大会決勝戦・前編
大剣、鎧、巨躯、そして凄みを湛えた迫力のある双眸。
傭兵アルベルトが小さな少女を引き連れ、大歓声の中で俺達の前に立つ。
こうして相対すると威圧感が半端じゃない。
意外なことに、先にあちらの方から俺達に声を掛けてきた。
「久しぶりだな、ハインド」
「あ、憶えていてくれたんですか」
「忘れはしない。俺が今も使っているこの剣は、お前達に譲ってもらったものだ」
彼はそう言うと、鞘の無い大剣の腹を前にして突き出して見せた。
譲ったというか、売ったんだけどね。
どうせ通常戦闘では誰にも扱えないから、無用の長物だったし。
「お前達から譲り受けたこの剣で、お前達を倒す……悪く思うな。俺は二度も負ける気はないぞ」
演技なのか素なのかは分からないが、獰猛な笑みを浮かべて笑う。
おお、こわいこわい。
ゲームじゃなかったら、まず立ち向かおうなんて気は起きないな。
「戦う前に一つ訊いてもいいか? アルベルト」
「なんだ? ユーミル」
「その、さっきから一言も喋らない……フィリア、だったか? アルベルトとは、どういう関係なのだ? 失礼だとは思うのだが、気になって気になって」
そういや掲示板では身内説を唱えている人が居たな。
否定的な意見も多く、正直その人が言っていた目元以外は余り……。
そんなユーミルの質問に対して、アルベルトはあっさりとこう答えた。
「娘だ」
うわぁ、似てねぇぇぇ……と思ったのは、きっと俺もユーミルも同じで。
どうやったらこのゴツイ男からこれだけ可憐なお嬢さんが生まれてくるのか、ついつい二人の顔を見比べてしまう。
これを親子だと見事に看破した人には、拍手を送りたい気分だ。
「お前達の言いたいことは分かる」
「え、あの……は、はは……」
笑って誤魔化すことしか出来ねえ。
アルベルトは俺達のようなリアクションは慣れているらしかった。
しかし子連れ傭兵か。新しい――のか?
「容姿が嫁に似たのは良いんだが、幼い頃の俺に似て無口でな。フィリア、ご挨拶しなさい」
「……よろしく」
その子の一切媚びを売る気の無い愛想0の表情は、見ていて却って清々しくすらある。
が、その少女を見て俺も気になったことが一つ。
――現在の時刻は午後十時前。
子供が起きているには、少々遅い時間だと思うのだが。
「こんなに遅い時間までゲームをさせていて構わないんですか? 娘さん、小学生なんじゃ……」
「私……中学生。小学生じゃない」
「え? あ、ゴメンゴメン! 悪かった!」
「別に怒ってない。背が低いのは事実」
そうなのか?
むっつりしたまま表情が変わらないから、てっきり怒らせてしまったのかと思った。
このくらいの年の子って、子供扱いされるのを嫌がる場合もあるだろうから。
俺の話を受けて、アルベルトがフィリアの頭に手を置きつつフォローする様にこう言った。
「俺は高校時代に急激に背が伸びた。この子もきっと同じ――晩熟タイプということなのだろう。だから、それほど心配していない」
「なるほど。俺の知り合いにも一人居ますよ。バスケ部員なんですけど、高校に上がって少ししたらポジションがガードからセンターになってました。嬉しいけど、成長痛が酷いとか何とかって」
『あー、そろそろよいか? その“ばすけ”とやらの話はそんなに大事であるか? 余は早く、お前達の試合が見たいのであるが。観客も同じ気持ちであろう?』
観客達からは、今か今かという微妙な空気が漂っていた。
ちょっと話し込み過ぎてしまったか。
「おっと、失礼しました。始めて下さい」
これじゃリヒト達と同じになってしまう。
話なら戦いが終わった後にいくらでも可能だ。
皇帝陛下が寛大なものだから、ついつい試合前に相手と話をしてしまう。
「うむ。始めてくれ!」
「こちらも問題ない」
