リィズとヘルシャ
夜になり、旅行二日目・再度のログイン。
そして今回も、冥宮へと向かう。
この日もあまり体を使う遊びはせず、静かな一日となった。
その分、ゲームに使う時間がやや長くなっている。
「うーん。本当にヘルシャの言った通りになった……」
例の攻略メモを共有した結果。
非凡なアイディア平凡なアイディア、可能性を感じるものから奇抜なものまで、量・質ともに充分な案が出た。
「ふふ。そうでしょう?」
目論見通りだったのだろう、ヘルシャは得意気である。
特に、普段は話し合い中、頭の上に疑問符を浮かべまくっている二人……未祐と小春ちゃんから多くの考えが出たのが印象的だった。
「ああいう様子を見ていると、情報をまとめなかった俺の怠慢だったのかなって……」
最近のアイディア出しは、話が通じやすいメンバーだけで完結してしまっていたかもしれない。
これだけ色々出るなら、もっと手を尽くすべきではなかっただろうか?
「そんなことはありませんよ、ハインドさん」
と、今回のパーティメンバーであるリィズが俺の袖をつかむ。
ちなみにリィズは話が通じやすいメンバー、ナンバー1だ。
というか、話をするまでもなく通じている場合も多い。
「何度も何度も同じ説明を、事あるごとに易しい言葉で繰り返しているのですから。情報共有だって、面倒にも嫌にもなりますよ」
リィズの言葉で、過去の光景が思い出される。
あれは少し前、回復薬の調合をしていた時のことだった。
「手伝うぞ、ハインド!」
「手伝います!」
バーン! と、開けたドアが跳ね返るような勢いでユーミルとリコリスちゃんが入室してきた。
調合室内の棚にある薬品瓶が、振動でカタカタと鳴る。
「――どわっ!?」
急な来訪に、調合の真っ最中だった俺の肩はびくりと跳ねる。
薬品がこぼれそうになるも、すんでのところで瓶を垂直に戻せた。
「シエスタから、ここにいると聞いたのでな!」
「先に生産設備の管理を終わらせてきました! 羊さんも牛さんも、今日も元気です!」
視線を向けると、二人の手には今日の成果であろう洗浄済みの真っ白な『羊毛』が。
アイテムボックスに入れてから来ればいいのに……。
「そ、そっか。おつかれさん」
別の作業に回ってもらおうかとも思ったが、せっかくの厚意だ。
細かい作業はちょっと……いや、かなり不安な二人だが。
ここは手伝ってもらうことにしよう。
「それじゃ、お願いするとしようかな。ユーミルはポーションの蒸留を」
「うむ! ……む?」
「リコリスちゃんは栄養剤を薄めてきて。ちゃんと精製水を使ってね」
「はい! ……はい?」
勢いのあった二人が、あっという間に静かになる。
疑問の声と共に固まってしまった。
「……まさかとは思うけど、二人とも」
「な、何だ?」
「なな、何ですか?」
「前に説明した調合の手順、まるっと忘れたんじゃ……」
またも固まった。
かと思えば、変な汗を出しながら急にまくし立てはじめる。
「ななな、何を言っているのだ! ハインド!」
「そそそそ、そんなわけないですよ! やだなぁ、ハインド先輩ったら! あははー」
「わかりやすい動揺、ありがとう。で? 本当は?」
「「……」」
別に俺は怒っているわけではない。
純粋な善意で手伝うと言ってくれているのだし。
だが二人は、妙な作り笑いを浮かべると……何故か、手に持った『羊毛』を俺の頭の上に乗せてきた。
「何で!? おかしいだろう!? 素直にやり方を忘れましたって言えよ! 怒っていないから!」
「「忘れました。もう一度教えてください」」
「まったく……」
TBの生産関係は複雑で、覚えにくいものばかりだ。
故に忘れてしまうのは仕方ないのだが、それを誤魔化そうとするのはいただけない。
「じゃ、改めて説明するからな? できれば、今度は忘れないでくれよ? いいか――」
「先輩、せんぱーい。キノコの毒を濃縮するのって、どうやるんでしたっけ? 妹さんに頼まれ……おー、白アフロ? イメチェンですか? キマっていますねー」
「――だあっ!」
質問者がシエスタちゃんを加えた三人に増えたところで、俺は順調に進むはずだった調合作業の遅延を覚悟した。
ついでに頭の上にあった『羊毛』を作業机の上にモフッと叩きつける。
君たちね……。
「……だよなぁ。やっぱり、いくら複雑な内容といっても、一週間もすると忘れているのは……はぁぁ……」
一度に詰め込み過ぎなのか? それとも俺の教え方が悪いのか?
