手枷の魔人 中編
ゲームで行動制限をしてくる敵に、いい思い出を持っているプレイヤーは少ないだろう。
魔法制限、スキル制限程度ならかわいいほうで、酷いものになると攻撃ターンそのものを何度もスキップされたりする。
一部ゲームの眠り、麻痺などが代表的か。
TBであれば主にスタン系統の状態異常が該当するが、一部スキルは対人戦において強すぎたため、弱体を受けた過去がある。
それはそれとして――
「変わった攻撃をしてくる……」
――こいつの「これ」も行動制限といえば行動制限なのだろう。
『手枷の魔人』は枷の付いた俺たちを、不気味な笑みを浮かべながら見ている。
「サイネリアちゃん」
「は、はい!」
「……?」
普通に呼びかけただけなのだが、やけに大きな声で返事をされた。
おかしいな、サイネリアちゃんらしくない。
原因を探りたいところだが……今はこの状況をどうにかするのが先だ。
「両側から同時に引っ張ってみよう。こんな壊れかけの枷なんだし、案外簡単に外せるかも」
「そ、そうですね……やってみましょう」
簡単に壊れるなら同じ行動を何度か繰り返してくることも考えられるし、そうでないなら頻度が低いと推測することもできる。
いずれにしても、この手枷の耐久度を測る必要はあるだろう。
そんなわけで、いざ。
「「せー、のっ!」」
ガキッ、と見た目に反して硬く強い手応えが返ってくる。
サイネリアちゃん側も同様のようで、引っ張った反動で少し姿勢を崩してしまう。
「っと……大丈夫?」
「す、すみません! 大丈夫で――ひゃっ!?」
「サイネリアちゃん!?」
咄嗟に支えた俺の手から、驚いたように離れるサイネリアちゃん。
当然手が繋がれているため、またもバランスを崩す羽目に。
ヘルシャとシエスタちゃんは――
「そちらではありませんわ! 前進! 前進しますわよ!」
「えー? ここは全員で一旦距離を取るのが正解じゃー……?」
――何だか揉めているな……。
二人とも遠距離だし、魔法を使えばあまり関係ない状態だと思うのだが。
利き手が自由かどうかはともかく、二人の武器である鞭・杖はともに片手で保持も使用も可能なものだ。
「わたくしたちが一番まともな体勢なのですから、時間稼ぎをしなければならないでしょう!?」
ヘルシャも俺と同じ考えだったようで、魔法による牽制を考えているらしかった。
だが、シエスタちゃんは冷静に……というか、一切動じていない様子で敵を見ながら反論した。
「でもあの敵、まだこっちを見ながら笑っていますよ? 攻撃してこないみたいです」
シエスタちゃんの言う通り『手枷の魔人』はこちらの慌てふためく様子を観察して喜んでいるようだった。
性格悪いな! 悪魔らしいといえばそうなのだが。
「どうして……」
その時だった。
両手を枷で拘束され、思い切り転んでいたリコリスちゃんが立ち上がったのは。
そして……。
「どうして私だけ、仲間外れなんですかーっ!」
拘束された両手で盾を持ったまま、『手枷の魔人』に突撃する。
そのまま盾で攻撃、攻撃、攻撃。
「みんな仲良く二人ずつなのに! 寂しいです! 寂しいですー!」
「怒るポイントがおかしいですわ……」
「あれも道中の罠のせい、なのか……?」
おかしな方向にエネルギーが発散されているようだ。
盾の押し付けによって『手枷の魔人』がじりじりと後退していく。
とはいえ、リコリスちゃんのサーベルは遠くに転がったままだ。
ダメージは低く、ヒットストップもノックバックも少ない。
盾を動かせる範囲も押し込める強さも制限されているため、いつまで一人で抑え込めるかわからない。
「サイネリアちゃん、弓は――」
「……っ、構えてみます!」
リコリスちゃんの危機とあって、サイネリアちゃんは必死に平静を取り戻そうとする。
だが、どうにも本調子には程遠いようで……。
繋がっている手はサイネリアちゃんが左、こちらが右だ。
サイネリアちゃんは左手で弓を構え、右手で矢をつがえる。
「……」
「……」
「……!?」
勢いよく弓を構えてから、俺と自分の背がほぼ密着していることに気が付いたらしい。
そりゃ、互いの片腕が拘束されていればそうなるよな……慌てて強く引っ張られたから、どうすることもできなかったし。
気にせず撃ってくれ、と視線で訴えかけてみたのだが。
「む、無理です! これは無理です! 色んな意味で!」
「い、色んな? と、ともかく、ごめん。配慮が足りなくて」
どんなに落ち着いて見えても、中学生だものな。
思春期の女子相手に、今のでハラスメント判定をされなかっただけ儲けものということで。
というか、よく考えたらほとんど実体験に近いVRでこの攻撃は駄目だろう。
野良パーティでやったら崩壊必至だぞ、悪魔か?
