旧友の動画 後編
まず驚いたのは、メディウスのものだという動画のポップな雰囲気である。
オリジナルらしきロゴ、視聴の際の注意書きが読み上げソフトの声と共にテンポよく表示され、動画本編へ。
本人のクールな……悪く言えばやや不愛想な印象からは遠いものを感じる。
「しかし、ものすごい再生数だな……」
凡百のゲーム関連動画よりも桁が一つ二つ多い。
確かこのサイトは再生数次第で投稿者に金銭が発生するため、この動画一本だけでかなりの収入が得られるはずだ。
「あ、そっち気になっちゃった? 他の動画も――」
秀平が未祐とマリーを気にしつつ、動画一覧を手早く表示する。
英語のタイトルが多く、一瞬混乱したが……
「ほら」
「!?」
……再生数が平均的に高い。
ざっと見せてくれた範囲では、MMO関係が二割。
ソーシャルゲームが二割で、大部分はアクション・格闘ゲーム・FPSが占めていた。
プロゲーマーだけあって、プレイヤースキルが強く出る競技性の高いジャンルが主力らしい。
そんな中でも、際立って再生数の高いものが一つ。
「英語タイトルの、FPSの大会動画? らしきものが、見たことのない数字だったんだが」
「FPSチャンピオンだからね、あいつ」
「……世界大会?」
「もち。世界大会」
だったら再生数が多いのは、決勝絡みの動画なのだろう。きっと。
日本では配信されていないタイトルだったな。
「道理で英語の視聴者コメントが多い……」
「日本だと視聴者層がまるっきり違うんで、ソシャゲの攻略動画なんかで開拓したっぽいね。俺も全部見たわけじゃないんだけど」
「へー」
「……」
「ど、動画本編に戻すね?」
未祐から無言の圧を受け、秀平が動画を再スタートさせる。
タブレットの処理能力が若干大型モニターの解像度に対して負けているが、視聴に支障が出るほどではないか?
動画の時間はおよそ十五分、音量バランスは問題なし。
「――」
……正直、見入ってしまった。
まず、冒頭から感じていた通り編集のセンスがいい。
そしてそれ以上に、本編であるゲームプレイ映像のレベルが高い。
どうしてこの場面でこういった行動を取ったのか、などの解説もわかりやすい。
それこそ、TBをやったことのない人でも理解できると感じるくらいに。
テンポよく、小気味よく、十五分はあっという間に過ぎていった。
「……この動画、分業制ですのね?」
動画が終わり、そう切り出したのはマリーである。
このメンバーの中で、仕事で人を使ったことのある経験を持つのはマリーだけだ。
動画からにじみ出る合作感……とでも表現すればいいのだろうか?
そういった部分に思うところがあったらしい。
「動画のイメージキャラクターが実況する形式で、メディウスがリーダーって呼ばれていたからな。編集者と視点提供者が別人って形式なのは間違いないみたいだ」
「まあ、あいつのプレイだけ映して、あいつが編集したら、ガチガチなだけのお堅い動画ができあがるしねぇ……」
それはそれで需要はあるけど、と秀平。
プレイで魅せる「やり込み系」動画であれば、字幕解説だけで高再生数ということも珍しくない。
もっとも、限界値が高いのはメディウスが選択した編集が凝っている形式だが。
他国の事情は知らないが、日本ではプレイの上手さよりも動画そのものの面白さが優先される印象だ。
「マリーっちお察しの通り、あいつらグループだよ。グループ。メディウスが集めたゲーマー・クリエイターの集団だから。メディウス以外の人のプレイも割と映っていたでしょ?」
「ええ。中々の人数が関わっているようですわね」
「ふーむ……プロ動画勢である私から言わせてもらいますとー」
のんびりゆっくり声と手を上げたのは、ベッドに座った愛衣ちゃんである。
……プロ動画勢?
愛衣ちゃんはTB、プレイしているよね……?
