手枷の魔人 前編
駆けつけると、二人は既にボスモンスターと対峙していた。
勢いよく突進していったヘルシャとリコリスちゃんだったが――
「また悪霊系……! リコリスさん、ここは慎重にいきますわよ!」
「はい!」
――異形の怪物を前に、緊張の面持ちで武器を構えていた。
人の言葉を無視して突撃しておいて、慎重にとは一体……行動力と冷静さが同居しているのがヘルシャの長所ではあるが。
敵は人型、背中から複数の腕が生え、顔には目隠し。
そして全ての腕の手首には半壊した枷が付けられ、それぞれが違う武器を握っている。
「処刑人のような、囚人のような……何だ?」
「一人SMマンと名付けましょう」
「やめなさい」
シエスタちゃんの名付けは端的で的確な気もするが、そのまま使うのは憚られる。
敵の名前は『手枷の魔人』で、魔人を名乗るだけあって肌が紫色。
髪が長く性別不詳な身体つきだが、筋骨隆々で二メートル近い身長がある。
見た目からして、おそらく物理中心のタフなモンスターだろう。
「ここまでの階層ボスとは、毛色が違いますね……初めて見るタイプです」
「ああ。イビルハンド派生だとは思うんだけど、確かに雰囲気があるね」
サイネリアちゃんの声に応えつつ、慎重に距離を測る。
現在の階数が中途半端なので、特殊なボスなのは間違いない。
先頭のリコリスちゃんがじりじりと近づいているが、敵はまだ動かず――と。
「たー!」
リコリスちゃんが気合なのか威嚇なのかわからないが、いまひとつ迫力の足りない声と共に踏み込んだ。
次の瞬間……猛然と『手枷の魔人』が武器を振り回してくる。
「わわっ!」
甲高い金属音が連続で鳴った。
構えた盾と複数の武器がぶつかり合い、激しく火花が散る。
剣、斧、槍、鞭にモーニングスター。
鋏、ペンチ、釘、鋸におろし金……おろし金!? 随分と猟奇性の高い得物も持っているな。
どう使うのか想像したくない。
とりあえずリコリスちゃんが防いでくれている間に、大雑把で構わないので作戦を立てないと。
「ここまでの戦闘と同じく、シエスタちゃん中心で攻めよう。光魔法で――」
「ええー」
「ええー! ですわ!」
「……」
いきなり出鼻を挫かないでほしい。
嫌そうな声を出したのは働きたくないシエスタちゃんと、自分が作戦の中心でないことが不服なヘルシャだ。
火属性に関しては悪魔・悪霊系に対して特段相性は悪くないものの……。
「さすがに弱点属性は光だろうしな……シエスタちゃん、戦闘が長引いてもいいの?」
「それは嫌ですねー」
「ヘルシャ、ユーミル側のパーティに先を越されてもいいのか? ほとんど同時にログインしたよな?」
「それは嫌ですわ!」
段々と仲がよくなってきたな、この子ら。
息が合ってきているようなので、やはり魔法中心で攻めるのが正解か。
ここはヘルシャとシエスタちゃんで、即席コンビを組んでもらおう。
「……細かな指示はいらないよな? 展開次第でヘルシャがメインアタッカーになってもいいけど、互いのカバーだけはよろしくな」
二人とも賢いので、上手くやってくれるだろう。
うなずきが返ってきたので、簡単にだがフォーメーションを組む。
前衛はもちろんリコリスちゃん、中衛が俺とサイネリアちゃん、後衛がメイン火力の魔法組だ。
あとは道中の戦いと同じように――
「ぶへあっ!?」
――衝撃は横から。
どうやらのんびり話しすぎていたらしい。
「すみません、ハインド先輩! この敵、ヘイト値を無視するみたいです!」
「りょ、了解……いててて……」
「だ、大丈夫ですか?」
リコリスちゃんがカバーのために下がって合流し、サイネリアちゃんがポーションをかけてくれる。
どの武器で殴られたんだ……? 認識できなかった。
見た目の割に威力はそこそこ止まりのようだが、かなり動きが速いぞ。
「ヘイト無視ですか……ふふ。これは好都合」
ヘルシャが真っ赤なドレスをなびかせ、魔法を起動する。
足元にドレスと同色の魔法陣が出現し、光を増していく。
「おー? やっちゃいますー? やっちゃいますかー、ヘルシャお嬢様ー」
「もちろんですわ! 全力で行きますわよ!」
「おー。がんば――」
「おサボり禁止! ですわよ、シエスタさん!」
「――れー……ちぇー」
ヘイト無視のモンスターは後衛崩しが厄介だが、翻せばヘイトを気にせず攻撃できるということにもなる。
アタッカーの魔法職は火力を出すことに集中できるため、罠でストレス過多になっているヘルシャにはおあつらえ向きの状況だろう。
ただし、それには敵の動きを完璧に抑えつけることが前提となるのだが……。
