表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
883/1111

宿泊初日の夜

 ログアウト後は、眠くなるまでのわずかな時間……。

 再び、ボードゲームなどをして過ごした。

 中学生たちがまだ起きている中、最も早く寝落ちしたのは――


「1、2、3……あ、一回休みです! あはははは!」

「どうして笑っているの、小春……?」

「あー、椿。これ眠いんだよ、多分。私にはわかる」

「ドリル、お前の番だぞ……ドリル?」

「……」


 ――意外にも、マリーらしかった。

 ベッドに腰かけたまま、未祐の声にも反応がない。


「すみません、和紗さん。ちょっと……」

「あ、うん。行ってあげて」


 すごろく組のやり取りが耳に入った俺は、和紗さんとの将棋対局を中断して席を立った。

 強いなー、和紗さん……。

 さっき対局したばかりの理世は言うまでもないし、俺より強いやつしかいねえ! 状態である。つらい。


「未祐」

「ああ、亘。ドリルが寝てしまったようでな……」


 やはり、ストレス・疲れが溜まっているという静さんの言葉は正しかったらしい。

 今の時刻は――深夜というほどでもない、まだ浅い時間。

 中学生組は「そろそろ」といった感じだろうが、寝落ちするのは相当だろう。

 普段、マリーは日付が変わる前後までは起きているという話だから。

 しかし……なんとまあ、楽しそうな顔で寝ていること。

 眠るマリーの口元には、柔らかな笑みが浮かんでいる。


「どうする? このままこの部屋で寝かせるか? ドリルは私たちと同じ部屋だから、誰かと入れ替える感じで……」

「うーん……普通ならそれでいいんだろうけど……」


 普通……つまり、マリーが一般人かどうかということだが。

 こいつの場合は、完璧に否である。

 大が付くほどの金持ちの娘ということで、マリーはどこにいても誘拐を警戒しなければならない。

 故に、扱いは限りなく要人に近い。

 現在、このホテルは新規の宿泊客を受け入れていないので、危険は薄いだろうけれど……。


「司。どう思う?」


 餅は餅屋、バイトに判断できることではない。

 ここは使用人――見習いの司に、意見を仰ぐことにしよう。

 司は秀平とスマートフォンのゲームをしていたが、俺と同じようにマリーの様子を見に立っている。


「あ、そ、そうですね。お嬢様の場合、警備の問題がありますし……同じホテル内とはいえ、お泊りになる部屋を変えるのは、問題が生じるかもしれません。ボク――はいいとしても、静さんが責任を問われる可能性が……」


 こういうことは、何も起きなかったからそれでいいとはならない。

 何も起きないよう万全を期すことに意味がある。


「やっぱりそうだよな。仕方ない……」

「静さんを呼ぶのだな? どこにいるのだ?」

「多分、スタッフルームで事務作業をしていると思う。フロントに電話をすれば、来てくれるはず」


 静さんとはTBを一緒にやったが、その後は顔を見せていない。

 昼間、用があって会いに行った時はスタッフルームにいたので、今もそうではないだろうか?

 ということで、受話器を取る。


「お呼びでしょうか?」

「「「早っ!」」」


 電話をしたら、客は俺たちだけなのでスムーズに話が進んだ。

 スムーズに話が進んだかと思ったら、次の瞬間には静さんがそこにいた。

 秒速召喚である。


「ど、どういうからくりで……?」

「隣の部屋におりましたので」

「あ、ああ。そうでしたか」


 完璧に読み違えた。ださいな、俺。

 ……そんな目で見るな、未祐。愛衣ちゃんは笑うな、秀平は指をさすな。プギャーじゃないよ。

 それにしても、防音がいいのか名前通りに静さんが物音を立てなかったからか。

 隣にいた割には、まるで気配を感じなかったな。


「……」


 ――と、用件を言わないと。

 いつまでも静さんを入口に立たせているわけにはいかない。

 簡潔に、手短に。


「マリーが眠ってしまったんですけど、どうすればいいですか?」


 言いつつ、横にずれて道を空ける。

 察した静さんは、一礼してから室内へ。


「運びましょう。警護担当の者に――」


 念のためだろう、マリーの様子を近くまで見にいくようだ。

 やがてマリーの顔に目をやった静さんは、言葉を途中で止めた。


「――いえ。みなさんで運んでいただけますか?」

「何故に!?」


 静さんの言葉に対し、未祐が大きめの声を上げるが……。

 それでもマリーは目覚めない。

 よほど深く寝入っているものと見える。


「お嬢様が実に穏やかな表情で眠っていらっしゃいますので。是非、みなさまに」

「理由を聞いても、よくわからんのだが!?」


 静さんは室内を見回し、小さく頷く。


「秀平様、未祐様、あるいは亘様に運んでいただければ幸いかと」

「薄々察していたが、割と強引だな! 静さんは! 別にいいが!」

「何で俺、わっち、未祐っちの三択なん……?」

「単に力の強さで選んだんじゃないか?」


 まず、中学生組は無理だろう。そろそろ眠そうでもあるし。

 ……あ、和紗さん、寝る前に三人と温泉に行ってくる?