「画面のレイアウト、よし。解説のわかりやすさ、オッケー。眉をひそめるような変な癖もないし、話もわかりやすくて面白い。用語解説もしているし、未プレイ勢でもご安心な設計。基本中の基本、身内以外への批判・暴言もなし。丁寧だし、手がかかっているのも伝わってきます。うーん……」
「?」
「95てーん!」
「おおー! ぱちぱちぱちー」
「高得点だね……」
ゴロンと寝転がりながら、愛衣ちゃんが動画を採点。
普段からこういう体勢で動画を見ているんだろうなぁ……きっと。
愛衣ちゃんの隣に座った小春ちゃんが、採点に合わせて謎の拍手を送る。
「残りの5点はなんなの? 愛衣ちゃん」
「個々の好みだねー。私はもっとマニアックというか、コアなネタに走っているやつのほうが好きぞー」
「きゃー」
話しながら、愛衣ちゃんがじゃれて小春ちゃんをベッドに引っ張りこむ。
95点で、残りは好みの範疇ときたか。
「じゃあ、実質満点じゃないか」
「ですねー。これは伸びますわー」
以上が自称・プロ動画勢様によるプロゲーマー動画の採点らしい。
この場の誰も、特に異論はないようだった。
少なくとも、どうしてこの内容でこんなに再生数が伸びているんだ? といった感想は出てきそうもない。
「むぅ。動画の質が高いということはわかった」
他人のプレイをじっと見る、という機会が少なかった未祐は内容を咀嚼するのに苦労していたようだったのだが……。
隣に座った和紗さんとあれこれ話すうち、要点をつかみきれたらしい。
「わかったが……荒れるな! この内容は!」
「楽しそうにしてくれちゃって、こいつは……」
――動画を簡単にまとめると、以下のようになる。
まず、リーダー・メディウスが掲示板での噂通り天界の継承スキルを獲得したこと。
その継承スキルのうちの一つを強化するためには、PKを倒す必要があること。
同じく、仲間の一人が決闘ランクを高める・決闘回数を重ねることで性能が上がる継承スキルを得たこと。
それらを今後、重点的に強化するために活動していくということが動画内で予告された。
つまるところ……。
「多方面に同時に喧嘩を売るとは、やるではないか!」
未祐が言う通り、これは宣戦布告に近い。
そして、やると言ったからには確実に実行する男だ、メディウスは。
それは彼を昔から知る秀平と、一緒に戦って負かされた俺が保証する。
「対象がPKと決闘ランカーだけだから、大きな波風は立たないと思うが……」
「甘い甘い、わっち。この動画のタイトル、もう一回見返してみてよ」
秀平に促され、動画タイトルに視線を向ける。
ええと……『大人気MMOに途中参戦して、ランカーになれるのか』と読めるな。
目標はTB内で開催されるいずれかの戦闘系イベントで優勝すること、となっている。
で、この動画はその企画のパート10だそうだ。
「お、おお……なるほど。イベント優勝……」
「最終的には俺らとぶつかるね。それも近いうちに」
そしてメディウスの「長くプレイするかわからない」という旨の発言は、これが理由か。
優勝すれば企画終了なわけだから、目標を達成すれば他のゲームに行ってしまうのだろう。
……なんだか、長くTBをやっている人間としては複雑な心境になるな。
「ぶつかるって言っても、こっちがあっさり敗退したり、ランカー落ちしたりしなければの話だが」
「嫌なこと言うねぇ、わっち……」
「ふん! 私たちがそう簡単に負けるものか!」
いつも強気な未祐の常套句。
なのだが、今回ばかりは事情が違ってくる。
それは相手が強いから、という理由だけではなく……。
「む? なにか変なことを言ったか?」
「意気込みは結構だし、気合は大事なんだけどよ。現状認識、少し足りていないんじゃないかなって」
「……どういう意味だ?」
