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暗闇と炎

 ユーミルが落ちた暗い穴を、ヘルシャと共に上から覗き込む。

 地面を直線的に切り取った、綺麗な四角い穴である。

 一定の重量が乗ると観音開きの扉が開くよう、あらかじめ設定されていたようだ。


「……上層は自然物、ではなかったんですの?」

「ちゃんと、ほぼって言ったぞ? 魔族が置いたらしき罠は、こうして目の前にあるわけで……」


 まさか、入ってすぐの場所に置いてあるとは思わなかったが。

 冥宮はマップ生成がランダムである。

 入場する度に構造が変わるので、罠の位置も予測不能だ。


「怪我――もとい、落下ダメージはあまり受けていないようですわね」


 ヘルシャがパーティメンバーの欄にあるユーミルのHPを確認。

 ダメージはおおよそ一割といったところ。


「落ちたプレイヤーはどうなるんですの? この地点に戻されますの?」

「いや、そのまま階下に落ちるらしい。ダメージを覚悟すれば、ショートカットにも使えるギミックだ」


 穴に向かってゆっくり進んでいくグレンの頭を、軽く手で抑える。

 落ちちゃうぞ――って、熱い!? またかよ!


「……ヘルシャ。グレンが勝手に動かないよう、ちゃんと面倒を見てくれよ」

「承知いたしましたわ。グレン、こちらに――熱いですの!?」

「お前もかい!」


 ヘルシャがグレンの吐いた火を浴びる。

 残念ながら、この場にグレンを完璧に制御可能なカームさんはいない。

 インスタンスダンジョンということもあり、既にパーティメンバー以外の姿は見えなくなっている。

 このパーティは落ちたユーミルを含めた三人と、脱トカゲ中の神獣が一匹だ。

 先が思いやられる出だしだが……。


「……よし。俺たちも飛び降りるぞ」

「俺たち、も……? ユーミルは飛び降りたのではなく、単に落ちたのだと思いますけれど……」

「……」


 もっともである。

 しかし距離が離れたユーミルと合流するには、ここに入るのが最短だ。

 落とし穴の落下距離はまちまちで、最大で五階分も下に行くらしい。

 急がないと、せっかちなあいつは移動を始めてしまうだろう。


「先に行くぞ、ヘルシャ」

「待ってくださいまし」


 穴の縁に手をかけ、飛び降りようとしたが――ヘルシャが俺の肩をつかんで引き止める。

 ……何か問題でもあっただろうか?


「……落下ダメージを回避する手段は、何かありませんの?」

「ないな。身代わり系のスキルは貫通するし、防御アップ系も効果なし。縄梯子(なわばしご)を下ろそうにも、使用不可ときている」


 アイテムとして『縄梯子』は存在するのだが、用途は主に建築関係だ。

 ダンジョン内では制限があるのか、インベントリから取り出すことすらできない。


「この穴への落下は即死なしの割合ダメージらしいから、大人しく食らっておこう」

「そうですの……」


 では、改めて……と身を乗り出したところで、今度は服をつかまれる。

 同時にゲーム内メールの着信音が鳴った。


「――何だよ!? どうした、ヘルシャ!」

「な、何のことですの?」

「様子が変だぞ。もしかして、怖いのか?」

「!」


 確認すると、メールはユーミルからだった。

 これは珍しい。

 ユーミルは落下地点から動かず、どうすればいいのかを訊いてきているらしい。

『待っていてくれ』という定型文があるので、それを打ち込んで手早く返信しておく。


「ままま、まさか! わたくしがこの程度のことで、怖気づくともでも!? ちょっと底が見えないくらいで!」

「だって……」

「わたくしを見くびらないでくださる!? ハインド!」


 弁明するヘルシャはびっくりするくらい早口だ。

 そして、びっくりするくらい慌てている。隣のグレンは不動だが。


「……そうか。じゃあ、気を取り直して――」

「お待ちになって!」

「おい!」


 もういっそ、先に行かせるべきだろうか?

