大会決勝戦・後編 勝利への執念
アルベルトはフィリアが戦闘不能になったことで動揺を見せたが、即座に冷静さを取り戻してユーミルから離れていく。
まだ視力が完全に回復していないか……?
「ユーミル、突っ掛けろ!」
「分かった!」
あちらには回復手段が無いんだ。
削れる内に少しでも削って、こちらの優位を!
「でああああっ!」
「ぬぅっ!」
フィリアちゃんを倒した勢いのままに、ユーミルが攻め立てる。
しかし浅い、浅い、どの攻撃も超人的な反応でもってアルベルトが最小のダメージで切り抜けていく。
化け物かよ……いや、ユーミルを信じて俺もやるべきことをやらねば。
バフを全て使用、属性付加も使った後に自分とユーミルのHPをフルにして反撃に備える。
後はその場で静止してMPをチャージだ。
「やってくれたな……!」
ゾッとするような声と共に、グレートソードが考えられないような速度で一閃された。
ユーミルが大ダメージを受けて俺の方へと吹き飛ばされてくる。
すぐさま追撃が行われ、振り下ろされた剣が発した破砕音が舞台に鳴り響く。
ユーミルは横っ飛びで回避、俺は巻き込まれないようにユーミルがダメージを受けた時点で既に退避済みだ。
というかこの舞台、破壊可能オブジェクトだったのか……壊れているところを始めて見た。
動きが通常通りに戻ったことから、もうアルベルトの視力は戻ったようだ。
「咄嗟に急所を避けるとは、良い反応だ。だが!」
「ハインド! 回復頼むっ!」
「もうやってる!」
再度の交戦開始直前、『ヒーリングプラス』が発動。
ユーミルのHPを大きく回復させ、更に足りない分を『ヒーリング』で補ってフル回復。
直後に長剣と大剣が交錯する。
一合、二合、剣を打ち合う度に周囲の空気が震える。
そして、二対一の状況になってから凡そ五分。
既にこのトーナメント最長の試合時間になっているが、まだ勝負の決着はついていない。
アルベルトの『フェイタルスラッシュ』とユーミルの『ヘビースラッシュ』が同時に放たれる。
「うおおっ!」
「はああっ!」
雄叫びと共に放たれた一撃は、火花を散らしつつユーミルの剣ごとアルベルトが力で押し切る。
そのまま肩口からバッサリと斬り裂かれ……。
結果アルベルトはノーダメージ、ユーミルは今のでフルからHP5割減となった。
「おのれっ!」
「苦しいか……」
俺達の得意な形である持久戦には持ち込めている。
しかし、このままでは『リヴァイブ』のWTが回らずに敗北する羽目になってしまう。
蘇生は戦闘不能直後のものを既に四度行い、二度目と三度目の間にある長いWTはユーミルがどうにか耐え切ってくれたのだが……
「捉えたっ!」
「!」
アルベルト側のユーミルの動きへの慣れによって、徐々に被弾する頻度が増えてきた。
衰えを知らない集中力によってユーミル自身の動きはどんどん鋭さを増しているのだが、それ以上にあちらの基礎スペックが異常に高い。追いつけない。
『バーストエッジ』も二度放ったが、残念ながらどちらも当たらず。
再度の『シャイニング』も当然ながら、目を狙っても避けるか腕で防がれてしまう。
それでも小ヒットを重ねてアルベルトのHPを半分まで減らすことには成功したのだが、今はその状態から全く減らせない時間がずっと続いている。
何か打開策はないものか……。
いや、その前にまずは回復だ。今のダメージでユーミルのHPは残り三割しかない。
『ヒーリングプラス』はWT中なので、『エリアヒール』の範囲指定を慎重に行う。
「くそっ、どっちも重武装な癖に素早く動き回りやがって――そこっ!」
詠唱終了までにどうにか的を絞ることができ、戦いを続けているユーミルのHPはフル回復。
だがあいつ、もしかして足元の魔法陣に気付いていないほど集中しているんじゃないのか?
アルベルトから全く視線を逸らさない。
会場内もやけに静かだ……二人の戦いを固唾を飲んで見守っている。
どうにか勝たせてやりたいが――
「負けないっ……! 負けるものか! 私達が勝つ! 勝つんだ!」
「!!」
ユーミルの絞り出すような心底からの叫びに、俺は思わずハッとした。
――勝たせてやりたい? それは違うだろう。
何をいつまでも、他人事のように冷めた目で戦いを見ているのか。
これがゲームだからとか、負けても失うものはないだとか、そんなものは全て言い訳だ。
勝ちたいのだ、俺も。二人の力で、目の前の男に。
「なら、やることは一つだな」
俺は気合を入れるためにそう呟くと、客席のリィズへと視線を送った。
このスキルは前に使わないでくれと以前に強く懇願されていたからな。
ここからでも、不思議と遠くに居る妹の表情は良く読み取れる。
意図を察してか、その瞳は悲し気に揺れていたが……やがて微かに、微かに頷いてみせた。
許可は得た。後は――
「ユーミル、二十秒!」
「――!! 分かった、やってやる!」
二十秒回復なしで耐えろ、という指示にユーミルが応える。
あのスキルのバフは通常のバフとは別扱いだ。
やるからには、物理系のバフもしっかりと掛け直す!
