試される忠誠心
魔王像は各休憩所に一体ずつ存在しているが……。
全て同じものというわけではない。
それぞれポーズが違い、表情が違うという差がある。
一つ一つの像から魔王ちゃんの天真爛漫さ、元気さ、幼さ、悪戯っ子っぽさ、可愛さ、魔性の魅力が――
「――伝わってくると思わないかね!? ハインドさんよぉ!」
「わからん」
「まさに職人芸! そんな数ある魔王ちゃん像の中から、俺――じゃない、拙者が選んだのは……」
「……」
「これだぁぁぁ!」
忍者キャラを半壊させつつ、顔面を崩壊させつつ、トビが長い口上と共に魔王像を指差す。
選ばれたのは、笑顔で虚空を指差す魔王ちゃん像でした。比較的上層にあったやつだな。
トビがそのまま、魔王ちゃん像と自分の指をくっつける。
「ぎゃあああ!」
「あ、それダメなんだ……」
セレーネさんが電撃を浴びるトビを横目に、一歩下がりつつ呟く。
宇宙人と交信する少年のような動作は、残念ながらアウトらしい。
そりゃそうか、こっちは心が通い合っていないもの。
「おいおい、評価値(仮)を下げないでくれよ」
「まずは拙者の心配をしてくれる!?」
「傷ならもう治してあるぞ」
「なん……だと!?」
トビの行動とそれが引き起こす結果の予測など、容易である。
だが、行動を予測できても、動きが速すぎて制御不能なのがユーミルだ。
既に像に向けてSTチェッカーを構え、トリガーに指をかけている。
「スイッチ・オーン!」
「マイペースでござるか!? もうちょっとこう、溜めというかタイミングというか……」
「心の準備をする余裕もなかったな……」
ユーミルが持ったチェッカーが反応し、何らかの数値をはじき出す。
よかった、とりあえず無反応ということはなさそうだ。
表示された項目と数値をユーミルが読み上げる。
「む……魔界忠誠度……」
「いきなりつっこみどころ満載の項目が来たな」
「いつ私たちは魔界シンパになったのですか?」
「……が、30だな!」
軽く会話を交わした後、俺とリィズは同時にユーミルに視線を戻した。
どうも項目はその一つきりのようだ。
至ってシンプルである。
「これは低いのか? それとも高いのか?」
「わからない。とりあえず、俺たちもやってみよう」
一つの数字だけでは確かなことは言えない。
残った四人も魔王像に向かってチェッカーを使用する。
「……同じ数値だな」
「ハインドさんもですか? 私もです」
「拙者も同じでござる」
「あ、わ、私も同じ……」
表示されたのは、一様に同じ『魔界忠誠度』が30というもの。
モットガンバルガイイ! という魔王ちゃんのものと思しきコメントが同時に出ているな。
……コメントが大昔のポケベルみたいな表示なのはどうしてだろう。
「ってことは、これはパーティ単位の数値ってことになるのか? 30が初期値?」
「冥宮はパーティ攻略が基本でしょうから、それでもおかしくはないのでしょうが……」
冥宮では今回のようなギルメン固めのパーティが初だったので、思い付いた仮説を口にしてみたのだが。
リィズからの反応は芳しいものではなかった。
「む? それだと、今まで像に対してあれこれやった分が無駄になっていないか?」
「うへへ……っと。システム的に不合理でござるよ? 不満も出そうでござるし」
ユーミルも、魔王ちゃんのコメントにニヤついていたトビもこの反応。
顔を見るとセレーネさんも同意見のようなので、もう少し深く考えてみる。
「そうだよな。じゃあ、この場にいるメンバーの平均値――とかなら、しっくりくるかな?」
「ありそうだね。どうしてそういう体裁をとっているのか、まではわからないけど」
セレーネさんのお墨付きをいただいたので、それなら次は実証だな。
誰かが像に貢ぎ物をすれば話は簡単だが……。
「……な、なんでござるか?」
「いや、何と言うか、その……」
この30という数字が仮にこの場のメンバーの平均値だとすると、もっと簡単な方法がある。
ついついトビのほうを見てしまったのは、最も数値の変化が見込めそうだったからで……。
「トビさんをパーティから外せば、この数値が上がるのではないかと」
「うむ」
「躊躇なく言いきったでござるな!? ちょっとはハインド殿みたいに遠慮して!?」
リィズとユーミルが言うように、トビの魔界忠誠度が低そうだったからだ。
他パーティにいた時も、あれだけペナルティを受けていると聞いてはなぁ……ついさっきも、忠誠度が下がるところを見せられたばかりだし。
「ま、まあ、やるのは構わないでござるよ。ただ、数値が下がっても知らないでござるが!」