「ファイアー! ですわ!」
「ビーム」
「ファイアー!」
「ビー」
「ファイア!」
「び」
タイミングをずらしながらの波状攻撃で、敵の動きをヒットストップで封殺する。
掛け声はともかく、ヘルシャとシエスタちゃんはきっちり短詠唱の魔法でループさせている。
即席コンビにしては高度な連携だ……光と炎で目が痛いな。
サングラスが欲しくなる。
「すごいすごい!? 二人ともすごいですね、ハインド先輩!」
「あ、ああ、うん。しっかりフレンドリーファイアから守ってくれているリコリスちゃんもすごいよ?」
サイネリアちゃんはサイネリアちゃんで、魔法組の隙を補うようにスキルを放っている。
本当、ヒナ鳥三人は頼もしくなって……細かな指示を出す機会が激減した。
若干の寂しさはあるが、おかげで支援行動に専念できそうだ。
「ハインド! ハインド! MPが切れますわ! ハインド! ハインド! ハインドーーーッ!」
「うるさいな!? あと二秒待て!」
闇以外の魔導士のMP消費が激しいのは知っていたが、中でもヘルシャは指折りだ。
少し目を離したり油断したりすると、一瞬でMPが枯渇してしまう。
……『エントラスト』完成、自分のMPを全てヘルシャに譲り渡す。
「へい、お待ち!」
「遅いですわ!」
「うわー……ギルメン以外で先輩の支援にケチつけている人見るの、初めてかもー……」
「言ってもできない人には最初から言いませんわ! いつでも手早く、安く、高品質を心がけなさい! お客様が帰ってしまいますわよ!」
「注文だけして帰るとか、ひでえ客だな!?」
お嬢様の監査は厳しい。
消費の分だけ文字通り「火力」が他と段違いなので、あまり文句は言えないのだが。
それにしても、弱点を突き続けているシエスタちゃんと同程度のダメージ効率を叩き出しているように見えるな……どういうことだ?
もしかしてだけどシエスタちゃん、サボ――
「サボっていませんよー。珍しいことにー」
「し、失礼しましたぁっ!」
「お嬢様がゴイスーなだけですねー」
――読心の精度と速度が上がってきている。
迂闊な考えは捨てたほうが良さそうだ。
というかシエスタちゃんとヘルシャ、両方に失礼だったな。反省。
そのまま順調に敵のHPを削っていくと……。
「おっ、体表が赤黒く……行動変化か? 動きが止まったぞ」
「り……闇オーラも出ています!」
「リコリスちゃん。今、リィズのオーラとかって言いかけたよね?」
「い、言っていま……」
「……」
特に責める気はないが、じっとリコリスちゃんを見てみる。
すると、表情を崩すまで数秒もかからなかった。
「……す、すみません! 言いそうになりました! 何度も“妹さんカラー”とか“妹さんオーラ”とか呼んじゃうシーちゃんが悪いんです! どうかリィズ先輩には言わないでくださぁぁぁい!」
「あ、リコに裏切られた。サイー、どう思う?」
「あなたの日頃の行いが悪いからでしょ……」
リィズの防具は紫紺で、闇魔法を使う際にも似た光が出る。
大別すると闇っぽい光ということで、闇系のオーラとは仲間だ。
仲間だが……この冥宮内のモンスターと一緒にされて、いい気はしないだろう。
不気味なのが多いし。
「大丈夫、告げ口なんてしないから……っていうか、今のうちに回復回復。全員回復!」
「そうですわよ! 喋っていないで、急ぎなさいな! あなたたち!」
「「「はーい」」」
変化に伴い敵には一時的にダメージが入らなくなっているので、その間にこちらも体勢を整えなければ。
これまでの戦い方から、物理攻撃強化などのシンプルなものを予想していたのだが。
変化を終えた『手枷の魔人』は、意外な動きを見せた。
「特殊行動……!?」
再始動した魔人は副腕に付いている半壊した手枷を、次々と投擲。
元より素早い魔人の投げた手枷は、見てから躱せるようなものではなかった。
ヘルシャが先制で放った魔法が当たっているが、ご丁寧にスーパーアーマー付き行動だ。
ヒットストップを無視し、魔人は行動を完遂した。
「ひゃっ!?」
結果、まずリコリスちゃんの両手が拘束。
盾こそ落とさなかったが、サーベルが床を転がっていってしまう。
そして……。
「……えっ?」
距離が近かった俺とサイネリアちゃんの手が、一つの枷によって拘束。
更にはシエスタちゃんとヘルシャの手も、同じように一つの枷で拘束される。
「ええっ!?」
予想外の展開に、思考が半ば停止する。
持ち上げた枷付きの腕の向こうで、サイネリアちゃんが驚きと共に身を硬くしていた。