「何を企んでいるかは知らないが……既に動きは見切った。もうお前達に勝機は無い!」
「はっ、どうかな? あまり私達を舐めるなよ!」
MPは充分、まずは『アタックアップ』と『ガードアップ』でユーミルの能力を底上げ。
続けて『シャイニング』でアルベルトの意識を僅かに逸らして援護、『ヒーリング』で僅かに減っていた自分のHPを回復。
WT開けの『ヒーリングプラス』でユーミルのHPも全快。
仕上げに『エントラスト』でMPを全てユーミルに譲渡し……。
「後は任せたぞ」
「――!? ハインド、今なんと言ったのだ!? もう一度言ってくれ!」
それ以上は答えず、間を置かずに詠唱に入る。
MP消費は0、引き換えに使用するのは自身の全HP。
足元に通常スキルとは比較にならない巨大な魔法陣が精製され、眩い光が立ち昇った。
『サクリファイス』が発動、俺の体から放たれた光がユーミルの周囲に纏わりついて金色のオーラを発生させる。
「ば、馬鹿な……この光は、まさか!」
「振り返るな! 前だけ見てろ! ぐっ……」
こちらを向いている時間は無いのだ。
急速に己のHPが減り始め、体がバラバラになりそうな例の痛みに全身が支配される。
振り向きかけたユーミルの横顔が苦し気に歪み、けれども振り返ることなく前を向き直した。
……よし、それでいい。
「面白い……どの道この状態のお前達を超えなければ、前回の雪辱を果たした事にはならんな! 効果切れを狙うなどという姑息な手段は取らん! 全力で来いッ!」
「行くぞぉぉぉぉっ!」
勇者のオーラと金色のオーラが混じり合い、光の塊と化したユーミルが乱舞する。
これまでのものとは質が違う、壮絶な剣戟の音が闘技場内に響く。
「はああああああっ!」
「うっ、ぐっ……! ぬおおおおおっ!」
そしてその音も直ぐに違った様相を呈してくる。
圧倒的な防御力の差……アルベルトの剣の直撃を受けて尚、一割以下のダメージに抑えられている己の状態を見てユーミルが慎重さを捨てた。
ダメージ覚悟の突撃で、確実にアルベルトのHPを奪っていく。
決勝トーナメント以前の、ユーミル本来の攻め方だ。
凍りついていたアルベルトのHPバーがそこでようやく動き始める。
「――おおおおおっ!」
と、そこで劣勢と見たアルベルトもガードを捨てた。
『バーサーカーエッジ』を発動し、ユーミルのHPを削りに入る。
更には大剣に赤い光が集まり、重戦士の大技『ランペイジ』のチャージが始まっている。
「ユーミ――っ、体が……声も、出な――」
今の『サクリファイス』を受けたユーミルでも、あれを喰らったら戦闘不能は免れまい。
しかし警告の声は届かず、それどころか徐々に視界が霞んで状況を把握できなくなっていく。
アルベルトの動きに呼応するように、ユーミルが『捨て身』を使用し『バーストエッジ』狙いの突きの構えを取る。
それを視界に収めたのを最後に、俺の体は魔法陣の上へと崩れ落ちた。四肢から力が抜けていく。
――待て、待ってくれ。
まだ早い、あともう少しなんだ。せめて決着がつくその時までは……。
だがHPバーは無情にも減り続け、聞き慣れた爆発音と斬撃の音が同時に鳴ったのを知覚した直後――俺は周囲の音を含め、何も感じ取れなくなった。
起きた瞬間に感じたのは、後頭部と背中の温かさと誰かの息遣い。
薄っすらと目を開けてそこにあったのは、こちらをジッと見ながら今にも泣き出しそうなユーミルの顔で。
「なんて顔してるんだ……もしかして、負けちゃったのか?」
この耳をつんざくような大歓声の中、俺の声は届いているのだろうか?
果たしてユーミルは、俺の言葉に対してブンブンと子供のように無言で首を横に振ってみせた。
そうか、負けたわけではないのか。
――うん?
負けを否定するってことは、つまり……!?
ユーミルに抱えられた状態から慌てて起き上がると、俺は周囲をキョロキョロと見回した。
まず目に入ったのは舞台を叩き割らんばかりに深々と突き立ったグレートソード、そしてその向こうには……。
大の字で転がったままピクリとも動かない、傭兵アルベルトの姿があった。