隠しステータスチェッカー 後編
冥宮の仕様上、全員で魔王像の前に集合することはできない。
そんなわけでパーティを分け、なにか起きた際はメールで連絡を取り合うことにした。
「分けたパーティのうち、どれかが魔界に行けば残りも引っ張り込めるかもしれない。無理でも条件さえわかれば、それぞれが達成すればいい。だから――」
「今は猛進あるのみ! だな!」
「うん」
気合を入れるユーミルだったが、町から『地下大冥宮』まではまだかなりの距離がある。
そのため最寄りといっても、馬を使っての移動が基本だ。
冥宮攻略では回復アイテムを頻繁に補充する必要があるため、割と不便な位置関係だと言える。
「うお!? あの岩、チェッカー向けたら破壊可能オブジェクトになったでござるよ!? セレーネ殿、見た見た!?」
「う、うん。すごく気になる……壊したら中から貴重な鉱石とか、出てこないかな?」
「冥宮関係を終えてからにしましょう、セッちゃん。今はツルハシを持っていませんし……私も雑草だと思っていた草が急に素材に化けたので、先程から気になっています」
だからこそ、移動時間はそれなりに長い。
長いので、暇を持て余した面々はステータスチェッカーを未だにあちこちに向けている――といった様相だ。
「……そこ! いつまでステータスチェッカーで遊んでいる! 私たちも混ぜろ!」
「俺を巻き込むな」
手に入れた『隠しステータスチェッカー(プロトタイプ)』は、プレイ内容の幅を大きく広げてくれそうなアイテムだ。
故に試したいこと、改良したいことなどが無限に出てくるような気さえしてくる。
はしゃぐ気持ちはよくわかる。
「おお! 馬に向けると残スタミナが出るぞ! 便利!」
と、これはグラドタークにチェッカーを向けたユーミルの言葉。
試しに自分も同じ行動を取ってみると……うん、すごいなグラドタークは。
結構な距離を走らせているのに、スタミナが最大値からほとんど減っていないな。
相変わらず初期イベントの報酬とは思えない高性能だ。
「これはサイネリア殿が喜びそうでござるな。彼女の負担が減るのでは?」
「……そうでしょうか?」
「……そう、だね。喜ぶとは限らないかも」
「え? どうしてでござるか?」
リィズとセレーネさんの言葉に、トビが意外そうな顔をする。
……TBの馬は能力にもよるが、長距離を走らせ続けるとバテる。
だから定期的に町に寄って休息・給餌に水やりが必要なのだが、体調全般については基本マスクデータとなっていた。
息が上がる、汗をかく、走力が落ちるなど、疲れの兆候をプレイヤーが感じ取る必要があったわけだ。
とりわけ、普段から馬の世話をしているサイネリアちゃんはそれが得意である。
「全てを数字で示されると興醒め、ということもありますから。馬は元々スタミナが減っているかどうかの判断材料も多かったですし、それを察する能力も、プレイヤーの腕の見せ所……プレイヤースキルの一部だったとは考えられませんか?」
「ある意味、乗馬スキルの一種だったよね。私も、TBの鍛冶が簡単で全て数値化されていたら、ここまで熱中していなかったかもしれないし……」
「ええ。ある程度の難しさ、未知の領域が残っているほうが魅力になるのでは? というお話ですね」
答えがわからないからこそ興味が湧くし、試行錯誤にも熱が入るというもの。
そして難しいからこそ、達成した際の喜びはなにものにも代えがたい。
だから隠しステータス――データの開示は行き過ぎると、デメリットもあるのではと二人は話す。
「はー……なるほどぉ。世の中――もといゲームには、見えないほうがいいものもあると」
「程度問題ではありますが。馬に関してのこれは微妙だと私たちは思います。もちろん、使えるところには使っていきますよ? せっかく手にした道具ですしね。そこは誤解なさらないよう」
「名前にプロトタイプって付いているしね……そこまで深刻に“見えすぎてさめる”ものは出てこないんじゃないかな? うん」
「承知承知。ゲーマーとして拙者にもその気持ち、わかるでござるよ。ガチガチの最適解が周知されているゲームは、自由がないし寂しくて」
