冥宮の導き手
探索可能な場所で案内役がいると、周囲が気になって仕方ないのは俺だけだろうか?
宙を浮かぶ「手袋付き」を追いながらも、己の視線が定まらないのがわかる。
「……」
また分かれ道だ。
奥には何があるのだろうか? アイテムは? 素材は? 未知のエリアの構造は?
ついフラフラと、そちらに足が向きそうになってしまう。
「俺、マップは全部埋める派なんだよな……って顔ですねー、先輩」
「俺、マップは全部――はっ!?」
シエスタちゃんに雑な手つきで後ろから服をつかまれた。
直後、トラップが起動して矢が壁の左右から射出される。
おお!?
「ご、ごめん、シエスタちゃん。でも、読心はやめて?」
「先輩が読みやすい行動をしているのが悪いんですよー。あんまりフラついていると、私が先輩の倍はフラつきだしますよ?」
「どういうこと!?」
「私に何度も先輩を止める瞬発力と体力はねーってことです。おんぶさせるぞこらー」
「あ、ああ……なるほど。気をつけるよ」
TBのマップは移動済みの場所が記録されるシステムだ。
マップをショップで買う、NPCから情報を得るなどした場合は最初から完全なマップが表示されるが……もちろん、冥宮のマップは初期状態だと真っ黒だ。
そもそもランダム生成の階がほとんどで、マップを埋めることにあまり意味はない。
しかし……。
「こうバンバン進まれると、宝箱やらの取りこぼしが気になって気になって……」
「普段からよく揉めていますよね、ユーミル先輩と」
今度はサイネリアちゃんが、俺の視線を遮るように横に並ぶ。
どうやら、そちら側にある通路を見えないようにしてくれているらしい。
でも、そうされると余計に気になってしまう……。
そんな俺の様子に気がついたのか、サイネリアちゃんが苦笑する。
「……気になりますか?」
「もう癖だね、長年のゲーム経験から来る……アイテムはなるべく全回収したいし。隠しアイテムがないか、いつでもどこでも探しちゃう」
TBでは、基本そんなものはないと理解しているのだが……。
昔のゲームでは、道中のダンジョンに強力なアイテムや装備が無造作に置いてあることがあったのだ。
無造作でなくとも、隠し扉の先だとか……よく観察すると見える騙し絵のような配置など、思えば多様だったな。
ついつい癖で、そういったものがないかと念入りに探してしまう。
と、今度はリコリスちゃんが手を上げつつ元気に発言。
「私はそういうの、気にしたことありませんでした!」
「新しめのゲームだと、そういう遊び心のある配置は少ないね。重要なものはきちんとそれらしい場所にあるから。すごく親切だよ、最近のゲームは。偶に過剰だと思うときがあるけれど」
時の流れによって、得られたものがあれば失われたものもある。
どちらがいいということもなく、どちらも楽しめるのが真のゲーマー……なんて、トビ辺りが言いそうなことだな。
ただ、古いゲームが原風景として存在する俺だと、この無駄に念入りな探索癖が抜けることはなさそうだ。
ああ、気になる……でも、止まってくれそうもないんだよな。この手袋付き。
「リコ、先輩はレトロゲーマーでもあるから。昔のは多かったんだってさー、そういう隠しアイテムとかって」
「へー。シーちゃん、古いゲーム詳しかったっけ?」
「最近ちょっとねー……サイ? どうしたの?」
「え? な、なに?」
「一瞬、なんか悔しそうな顔したよねー? ねー?」
「き、気のせいよ!」
他にも、プレイ時間が一定数経過すると消滅する、早解きのご褒美アイテムとか。
裏ボスを倒した後に獲得可能な「これで誰と戦うんだ?」状態の最強装備とか。
色々あったよなぁ……懐かしい。
「ハインド」
もちろんレトロじゃなくてもMMOといえば、あれだ。
モンスターからの「レアドロップ」だよな、一応TBにも存在している。
オンラインゲームといえば確率数パーセント、下手をすると小数点以下のレアドロップを設定することで、多数の廃人を生み出してきた歴史がある。
調べてみると黎明期のタイトルに多かった印象があるな、うん。
地獄の周回が君を待っている! と書かれた古い攻略サイトを見たことがある。
時代と共に確率の緩和・引き上げ、確定入手条件の付与、ゲームによっては課金アイテムで確率大幅上昇といった禁断の――
「ハインド!」
「はい! そこまでやるなら普通に売れよと思いました!」
「……あなた、何を言っているんですの?」
俺がゲームにおけるレアアイテムの歴史に浸っていると、凜とした声に意識を引き戻される。
周囲の状況を確認すると、まだリコリスちゃんたちは三人でお話し中。
ヘルシャは罠によって、先程よりも更にボロボロになった状態でこちらを恨みがましい目で見ていた。
……やべえ。
「す、すぐに回復するな?」
「ええ、ええ、もちろんお願いしますわ。それが終わったら、わたくしと手を繋いでいただきましょうか?」
ヘルシャが笑顔で手を開閉させながら、こちらに迫ってくる。
め、目が笑っていない!
