武闘家・ワルター
「で、せっかく集めた魔王像のアイディアだけど……」
「まずは冥宮の攻略、ですわね?」
俺はヘルシャの合いの手のような言葉に頷いた。
魔王像は捧げものを筆頭に、色々と試す際は結構コストがかかりそうなのだ。
そのため、稼ぎを兼ねて攻略を優先することにした。
「前衛がワルターしかいないから、無理のない範囲で進もう。いいよな? ヘルシャ、ワルター」
「はい!」
「……」
同意を求めて、軽く呼びかける。
ワルターはすぐに返事をしたが、ヘルシャは返事を寄越さない。
何かを考えるような素振りだ。
「……いえ、ここは無理をさせましょう」
「お嬢様!?」
冥宮の攻略も進み、そろそろ敵が強くなってくるころである。
苦戦して回復アイテムの使用量が嵩みそうなら、撤退の腹積もりだったのだが。
ヘルシャ個人の考えだったからか、ワルターも驚いている。
「どういう意図でそうなったんだ? ヘルシャ」
「ワルターの能力的に、安全策を取る必要はありませんもの。加減は無用ですわ」
無用ですか。
随分な自信だな。
「ワルターだけで、後衛四人のパーティを支え切れると?」
「もちろんですわ」
「おじょうさまぁ……」
鼻息も荒く、胸に手を当て片目を閉じるヘルシャ。
当のワルターは、対照的に自信がなさそう。
小柄な体を更に小さくし、ヘルシャを前に泣きそうな顔で縮こまる。
「ワルター……情けない顔をするものではありませんわ。あなたが好きな師匠の前で、いいところを見せるチャンスですわよ?」
「あ、そ、そんな。大好きだなんて……」
「大は付けていませんわよ」
「あれっ? そうでしたか?」
「……」
背を向け、声を潜めているつもりのようだが、全て聞こえてしまっている。
この休憩室のような、狭い場所で内緒話は無理があるだろう……と、背後から肩に手が置かれる感覚。
それも手の大きさ、温度がそれぞれ違う。
俺は振り向くことなく問いかけた。
「……あの、二人とも? その手は何かな?」
「「……」」
「リィズ!? セレーネさん!? ぽんぽんしていないで、何か言ってくれる!?」
どういう意味なんだ、それは!
無言での行為に、さすがに振り向きながら声を大にする。
やがてヘルシャとの話を終えた、ワルターは――
「よ、よーし……!」
――妙に微笑ましい声とポーズで気合を入れると、先頭に立って歩き出した。
数十分後。
ワルターを中心に、俺たちは冥宮深部に向かいひた走っていた。
洞窟らしかったダンジョン内部の様子は一変し、禍々しい意匠が目立つ人工物へと姿を変えている。
モンスターも悪魔系、怨霊系などがメインの強敵揃いに。
「たぁっ!」
そんな中、細腕から繰り出されたとは思えない強烈な打突がモンスターを襲う。
ワルターの攻撃を受けたガーゴイル型のモンスターは、壁に当たって粉々に砕け散った。
既にここはボスフロアで、相手は今ワルターが倒したガーゴイル型……それが十体ほどの群れで出現。
一体一体がかなり強力だが、ワルターは囲まれても動じず、自己回復を駆使して確実に捌いている。
「やるなぁ……」
思わずそんな呟きが漏れた。
無軌道な前衛ばかり見てきたからか、きちんと実際の格闘技……武道の動きをしているワルターの姿は、余計に洗練されて見える。
特に回避の足運び、そこからのカウンター、位置修整などの動きに無駄がない。
状況把握も的確で、無理な時は攻撃せずに下がる。
更に挙げると……。
「魔法の効きが今一つですわね! セレーネさん、そちらは!?」
「ぶ、物理も同じみたい! です! ……リィズちゃん、デバフはどうかな?」
「デバフも状態異常もレジストしてきますね。彫像風情が、生意気な」
「ボクに任せてください!」
防御力を無視する『発勁』系統のスキルが、強防御のガーゴイルと噛み合っている。
午前はヘルシャ、午後はワルターとシリウス組は大活躍だ。
もちろん、カームさん……静さんも、例の攻略メモを作った功績があり――
「危ないっ、師匠!」
――と、余計なことを考え過ぎていたか!?
