手にしたものは
全てを吹き飛ばした『ヘル・プロミネンス』の後。
勝ったとは思えないほどボロボロの姿になった俺たちは、例の手袋付きを探してボスフロア内を捜しまわっていた。
「先輩、先輩。私の髪、アフロになっていませんかね?」
「そんなベタなことにはなっていないけど……」
瓦礫をどかしながら、シエスタちゃんのほうに軽く視線をやる。
魔法の余波で、フロア内の破壊可能オブジェクトは全て粉々だ。
壊れても消えないタイプばかりだったせいで、どこもかしこも視界が悪い。
「爆風でチリチリにはなっているね。鳥が飼えそうなくらいには」
「まじですか。マーネ連れてくればよかったなー」
三割増しになった、元からボリュームのある髪を弄りながら呟くシエスタちゃん。
……お、回復薬発見。こいつは『聖水』か。
魔人は即死攻撃持ちだったので、きっと固定配置のアイテムなのだろう。
一個増えたところで、というのもあるだろうが……パーティ構成によってはギリギリの戦いになるだろうしなぁ。
俺たちの場合は偶然、魔法使用者ばかりのパーティで助かった。
「ハインドせんぱーい、こっちにはいませーん!」
「もと来た道も見てみましたが、いませんでした」
同じく、汚れて煤けた状態のリコリスちゃんとサイネリアちゃんからも報告が入る。
思わせぶりな動きが多かったので、あのままノーアクションで去るということは考えにくいのだが。
「どこに行っちゃったんですかね? 手袋ちゃん」
「ちゃん? ……戦闘が始まると同時に、どこかに飛んでいったからね。消えたり、ワープしたりする能力はないと思うんだけど」
リコリスちゃんと話しながら、周囲を見回す。
魔人を倒させた意図は不明だが、戦わせて終わりということもないだろう。
きっとまだ、プレイヤーたちに何かさせる役割を持っているはず。
となると……。
「やっぱり、あの先か」
ボスフロアの奥、『手枷の魔人』が背にしていた場所には通路があった。
今は崩れた瓦礫で埋まってしまっているが、あれも元は破壊可能オブジェクト。
軽く衝撃を与えれば通れるようになるだろう。
もちろん、手でどかすことも可能であるが……。
「先輩。もう面倒だから焙烙玉で吹き飛ばしません? あ、得意のもったいないってのはなしでー。最近のギルドの財政状態からしたら、ローコストですよ。ローコスト」
爆発で崩れたものを、爆発でどかす。
乱暴な掘削作業のようだが、効率的なのは確かだ。
シエスタちゃんの言う通り『焙烙玉』の製造コストも今となっては安い。
「そうだなあ。そろそろプレイ時間も長くなってきたし――」
「お待ちになって!」
その時だった。
フロアの惨状を作りだした張本人が、倒れた状態から勢いよく起き上がったのは。
そのままこちらに詰め寄り、ヘルシャは力いっぱい叫んだ。
「どうして誰も、わたくしを責めないんですの!? 魔導士として、この上ないミスをしたというのに!」
「あー……」
俺たちは顔を見合わせ、次いで肩を落とすヘルシャに視線をやった。
それから順番に肩を叩きながら、声をかけていく。
「スキルの暴発なんて、よくあることですよ! 仕方ないです!」
「よくあるんですの!?」
「失敗は誰にでもあります。お気になさらず」
「優しさが辛いですわ!」
「私が失敗したときは、もちろん見逃してくれますよねー? お嬢様。サボり容認でも可ですが」
「交換条件!? 腹黒いですわ!」
リコリスちゃん、サイネリアちゃん、シエスタちゃんの順だ。
フォローをする気があるのかないのか、珍妙なやり取りが続く。
それでも放置されるよりはマシだったのだろう、段々とヘルシャの顔色はよくなっていく。
目くじら立てて怒っている人間が誰もいないというのも大きい。
「……黙って針の筵にしておいたほうが、反省するかと思って。どうだ? 反省したか?」
「もっと腹黒い人がここに!? だから倒れたわたくしを放っておいたのね!? ひどい人!」
「さすが先輩ですねー」
ただ、このまま無条件に許してしまうのはどうだろう?
