手と手と手と手
階を進むたびに、モンスターの種類が増えていく。
「ががが、骸骨ぅぅぅ!」
「おー、RPGにありがちなスケルトン。画面越しだと何とも思わなかったけど、VRだと怖いなー」
階を進むたびに、モンスターの強さが増していく。
「お手々モンスターに暗い色のオーラが!」
「紫色のオーラだねー、怖い怖い。妹さんカラー」
階を進むたびに、罠の配置が意地の悪いものに変わっていく。
「きゃあああ! 落とし穴が――ぴょっ!?」
「避けた先にスリップ床かぁ……リコが転がっていくー」
「見えていたなら止めてよおおお! シーちゃんのアホーーーッ! わああああん!」
「リコリスちゃぁぁぁん!」
のんびり呟くシエスタちゃんの視線の先、リコリスちゃんが床を滑る。
罠の効果で盾にサーベル、鎧の一部など、装備品を飛ばしながら回転。
「ひっ!?」
「ぶっ!?」
サーベルはヘルシャの顔の真横を通過し、盾は俺の腹に突き刺さる。
二人とも、リコリスちゃんを助けようと駆け出していたのがまずかった。
俺の意識が若干遠のく中、サイネリアちゃんが回り込んでリコリスちゃんを止め……。
「あー……大丈夫ですか? 先輩、ヘルシャおじょーさま」
じっと動かなかったシエスタちゃんの選択は、もしかしたら正解だったのかもしれない。
一つの罠が原因で、大惨事だった。
「私、もう軽戦士になります! 罠型の!」
ひとしきり謝った後、リコリスちゃんは座ってむくれ始めた。
どうやら、ダンジョンの罠にご立腹らしい。
怒っていても、可愛いだけで迫力は全くないが。
「リコ。TBは基本的に転職できないシステムだから……」
「っていうか、リコは心底騎士が好きじゃん。辞める気ないでしょー? 本音のところでは」
「むー!」
「第一、あんなに頭を使う職はリコじゃ無理だって。今だって、カウンターの使い分けだけで一杯一杯じゃん」
「むきーっ!」
サイネリアちゃん、シエスタちゃんがなだめるも――いや、シエスタちゃんのそれはもはや煽りだが。
リコリスちゃんの機嫌は斜めのままだ。
参ったな……。
「……」
どうしますの? という声が聞こえてきそうなヘルシャからの視線。
リコリスちゃんがこうして駄々をこね――怒るのは珍しいのだが……無理もない。
進むたびに滑り、頭をぶつけ、刺さり、毒になり、目潰しをされ刺激臭を嗅がされていては誰だって嫌になる。
どこか陰湿なのだ、使用されている罠の種類が。
「引き返すにしても、階層が中途半端だからな……同じ場所をもう一度通るのも嫌だし」
「退却には、わたくしも反対ですわ。この先どう進むかを考えましょう?」
「だよな……うん。少し待ってくれ」
リコリスちゃんが言ったように、軽戦士の罠型がいれば安全に回避可能である。
罠型にはダンジョン内のトラップを回避するスキルがある。
しかし、いないものは仕方ない。
この近辺の罠は固定ダメージや状態異常が多く、前衛かつ耐性高めのリコリスちゃんが先頭を務めるのは最適だったのだが……。
問題になっているのは精神ダメージのほうだ。
即死するような罠は見当たらないし、パーティにはサブヒーラーのシエスタちゃんもいる。
「……よし。決めたよ、リコリスちゃん」
「ハインド先輩?」
「とりあえず立って」
「あ、はい」
手を取って立たせ、回収しておいた装備品を返す。
重いんだよな、細身のサーベルでも。
神官の俺が持つと。
「先頭交代だ。ここからは俺が罠避けに――」
「仕方ありませんわね。わたくしが先頭に立ちます」
若干の決め顔を作りながらの言葉だったのだが、華麗にインターセプトされた。
リコリスちゃんは不思議そうな表情になっただけだったが、明らかにサイネリアちゃんとシエスタちゃんはそれに気が付いている。
は、恥ずかしい!? 安っぽい自己犠牲精神が見透かされている!
年下の中学生女子に!
「ご、ごほん! お、おい? ヘルシャ?」
「ハインドは駄目ですわよ。回復役はパーティ中央に」
道理だけど、今、お前……俺が先に言い出すのを待っていたよな?
言わなかったら、臆病者と謗って無理やりにでも先頭にする気だったよな……?
――あ、こいつ! 目を逸らしやがった!
人を試すような真似をするんじゃない!