ワルターへの回復・支援でヘイトを取り過ぎたようで、一体のガーゴイルがこちらに長槍を投擲してきた。
それに一早く反応したワルターが、華麗な上段蹴りで槍を叩き落とす。
「お、おお! サンキューワルター、頼もしいな!」
短く礼を言うと、目一杯精悍な顔つきで戦っていたワルターは……。
へにゃっと、締まりのない表情でそれを受け取った。
主従揃って、褒められた時の反応が一緒である。
「ワルター! まだ敵が残っていますわよ!」
「――!? は、はい! お嬢様!」
「……」
そんなワルターを「今更ですが、この人も大概変わっていますね……」といった表情で見るリィズ。
ついつい詠唱の手が止まってしまっている。
矢の再装填を進めるセレーネさんは、リィズの様子に気付き……。
「どうしたの? リィズちゃん」
「あ、いえ。今更ですが、ワルターさんも大概変わった方だなと……」
「当たった」
「……ハインドさん?」
「あ、いや。リィズ、ワルターのどの辺りを見てそう思ったんだ?」
まだ戦闘中だが、残りの敵は二――いや、今一体になった。
戦況に余裕ができたので、多少の雑談は許されるだろう。
「そうですね……一番は、強さと外見がミスマッチなところです」
「ゲームの補正があるとはいえな。現実でも、アレだ……すごく足音が静かなんだよ」
「体幹が強く低重心ということですね?」
「うん。多分な」
ただし敵モンスターが吹っ飛んでいるのは、大部分がスキル効果とステータスによるものだ。
ワルター……司の体格・体重を考慮すると、あれをそのまま現実でやるのは不可能だろう。
だが、それを差し引いても身のこなしが常人と違う。
本人は貧相な体にコンプレックスがあると言っていたが、おそらく体質的に太い筋肉が付きにくいだけで、相当鍛えているのだろう。
あいつと喧嘩になったら、俺は絶対に勝てないと思う。
「それから、もう一つ。再確認ですが」
「お?」
リィズは魔法を詠唱しつつ、こちらに向き直る。
俺もMPチャージをしながら、それに応じた。
「ワルターさん、本当に男性ですよね?」
「そりゃあ……一緒に温泉も入ったし……」
断定できるほどじっくり見たわけではないけれど。
そもそも雇い主のヘルシャがそう言ったのだから、間違いないはずだ。
ワルター自身の態度にも、不審なものは感じられない。
だから――。
「まあ、いいです。彼? は、そういう生き物だと思うことにしておきます。信じがたいことですが」
「り、リィズちゃん? その結論はどうかと……」
「やはり俺と同じ結論に至ったか……リィズよ」
「え?」
「ハインドさんの妹ですから」
「あ、あの……えっ?」
何やらセレーネさんが困惑しているが、ともかく。
ワルター本人には絶対に言うなよ、と釘だけはさしておいた。絶対に傷つくし。
リィズならそんなことをしないとは思うが、念のため。
「急に野太く男らしい声で戦いはじめてくれれば、こんな疑いを持つこともなかったのですが」
「オ゛ル゛ァ! とか、フンヌァァァ! とかか?」
「はい」
即答かい。
そんなワルターは嫌すぎる。
「やぁぁっ!」
……リィズの言葉に反して、声変わりしたのかどうかも疑問なソプラノボイスが冥宮内に響く。
動きは相変わらず切れ味抜群で、掛け声と合っていない凶悪な威力の蹴りが放たれた。
残った最後の一体は耐え切れず、追撃を用意していたヘルシャの魔法を待たず光に転じていく。
「やりましたよ、師匠! 見ていてくれましたか!?」
笑顔でぴょんぴょんと跳ね、その勢いのまま俺にハイタッチを求めてくるワルター。
しっかりと手を上げて応じると、更に笑みを深くして喜ぶ。
だが、女性陣の生暖かい視線に気が付くと……。
「あ、そのぅ……えへへ……」
はしゃいでいたことを恥じるように、はにかんだ笑顔でヘルシャのほうへと退散していく。
残された俺たち三人は……。
ワルターの艶やかな後ろ髪を見つつ、何とも形容しがたい吐息をこぼした。
「……可愛いよな? あれ、男なんだぜ……」
「……ええ。可愛いですよね、異様に」
「その辺の女の子よりも、ずっと可愛いよね……」
控えめで、可憐で、嫌味がない……ある種、理想的な姿だろう。
トビがワルターと出会ったころに苦しんだ理由が、今になってよく分かる。
そしてヘルシャの宣言通りに、遺憾なく戦闘力を発揮したワルター。
闘技大会で戦った際の印象では、ここまでではなかったと思うが……見違えたな。
長くプレイしたことで、ゲームに慣れたか?
もし再戦の機会があれば、ユーミルと互角以上に戦えるのではないだろうか。
そんなことを考えていると……。
「あなたたち、最後まで手を抜かないでくださいます!? 少々手こずったではありませんの! もうっ!」
「「「ごめんなさい」」」
話をしていて、攻撃・支援の精度と頻度が下がっていたことがバレたのだろう。
詰め寄ってきたヘルシャに、三人揃って叱られるのだった。