自爆で味方に迷惑をかけたことに変わりはない。
ヘルシャなら、今俺が“反省”という単語を口にしたことで――
「……ごめんなさい。皆様には、大変ご迷惑をおかけしましたわ……」
――うん、それそれ。
その言葉を聞ければ、もう充分。
ゲームの失敗とはいえ、きちんと謝るマナーを。
ゲームの失敗だからこそ、笑って許す寛容さを。
された側もした側も、最低限忘れないようにしたい心がけだ。
野良パーティだと、これらが一切なかったパターンもあったからなぁ……。
「ああ。次からは気をつけてくれ」
代表して俺が返した言葉に、残ったメンバーも次々に笑顔でうなずく。
それにヘルシャは、ほっとしたように「感謝します」と口にしつつ改めて一礼した。
やっぱりいいよなぁ、こういうの。
ヘルシャも何だかんだ言いつつ、最後は素直に謝ったことだし。
「おや? おやおやー? 先輩がまるで菩薩のような表情に」
俺が笑みを深くしていると、シエスタちゃんが下から顔を覗き込んでくる。
いつも通り眠気と気怠さが混ざった表情だが、また内心を見透かされそうで身構えてしまう。
「え? そう? ……もしかして、気持ち悪かったりした?」
「いえいえー。ただ、軽く十歳くらいは老け込んで見えましたねー」
「どういうこと!?」
「普通の高校生男子ならあんまりしないだろうなー、って種類の顔だったので」
「おおう……」
だったらやめよう、今すぐやめよう。
同級生にも、まんまシエスタちゃんと同じ内容を言われたことがあるし。
やめやめ、気持ち悪いと言われたほうがまだマシだった気がする。
「腹が立ちますわね、何だか。わたくしが悪かったのは確かですが、お父様と同じ顔をなさらないでくださる?」
「だから、どういう顔だよ……シエスタちゃんの例え以上にわからねえよ。会ったことないし、近場に反射するもんもないし」
「ふんっ! 子ども扱いされているようで、不愉快ですわ!」
「したか? そんな扱い」
顔を撫でて、渋面を作ってからヘルシャに応じる。
しかし、目を合わせると碧眼が明後日のほうに向けられた。
……何だよ?
「みなさーん! 瓦礫、焙烙玉でどかしておきましたよー!」
「奥に扉が見えます。姿が見えなくなった手袋付きも、そこにいるかもしれません」
話しているうちに、リコリスちゃんとサイネリアちゃんが道を作ってくれていたようだ。
ヘルシャとの間に妙な空気ができたが……それはそれとして。
「二人とも、ありがとう。先に進もう」
手袋付きの行方が気になる。
まだ舞う粉塵を掻き分け、俺は通路の奥にあった扉に手をかけた。
重い両開きの扉は、軋みを上げながら開き……。
「ここは……?」
中には、いくつかの宝箱と俺たちを待ち受ける手袋付きの姿があった。
見た感じ、宝物庫……か?
手袋付きは宝物を差し出すようなジェスチャーをし、親指を立てると――。
バイバイ、と手を振り部屋の奥にある小さな穴へ。
「あっ、待ってくれ!」
俺は追いかけて、手袋付きが入った穴のある石壁に飛びついたのだが……。
ゴリゴリという仕掛けが作動するような音がすると、壁がパズルのように動いて穴が塞がってしまう。
せ、専用通路!?
「手袋ちゃん、あっという間に立ち去ってしまいました……」
「立っていないけどね。浮いているし、そもそも足がないから」
「何者だったんでしょうねー、あの手袋付き」
ヒナ鳥三人の言葉が、俺の内心を全て代弁してくれた。
結局、色々と謎を残したまま去っていったな……。
「ハインド。ここに面白そうなものが入っていますわよ」
「こっちはこっちで、もう宝箱を開けているし……マイペースか」
「いいですから。早くこちらに」
「はいはい、わかったわかった」
仕掛けのあった壁から離れた俺は、ヘルシャの手招きに従って傍に。
ヘルシャが開けていたのは他と色違いの、いかにも「重要アイテムが入っています」といった風情の宝箱だった。
「で? 面白そうなものって?」
「これですわ」
金の髪の横から、宝箱内を覗き込むと……。
球速を測る機械・スピードガンに似た、不思議な魔法道具がパーティの人数分――全部で五つ置かれていた。
焦点を合わせると『隠しステータスチェッカー(プロトタイプ)』と、やや長めの名前が表示され……ええと?
……何だろうな、これは?