまり待たせるのも悪いので、なるべく急いで読んで返信しているつもりだったが……退屈だったか、すまん。


「だから、ちゃんと停止しているじゃないか。移動しながらでなければセーフだろ?」


 まあ、口から出た言葉は謝罪とは程遠いものだったのだが。

 セレーネさんがそんな俺を見て、なにか考えるような仕草をしているのが視界の端に映る。


「えっと……そういえば、馬って軽車両に区分されるんだっけ? リィズちゃん」

「そうらしいと聞いたことはありますが。そもそも、この世界に交通法はあるのですか?」


 どこかずれている会話だが、操作に手一杯で突っ込む余裕はない。

 受け取ったメールの情報は――ベールさんのものを除いて共有しておきたいので、要点だけ抜き出してこの場のメンバーに一斉送信しておく。

 それを受け取り、読んだのか読んでいないのか微妙な早さでユーミルが顔を上げる。


「ふむ……なるほど。受けるほうも出すほうも、メール連発だな! ハインド! さすがにもう終わったか?」

「ああ、多分。これで完了――」


 言い終わる前に、ピロン! というメールの着信音が自分にだけ聞こえる。

 誰だ? どちらかのパーティでトラブルでも起きたか?

 それとも、ベールさんからの追加情報か?

 とにかく、閉じかけたメニュー画面を操作してメールを開く。


送信者:トビ

件名:魔王ちゃんに会ったら

本文:魔王ちゃんに会えたら、最初になにをしたらいいと思う?

記念撮影? いやいや、その前にまず挨拶?

それとも、いきなりお茶にでも誘っちゃう?

一人で会いに行くのかと思うと、急に緊張してきたのでござるが?

ねえねえ、どう思う? どうしたらいいと思う?


「……」

「……」


 トビのほうを向く自分。

 目を逸らすトビ。

 数秒、沈黙の時が流れ……。


「直接訊けや、オラァ!」

「がふっ!?」


 メールの処理でパンクしかかっていた俺は、そのメールが表示されたままのメニュー画面をトビに向かって全力で投擲(とうてき)した。

 画面は手裏剣のように高速回転しながらトビに直撃し、トビは落馬した。

 ……そのメニュー画面、人が吹っ飛ぶほどの当たり判定はないけどな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ギャグ漫画の吹き出しみたいな挙動をするメール画面w
[一言] 当たり判定がないのにしっかりリアクションをとるゲーム芸人の鑑w
[一言] ・・・当たり判定無いにしても、そもそも投げれるのかメール画面。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