攻略メモ
「なるほど。角はNGと……」
黒焦げになったトビを助け起こしつつ、状況を確認する。
白目を剥いているな、気絶か。
幸いにも、気絶以外の状態異常はなし……この場は安全地帯なため、減ったHPは落ち着いてゆっくりと回復すればいいだけの話だ。
気絶は短時間で自然回復するステータス変化なので、放っておいて問題ないだろう。
「そのようですわね……角に触れる前段階から、既にいやらしい手つきだった気もしますが」
「……」
ヘルシャは再び静止した魔王像から距離を取りつつ、俺の言葉に頷いた。
一瞬、眼下のトビがヘルシャの言葉に反応したような……気のせいだろうか?
「そうだな。加点っぽい淡い光は、トビが気持ち悪くなった辺りから途切れていたし」
「ええ。気持ち悪くなった時にはもう途切れていましたわね。このゲームお得意の、脳波感知を利用したものかしら? カームはどう思いまして?」
「角に触れたことが致命だったにせよ、トビ様が気持ち悪――失礼。像の撫で方にも、解明すべき点がありそうですね」
「――」
びくん、びくんと三度トビの体が跳ねる。
お前、もう起きているだろう? ――と思ったのだが、ステータス状態は気絶のままだ。
おかしいな……気絶状態は五感のほとんどが遮断されるので、俺たちの会話が聞こえているはずがないのだが。
「とりあえず、俺はトビを回復させるよ。ちょっと待っていてくれるか?」
「ええ、もちろんですわ。わたくしたちのほうでも、今のうちにやるべきことを……カーム。お願いできるかしら?」
「はい。いつもの通りに」
トビに回復魔法をかける俺の横で、ヘルシャがカームさんに何かを命じる。
見ていると、カームさんは洋紙とペンを取り出し……。
「……? 何して――っていうか、させているんだ?」
「像に対して行ったこととその結果を、まとめて一覧にさせていますの」
「昨夜の三パーティ、それぞれの行動も全て記録してあります」
おお、それはありがたい。
そして魔界を目指すという行為が自分の発案であることを思い出し、申し訳ない気持ちになる。
本来であれば、俺がやっておくべき行動だろう。
「必要だとお思いになった際は、いつでもお申し付けください」
「無用な重複行動は避けるべきですから。ゲームであっても、仕事であっても、それは一緒ですわ。効率よく参りましょう?」
何と心強い。
普段シリウスでどんな行動をしているか、リアルでどんな仕事ぶりを発揮しているかまでもが透けて見える発言だ。
「ありがとうございます、カームさん。ヘルシャも、ありが――」
「めっちゃ有能でござるな!?」
「――うわっ!? 急に起き上がるな!」
その後、俺たちは像に様々なことを試した。
そしてその度に、カームさんが行ったことと結果を記録してくれる。
「それにしても、意外ですわね」
「何がでござるか?」
ヘルシャがインベントリから出したお洒落な帽子を魔王像に乗せつつ、こちらを見る。
お、黄色い光……ここまでに劇的な成果は得られなかったが、光の色が評価の上下に連動しているらしいことはわかった。
赤はマイナス、黄色はプラスだ。
黄色は幸せの色ともいうし、そういうことなのだろう。
あまりにマイナスが大きいと、赤く光った上で先程のトビのように「おしおき」されることになる。
……貢ぎ物の時も、これだけわかりやすければなぁ。
貢ぎ物を納めた際は無反応なんだよな、何故か。
「ハインドは、こういったことに抜かりがない印象でしたから」
ヘルシャが指摘しているのは、カームさんがやっている記録作成に関してだろう。
要は攻略メモ作りだな。
……ゲーム開始初期は過剰なくらいに作ってあったんだ、実は。
でもなぁ。
「あー、それは……」
「主にリィズ殿のせいでござるな!」
トビが魔王ちゃん像の口元にちょび髭を付けてみる。
さすがにそれは下がるだろう……と思っていたら、像からは黄色の光が。
嘘だろう!? それでいいのか、魔王ちゃん。
「……リィズ、大抵のことは記憶しているからな。一緒にプレイするようになってから、メモを取る必要がほとんどなくなっちまった」
「あら、素晴らしい能力ですわね。先天性ですの?」
「いや、努力の産物。記憶力トレーニングとか、そういうの」
生まれつき記憶力に優れた人間というのは、確かに存在する。
けれども、リィズ――理世が意識して記憶力を鍛えはじめたのは、小学校に行くようになってからだ。
「どうしてそんなことをするのかって訊いたら、あいつなんて答えたと思う? ヘルシャ」
「さあ? 小学校の同級生に負けたくなかったのでは?」
「それがさ……そんな子どもらしい理由じゃなくて。十年先の自分のため、なんて返されてさ」
「どんな小学生でござるか!? 怖いよ!」
びびるトビに対し、カームさんはペンを持つ手を止めて沈思する。
「十年先……ちょうど、今の理世様の年齢に合致しますね」
「十年計画、見事に成就していますからね。ここからさらに十年経ったら、一体どうなっているやら……」
目の前のことで一杯の小学生時代に、そう言われた俺はピンとこなかったが……。
俺の一年遅れで、理世が中学に入ったころからだろうか?
