手枷の魔人 後編
「……?」
魔人の光が収まった時、一見何も変化していないように思えた。
だが、よくよく観察してみると、魔人の手枷から鎖が伸びていることを確認。
鎖の行く先を辿ると……。
「まさか、ここ――ぶえっ!?」
それが自分の手首にあることに気付いたが、もう遅かった。
先程までの低い攻撃力からは想像できない剛力に引かれ、無様に地面を転がっていく。
不幸中の幸いと言うべきか、サイネリアちゃんとの間にあった枷は解除されている。
引っ張られているのは自分だけだ。
「ハインド先輩!?」
後ろから、動揺したようなサイネリアちゃんの声が。
そして俺を引っ張る『手枷の魔人』は、馬鹿でかい鎌を異空間から取り出した。
待て待て待て!
「あっ……!? み、皆、撃ちなさい! 何としても、敵の動きを止めますわよ!」
「あー、先輩が掃除機の巻き取りコードのようにー」
「いつの時代のお話ですの!? 今時、コードレスではない掃除機なんて――って、言っている場合ですか!」
一早く我に返ったヘルシャが、動けるメンバーに指示を下す。
魔導士コンビから短詠唱の魔法が飛び、両手が自由になったサイネリアちゃんが矢を飛ばす。
「止まってぇぇぇ!」
そう叫んだのは、魔人の至近距離で盾を振り回すリコリスちゃんだろう。
だが、鎌を持ち上げる魔人の頭上にスキル『処刑執行』という文字が見え――
「ハインドッ!」
――ヘルシャが叫んだ直後、俺のHPは全て刈り取られた。
どうやら、一撃で戦闘不能にするスキルのようだった。
張っておいた『ホーリーウォール』も貫通している。
視界から色が失われ、四肢の力が抜け……と、意識がぼやけていたのは一瞬。
「先輩、しっかりー」
「ごぼっ!?」
いつの間にか近くに来ていたシエスタちゃんが、俺の口に『聖水』の瓶を突っ込んでいた。
いやいや、どこに飲ませる必要が!?
鼻にまで行ったせいで、少しツーンとする。
「あ、ありがとう……あれ? シエスタちゃん、ヘルシャと繋がっていた枷は?」
「先輩が捕まったときに、リコのも含めて全解除されましたよ?」
「そ、そうなんだ」
体を起こして周囲を確認すると、サーベルを拾い直したリコリスちゃんが魔人を抑え込んでいた。
どうやらあの行動……。
手枷拘束とどちらかしか使えない、あるいは拘束からの派生行動のようだった。
立ち上がり、支援魔法の詠唱を開始した――のも束の間。
「またかよ! 避けられねえ!」
「わー」
またも手枷が投げられ、俺とシエスタちゃんが。
リコリスちゃんとサイネリアちゃんがそれぞれ一つの枷で繋がれてしまう。
どうも、拘束する二つの対象は距離が近い者同士が選ばれるようだ。
リコリスちゃんとサイネリアちゃんはそれなりに距離があったのだが、磁石で引き寄せられるように移動させられている。
「あの見た目で、搦め手タイプとは……高耐久、即死攻撃の二本立てか……」
「面倒ですねー」
ただ、今の状況は先程よりはマシか。
この組み合わせなら動きに支障は出難いだろう。
「私、仲間外れじゃなくなったよ!? サイちゃん! 一緒に頑張ろうね!」
「リコ、そんなこと言っている場合……?」
リコリスちゃんとサイネリアちゃんなら息も合うだろうし、今度はサーベルを落としていない。
相変わらず弓は引きづらいだろうが、体格差があって息も合わなかった俺と組んでいるよりはずっといい。
「先輩、移動するときは私を担いでくださいね? 抱っこ、おんぶも可」
「手首を繋がれているんだから、どれも無理がない? ……馬鹿なこと言っていないで、さっさと体勢を整えよう。また即死攻撃が来ると大変だ」
「はーい」
そして、魔法職は拘束の影響が少ない。
時折、魔人がナイフなどの小型武器を投擲してくるので、詠唱キャンセルに気をつけるくらいだ。
……両手持ちの武器を使っているプレイヤーは厳しそうだが、他のパーティは大丈夫だろうか?
