勝敗と合流
そんなわけで、神殿前で合流した俺たちは初の都市間ワープを実行。
現在地はグラド帝国領内『商業都市アウルム』となっている。
アウルムには何度か来ているが、ここ中央通りの様子は過去に訪れた際と少し違う。
「増えたなぁ……グラド以外のプレイヤー」
元々、TB内で直接交易をするなら――と言われていたアウルムではあるが。
明らかに、グラド所属ではないプレイヤーの姿が増えている。
それは通行人だけではなく、そこかしこのショップで物を売っている人々もそうだ。
「価格はともかく、本当に何でも揃いそうだね……今のアウルムなら」
セレーネさんが周囲を見回しながら、俺の背に隠れるようにして呟く。
相変わらずボッタクリ価格の店も目に付くが……何だ、そのポーションの値段は。
あそこのケバブ、美味しそうだな。現実で本職をやっている人だろうか?
それと、効果不明な謎の壺なんかも売っている。
妙に露出の多いお姉さんが売り子で――って、いいのかあれは?
全年齢用のゲームでやっていいことではないような。
店の奥から怖いお兄さんたちが出てきそうな雰囲気。
「はっ!? 閃いた! 拙者、閃いちゃったでござるよ! ギルド対抗戦で発生した、国ごとのNPCショップの価格差――」
「リセットされた」
「――を利用して……はい?」
「リセットされたよ。元々、移動にかかる時間で戦闘をしていたほうが稼げるってレベルの差だったけど」
物品を輸送し、その差額で儲ける――というのは、TBに限らず遥か昔から存在する商売方法ではあるが。
ワープが可能となった今、それを野放しというのはゲーム運営上有り得ない。
せっかく閃いたところ悪いが、トビの考えは実現不可能だ。
「商品ラインナップ増加の特典はそのまま、国別対抗戦の成績を反映した形で残っているらしい。その国に所属しているプレイヤーのみ、恩恵を受けられるのも一緒」
要は、都市間移動システム実装で生じた弊害。
それらは、既に諸々の細かな調整で是正済みという話だ。
「浅はかでしたね、トビさん」
「返す言葉もない、でござるよ……」
お知らせの読み込みが足りない、と言わんばかりのリィズに俯くトビ。
調整内容の詳細、物凄い長文だったから仕方ないけどな……そりゃ、リィズは全て把握しているのだろうけれど。
「ふんふふーん」
一方、先頭を歩くユーミルは銀髪を揺らし、鼻歌を歌いながら歩いている。
客引きを華麗にスルーし、店先の試食品を素早く掻っ攫い、買ったばかりのフルーツジュースに口をつける。
「あいつ、妙に上機嫌だな。どうした?」
何かいいことでもあったのだろうか?
ログイン直前までの様子を考えるに、ここまでではなかったはず。
俺の疑問の声に反応してくれたのは、ふらふらと歩くシエスタちゃんだ。
「あー……ユーミル先輩のこれは……」
「これは?」
「勝ち逃げの結果ですねー」
「ふふん!」
シエスタちゃんの言葉に合わせ、ユーミルが腕を掲げる。
二人には共通認識があるようで、それで通じているようだが。
「……?」
こちらとしては、さっぱり分からない。
しかも、例によってシエスタちゃんが言葉を続ける様子はなく……。
窮した俺は、リコリスちゃんとサイネリアちゃんに視線で助けを求めた。
「あ、ええっと……私たち、ログイン直前まで双六をやっていたのですが」
「最後の最後に、マ――ヘルシャさんを抜いて、ユーミル先輩が逆転勝利したんです!」
「ああ……」
そこまで聞いて、ようやく得心がいった。
要は、ログイン間際の最後の勝負で、マリーに勝ったから上機嫌と。
状況を知った先発組は、ユーミルについて歩きながら小声でささやき合う。
「通算であれだけ負け越していたのに、でござるか……単純でござるなぁ」
「頭脳戦ではまるで勝負になっていませんでしたが。たったの一勝で、よくあれだけ喜べますね」
「運と勘が絡むタイプのゲームでようやく互角、って感じだったものなぁ。なるほど、双六か……」
「ヘルシャちゃん……初めてやる遊びでも、どれも上達が早かったよね……?」
「そこの四人! うるさいぞ! せっかく人が気分よくしているというのに!」
俺たちがリアルでやっていたアナログゲーム・ボードゲーム勝負なのだが……。
主に勝った負けたでヒートアップする未祐とマリーにより、事前に終わろうと相談していた時間を大幅に超過。
二人と中学生組、それから司を残し、その他の面々は先にログインしていた――という格好である。
「最後に勝てばいいのだ! どれだけ途中で負けようと、最後に勝てば! それで全てよかったことになる!」
「単細胞……」
「ひでえゴリ押し理論」
「うるさいうるさい! お前たちは難しく考えすぎなのだ! 屁理屈兄妹め!」
単純であると同時に、どこか真理を突いているような……。
まぁ、言った本人からして、そこまで深い考えはないのだろうけれど。
しかし勝ったユーミルはいいとして、負けたヘルシャのほうはどうなっているだろうな?
