対を為すもの
シリウスのホームでヘルシャ・ワルター・カームさんを迎え入れた俺たちは、ひとまず都市を出た。
滞在を勧められたが、あまり長居してシリウスの面々に気を遣わせるのもよくない。
「……それで、ハインド。魔界に行くというお話でしたわね?」
見通しのいい草原フィールドで、人がいなくなったのを見計らい……。
平静を取り戻したヘルシャが、そう問いかけてくる。
「違うぞ、ヘルシャ」
「はい?」
「行くんじゃない。魔界行きを目指す、だ。行けるとは限らない」
「……」
閉口したヘルシャが、俺から外した視線をユーミルたちのほうへ移す。
そこから返ってきたのは、おおよそ呆れと苦笑。
それはいいのだが、ユーミルだけ俺を指差して大笑いしているのに腹が立つ。
「……相変わらず、何事も断言しないんですのね。格好悪いとは思いませんの?」
そりゃ、俺だって本当は格好よく断言してみたい。
目指すんじゃない、行くんだよ! ……なんて。
「うっさいな。いつも俺は格好悪いよ、基本的に」
「ふふ。自信過剰な勘違い男よりは好感が持てますけれど」
具体的な人物に心当たりでもあるのか、ヘルシャの笑みには含みがある。
誰のことだろうと、首を捻っていると――カームさんが一言。
「社交界の御曹司に、大勢いらっしゃいますね。特に、お嬢様にご執心なのは――」
「余計なことは言わなくてよろしいですのよ? カーム」
「失礼いたしました」
とは返しつつも、カームさんが失言というのは考えづらい。
どういう意図かは知らないが、わざと漏らしたのだろう。
それに対し、俺が言えることは何もないが……。
「くだらん! そういう手合いには、いきなりディープなゲームの話でもしてドン引かせるがいい! それで解決!」
ユーミルは違ったらしい。
ヘルシャの立場、社交界のルールなどをまるで無視した発言だ。
「あなた、わたくしを何だと思っていますの?」
「む? 駄目か? では、不思議ちゃん発言連発で――」
「そういう問題ではありませんわ!」
「ナンパ男のあしらい方で悩んでいるのではないのか?」
「違います!」
ナンパ男と勘違い御曹司。
違う世界の話のような、それでいて根っこは同じような?
ユーミルが話に加わると、際限なく話の内容が単純化していくな。
そしてそれは、決して悪いことではない……と思う。
「わたくし、ドリルのない男とはお話できませんの……とか言ってみるの、どうだ!? 効きそうだぞ!」
「それでは世界中、ほとんどの男性と会話ができませんわ!?」
「ヘルシャみたいな巻き髪にしている男なんて、稀だろうしなぁ……」
そもそも、こいつらの間で巻き髪をドリルと呼ぶことが定着しているのが怖い。
ヘルシャも面倒になったのか、わざわざ訂正しなくなってきたし。
ちなみに、ユーミルによるヘルシャの真似はあまり似ていなかった。
司……ワルターが温泉でやったほうはそっくりだったけれど。
「……って、俺たち何の話をしていたんだっけ?」
こちらの会話に加わらなかったメンバーからの視線で、我に返る。
俺とユーミル・ヘルシャ以外は、いつの間にかみんな騎乗済みだ。
この先は移動しながら話すか……グラドタークに――よいしょっと。
「目的地の話でござるよ、目的地の。さっきから拙者たち、待ちぼうけなのでござるが?」
「そうだったな。すまん」
目標が魔界であることは宣言したが、それ以外のことはまだ何も話していない。
頭を説明モードに切り替え、小さく咳払いをする。
「話を整理しながら、スピーディにいくな。まず、魔界を目指す主な理由は継承スキル取得のためだ」
「いやいや、ハインド殿。嘘はいけない。主目的は、コーヒ――」
「スキル取得のためだ」
実はこの段階から、必ずしも継承スキルを得られるかどうかわからないという問題があり……うん、ひとまず方角はそっちだ。
それを言い出したらキリがないので、黙っておくことにするが。
「ところで、師匠。どうして魔界なんです? 継承スキルなら、ボクらが所属しているグラド。それから、師匠たちのサーラ。その二国以外の場所を探せばいいのでは……?」
ヘルシャたちと組むにあたって、得ている継承スキルの情報はある程度交換してある。
だからワルターの疑問はもっともで、未探索の所属国以外を探せば……というのは自然な流れだ。
いくら「在る」ことが確かでも、誰も到達したことのない魔界を目指すのは無謀である。
「だからぁ、ワルター殿。ハインド殿は、コーヒー豆を――」
「ああ。見つけたコーヒー豆を、お前の口に詰め込むのが目的だ」
「ほあっ!?」
できれば今すぐ詰め込みたい。
スピーディにって言っただろうが。
「ちゃんと全部食えよ。粗末にしたら許さないからな」
「……お、美味しいのでござるか? 直接食べるのって……」