 はい、こっちは任せてください。

 ということで、マリーの周囲にいる面々を残し、四人が部屋を出ていく。


「……起こさないように運ぶには、安定していたほうがいいだろうから。ですよね? 静さん」

「はい」

「あー、そりゃそうか」


 体格的に理世は無理、司も男にしては小柄だ。

 非力に見える和紗さんも除外で、残ったのがこの三人といったところだろう。


「……むぅ、仕方ない。では、同性の私がドリルを部屋まで運んでやろう」

「大丈夫か? 未祐。お前が女子にしては力持ちなのは知っているが――」

「亘は触るな! 座っていろ!」


 一歩踏み出した瞬間、未祐の鋭い声が飛ぶ。

 続けて、未祐は理世に向かって手を向ける。


「……理世っ! 亘を抑えていろ!」

「言われなくとも。マリーさんはゴリ――」

「誰がゴリラか!」

「――未祐さんに任せて、大人しくしていましょうね? 兄さん。さあさあ、こちらに」

「こんな時ばっかり連携いいよな……うわ、押すな押すな!」


 後ろに回り込んだ理世に、ベッドのほうへと押しやられてしまう。

 確かに、未祐が運んでしまうのが一番丸いか……。

 言われた通り、大人しく見ていることにしよう。


「よし、では背負って運ぼう。静さん、司、手伝ってくれ!」

「は、はい!」

「承知いたしました」


 使用人二人が、眠るマリーの体を支えようとする。

 誰かが気を利かせたのか、マリーはいつの間にかベッドに横になっていた。

 そして、未祐が背を向けてベッドの横で屈んだのだが……。


「……」


 使用人コンビに上体を起こされたマリーは、両手を胸の前あたりに持ち上げ、拳を握る。

 ふらふらと左右に揺れているあたり、眠っているのは確かなようだ。

 要は、眠りながら未祐に向けてファイティングポーズを取っている。


「……何だ、これは。どういうことだ?」


 異変を察し、未祐が振り返ってマリーを視界に入れ直す。

 そりゃ、そういう顔にもなるよな……。

 静さんだけは別だったのか、主人の背を支えつつ理解の色を示す。


「……ライバルの世話にはなりませんわ、というお嬢様の意志を感じます」

「どういうことだ!?」

「申し訳ございません、未祐様」

「何なのだ、もう! このアホドリルめ!」


 ちなみに、静さんによるマリーの真似は棒読みだった。

 端から似せる気はないようだ……今日は三人もマリーの真似をする人が出たな。流行っているのか?

 怒りを露にしつつ、未祐が荒い足音と共にベッドの傍を離れる。


「未祐っち、アウトかぁ。それじゃあ仕方ないなぁ、ここは俺が!」

「お、秀平。行くのか?」

「行くさ、もちろん! 海外産美少女を合法的に背負えるとか、超役得じゃん! わっちと違って、俺には止める人もいないし! いないし……」

「あ、うん……ごめん……」


 悲嘆に暮れる秀平。

 この様子なら、任せても大丈夫かもしれない。


「マリーっちには、夏に続いて冬も旅行のきっかけもらったかんね! 感謝しているし、下心なく運んでやるぜぇ!」


 おお、秀平が学習している。

「下心なく」とかわざわざ宣言しているところに、そこはかとなく駄目さが漂っているが。


「背中越しの――うへへ! とか考えていないから、どんとくるがいいさ! この、無欲な俺の背中に!」

「……兄さん」

「……五秒か。秀平にしてはもったほうだな」


 女性陣から集まる非難の視線に、俺と理世が止めに入る。

 レフェリーストップ、秀平の反則負けだ。


「何で!? 今の俺、珍しく(けが)れのない男だったよ!? イノセンス秀平だったよ!?」

「邪気が漏れてんだよ。自覚ないのか」

「ギルティ秀平でしたね。未遂ですが」

「馬鹿な!?」


 驚愕の表情を浮かべて周囲を見回す秀平。

 だが、みんなは一様に俺と理世の言葉に頷いていた。

 そして、静さんが一歩前に進み出る。


「申し訳ございません、秀平様。私の判断ミスでした」

「ミスじゃないよ!? 正解だよ!?」

「お嬢様も――」

「へっくしゅん!」

「――このように(おっしゃ)っておられますので」

「くしゃみ!? どういう反応!? 仰ってって、何も喋っていないよね!? 静さん!?」


 もしかしたら単に冷えただけかもしれない。

 それにしてはタイミングが良すぎる気もするが。


「んじゃーわっち。さっさと運んじゃってよ。けっ」

「急に投げやりになったな……」

「いつものなんでしょ、どうせ。はいはい、いつものいつもの。わっちだけいい思いするやつ」

「そうとも限らないぞ。だって……」

「兄さん!」

「いや、大丈夫だから」


 抑え付けようとする理世を優しくどかし、マリーに近付くと……。

 ベッドの上を転がり、マリーは俺から距離を取った。

 もう一歩近づくと、更に距離を取る。

 これ以上近付いたら、ベッドから落ちそうだ。


「ほら。この状態じゃなあ……俺、マリーに一番拒絶されていないか?」

「私には照れ隠しに見えますが。お嬢様のこのような反応、至極新鮮です。興味深いですね」

「静さん、もしかして楽しんでいます?」


 正直なところ、俺は先程ゲーム内とはいえ、マリーを抱きかかえたばかりだ。

 それを思い出してしまうので、この役目は勘弁してもらいたい。

 意識してしまうじゃないか。

 変な奴だけど、ちゃんと美人だもの。


「起きているでしょ!? 本当は起きているでしょ、マリーっち!? まだ転がっているし!」

「自慢の髪がぐしゃぐしゃになっているではないか……」


 結局、マリーは静さんと司が二人がかりで運んでいった。

 ……俺たちもそろそろ寝るか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 一話抜けてないです? 前回のカームさんからのメールからログアウトまでの話がありそうな⋯
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