隠しステータスチェッカー 前編
周囲の流れはともかく、俺たちのプレイ指針に変更はない。
前回得た特殊アイテムを使い、どうにか魔界への道を開きたいところ。
……と、思っていたのだが。
「え? 隠しステータスチェッカーを入手できていない?」
アイテムを獲得できていたのは、俺たちのパーティだけだった。
最寄りの町でステータスチェッカーを取り出したところ、見事に「なにそれ?」という顔をされてしまった。
「違いますわよ、ハインド。隠しステータスチェッカー(プロトタイプ)ですわ」
「どっちでもいいんだよ!?」
ユーミルに先んじることができたからか、ヘルシャは機嫌よさげだ。
得意気に鼻が膨らんでいる。
「むぅ……私もほしい! その面白そうなアイテム!」
「ハインドさんが言っていた手袋付き、ユーミルさんが敵と一緒に範囲攻撃で吹き飛ばしていた気がするのですが」
「……」
リィズの追及に、ユーミルは目を逸らす。逸らしまくる。
もう一つのパーティ、トビ・カームさん・ワルターにグレンのパーティは……。
『手枷の魔人』戦までは進んだそうだが、蘇生の手と攻撃力が足りず、奮闘虚しく倒しきれなかったそうだ。
幸いボス戦扱いにもかかわらず逃走可能だったため、戦闘を離脱して迷宮から退却と。
「どちらにしても、人間のフルパーティじゃないと厳しかったと思うでござるよ。グレンは頑張っていたでござるが、蘇生アイテムやスキルを使えないでござるから」
「俺たちは運がよかったのか……」
トビの報告によると、即死攻撃である『処刑執行』は魔人のHP減少に伴って頻度が増すらしい。
TBの傾向からしてソロプレイヤーであれば行動傾向は変わるだろうが、三人+神獣は最も厳しい編成だったかもしれない。
と、いうことで。
「……なら、クリア済みのメンバーを分散させて、さっさともう一周いくかぁ。一人余るから、疲れた人は休むなり、自分の好きなことをして待っていてくれ」
『手枷の魔人』戦とアイテム回収に、フルパーティを二つ作って再挑戦ということに。
当然、こういった提案をすると真っ先に休みたいと手を挙げるのは――
「じゃあ、私はお昼寝でも……」
「お待ちなさい」
――シエスタちゃんなのだが。
どうやら、マリーはシエスタちゃんのことを気に入ったらしい。
嫌そうな顔をするシエスタちゃんの手をつかむと、そのままリィズのところへ。
あいつ、わかりやすく頭の回転が速いタイプばかり引っ張っていくなぁ。
「ハインド。そちらは任せましたわ」
「はいはい」
結局、ちょうどお母さんに呼ばれたサイネリアちゃんがお休みということに。
前衛が二人ずつになるように振り分け、アイテム確保のために迷宮へ。
それからおよそ三十分後。
今は全員分の『隠しステータスチェッカー(プロトタイプ)』が揃い、宿屋のテーブルに並べたところである。
「で、どうやって使うのだ!?」
わくわくした顔でユーミルが問いかけてくる。
システム側の説明によると、対象は一部アイテム・装備品・素材、そして特殊なオブジェクトの他、NPC・PCにも使えるとある。
現地人はおろか、プレイヤーにも使用可能……?
「いや、実は俺たちもまだ使っていないんだよ。みんな揃ってからと思って」
「そうか! では……こうか!?」
ユーミルが俺に向けて隠しステ――長いな、STチェッカーでいいな。
STチェッカーを構え、トリガーを強く引いた。
「……む?」
ユーミルは最初、起動したらしいSTチェッカーを注視していたのだが……。
今度は眉間に皺を寄せ、目を細めて虚空を見ている。
……?
ああ、そうか。宙にシステムメッセージかなにかが出ているのか。
「……使用上の注意。この、アイテムは――他のプレイヤーに使用した場合、“自分が相手に抱いている感情”を読み取り数値化します。相手側からの感情値については、同意がない限り読み取り不能となっています。脳波感知技術を用いた曖昧な数値となっているため、その点ご了承の上……長いな!? ハインド、要約!」
「あー……え? えーと……つまり、本当の自分の気持ちに気付けるかもしれないツール?」
「うさんくさい占いアイテムみたいでござるな……」
非常にややこしい仕様だが……。
相手の感情を読み取れると、プライバシーの侵害になるため不可ということだろう。
ただ、この使い方は例外だろうなぁ……NPCに対しては、きちんと相手が自分をどう思っているか読み取ることができるとある。プレイヤーに向けた場合とは丸っきり違う。
出るのは評価値や好感度などらしく――試しに宿の窓を開けてNPCの通行人にチェッカーを向けると、評価値0。
好感度も0で『赤の他人』と表示される。そりゃそうだ、言葉を交わしたこともないし。
「これを使うと回復アイテムの回復量が、一の位まで表示されますね」
「選別が捗るな。というか、使用時の乱数で決まるんじゃなかったのか……」
リィズは自分が調合した回復アイテムの隠しステータスを調べていたようだ。
一度回復アイテムを調べると、その後は調べたプレイヤー視点では詳細な数値が表示されたままになるらしい。
「ええと……武器・防具は名前と品質が出るだけみたい」
「このゲーム、呪いの装備とか鑑定が必要な装備ってありましたよね? 割とレアなタイプの。そっちに必要なのかもしれません」
「ああ、そうかも。ホームに戻った時にでも調べてみるね?」
「はい。お願いします」
「う、うん……」
「……」
と、武器・防具に対して試していたのはセレーネさんだ。