トビの質問に、俺は脳内の記憶を辿る。
コーヒー党なら誰でも、というわけではないだろうけれど。
自分と同じように興味を持って齧ったことがある人は、皆無ではないと思う。
そうだな……。
「普通の豆みたいに食べやすくはないな。齧ると、苦味と酸味がなかなか……」
「な、なかなか?」
「きつい」
「今すぐ黙ります!」
まったく……いちいち話の腰を折るんじゃない。
話しておくことが多いんだから。
「続き、行くぞ? 魔界といえば、対極にあるのは天界。天界の塔イベントで、天界に行ける権利を取ったのはメディウスたちだ。パーティ別の、最高到達階層の記録だな」
「その話はするな!」
「いや、するよ……負けたのは事実じゃん……」
「アタックスコアは私が勝った!」
「それも事実だけれども」
ユーミルがこう言うのであまり触れないで来たが、俺たちは天界の塔でも一部……一部とはいえ、メディウスたちに負けている。
それに続くように起きたのが、少し前の「あの決闘」だ。
「で、メディウスが俺とトビとの決闘で最後に使ったスキル……あれが天界産なんじゃないかって、俺は考えていてさ」
「拙者もその意見には賛成でござる! ……ここは喋ってもいいところだよね?」
技を放つ際のおびただしい白い光と、ちらりと見えた天使の羽のようなエフェクト。
あのスキルには隠しようもなく、神聖なものであるということが現れていた。
「……ああ。色々と得心いたしましたわ。そういうことですの」
「どういうことだ!? ドリル!」
ヘルシャはそこまでの話で全て分かったようなので、ユーミルへの説明は任せよう。
ちょうど、でかいウサギのフィールドボスが出てきたところだし。
レベルの低いボスなので、ささっと倒して突破してしまおう。
必要な補足はその後で。
「簡単なお話ですわ。天界産らしきスキルがあるのだから、魔界産もある。同時に、天界に行ける人間がいるのだから、魔界にも行くことが可能という仮説が成り立ちますもの」
「天界行きの権利って、あれはイベントの報酬だろう? 魔界に行ける権利を与えるイベントも、これからやるのではないのか?」
「あなたにしてはまともな指摘ですわね」
ユーミルは……次の戦闘に混ざればいいか。
ここは商業都市近郊なので、シリウスの三人は討伐済みのボスだ。
未クリアが八人なので、どうしても二つのパーティで戦う必要がある。
「ふはは! 私は昔から、ハインドの話を聞き続けているからな! 思考能力の1パーセントくらいなら、模倣できるのだ!」
「……長い付き合いなのに、たったの1パーセントですの?」
とりあえず、同時でもいいのだけれど……渡り鳥のパーティから行くか。
ユーミルが後に回るから、ヒナ鳥には少し待ってもらおう。
じゃあ、四人で――え? リコリスちゃんが入ってくれる?
低レベルボスとはいえ、それは助かるなぁ。
リスクは低いほどいいのだし、是非お願いするよ。
「もちろん、イベント報酬で魔界行きの権利を付与……という可能性もあるでしょう」
「駄目ではないか!」
「結論を急がないでくださいまし。TBには、イベントを機に常設ダンジョンとなった“天界の塔”と対を為す……と思しきダンジョンが、サービス初期から存在していますの」
「何……?」
「それが――」
突進で勢い余ったリコリスちゃんが、ウサギのお腹に埋まっている……いや、温かーいじゃなくて。
何だか、倒しにくくなるからやめてほしい。
見えている絵面に癒ししかないもの。
「――大陸各地に入口が存在する“地下大冥宮”ですわ」
「おおっ!? そういえば、あったな! 行ったことはないが!」
あ、ダメージを与えたら逃走していった……これで倒したことになるのか。
ちょっとほっとした。
見た目、やけにラブリーなんだものなぁ。
ああいうモンスターは扱いに困る。
「大冥宮は天界の塔と構造がよく似ているということで、塔イベント開始時から話題になっていましたの。曰く、対を為すものではないか? 最奥まで進めば、魔界に行けるのではないか? といった具合ですわね」
「むぅ。ごちゃごちゃと言っているが、要するに……ええと……要するに……要するにー……ハインドォ!」
そっちの話も終わったか。
どうやら、ヘルシャは『地下大冥宮』の話をしてくれたようだな。
そして、ユーミル風に話をまとめると……こうだな。
「魔界、行ってみてえ。そのために、地下大冥宮に挑戦する。協力してくれ」
「と、いうことだな!」
「はぁ。まぁ、もちろん構いませんけれど……」
色々と言いたいことを全て置き、投げやり気味になったヘルシャが協力要請を承諾する。
こうなり始めたら、俺たちに完全に慣れた証拠である。
……本人がそれについて、どう思っているかは分からないが。