「……何ですの、この疎外感は」
そう呟いたのは、両手を枷に繋がれたヘルシャである。
武器である鞭は振り回しにくいと思うが、魔法の詠唱は問題ないだろう。
「ヘルシャ! 敵のHPが高いし、どうやら自動回復もある! 頼りにしているから、バンバン燃やしちゃってくれ!」
「今になってリコリスさんの気持ちがわかりますわ……これでは――は、はい!?」
何やら精彩を欠いているようだったので、気持ちを切り替えさせるつもりで声をかける。
『手枷の魔人』は特殊行動もそうだが、どうもステータスの底上げも入っているようだ。
リコリスちゃんのHPの減りが多くなってきたので、できればシエスタちゃんにも回復を任せたい。
即死攻撃も怖いし。
「あ、そ、そう……そうですわね! ふふん、言われるまでもありませんわ! わたくしに任せなさい!」
シエスタちゃんの職である神官・均等型の強みの一つとして、今のように作戦をシフトできる点が挙げられる。
動きを回復重視にすることで、戦いの安定感を増すことが可能だ。
当然、パーティ全体の攻撃力は低下するが……ヘルシャならきっと、一人でも敵を倒し切るダメージを出せるだろう。
「おー、ユーミル先輩で見慣れた反応。っていうか、九割方同じ――」
「シーッ! シエスタちゃん、シーッ!」
せっかく気分が乗ってきたところで、余計なことを言うものではない。
しかし、わかっているのかいないのか……いや、きっとわかっていてのことだろうが。
完成した回復魔法を杖から放ちながら、シエスタちゃんは首を傾げる。
「しーしー……トイレに行きたいんですか? 先輩。聖水飲んだせいですか? 一緒に行きましょうか?」
「違うよ!? しかも色んな意味でアウトだと思うよ、その発言は!」
最近仕事しないな、TBの発言制限機能!
あれか、シエスタちゃんの回避能力に追いついていないのか!?
いくら直接的な表現じゃないからって――いてえ!
「先輩、額にナイフが刺さっていますけど」
「知っているよ! 痛いよ! 吸盤付きの矢が当たったみたいな感触だけど!」
「角が生えたと思えばお得じゃないです?」
「得じゃねえよ! 損しているんだよ、HPが減った分!」
頭を振るとナイフが抜け、床に落ちた途端に光になって消えていく。
浅くてよかった……杖を持った手で、深く刺さったナイフを抜くのはしんどいからな。
その後、リコリスちゃんが即死攻撃を受け、続けてサイネリアちゃんが戦闘不能に。
二人の戦闘不能者を出してパーティが崩れかけたものの、必死に俺が杖を、ヘルシャが鞭を振っている間にシエスタちゃんが二人を蘇生・回復し、どうにか立て直しに成功。
魔人のHPは徐々に減少していったのだが……。
「きゃあーっ!」
「ま、待て! 殴るな、蹴るな! 蹴っても距離は取れないからぁっ!」
三度目の手枷拘束で、俺はついにヘルシャと一緒にされてしまった。
例の落とし穴の記憶が蘇り、慌てて止めると……噴火寸前の赤い顔ではあったが、どうにかヘルシャは思い留まってくれたようだ。
振り上げた手を、上げかけた足を引っ込める。
どうやら、今度は突き飛ばされずに済んだみたいだ。
「ほ、ほら! もう一息で倒せるんだし! この状態が嫌なら、急げばすぐ終わるって!」
「くっ、ぐぬぬぬ……べ、別に、誰も嫌とは……」
「と、とにかくだ。瀕死トリガーで強力な全体攻撃をしてくる敵もいるんだし、こいつは特に執念深そうだから――」
「わかった! わかりました! もう結構ですわ!」
――なるべく強い攻撃でとどめを狙ったほうがいい、と続けようとしたのだが。
言葉を遮って叫んだヘルシャは、呼吸を整えはじめる。
吸って、吐いて、吸って、吐いて……魔力を帯びた鞭を握り直し、ヒールの付いた靴で床を強く踏み込んだ。
「……ハインド!!」
「な、なんだ!?」
「この戦闘、今すぐわたくしが終わらせます! 舞台を整えなさい!」
「お、おう……」
「急いで!」
「はいっ!」
ええと、要は……大技を使うから、時間を稼げということだろう。
俺はヘルシャの様子を怖々と見守っていたヒナ鳥三人に、足止めをお願いする。
そしてヘルシャのMPを全回復、魔力バフを使って火力の底上げを計った。
念のため『クイック』と『エントラスト』も撃てるように、準備を――って、ヘルシャ!?
「灰も残りませんわよ……! この魔法なら!」
「お前、まさかそれ!」
ヘルシャの足元から、高ランク魔法の使用を示す特大の魔方陣が出現する。
俺は火属性魔法にはそこまで詳しくない。
詳しくないが、この魔法陣にはどこか見覚えがあった。
少し前に掲示板で話題になったからだ。
その魔法は威力・範囲と引き換えに制御が難しく、フレンドリーファイアは元より、自爆することすら多々あるとされた――
「燃え尽きなさぁぁぁい!」
「よせぇぇぇ!」
――大火球『ヘル・プロミネンス』が、ヘルシャの手から魔人に向けて発射。
直後、ボスフロア全域は爆炎と煙によって埋め尽くされた。