「あ、あの! でも、悪いですよ! ヘルシャさん!」
そんな俺たちの視線の応酬を気付いた様子もなく、リコリスちゃんは恐縮しだす。
わかる、通らないと思っていた我儘や要求がいざ通ると、人は意表を突かれるものだ。
「気遣いは無用ですわ。戦闘に入ったら今まで通り、先頭を交代していただければ問題ありません。要は、ストレスが限界なのでしょう?」
「確かに、ちょっと嫌になってきたのは確かですけど……」
怖がりだと言っていたものな……俺の配慮が足りなかったな。
この辺りの階層は、ずっとレベルの高いお化け屋敷にいる感覚に近いので、いずれにしても先頭の交替は必要な措置だっただろう。
リコリスちゃんの消極的な肯定に、ヘルシャは笑顔で力強く頷く。
「でしたら、答えは決まっているはずです。ゲームは楽しく、ですわ。交替いたしましょう、リコリスさん」
「は、はい! ありがとうございますっ!」
「この程度の罠、わたくしにかかれば朝飯前! 鼻歌混じりに全て躱してご覧にいれますわ!」
「わあ……!」
か、格好いい……!
リコリスちゃんの前で、何も問題ないと大見得をきってみせるヘルシャ。
格好いい年上女性に惹かれがちなリコリスちゃんは、当然目を輝かせた。
そしてヘルシャが言葉の勢いのまま隊列の先頭に立ち、一歩を踏み出した……その直後。
「――!?」
目測を誤ったのだろう。
ヘルシャは新しい罠でも何でもない、ついさっきリコリスちゃんが転げ回ったスリップ床を盛大に踏みつけた。
「……ッ! ……ッッッ!」
半回転に近い勢いの、それはそれは見事な転びようだった。
声もなく痛みに呻くヘルシャだったが、格好をつけた直後にこれである。
堪え切れず――堪える気もないのだろうが、シエスタちゃんが盛大に噴き出した。
「ぶふっ!? さすがユーミル先輩のライバル、笑いのステージまで一緒……! すげー」
「ここは笑っちゃ駄目なところよ、シー……」
「でも私、ヘルシャさんのこと好きです! 好きになりました!」
現実だったら笑えない転び方だったな、今の。ゲームならでは。
気を付けろよ? 本当に。
冬場だから、氷の上で同じことをしないか心配だ。
「そ、それは何より……ですわ! くっ!」
「……無理、なさらなくていいのですよ……?」
色々な意味で痛いであろうヘルシャの背を、サイネリアちゃんがそっと支える。
転んだ際に勢いよくすっ飛んで行った鞭を受け取りつつ、ヘルシャは小さく礼を言った。
ここから顔は見えないが……震えているな? どういう感情? 羞恥か?
「と、ともかく、参りますわよ! みなさん、まだ余力があるのでしょう!?」
俺たちはヘルシャを先頭に、冥宮の攻略を再開した。
余力があるとヘルシャは言ったが、実のところもう限界が近い。
原因はアイテム枯渇やパーティ構成によるものではなく、純粋に敵が強いからだ。
通常モンスターはまだどうにかなるが、これから出現するであろうボスはギリギリ……どうも、そんな空気がある。
そしてボスフロアが近づいたところで、俺たちの前に現れたのは――
「手だ……」
――またも手のモンスター『イビルハンド』のようだった。
ただし、何か様子が変である。
「この子、手袋をしていますよ?」
「子って、リコ……」
そう、そうなのだ。
目の前に浮かんだ手は手袋をしている。
数は二つ、きちんと右手と左手で一対のようだ。ほとんど同じ動きをしている。
更には群れておらず、あちらから攻撃もしてこない。
「どういう個体なんだ……?」
「燃やしてしまえば一緒ですわ!」
髪はぐしゃぐしゃ、顔は煤などで汚れだらけ、更には罠から放たれた矢が服に引っかかったままのヘルシャが、魔法詠唱を開始する。
結局リコリスちゃんと同じ状態になっているじゃないか!
「こらこらこら! 待て待て!」
「止めないでくださいまし、ハインド! わたくしの怒りを受け止めてくれそうな、都合のいい存在が目の前にいるというのに!」
「まだ敵かどうかもわからないだろ!?」
まるで全てを灰にしかねない勢いである。
しかし、いかにも他と違うこの手……こちらから攻撃してはまずい気がする。
TBには護衛することでアイテムや経験値をくれる動物やモンスターもいるので、こいつもその類ではないだろうか?
まずは様子を……。
「……えっ?」
謎の手が「攻撃しないでくれ!」とでも言うかのように、手の平を見せながら左右に振る。
やがて攻撃してこないことを察知すると、親指を立てた。
続けざまに、まるで道案内をするかのようにダンジョンの分岐路を指差す。
「ええっ?」
緩やかな動きで、その手はゆっくりと動き始めた。
ついてこい、と読み取れるな……これは。
俺たちは顔を見合わせると――
「「「……」」」
――互いにうなずいて、謎の手の導きに従うことにした。