どこから説明したものか考えていると……。
俺を制して、理世が静かに話を始める。
「いいですか? 私が未祐さんでも理解できるよう、なるべく短く・簡単に説明してさしあげます。ちゃんと兄さんが過去に話してくださったことを、一字一句漏らさず思い出しながら聞いてくださいね?」
「そこはかとなく馬鹿にされている気がするが……頼む」
「では」
嫌そうな顔の未祐が、渋々理世に説明をお願いしている。
そしてマリーが理世を興味深そうに……おお、査定されている。査定されているぞ。
人材の査定をする経営者の目だ、あれは。
「ここ最近、大型アップデートによる環境一新で、決闘ランクが荒れていたというのはご存知ですね?」
「うむ。継承スキルが出たからな!」
「こういった状況では、下克上が起こりやすい。ここまでは大丈夫ですね?」
「問題ない! ……む?」
その辺りは過去に何度か説明したことだ。
が、未祐はなにかに引っかかるところがあったのか、途中でうなずく動きを止める。
「ということは、だぞ? メディウスたちが仕掛けてきた、このタイミング……」
「気がつきましたか。中途参戦のプレイヤーが古参ランカーを蹴散らすには、今は最適な時期と言っていいでしょう」
「おお!?」
加えて、TBはMMOの中ではレベル上げに時間がかからないという点もプラスに働く。
経験値稼ぎに適した狩場もかなり研究されており、ゲーム慣れしたプレイヤーならレベルキャップまでの道はそう遠くない。
現にメディウスはレベルカンストしていたし、既にTBの仕様全般に慣れている様子だった。
と、ここまでは中途参戦プレイヤー、そして今までトップ層にいなかったプレイヤー視点の話。
反対に――。
「反対に、今まで上のランクにいた人たちの中には、入れ替わりで落ちていく人も発生することになります」
「なるほど!」
「環境が落ち着いて戻ってこられるならよいのですが、どのゲームでもそのまま消えていってしまう人が少なくないそうですよ?」
「わっはっはっは! やはり私たちには関係あるまい!」
「……」
未祐の笑う声に、理世は沈黙を選ぶ。
異常を察した未祐が周囲を見回すも、小春ちゃんを除いて肯定的な反応をする者はいなかった。
ちなみに小春ちゃん、愛衣ちゃんから理世と似たような説明を受けている。
話の途中で未祐に反応しようとしたため、愛衣ちゃんに説明を放棄されそうになって焦り気味だ。
「……関係ない、よな?」
「……私たちは継承スキル、これまでにいくつ習得できましたか?」
「……ぬあっ!?」
比較対象は先程見たメディウスたちの動画だ。
重要スキルの性能詳細こそ出さなかったが、動画内で視聴者でも簡単に取れる有用な継承スキルを多数紹介していた。
それもPvE・PvPにおける実際の使用感を添えてである。
つまり、動画で紹介したスキルは全て習得済みということに……。
「亘っ!? いいのか、このままで!?」
「よくないな」
「私たち、出遅れているのか!?」
「超出遅れているな」
「誰のせいでこうなった!?」
「俺のせい」
「お前のせいかぁぁぁ!」
未祐に襟首をつかまれ、前後に揺さぶられる。
やめろ、出ちゃう……さっき飲んだ水が口から全部出ちゃうから。
だから、魔界を目指すのは博打だと最初に言ったじゃないか。
「急がば回れ」だったと、後になってから言えるといいんだがなぁ。
どうなることやら。
「あの」
「なんだ!? どうした、椿!」
情報収集のためだろう。
スマートフォンを操作していた椿ちゃんが、恐る恐るといった様子で未祐に声をかける。
「さっきの動画に出ていた方の一人が、決闘レートのトップになっています……」
「なんだと!?」
未祐が驚愕の声と共に俺から手を放す。
どうやら、メディウス一派はもう動きだしているようだった。