「では、外すぞ」
「だからぁ! 情緒というか、タイミングというか!」
ユーミルはやると決まれば容赦がない。
パーティの編成権を持っているのはリーダーに設定されているユーミルなので、メニューを開いてトビをメンバーから外す。
すると……。
「上がったぞ!」
「上がりましたね」
……『魔界忠誠度』は30から40まで上昇した。
四人一致した数字なので、どうやら平均値説は正しそうだ。
そして思ったよりも大きな変動に、俺とセレーネさんもトビに視線を向ける。
「トビ……」
「トビ君……」
「ごはぁっ!!」
平均で10も下げるということは、トビの数値は0に近いか、あるいはそれ以下か。
突き付けられた事実に、トビは胸を抑えてその場にうずくまる。
「どうして……拙者だって、魔王ちゃん像を磨いたり、アイテムを送ったり、イタズラしたりしたのに……」
「どう考えても最後の一つが原因だと思いますが」
リィズの言葉は冷淡だが、その通りなので誰も何も言えない。
白けた空気に、俺はどうしたものかと後頭部を掻き……。
「ま、まあ、この数値が平均値っぽいのは確定ということで。ひとまず、数値……100程度を目指してみないか?」
次の行動について軽く提案してみた。
100なら区切りもいい数字だし、同時に表示される魔王ちゃんのコメントも指標になるだろう。
それで変化がなければ、更に上の数字を目指せばいい。
「……あの。一つ思ったことがあるんだけど……」
「どうしました? セレーネさん」
「一人にこの評価値……魔界忠誠度? を、集めてみたら、全員上げるよりも早く目標に到達できるんじゃないかな?」
セレーネさんの言葉はもっともだ。
もちろん一人で評価値を上げ切ったほうが、魔界への近道になる。
貢ぎ物を全員で用意して、像に捧げるのは一人……という方式が一番早い。
「そうですね。さっきもユーミルに言いましたけど」
「む?」
「誰かが先に魔界に行って、ゲートなりを開けたら他も行けるかもしれないですし。それに、無理でも早期に到達条件を確定させられますから――」
どの面から見ても合理的だろう。
……本当にこの忠誠度を上げきれば、魔界に行けるのか? ということは置くとして。
「決まりだな。では、誰に忠誠度を集中させる?」
話が一区切りと見て、質問しつつ腕を組んでメンバーを見回すユーミル。
静まり返る中、黙って手を天に掲げる男が一人。
――それはそれは美しい、小学生にお手本にしてほしいような。
あるいは、こんな駄目な高校生になってはいけないと反面教師にしてほしいような。
とにかくそれは、背筋の真っ直ぐに伸びた素晴らしい挙手だったのである。
「……トビさん。あなた、わかっているのですか? おそらくこの中で今、あなたが最も忠誠度の数値が低いのですよ?」
リィズの言葉に、トビは挙手の姿勢を保ったまま首を傾げる。
言っている意味がわからない、という間抜けな顔にリィズが大きく眉をしかめるのが見えた。
程々にしておかないとキレるぞ、それ。
「魔王ちゃんへの精神的な忠誠度は、拙者が一番高いでござるよ?」
「それに何の意味が?」
リィズのイライラゲージが溜まっていくのが見える。
早めに介入しないとまずいな、これは。
「……ま、まあ、いいんじゃないか?」
「ハインドさん?」
「魔王ちゃんを一番好きなのは間違いなくこいつだし、やらせてやっても。像への本格的な貢ぎ物は先延ばしにしてきたんだし、低いといってもすぐに追いつくさ」
肩の力を抜いて溜め息を吐くリィズと、ようやく手をおろすトビ。
トビは満面の笑みを浮かべると、下げた手を今度は俺の肩に回してきた。
「ハインド殿……! やっぱりあんた、最高だぜ! 最の高だぜ! 大好きだぁぁぁ!」
「やめろ、鬱陶しい。それに、魔界に単身行かせることになったとしても、身軽でゲーム経験豊富なトビが適任だろうし。構わないだろ?」
ユーミルを単独行動させるのはあらゆる意味で危険だし、リィズとセレーネさんは後衛職だ。
俺も同様に後衛職の神官なので、ソロで活動するのには向いていない。
その点、軽戦士のトビは職性質から見てもちょうどいい。
「ハインドさんがそう仰るなら」
「むぅ……できれば、私が魔界に一番乗りしたかったのだが。そういうことなら仕方ないな!」
「うん、それでいいと思うよ。魔王ちゃん――といっても、像だけど。何をあげたら喜ぶのかなぁ……?」
全員の同意を得られたところで、俺たちは次の行動に向けて動き出した。
この時のためにインベントリに詰め込んできた、多種多様なアイテムたちの出番だ。