勉強の成績で妹に全く勝てなくなって、驚いた記憶がある。
宣言通り、十年後となった今は――もはや言うまでもない。
「六歳から十年後、十六歳ですか……わたくしには、違う意味にも聞こえますけれど。確か日本の法では――」
「うん?」
「いいえ、何でもありませんわ。ですが、そんな人材なら、ハインドともどもウチに欲しくなりますわね?」
ヘルシャはリィズに俄然興味が湧いたようだ。
とはいえ、興味の持ち方がな……同世代の女子に向けるそれじゃないんだよな、どうしても。
「ゲームと現実、どっちの話かわからんが……メイドにでもする気か?」
「最初のうちはそうですわね。わたくしの手元でメイドをさせながら育成して……伸びた能力と積んだ経験次第では、会社の一部門を任せても構わなくってよ? もっとも、あの愛らしい容姿を活かさない手はないと思いますから、それだけではもったいない人材だと考えますけれど――」
「具体的すぎて怖いわ。どこまで本気なんだ? 冗談だよな?」
「ふふふ、どうでしょうね? ハインドの場合はわたくしから離れず、カームと共に補佐についていただきたいと……」
「じょ、冗談だよな? っていうか、ワルターの名前を挙げてやれよ。そこは」
ゲームの話と現実での話がごっちゃになっていて分かりにくいし。
個人的にはワルターが急成長して、その席に収まってほしいと思っているのだが。
「ヘルシャ殿、ヘルシャ殿」
「何ですの? トビ」
「リィズ殿、現実のほうでなら、報酬と保障次第で引き受けてくれそうでござるよ? 何せ、人ひとりを軽く養えるレベルの経済力を持つという野望があるそうでござるから」
「へえ……」
ヘルシャの目の色が変わった。
冗談めかした口元・目元の笑みが消え、カームさんを呼んで何か耳打ちを行う。
おいおい。
「余計なことを言うなよ、トビ……」
「余計でござるかな? 選ぶのはリィズ殿でござるよ? そのまま永久就職ってわけでもないのだし、バイトバイト。アルバイト程度の話でござるよ、ハインド殿もバイトなんだし」
「変なところで正論を吐くんじゃない。確かにリィズには、勉強以外の経験をもっとしてほしいと常々思っているけど……」
「ハインド殿は過保護なのでござるよ。っていうか、受けたとしても同じ職場でござるよ? 何の心配があるので?」
目が届く範囲じゃないの、とトビが笑う。
だが、お前は大きな見落としをしている。
「じゃあ訊くけど。お前、仮に自分のお姉さんたちと一緒の職場になったとして、何とも思わないのか? しかも自分よりも優秀なんだぞ? 先に昇給とか出世とかされても、何とも思わないのか?」
トビの言う通り、目が届いて安全という利点はあるのだろう。
ただしそれは全て、先輩としての威厳を保っていられたら……の話だ。
仕事になれば上から見た際の扱いは同列、出した成果によっては一瞬で立場が逆転する。
そうなったとき、見守るなんて穏やかな姿勢を維持できるものだろうか?
俺の場合は妹に指示をされるという情けない立場になるし、トビに置き換えると……家でも仕事場でも、ずっとお姉さんにマウントを取られ続けることに――
「――ぼえ゛っ! おええっ!」
「えずくな。ちゃんと言語化しろ」
「超嫌でござるっ! 超超嫌でござるぅぅぅ!」
嫌なんじゃねえか。
身内と同じ仕事をするというのは、想像の何倍も大変なことだと思う。
その身内が優秀であればあるほど、比べられた時に劣っている側は辛い。
「――では、カーム。そのように」
「はい。お嬢様」
それぞれ優秀な姉と妹を持つ者同士、益体のない話をしていると……。
どうやら、あちらの話は順調に終わったようだった。
あんまり順調だと、俺の胸中は複雑になるのだが。
「……こほん。失礼いたしましたわ。この話の続きは、後にするとしまして」
「後でするのか……」
「話を戻しますわね。いかにリィズの記憶力が優れていようと、共有すべき情報を文書に残すという行為は大事ですわよ。機密文書は別ですが」
「結果一覧は、現実に同じものを出力してみなさまにお渡ししておきます」
「へ? ……それをやると、一体何が起きるのでござるか?」
トビの不思議そうな顔に対し、ヘルシャは自信ありげにうなずく。
「見ていなさいな。きっと、普段のあなたたちにはない反応が起きると思いますわ」