「……ようこそ、いらっしゃいました」
案の定の不機嫌な出迎えに、思わず苦笑いが出てしまう。
シリウスのギルドホームには、いつでも使用人の恰好をしたプレイヤーがいっぱいだ。
そのメンバーたちが、異様なプレッシャーを放つヘルシャの顔色を窺ってビクビクしている。
あーあー……。
「お前もさぁ……」
「な、何ですの?」
「何も、そんなに不機嫌になるなよ。みんな困っているじゃないか」
一回負けた程度、とは言わないが。
勝ち逃げに腹が立つ気持ちはよくわかる。
しかし、このままではシリウスの執事・メイドさんたちがかわいそうだ。
「あんまりムキになりなさんな、お嬢様。ここは――」
「なっていませんわ!」
「いや、ムキになっているだろう」
「なっていません!」
「いやいや、なっているじゃないか。ムキのムキムキに」
「なっていま……なっていませんわよ!? 何ですの、ムキムキって!?」
「おお。キレている割にはちゃんと対応してくる」
見事なツッコミ体質である。
ちなみに、本人の言の通りヘルシャは筋肉質だったりはしない。
足や腕、首筋などの見えている範囲での判定ではあるが。
「ハインドは筋肉の付いた女性がお好みですの!? だったら一年後にご期待くださいまし!」
「しかもなってくれるのかよ。いいよ……特段、そういう趣味はないし」
「はぁ? 何なんですの!? もう!」
「何なんだろうなぁ……しかし、ヘルシャ。やっぱりムキに――」
「なっていません! ですわ!」
柳眉を逆立てたヘルシャに、圧の強い声で言葉を封じられてしまう。
完全に不機嫌に、かつムキになっているじゃないか。
でも、今の一連の叫びで多少発散されたなら……うん。
別にいいかな、などと考えてしまう。
「……そうかぁ。俺の気のせいかぁ」
「ハインド!? 急に諦めるな! もっと粘れ!」
ユーミルが抗議してくるが……。
こういう時の諦めが早くなったのは、おおよそこいつのせいである。
絶対に譲らないんだものなぁ、こういう手合いは。
「――私としても、諦めるのはまだ早いかと存じます」
そんな俺に、またしても“待った”の声がかかる。
ホーム内に沢山いるメイドさんたちの中でも、最もメイド服の似合う人。
本職であり、ヘルシャ専属のメイドさん。
「し……カームさん」
カームさんが、いつの間にかヘルシャの後方に控えるようにして立っていた。
ログインしていたのか……ホテル関係の業務はいいのだろうか?
そして、ヘルシャがカームさんに同意するように頷きながら腕を組む。
「ふん! そうですわよ! 不機嫌だと分かっているのなら、解消してみせるのが執事の務めでしょう!? ハインド!」
「神官だけどな? 今の俺は。別次元でも掃除夫だからな?」
執事としてと言うならば、後ろのワルターを始めとしたギルメンが何とかするべきだろう。
「頑張ってください、師匠!」とか「骨は拾ってやるぞ、ハインド!」とか小声で応援していないで、誰か援護してくれないだろうか?
「そんなもの、今だけですわ! 将来的には、TB内に限らずわたくしの――」
「待ちなさい! それ以上は聞き捨てなりませんね!」
「そうだそうだ! そんな将来はこない! ハインドと一緒に、腹筋を六つに割るのは私だ!」
「ユーミル。筋肉ネタは引っ張らなくていい」
リィズ、ユーミルがヘルシャの言葉にかみついていく。
そういえば、ヘルシャはギルドに一人分の席を空けて待っていると言っていたな……。
聞くたびに申し訳ないような、面映ゆいような複雑な気分になるが。
今はとりあえず、ヘルシャの機嫌を直すのが先決だ。
「……あの、カームさん。さっき、諦めるのは早いと言っていましたけど……こういう時に、ヘルシャを宥める方法。知っているのなら、教えてほしいのですが」
「最も簡単な方法は、こうですね」
そう言うとカームさんは、ゲーム内のインベントリから鏡を取り出した。
そしてそれを、言い争うヘルシャの前に差し出す。
「………………」
あ、キレ気味だったヘルシャが一瞬で黙った。
カームさんによる突然の行動に、言い合っていたリィズとユーミルも思わず黙る。
「うわ……効果抜群……」
激している時も、笑っている時も、不意に自身の顔が見えると冷静になる瞬間がある。
誰しも、覚えがあるのではないだろうか?
今のヘルシャは突然、冷水をかけられたような状態だ。
そもそもヘルシャには、上に立つ者として“常に己を律し省みる姿勢”が身に付いているのも大きい。
どう見えたんだろうな、今の自分の顔。
「すげえ……カームさん」
「メイドの中のメイドだわ……」
「さすがだぜ……」
シリウスの面々から感嘆の声が上がる。
さすがというか、何というか……。
カームさんの行動って、割とヘルシャに対して容赦がないような。