そういえばトビ……というか秀平だが。
昔、格闘ゲームの大会に出たら強キャラしかいなかったと愚痴っていた記憶があるな。
「トビ、好きだもんな。性能低いキャラ。なんだっけ? 確か、お花――」
「お花ちゃんを馬鹿にしないで! お花ちゃんはね、ちょっと体力が低くて、通常技の出と判定全般が弱くて、リーチが短くて、投げの威力と吸い込み範囲がミジンコレベルにクソな、カウンター全振りの超絶使いにくいキャラなんだ! テクニカルなだけなんだ!」
「……世間一般に、それを弱キャラと呼ぶのではないだろうか?」
最終的にお前、俺よりも盛大に馬鹿にしているじゃないか。
ちなみにその大会、店舗規模の小さな大会だったそうだが……。
秀平はそのキャラで準優勝したらしい。キャラ愛というか執念だな、もはや。
「……あれ? ところでハインド殿。今していたの、なんの話でござったっけ?」
「なんでも見えりゃいいってもんじゃない――的な話だろ?」
「ああ、そうそう、そうでござった。チラリズムの話でござったな?」
「違うと思う」
ともかく。
少々迂遠な言い方だったが、要はセレーネさんとリィズの二人……。
持論を展開すると共に、サイネリアちゃんに気を遣っているようだ。
言うまでもないだろうが、生真面目な彼女は「自分が役に立っているか?」という点を人一倍気にするタイプだ。
チェッカーで馬のスタミナを測れてしまうということは、そんな彼女から仕事を一つ奪いかねないという……。
トビがそこまで込みで理解を得たのかは謎だが、先程から首を傾げ続けているギルマス様よりはマシだろう。
「……ユーミル殿、話わかった? さっきから一言も発していないけど」
ユーミルの様子に気がついたトビが、一区切りついたところで水を向ける。
だが、やはりユーミルは話についていけなかったようで……。
「わからん! 馬のことはこいつに頼らず、サイネリアに訊け! ということだけはわかった!」
「た、確かに。そもそも、一々チェッカーを出すより、サイネリア殿に馬を見てもらったほうが早いでござるな……」
あ、一発でサイネリアちゃんが喜びそうな答えを導き出しやがった。
すごい……というか、ずるいな、あいつ。
「相変わらず話の筋は理解できていないのに、的確に真理を突いてきやがる」
「腹が立ちますよね」
「あ、あはは……」
と、そんな話をしている間に、冥宮の入口が近づいてきた。
近づいてくると、途端に俺はそわそわと落ち着かない気分になる。
何故かというと――
「ハインド。今お前、もし魔王像にチェッカーが使えなかったらどうしよう? とか考えているな?」
「なんでそんなとこばっかり鋭いんだよ!」
――不意に笑いながら馬を寄せたユーミルに、看破された通りの理由からである。
みんなの前で自信満々に宣言してみせたが、内心は……まあ、そんな感じだ。
俺の様子を見て正解だったと察したユーミルは、馬上でふんぞり返りながら笑みを深くする。
「ふん、当たり前だ! 私はハインド検定1級の資格を持つ女だぞ!?」
「なんだその検定」
「甘いですね。私はハインドさん検定十段所持者ですが?」
「だからなんなんだ、その検定は!?」
ユーミルに続いてリィズまで、意味のわからない概念を持ち出してきた。
確実にお前らしか受験者いないだろう、その検定……。
「卑怯だぞ! 後から上のランクを追加するな! だったら私も十段だ!」
「ハインドさんをそう簡単に理解できると思わないでください。検定は百八段までありますよ?」
「いや、自分で言うのもなんだが、俺はそんなに厚みのある人間性をしていないと思うぞ……? というか、どうして百八なんだ。煩悩の数か?」
「お二人が十段なら、拙者は五段くらいでござるかな?」
「お前も参加するのかよ……」
「あの……その検定、どこに行けば試験を受けられるのかな……?」
「セレーネさん!?」
妙な話の流れに、段々と頭が痛くなってきたが……。
同時に、駄目だったらどうしようかという不安はどこかに消え去っていった。
ついつい口元に笑みが浮かぶ。
こいつらなら、もし魔界行きが失敗だったとしても許してくれるだろう。きっと。