先程のユーミルの行動を見てから、こちらにSTチェッカーを向けようとしているような、していないような。
なにか言わなければとも思ったが、俺の行動は素材系に試していたヘルシャの声に遮られた。
「素材は物によっては採取可能地域が表示されますわね。これ、割と便利ではなくって?」
「――あ、おお。確かに。かなり本命に近い機能かも」
メインの用途はおおよそ、このようになっているようだ。
名前の通り、機械を向けた対象の隠された要素を表示させるというもの。
そんな中で、ユーミルは最初に例外というかおまけに近い「プレイヤーに向ける」という機能を試したことになるのだが……。
「……どうだったんだ? ユーミル。俺に向けた時の数字というか、チェッカーの反応」
ユーミルは先程から妙に静かだ。
詮索する気はなかったのだが、こいつが長いこと黙っていると調子が狂う。
……あれ? 静かというか、固まっていないか? こいつ。
「――はっ!? み、見るな! ハインドォォォッ!」
「ぶへあっ!?」
一歩近付くと、ユーミルは不意に正気を取り戻したようにこちらの顔を抑え付けてくる。
特に痛くはなかったが、頬を手で潰されて呼気と変な声が口から出た。
「し、心配しなくても、本人にしか見えねーよ。ステータス画面とかと同じ仕様だろ?」
「むお!? ……あ、そ、そうか。すまん」
ステータス画面――というか、プレイヤーが表示させるメニュー・個人用のUI全般は、本人の許可がない限り他人が見ることはできない。
メニューを表示させていること自体は他人の目からもわかるようになっているが、傍目には光る板が浮いて見えるだけだ。
スマートフォンの覗き見防止機能よりもずっと強力である。
「やれやれ。大方、自分でもびっくりするほど高い数字が出たのでござろう?」
「ぐっ!?」
「ユーミル殿の気持ちなんてどうせバレバレなんだから、隠さず見せればいいでござるのに」
「ぐはっ!?」
トビの指摘に言葉を詰まらせ、ダメージを受けるユーミル。
もちろん、こちらとしては悪い気はしないな。
機械の精度はともかく。
「まあ、プレイヤーに向けた時に表示されるのって、自分が相手に対して持っている好感度とは限らないようでござるが。さっきハインド殿に試したら、変な項目もいっぱい出たでござるよ?」
「そうなのか?」
「そうなの!?」
俺の声に被さるように、驚く声が背後から耳に届く。
振り返ると、珍しく立ち上がって大きな声を上げたセレーネさんに、一同の視線が集まっていた。
セレーネさんは恥ずかしそうに、顔を覆って椅子に座り直す。
「セッちゃん……」
リィズがセレーネさんの肩に優しく手を置く。
……今はそっとしておこう。
あー、えっと……。
「じゃ、じゃあ、俺もトビに試してみようかな。いいか?」
「構わないでござるよ!」
「よし、それなら――ポチッと」
男同士で使って楽しいものでもないだろうが、このままでは場の空気が居たたまれない。
機械――もとい、魔道具を構えてトリガーを引く。
僅かな時間を置いて、それらしい効果音と共に目の前に測定完了の文字が。
「お、どうなったでござるか?」
「待ってろ、読み上げる。えーと……あなたが“プレイヤー名・トビ”に“今、かけたい技は”……」
「へ? え? かけたい技? さっき自分で十回くらい使ったけど、そんなの初めて――」
「ずばり“カース・オブ・アビス”でしょう」
聞き慣れない技名に「なんだこれ」と一瞬思ったが。
確かこの技、魔王の側近・サマエルが使っていたデバフ呪文だな。それも最上級の。
「――呪われろってか!? もはや数字じゃないでござるし! おかしくない!?」
「調べる項目を選べるでもなく、完全にランダムなのか……マジでお遊び機能だな。どれ、もう一回」
「あ、あの、ハインド殿? 拙者のこと、本当に呪いたいとか思っていないでござるよね? ね?」
「ポチッと」
「ハインド殿ぉ!」
正確性は保証しないと説明されていたのだから、あまり気にすることはないだろう。
よしんば俺がトビを呪いたいと思っていたとしても、それは酷く調子に乗っているとき限定だ。今じゃない。
再度トビに向けたSTチェッカーが起動し、目の前に測定結果を映しだす。
「……今度はなにが出たのでござるか?」
「……あなたが“プレイヤー名・トビ”に対して“与えた総回復量”は……」
「お、すっげえゲーム的でまともなやつが来たでござるな! これならちゃんと数字で――」
「ずばり“象四頭分”でしょう」
「――どういうことなの!?」
「なるほどなぁ」
「なるほど!? ハインド殿はそれでいいの!? 納得なの!? ええー……」
うなずく俺に対し、トビは納得いかないといった様子で何度も首を捻る。
ともかく、どんな数値が出たのかは知らないが、ユーミルから矛先を逸らすことには成功した。
鈍いユーミルでもそれを察したのか、話題を変えようと若干焦りながら口を開く。
「そ、それで、このアイテムでどうやって魔界への道を開くのだ? ハインド」
もう少しこのアイテムの仕様を詳しく知っておきたいところだが、それは移動しながらでもできるだろう。
ユーミルの声を契機に、俺は杖を手に立ち上がる。
汎用性の高そうな特殊アイテムだが、冥宮で手に入れたからには、冥宮内で使いどころがあるはず。
すなわち――
「こいつを魔王ちゃん象……じゃない、魔王ちゃん像に向かって使う」
――そう考えるのが、最も自然な流れだろう。