「……」
全員が準備完了の意を告げ、皇帝陛下が大きく頷く。
幸いにも、話している内に緊張は解れた。
泣いても笑ってもこれで最後、ここまで来たら俺達の全力をぶつけるのみ。
『――では、帝国主催・武闘大会決勝! ベリ連邦所属、傭兵アルベルト・フィリア対サーラ王国所属、ユーミル・ハインド……始めぃっ!』
各員、開始の合図と共に一斉に武器を構えて動き出した。
それから数十秒後、やはりというか一対一を作ってこようとする相手に俺達は密集隊形で対抗。
しかしそれほど戦況は芳しいわけもなく……。
目の前で重たい金属音がし、ユーミルが苦悶の表情を浮かべる。
「ぬうあああっ! これはキツイ!」
「無理に打ち合うな! 回避優先、丁寧にカウンターを狙っていけ!」
どちらの武器も重量級だ。力比べではこちらの分が悪い。
まともに受けると、防ぎきれずにダメージをもらうことになる。
連携もへったくれもない力任せの二人の攻撃を、回避しながらチマチマとMPをチャージしていく。
一瞬でも気を抜くと持っていかれる。
俺の方はフィリアちゃんが、アルベルトはユーミルを主に狙ってくる。
互いにフォローすることで瞬殺こそ免れているが、そろそろユーミルの限界が近い。
動くのに必要な最低限のMP……よし、ギリギリ足りる! 詠唱開始、仕掛ける!
「ユーミル、スイッチ!」
「――! 応、任せる!」
位置を入れ替えて俺がアルベルトの前に躍り出る。
それを見た彼は一瞬だけ訝しむような顔になったものの――
「死にに来たか! ハインドッ!」
「ッ!」
そのまま俺への攻撃を選択。
落ち着け……いくら攻撃が苦手とはいえ、これを外すわけにはいかない。
胸と腕の筋肉が力強く盛り上がり、あの大重量の剣が身の毛もよだつ速度で横薙ぎに迫ってくる。
大丈夫、良く見えている……狙いはそこだっ! 『シャイニング』発動!
「!!?!??」
「うおおっ!? あぶねえ!」
魔法の発動直後、軌道が下に大きく逸れた大剣をバックステップで躱して距離を取る。
どうだ……?
「ぐああああっ!!」
アルベルトが目を抑えて苦しそうに呻いている。
成功に喜ぶ間も無く、それを見た瞬間に俺は叫んだ。
「ユーミルッ!」
「――おおおおおおっ!」
「!!」
ユーミルが『捨て身』を発動してフィリアちゃんに襲い掛かる。
猛然とラッシュをかけ、瞬く間にHPを奪い取っていく。
前に目に砂が入った時に色々と検証したのだが、プレイヤーの目へのダメージはかなり回復に時間が掛かることが判明。
自然回復は一応するのだが、特にこの『シャイニング』……自分に撃ってみたところ、軽く十秒強は視界が白く染まったまま周囲を見ることが不可能になる。
これを見越した低威力だったのかは分からないが、ともかくこのスキルは対人戦限定でデバフの一種として使えることを事前に発見済みだった。
掲示板や攻略サイトを見ても一切記述がなかったことから、誰にも話さずに今日まで温存しておいたとっておきの手だ。
「! ユーミル、急げ!」
「フィリア、無事か!? フィリア!」
よろよろと、恐らくだが音を頼りにアルベルトがユーミルの方へ向かって剣を振り回しながら近付いてくる。
俺は今の内に距離を離してMPチャージ、そしてユーミルに『アタックアップ』を発動。
斧で必死に防御するフィリアちゃんだったが体格差・動きのキレ・そして集中力と、全て今のユーミルが上回っている。
そして遂に――
「終わりだっ!」
「あうっ!」
ユーミルの『ヘビースラッシュ』が小さな体を捉え、地面へと叩きつけられた。
HPバーが点滅、一気に減ってそのまま動かなくなる。
「フィリアー!!」
真っ赤に血走った目で、闘技場中に響く大声でアルベルトが叫んだ。
上手く行った……が、ここからが本番だ。




