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冥宮のチェックポイント

 階段を下りると、『天空の塔』と似た休憩スペースのようなものがある。

 簡単な調理・アイテムの合成などが可能で、体勢を整え直すには充分な機能を備えている。

 ただし一点、塔とは大きく違うところがあり……。


「……何だ、これは?」


 ユーミルが「それ」の前で首を傾げる。

 高さはユーミルよりも低く、少し屈むと目が合う。

 精一杯背伸びした足、魔族の証である角、チャーミングな顔立ちと完全再現された――。


「等身大の魔王ちゃん像だな」

「見れば分かる!!」


 像のポーズは腕組み、表情は笑顔だ。

 多分、不敵な笑みのつもりなのだろう。

 口角が上がり過ぎているし、歯がのぞいていて可愛いだけだが。


「私が言いたいのは、どうしてこんなものがここにあるのかということだ!」

「魔王城でもないのに?」

「そうだ!」


 魔王の城に行くと、魔王の像が城門や王の間に飾ってあるというゲームは珍しくない。

 しかし、魔界への通り道といった浅い場所に設置されているのは(まれ)だろう。

 そこはユーミルの言う通りだ。


「何か意味のあるモニュメントですの?」


 ちょっと髪の焦げたヘルシャが、グレンを羽交い絞めにしながら問いかける。

 重くないのか? それ。

 ともあれ、俺は像の前に膝をつきつつ答える。


「一応、(みつ)ぎ物を捧げることができるそうだぞ」

「……は?」

「はい?」

「こんなふうに」


 例えば、地蔵の前に饅頭(まんじゅう)を供えるように。

 例えば、神前に酒や刀、米や新鮮な魚を供えるように。

 俺は低位の『HPポーション』を像の足元に置く。

 すると、ポーションが光と共に消えていく。

 少しの間、それを(なが)めていたユーミルとヘルシャだったが……。


「……何の意味があるのだ?」

「システムメッセージも反応がありませんわ。アイテムを失っただけ……に見えますけれど? どうなんですの? ハインド」

「さあ?」

「「えー……」」


 一定以上の貢ぎ物をすれば何か起きるのか?

 それとも、特殊なアイテムを貢げば何か起きるのか? 未だ解明されていない。


「ちなみに、攻略に詰まったら――って言っていたのはこいつだ。この像、似たものが各チェックポイントにそれぞれ設置してあるんだけど……」

「どうにかすれば、攻略とは別に魔界への道が開けるかもしれない! ということだな!?」

「そういうこと。どうすればいいのかは、まだ全然わかっていないんだけどな」


 魔界に行きたいという願望がある以上、破壊を試みる――といった行動がご法度なことだけは、はっきりしている。

 冥宮は既に魔族の領内なため、どこから見られているか分かったものじゃない。


()()わかっていない、ですか。頼もしいですわね、ハインド」

「……ヘルシャ。お前の受け取り方は、ずるいっていうかうまいっていうか」

「さて? 何のことでしょう?」

「しらばっくれやがって……」


 何が奏功(そうこう)するかわからないので、話しながら像を磨いたりもしてみる。

 不思議な質感の金属だなぁ。

 研磨剤などは避けて、柔らかい布だけでやるのが無難か。

 うーーーん……。

 俺は頭と腕を、体のほうは二人が磨いてくれたが、特に反応はなし。

 後は貢ぎ物を色々と試してみるくらいだろうか? ……それについては、追々考えればいいか。

 迷宮を攻略している間に、他の手も含めて考えておこう。


「これでよし、と。綺麗になりましたわ」

「うむ! しかし……トビのやつが泣いて喜びそうな像だな、こいつは」

「……?」


 ユーミルの言葉に、ヘルシャが不思議そうな顔をする。

 そういえば、こいつはトビが熱狂的な魔王ちゃんファンだと知らなかったっけ?

 視線で質問してきたので、適当に頷き返すと……即座に理解の色が浮かぶ。

 話が早くて――というか、話すまでもなくて助かる。


「仮にトビがおかしな行動に走っても、抑えてくれそうなメンバーになっているから。平気だろ、多分」

「む? トビのパーティは……」

「カームさん、ワルター、サイネリアちゃん、ノクスにトビだな」

「……」

「………………平気ですの? トビ、ワルター以外のメンバーに相手にされないのではなくて?」

「ツッコミが期待できない環境での暴走って、辛いよな」


 冷たい反応、そして冷たい空気。

 故にこの像を見て騒いだトビがどうなるのかは、想像に難くない。


「酷いやつだな! ハインドは!」

「酷い人ですわね」

「いや、俺のせいか? カームさんがノクスと一緒にいたいようだったから、こういうパーティにしたんだけど」


 神獣のパーティインには、帰属するギルドのメンバーが最低一人は必要だ。

 そこでトビにノクスを頼めないか聞いたところ、快諾(かいだく)

 こういった流れで、そのメンバー編成になったのだが。

 残りは火力不足を補うために武闘家のワルター、弓術士のサイネリアちゃんといった選抜だ。

 魔法攻撃がないが、武闘家・気功型(チーゴンタイプ)は敵の防御力を無視できるスキルを持っている。


「では、もう一方のパーティのコンセプトは? あるのだろう?」

「適当なんて言いつつ、ちゃんと考えているではありませんの。わたくしも気になります、教えなさいな」

「あー……」


 言わないと駄目だろうか?

