魔王像の謎
「カーム!」
「はい」
ヘルシャの減ったMPをカームさんが瞬時に回復させる。
主従で息の合ったコンビネーションだ。
「カームッ!」
「はい」
「わんこそばでござるかな?」
先程はMP譲渡の魔法で、今度はポーションによるMP回復。
そして更に、文字通りの火力を吐き出し続けるヘルシャ。
「……リアルな洞窟だったら、拙者たちまで危険でござるな。酸欠で」
「そこまで行かなくても、汗だくだよな……」
洞窟内には新鮮な酸素の通り道も、熱気の逃げ場も少ない。
ゲームなので言うだけ野暮だが、地下には毒性や可燃性のあるガスが噴き出していることもある。
この場にいたら、マーネ……もとい、カナリアはきっと鳴きっぱなしだろう。
「――ハインド!」
「あ、お、おう!」
急な呼びかけに、反射的に腰のホルダーから抜いたポーションを放る。
動きに合わせて肩のノクスが一瞬飛びたち、戻ってきたところで――我に返った。
やばい、貴重な『濃縮ポーション』が!
「あら? 小瓶の割に、いい回復量ですわね!」
「あああ、もったいねえ……このランクの敵相手に……」
「ご愁傷様でござるなー、ハインド殿。その点、拙者は――」
「トビ!」
「はいいっ!」
トビの手から『上級MPポーション』が放物線を描いて飛んでいく。
ちなみにあのポーション、戦闘のみだと半日かけて稼ぐ程度の額が必要なアイテムだ。
「ああっ!? しまった!」
「気が利いていますわね、あなたたち! これなら存分に炎を出せますわ!」
俺たちのゲーム内におけるメインの収入源は、生産関係だ。
とはいえ、である。
戦闘よりも効率よく稼ぐ手段を持っているとはいえ、だ。
「……拙者は、何だって?」
「………………ガッデム!」
「忍者キャラを適当に放り投げるな。いつものことだけどよ」
「放り投げたのは上級ポーションでござるよ?」
「そういう意味じゃねえ」
もったいない、とにかくもったいない。
魔導士として高レベルなヘルシャに使うこと自体は、全然もったいなくないが……はぁ。
「おほほほほ! わたくしにひれ伏しなさい!」
「ヘルシャお嬢様、今日はマジで絶好調だな……敵がかわいそうになるくらい」
「……誠に。あの状態のヘルシャ殿に鋭く呼びつけられると、つい従ってしまうでござるよ。気が付いたら拙者、手持ちの中で一番いいポーションを……」
「ああ、それはわかる」
背筋が伸びるというか、芯のある声をしているからな。
お嬢様に褒められると嬉しい、というのはゲーム内・リアル使用人両方の一致した意見のようだし。
「ユーミルもそうだけど、声に強さと説得力があるよな」
「カリスマリーダー的な?」
「そんな感じ。ユーミルのはついて行きたくなる、先導者の声で……」
「ヘルシャ殿は……さしずめ、支配者・指導者の声でござるか?」
「だなあ。近い系統だけど、微妙に違うっていうか」
「……ハインド殿、割と好きでござろう? そういう声」
「あ? ……まあ、どちらかといえば好きだけど。どうしてそんなことを訊く?」
「他意はないでござるよ、他意は」
両者とも、普通に話している分には、特段威圧感がないところもポイントが高い。
べた褒めだが、どちらも本人たちの前では言えない言葉だ。
ユーミルは調子に乗るし、ヘルシャは……どうだろう? ふにゃふにゃになる?
どうしてかはわからないが、そんな気がする。
「――終わりましたわ! 二人で何の話をしていましたの?」
「あ、いや……」
「ハインド殿が、ヘルシャ殿の声を好きって話でござるよ?」
「は!? おまっ!」
突然のトビの言葉に目を剥くが、既にトビの姿はそこになかった。
足音が遠ざかっていった方向には階段が……あの野郎、言い逃げしやがった!
「まあ……! とても嬉しいですわ、ハインド。でも、本当にそんな話をしていましたの?」
「っ……い、今更、否定はしねえ! そういう話はしていたし、実際にいい声だ! ……と、思うぞ! うん!」
「そうですの……うふふふふ」
ヘルシャが両頬を手で挟み、くねくねと動きながら背を向ける。
あ、ふにゃふにゃになった……。
「で、こちらがかわいいだけの声な魔王ちゃん! ……の、像でござるな! 何度見ても素晴らしい!」
「お前、何気にひどいことを言っているからな?」
あの話をした後だと、魔王ちゃんがリーダー向きじゃないと言っているように聞こえる。
ああいうマスコット系のトップも、考えようによっては――って、もういいや。
何で俺は魔王ちゃんを擁護しようとしているんだ? サマエルの呪いか?
「とにもかくにも、着きましたわね! 200階!」
休憩部屋の中で、ヘルシャが高らかに宣言する。
障害らしい障害もなく、俺たちは二つ目のチェックポイントを通過していた。
「ヘルシャとカームさんが頑張ってくれたから、爆速だったな」
「ノクスも頑張っていました」
「は、はい?」
「ノクスも頑張ってくれました」
「は、はい。そうですね……」
カームさんが繰り返し主張するが、ノクス……戦闘中、ほとんど俺の肩の上だったんだけどな。
カームさんの癒しになる、という点では頑張っていた――現在進行形で、頑張っている気もするが。
今は彼女の腕の中で、柔らかい羽を撫でられている。
「で、今回も魔王ちゃん像の解明を進めたいと思うんだけど……」
幸いヘルシャがハッスルしたおかげで、昨日よりも時間に余裕がある。
俺はカームさんのほうに向きつつ、親指で像の横に立つトビをさした。
「カームさん。こいつ、昨夜は像にどんな変態行動をしていましたか?」
「ストーップ! ストップ、ハインド殿! 質問がおかしい!」
騒がしい声に、俺は振り返って首を傾げた。
何がおかしいというのだろう?