……悪魔だったわ、こいつ。
「先輩、先輩。ひとりで百面相している場合じゃないですよ。リコがー」
「え? あれ? シエスタちゃん、俺から見て背中側にいるよね? あれ?」
「細かいことはいいんですよー。前見て、まえー」
リコリスちゃんが魔人の反撃を受け、こちらに向かって押し込まれていく。
HP残量はまだ安全圏だが、いずれ支えきれなくなるのは目に見えている。
「うおっと……行こう、サイネリアちゃん!」
「ど、どうするのですか!? こんな状態で!」
「やることは変わらない! 俺も魔法は詠唱可能だし、サイネリアちゃんは弓を封じられているけど……」
「あ……そ、そうですね。アイテム係ですね!」
「ああ! できることをやろう!」
枷が外れないのなら、セットで動くしかない。
中衛同士、後衛同士でまとめられたのは不幸中の幸いだった。
俺は杖を、サイネリアちゃんはポーションを手に移動を始める。
速度は出ないが、足まで拘束されているわけではない。
多少ぎくしゃくしているが……どうにか行動可能だ。
「リコリスちゃん!」
「はい!」
さすがに特殊な状況ということで、細かく指示を飛ばさないわけにもいかない。
いいレスポンスの返事があったので、すぐに具体的な内容へと移る。
「サーベルは拾わなくていい! そのままシールドで敵を抑え込むのに集中してくれ!」
「はい! ヘイト無視があるから……このまま盾でひっぱたいて倒せばいいんですね!」
「違うよ!?」
ヘイト無視があるから、まではよかったのだが。
どこの騎士だ、リコリスちゃんに脳筋思考を植え付けたのは!
「やられる前にやれ」は時に有効だが、この状況では無謀の一言だ。
「違いましたか? じゃあ、えーと、えーと……進路を塞げばいいんですね!」
「だ、大正解! 頼んだ!」
「わかりましたっ!」
「ダメージのフォローはこっちに任せて! 危なくなる前に回復するから!」
「ありがと、サイちゃん!」
よし、ようやく元の形に近い状態を作りだせた。
そして、肝心のダメージソースである後衛コンビだが……。
「――ですから、部屋の角を背にしたほうが戦いやすいはずですわ! 枷が破壊不能な以上!」
「いやいやー、リコの癖を考えると時計回りにゆっくり動いたほうがいいんですって。回りましょうよー、ヘルシャお嬢様の巻き毛と同じ方向にー」
「わたくしの髪は左右で向きが違いますわよ!?」
ヘルシャの髪――毛先の巻き方は所謂外巻きで、中央を境に回転方向が逆になっている。
……論点が華麗にずれていっているな。
「そうでしたっけ? ……まー、私だって本当は動きたくないんですよ? でも、敵に追いかけまわされると、もっと疲れるし」
「リコリスさんの負担を減らすという話は、どこに行きましたの!?」
「……あっ」
「今“あっ”……って言いましたわよね? ねえ?」
「リコも、常に後ろに回ってくれたほうが守りやすいんじゃないですかね? 多分」
「多分!? 発言がいちいち適当ですわね、あなたは!」
後衛が一つ所に留まって守りやすくする、柔軟に動いて的を絞られないようにする。
どちらの戦術も正しく、また、この状況ではどちらが正解とも言い難い。
――ともかく、二人はどう動くのかについて、まだ揉めていた。
セオリー通りの動きが通用していた間はよかったようだが、こうなると二人の相性は悪い。
我が強いヘルシャ、ペースを乱されることが嫌いなシエスタちゃんの不協和音が、軋む手枷と連動して聞こえてくるようだ。
「おい、二人とも! もう位置取りの話はその辺でいいから、早く魔法を撃ってくれ!」
「ですが!」
ヘルシャが食い下がってくるが、俺は声を低くして言葉を続けた。
視線の先では『手枷の魔人』の連続攻撃をリコリスちゃんが盾で受け止めている。
「……嫌な予感がするんだよ。敵の攻撃があっさりしすぎている」
「なっ……! そ、それは、言われてみれば……」
「あー……確かに」
手枷攻撃は厄介だが、この階層の特殊ボスの行動変化にしては押しが弱い。
もう一つ行動が追加されているか、あるいはもう一段追い込むと更に能力が強化されるパターンもあるが……。
「あ、あれ? 急に距離を取って……?」
リコリスちゃんの戸惑ったような声が聞こえる。
どうやら、こいつは前者の……特殊行動が一度に複数追加されているパターンの敵だったようだ。
不意に『手枷の魔人』の体から、怪しい光が放たれ始めた。