「お前、さっきと言っていることが違うだろう!? 一緒に罠に突っ込めってか!」
「わたくしの考えは何一つ変わっていません……いませんが! それに胡坐をかくような真似をされては、文句の一つも言いたくなりますわ!」
「わ、悪かった! 悪かったよ!」
こいつ、上層の落とし穴での件をもう忘れたのか!?
一緒に落ちたらどうする! また突き飛ばされるのは御免だぞ、俺は!
だが、薄暗いといっても上層の洞窟部分よりはマシなので……ヘルシャ的に、このレベルの明るさがあればセーフらしい。
そうでなければ、そもそも罠避け役を申し出ないか。
「全く……わたくしとアイテム、どちらが大切ですの!?」
「誰に教わった、その定型句!」
絶対に使い所を間違っている。
回復が終わると、あっという間に俺の手――というか腕は、ヘルシャに絡めとられた。
まともな状況であれば、ドキッとする行動なのだが……。
「くっさ!? なんか臭いぞ!」
「年頃の女性に向かって言う言葉ですか!? 失礼な!」
「罠の毒液とか溶解液の臭いだろ、お前自身のことじゃねえよ! クリーニングしろ! ボタン一つだろうが!」
「数秒おきに何か降ってくるんですのよ!? とても間に合いませんわ!」
「や、やめ! 引っ張るな! ああああ!」
さながら、泥の中に引きずり込むがごとく。
俺はヘルシャと共に、仲良く罠の中に突っ込んだ。
作動条件不明かつ回避不能な広範囲の罠が、次々と発動し……確かにこれは避けられないだろう、何かしらのスキルがなければ。
「おーっほっほ! 何だか気が楽になりましたわ! げっほ、げほっ!」
「……ヨカッタネ」
毒でHPがじりじり減っているが、代わりにヘルシャの精神力は回復したようだ。
一緒に泥をかぶってくれる存在って、大事だよね……何だよ、このヒルみたいなの。
首筋にヒヤッとした感触があったかと思えば、振り返っても誰もいないし。
あれ? MPが減っているな、いつの間にか。
どの罠の効果だ?
「先輩たち、先輩たち。はしゃぐのは結構なんですがー」
シエスタちゃんの呼びかけに、俺とヘルシャは汚れとダメージの蓄積した体で振り返った。
糸目で回復魔法を俺たちに使いつつ、シエスタちゃんが指をさす。
「止まっていますよ、案内役のお手々」
二人で再度、指定された方向に視線をやる。
すると、シエスタちゃんの言葉通り手袋付きは動きを止めていた。
目的地に着いたのか?
「ハインド先輩、ヘルシャさん! 奥に大きな影が見えます!」
「ボスモンスターでしょうか……?」
リコリスちゃんとサイネリアちゃんの声を受け、手袋付きはボクシングのような動きを見せた。
ワン・ツー、ジャブジャブ……もしかして、戦えってことか?
そのまま見ていると、今度は両手を合わせて「お願い」のポーズを取る。
表現力豊かな手だな。
「ボス戦か……まずは装備耐久の確認と、洗浄――」
「行きますわよ、リコリスさん! わたくしたちの怒り、あのボスに全てぶつけますわ!」
「はい! 八つ当たりタイムです!」
「――待って!? そういうのはユーミルだけで間に合ってんだけど!?」
罠への怒りを限界まで高めたヘルシャとリコリスちゃんが、制止もむなしく駆け出してしまう。
俺はサイネリアちゃんとシエスタちゃんを連れて、慌てて二人を追いかけるのだった。