甦ってきた光景に、急激な脱力感が。
騎士二人は特に、忘れっぽいものの能力が低いわけではないのがまた。
今回の件で、それを再確認させられたということもある。
「し、しっかりしてください、ハインドさん!? 放任しても、切り捨ててもいいのですよ! え、ええと……偶には!」
「あら、リィズ。そうしなくてよくなるための資料作りですわよ?」
長い金の髪をかき上げ、ヘルシャがリィズに向かって笑む。
ふらつく俺を支えてから、リィズはゆっくりとそれに応えた。
「……それはわかっています。私が言いたいのは、ハインドさんがそこまで苦労を負う必要はないと――」
「長い目で見れば、豊富なアイディアはハインドを助けますわ。聡明なあなたなら、それもわかっているのでしょう?」
「確かにそうですが……今回のように、いつもいいアイディアが出るとは限りません」
あ、あれ?
いつの間にか激しい応酬が始まっているような?
このまま挟まれているのはまずいな、さり気なく距離を取っておこう。
「道理ですわね。しかし、ですわよ? そもそも、ギルドのな……」
「……な?」
「な、仲間! なのですから! ひとりではなく――」
「言い慣れていない感がすごいな。照れるなよ」
「――うるさいですわね!」
離れながら小声で言ってみたのだが、聞き洩らさなかったらしい。
しっかりと噛みつかれた。
「ともかく! 同じギルドの一員なのですから、皆で考えてこそではありませんの!」
合理性と願望の入り混じった、少し子供っぽくも聞こえるヘルシャの理想論。
しかし、リィズはそれがお気に召さなかったようで……。
「そうは言っても、作った資料が無駄になることだってあります。あの話を聞かない人たちは、ハインドさんに作戦立案を丸投げしてくることも多いのですよ?」
「だからといって、可能性を狭めるような真似は愚策ではなくて? メンバー全員、作戦会議に積極的に参加する気にさせるのも、リーダーとして必要な手腕ですわ」
「そもそも、ハインドさんはサブギルドマスターです。ユーミルさんの補佐であって、リーダーではないのですが?」
「補佐? 象徴としてのリーダーと実質的なリーダーで役割分担している形でしょう? あなたたちのギルドは。わたくしに対して、程度の低い誤魔化しはやめていただきたいですわね」
「……言ってくれますね。でしたら――」
侃々諤々の議論、というのがぴったりな二人。
時折語気は強めるものの、荒げる様子はないことから、ワルターも止めに入るべきかどうか迷っているようだ。
「えっと……これは、喧嘩? ではないですよね? 師匠」
「議論……だと思う。多分」
だから一緒に待っていようぜと、ワルターと一緒にもう一人のメンバーのところに避難する。
俺が発端ではあるが、下手に口を挟める空気じゃない。
「リィズちゃん、見た感じは険しい顔だけど……実はちょっと楽しんでいるよね?」
そして、喧嘩にはならないと見て安心した様子のセレーネさんがそんなことを口にする。
わかりますか、さすが。
「ヘルシャはこれまで、リィズの身近にいなかったタイプですからね。新鮮なんでしょう。リィズのやつ、俺を庇ったせいで今にも論破されそうですが」
「楽しんでいるということなら、それはお嬢様も同じだと思います。とても活き活きとしていらっしゃいます」
こうして話している間も、リィズとヘルシャは激しく互いの主張を戦わせている。
二人の気が済むまで、俺たちは議論の様子を見守ることにしたのだった。