「そうですね。まず――」
「よどみなく答えないでほしいのでござるが!? カーム殿ぉ!」
慌てるあたりが非常に怪しい。
勘だが、この像は失礼な行為を働いた場合の失点もしっかり計上される気がする。
取り返しのつかないマイナス査定を受けて、魔界行きが遠のくのは御免だ。
「その辺りにしてさしあげたら? ハインド」
「ヘルシャ殿……」
「この場にトビが存在していられるということは、少なくとも一線は越えていないことの証ではなくって?」
「それもそうだな」
「一線!? 像に対して越える一線って何でござるか!?」
過ぎた行動をしでかしていれば、とうにシステム側に弾かれているだろうし。
……さて、本題に移ろう。
「磨いたり、貢ぎ物を捧げたりは継続するとして……何か思いついた案のある人――」
「はい! はいはいはい! 拙者拙者!」
「……」
トビが片手で己を指しつつ、もう片方の手を何度も挙げる。
――何かさせるなら、昨日のように、止める者がいない環境よりは今のほうがマシ。
そう結論づけた俺は、激しく主張するトビに目を向けた。
「……何かあるのか?」
「前提として、像に対しては魔王ちゃんと同様に扱うのがいいと思うのでござる!」
「そりゃ、わざわざ魔王ちゃんの姿をしているんだしな。それで?」
どこに結論を持っていきたいのか、トビは直球でこない。
ヘルシャとカームさんも不思議そうな顔をして――あ、カームさんは無表情だったわ。
ともかく、続けてくれとトビに先を促す。
「拙者の知る限り、魔王ちゃんは子どもっぽい!」
「実年齢が何歳かは知らんけどな」
「魔王ちゃんはチョロい!」
「否定はしない。菓子に釣られるし」
「魔王ちゃんは威厳がない! かわいい!」
「お前、魔王ちゃんのこと本当に好きなの?」
「ということで、拙者! 優しく像を撫でてみることを提案するでござるよ!」
ああ、そういう……。
何だかんだ言ってこいつ、おおっぴらに像に触りたいだけなのでは?
「……一応聞いておくが、撫でる箇所は?」
「へ? そりゃあ――」
「トビったら、まさかそんなところを!? へ、変態ですわね……」
「マニアックですね」
「お前、それはダメだろう……」
「――みんな、俺を何だと思っているの!? どこって言うと思ったの!? まだ何も言っていないしっ! 普通に頭だよ、頭っ!」
「頭を撫でる、ねえ……」
頭を撫でられて喜ぶのって、よほどの信頼関係を結んでいる相手からだけだと思うが。
異性は特に。
それ以外では、ただのセクハラだと個人的には……いや、いいや。
トビに偉そうに言えるほど、自分のアイディアが豊富なわけではない。
物は試しだ。
「……うん。やってみたらいいんじゃないか?」
「いいのでござるか!?」
「評価ポイントみたいなものがあるとして、それがマイナスになる可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないけど、きっと大きくは下がらないだろう。何も、舐めたりするわけじゃないし」
「舐めないでござるよ!?」
「だって、いつもペロペロとか言ってんじゃん」
「そ、そうなんですの? それはちょっと……」
「……」
「女性陣からの視線が冷たい! ……と、とにかく、やってみるでござるよ!」
視線から逃れるように、トビが魔王ちゃん像の前に立つ。
そして、過剰なまでに恭しく慎重な手つきで、像の頭を撫ではじめる。
「お、おお……これは!」
「どうした?」
「普通に硬い……」
「そりゃそうだ」
「金属製の像ですもの」
「ぐっ!? し、しかし、何でござろう? 拙者……今、超が付くほど幸せなのでござるが?」
「わかります」
「……カーム? あまり同じところばかり撫でると、ノクスの羽が抜けてしまいますわよ……?」
トビがそのまま頭を撫でていると、像が黄色の淡い光を放ちだす。
おお、なんかいい感じだ。
プラスの評価っぽい光だ、ただの推定だけど。
どうやら、俺の考えが間違っていたみたいだ……頭ごなしにトビの意見を否定しなくてよかった。
ナデナデ作戦、このまま行けば成功の可能性が高そうである。
「ぐへへへへ……魔王ちゃん! 魔王ちゃぁぁぁん!」
そう思ったのも束の間、トビの様子が徐々に不穏な色を帯びてくる。
調子に乗ったのか、手つきが段々と無遠慮になり――頭の横にある、像の角に触れた瞬間。
突如、異変が起きた。
「ぎゃあああああああ!?」
「うわっ!?」
「な、何事ですの!?」
像の周囲に黒いオーラが満ち、くりっとした大きな目が光り、激しい稲妻を走らせる。
広いとは言い難い部屋が激しく揺れ、閃光が周囲を覆い尽くす。
一際強く光を放っていた目が暗くなると共に、やがて稲妻は収まった。
後に残ったのは……。
「あばばばば……」
HP1の状態で床を転がる、焦げた忍者の姿だけであった。