 正直、言いにくいのだが……。

 二人の視線は、俺を逃がしてくれそうもない。

 こいつら揃いも揃って、圧がすごいんだもの。目力が普通じゃない。

 溜め息を一つ吐いてから、口を開く。


「もう一方のパーティは……そうだな。言ってみれば、セレーネさんを休ませるためのパーティだ」

「はい?」

「何だって?」


 ほら、やっぱり怪訝(けげん)な顔をされた。

 だから言いたくなかったのだが。


「改善しつつあるけれど、セレーネさんは人見知りだ。そこはいいよな?」

「存じておりますわ」

「忘れていた!」

「おい」


 ギルドマスターなら、メンバーの苦手なことくらい覚えてやっていてほしい。

 もっとも、忘れるくらいセレーネさんが頑張っているという証でもあるが。


「実は、俺らの中では年長ってことで、お母さん方と結構話をしていたみたいでな」

「うむ! 亘もしっかり捉まっていた、アレだろう?」

「日頃の行いですわね。プラス方面の評価でしょうけれど」

「とりあえず最後まで聞いてくれるか? ……で、人見知りのセレーネさんは、そのせいで疲れているんじゃないかと思ってだな」


 娘たちが心配なのか、あれこれと訊かれていたからな。

 特に、女性の間でしか聞けないような……要約すると、ネットゲームを介して「悪い虫がついていないか」という点が主なのだが。

 そういった話題に対し、気を遣いながら話す必要があったみたいなので、疲れているというのは的外れではないはず。


「で、ゲームの中くらいは楽に過ごしてほしくてな。慣れているだろうメンバーで固めてみた。後はリィズが上手くやってくれるはず」


 愚痴や不満を聞き出すなり、全く関係ない話で盛り上がるなり。

 マーネと(たわむ)れるのもいいだろうし、リコリスちゃんに元気をもらってもいい。

 シエスタちゃんから眠気をもらって、ログアウト後にさっさと寝てしまうのもありだ。

 この旅行は、体を休めるのが目的なのだから。


「そういうことですの……でしたら、明日からはわたくしのほうでも色々と配慮させていただきます。お母さま方にはマッサージ、エステ、お酒など、大人の女性限定のサービスをそれとなくお勧めさせていただきますわ」

「お、それは助かる。ヘルシャは相変わらず、できるやつだなぁ……」

「あ、あなたほどではありませんわよ……」


 ヘルシャは顔を背け、段々と声を小さくしていく。

 照れているのか?

 しかし、大人たちを程々に遠ざけようというのは悪くない手である。

 保護者として来てくれているのだから、離れすぎるのはよくないが。


「むぅ……ハインド、ハインド」

「何だ? ユーミル。不満そうな顔して」


 そんなに強く服をつかまれると伸びるのだが。

 というか、いつも同じ場所をつかまれるせいで、本当に伸びてきたような。


「私も! 私も何かする! セッちゃんのストレス解消!」

「ほう。具体的には?」


 心意気は買うが、下手なことをすると逆効果になりかねない。

 セレーネさんは繊細だ。


「ゲーム内の戦闘に連れ出す!」

「いつも通りだな」

「鉱脈に連れていく!」

「いつも通りだな」

「鍛冶の邪魔をしないよう、静かにする!」

「いつも通――それは普段からやれ」


 小学生の生活目標みたいだ……廊下は静かに、みたいな。

 しかし、ここまで聞いていてわかったことがある。


「まぁ、でも、お前は普段通りでいいんじゃねえかな」

「む? そうなのか?」


 話しているだけで元気が出るし。

 リコリスちゃんもそうだが、明るい人間というのは周囲にまで元気をくれる。


「ああ。ゲームばっかりじゃなくて、現実の運動にでも付き合ってあげれば?」

「なるほど! さっきホテルの中でボルダリングの施設を見つけたから、誘ってみる!」

「ボル……セレーネさんにはちょっとハードな気もするが……」

「初心者用コースもあるぞ!」

「そうか。なら安心だな」


 インドアな人間には、どんな運動でも薬になる。

 怪我にさえ気を付ければ、そう心配することはないだろう。

 温泉がある以上、疲労回復は普段よりもずっと簡単だし。


「……これが幼馴染同士のやり取りというものですか。軽妙ですわね」

「羨ましいか!? 羨ましいのだろう! ドリル!」

「いいえ。微塵(みじん)も」

「何だと!?」


 ヘルシャの返しにユーミルが鼻白(はなじろ)んだ。

 髪をかき上げ、両手を広げたヘルシャが微笑を見せる。


「積み重ねた月日は尊い、それは認めます。ですが……」


 また演説が始まった――かと思えば、ヘルシャは急に動きを止めた。

 そのままメニュー画面を開いて操作を始めてしまう。


「あら? 失礼。カームからメールですわ」

「おい!? 言うなら最後まで言え! 気持ち悪いではないか! おい、ドリル! おーい!」


 何だろうな……。

 トビたちよりも、こちらのパーティ編成をミスっただろうか?

 二人のやり取りを前に、途方に暮れてしまう。

 そんな俺を、グレンが黙ってじっと見ているのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれか?『甘味奉納』でショートカットが開くとか? 飴ちゃん、瓶詰め金平糖、特大アイスクリーム(イベント)で ハインドが懐かれてたし・・・
[良い点] 魔王ちゃんキャラ立ち良すぎ! [気になる点] 感覚共有やら信仰的なパワーやら あったら後々のフラグ… [一言] 入る前色々関係性語ってたけど、 この像あるなら何も考えることなかったな(笑)…
[一言] 魔王ちゃん…背伸びしてるんですね そして、背伸びしても勇者ちゃんに及ばない小ささなのか……
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