 そう思って場所を譲ってみるが、ヘルシャは硬い表情のまま動かない。

 こいつ、まさか……。


「……高さか?」


 短い言葉で探りを入れてみる。

 正直、俺だってこの穴に飛び降りるのは怖い。

 ゲームとはいえVR、現実で落ちるのとそう変わらない感覚が返ってくることだろう。

 しかしヘルシャは、俺の言葉に黙って首を振った。


「じゃあ、暗さか?」


 大冥宮上層部の洞窟は、何かしらの照明が必須と言っていいほど暗い。

 もちろん戦闘に支障がないよう、あちこちにある小部屋には、最初から壁に松明(たいまつ)が設置してある。

 だが、ここのような通路は別だ。

 加えて、目の前に出現した落とし穴の中は殊更(ことさら)に暗い。

 それが原因かという俺の問いに、ヘルシャは……今度は首を横に振らなかった。


「暗いの、苦手なのか……」

「ち、違っ……!」

「ああ、いい、いい。強がりはもういい。苦手な理由も訊かない、言いたくなさそうだし。何も言わなくていいから、ちょっとそこで待っていろ」

「……」


 ユーミルを待たせてしまうが……仕方ない。

 後でヘルシャと一緒に怒られるとしよう。

 インベントリから木の棒、布、特製の油などを取り出す。

 携帯用の簡易合成キットで、この三つを組み合わせたら……。


「ほら、完成」

「松明……?」


 所在なさげにしていたヘルシャに、完成したアイテム――新たな松明を見せる。

 不思議そうな顔をするのも無理はない。

 既に『松明』は一本出してある上に、着火済みである。

 俺は新しく作ったほうの松明を、屈んでグレンの口元へ近付けた。


「ヘルシャ、着火したいからグレンに火を吹かせてくれよ。そっちのほうが手っ取り早い」

「え、ええ。グレン!」

『……』


 ヘルシャが呼びかけるも、グレンは動かないままだ。

 まるで赤い岩にでも擬態しているかのように、その場から微動だにしない。


「ぐ、グレン?」

「おーい、グレン?」

『……』


 さっきまであんなに元気に火を吹いていたのに。

 ……仕方ない、火打ち石を出すか。


『――』

「おっ?」


 松明を離そうとした直後、グレンが鼻先を動かす。

 そのまま胸元を膨らませると、小さな塊のような密度の高い炎を先端に吹き付けた。

 燃え移った炎が勢いよく上がり、俺は慌てて松明を自分から遠ざける。


「お、おおー。何だよグレン、今の時間差は……」


 やはり、ウチの二羽に比べてよく分からない性格だ。

 指示を全く聞かないというわけではなさそうだが、間違いなく素直ではない。

 俺は猛烈な炎を上げる松明を持ち直すと、それをヘルシャに向けて差し出した。


「ヘルシャ。この火力なら、充分に明るいだろう? はい、持って持って」

「あ、ありが……って、大丈夫ですの!? フランベ中の鍋みたいになっていますわよ!?」

「平気平気。ちなみにこれ、松明(強)って名前だから」

「強!?」


 強は強火の強だと思う、多分。

 サイズもそれなりに大きいので、松明(大)でもいいと……どうでもいいか、名前は。

 ともかく、特殊な油の付いた松明をヘルシャに持たせて。


「んじゃ改めて、ヘルシャ。ユーミルのやつ、どうやらモンスターがいる場所には落ちなかったみたいだけど……その分、暇なのかメールがしつこい。早く迎えに行ってやろう」

「……」

「ヘルシャ?」


 ヘルシャは間近で上がる炎から目を離さない。

 (あお)い瞳に炎が反射し、(きら)めいている。

 うーん、こう改めて見るとやっぱり美人だな。ヘルシャは。

 だが、いつまでも観察しているわけにもいかないので、再度声をかける。


「ヘルシャ? ……ヘルシャ? 今の話、聞こえていたか?」

「――はっ!? そ、そうですわね……ご面倒をおかけいたしましたわ。もう大丈夫です、その……あ、ありがとう」


 お嬢様の顔色がよくなったように見えるのは、何も周囲が明るくなったことだけが原因ではないだろう。

 まだ少し動揺が残っているものの、普段の余裕がある態度が戻ってきた。


「わたくしのせいで、時間を無駄にしてしまいましたわね。急ぎませんと」

「……うん。もう、同時に行こうぜ。同時に」


 俺は地面に置いておいたノーマルの『松明』を持つと、落とし穴の傍に立った。

 ヘルシャが隣に立つと、グレンがやや遅い動きで追従する。

 二人と一匹で並んだところで――


「せー……のっ!」

「っ……!」

『……』


 ――暗い穴の中へ、一斉に身を躍らせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これだけの長話をしていても穴が閉まってないのな 完全に分断するほど悪辣ではないのか… フレーバー的に見たら、魔法的な罠ではなく、あくまで『仕掛け』の罠ってやつか 発動が一回こっきりの
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