都市間移動システム
瞬間移動、ワープ、転移。
呼び方はいくつかあれど、長めの移動を要するゲーム全般でよく目にするものだ。
目的地へとプレイヤーを一瞬で運んでくれるそれらの、使用可能になるタイミングは様々だ。
「うん、そうだね。初期から魔法として持っている場合もあれば、中盤、終盤でようやく……なんてケースまで色々だよね」
セレーネさんがそう応じた。
フィールドの広さ、通った町へ戻る頻度、往来回数などなどで条件は変わる。
そしてそれらが多いにもかかわらず、ワープ手段がないゲームはこう言われる。
「移動がかったるい」と。
「ワープがあってもなくても、終盤で手に入る飛空艇……伝説の鳥、ペガサス、ドラゴン、空を飛ぶクジラ、古代兵器の巨大ロボ。いやあ、いいですよねぇ……」
ゲーム内での移動が劇的に変わる事項といえば、それらの特別な乗り物もそうだ。
苦労して何時間も何日もかけて徒歩で越えてきた平原、森、ダンジョン、山。
船でゆっくりゆっくり進んだ、広大な海。
それらの上を、高速で通るあの瞬間……。
この世界の地形はこうだったのかと、天空から眺めるあの瞬間。
たまらないよなぁ……。
「は、ハインド君? あの、ハインド君? ちょっと脱線していない?」
「――あ、すみません。でも、わくわくしませんか?」
「それはもちろん、するよ! すっごくわくわくするよ!」
「するんですか……」
頷き合う俺たちに、リィズが呆れ顔で呟く。
それを受けて、セレーネさんが居住まいを正す。
「こ、この話の続きは後にして……」
「え? 後から続くのですか?」
セレーネさんがリィズの一言に言葉を詰まらせ、再び居住まいを正す。
いくら普段が猫背気味でも、それ以上背筋は伸びませんよ。
「で、でも、やっぱりネットゲームの場合は……ワープ的なものは初期から実装されているのがほとんどで、途中から実装っていうのは珍しいかな?」
折しも、TBでは主要都市から主要都市への転移システムが実装され……。
神殿を利用することで、他地域への神殿へと一瞬で移動することが可能になった。
正式名称は『都市間移動システム』だそうだ。
TBにログインした俺たち三人は、新たに実装されたその機能を使うため、王都内を神殿に向かって移動中である。
トビだけが先行していて、他の面々はまだ未ログインという状況。
「ですよね。俺もそんなイメージです」
むしろ、MMORPGといえば“これ”という感じすらある。
ログイン・ログアウトの光と、ワープの光でプレイヤーが街から出たり消えたり。
近未来系とかSF系のサイバーな世界観だと、特に強調されやすい表現だろうか?
そちらだと主に電子系の、TBのようなファンタジー世界だと魔法の光っぽくと、表現に違いはあったりするが……。
とはいえ、TBがこれまでワープ系のシステムを採用しなかった理由を察するのは、それほど難しくないだろう。
「やはり、新機軸のVRということで……実際に移動することによる臨場感を重視したのでしょうか?」
俺の思考を読み取ったように、そう続けたのはリィズだ。
VRゲーム自体はそれなりの歴史が積み上がっているが、完全没入型はまだ黎明期だ。
「初期はそうだった――ってことだろうなぁ。ただ、イベントの度に移動するのは面倒って意見が大幅に増えたんだろう」
前にリィズとは似たような話をしたな。
要は、リアリティと利便性の綱引きである。
「TB世界の大きさって絶妙でさ。名馬・駿馬なら大陸横断だろうと快適。普通の馬だと少しじれったいけど十分に可能。それ未満は苦行……って感じなんだけど」
二人が俺の言葉に頷く。
今の移動に関する寸評は、いずれもフィールドボスを討伐済みであることが前提だが……リィズとセレーネさんなら、言わなくても伝わっていそうだな。
その証拠に、特に異論を挟まず、今度はリィズが私見を述べはじめる。
「前回の天界の塔イベントは、特にハインドさんの言葉の裏付けになりますね。あのイベントは、どの地域からも転移で参加可能でしたから」
「ああ。参加したプレイヤー人数の詳細、運営なら把握しているだろうし」
「そもそも、初期イベントである闘技大会から既にそういったデータを取っていた可能性はありますが」
「あの時期は、みんなホーム探しと新天地開拓で大陸中に散っていたからな……現在の情勢との違いはあるだろうけど、リィズの言う通りではあるだろうな」
思えば、転移酔いするあの仕様は結構謎だったな。
闘技大会はまだ生活基盤の確保と、ゲームに慣れるので精一杯だった時期の話だ。
それでも、転移システムのおかげで参加を見送ったプレイヤーは少ないのではないだろうか?
優勝者予想の存在もあって、かなり盛り上がっていた記憶がある。
「みんながみんな、馬の育成に熱心か? 移動手段の確保をしているか? っていうと、それは違うものね……」
私も、みんなやサイネリアちゃんがいなかったら……とセレーネさんがこぼす。
鍛冶についてはセレーネさんが頼りなので、それはお互い様だが。
「俺はバトルをしに来ているんだ! なんて層なら、生産系はほとんどどうでもいい要素ですからね。育成をしないなら、バトルで稼いだお金で馬を買えばいい話ですし。これは極端な例ですが」
TBには馬上戦闘もあるのだし、昔からいい馬が戦士に重宝されることには変わりない。
だから決して無駄ということはないのだが……これはゲームだ。
移動がかったるいから、今回のイベントはいいか。
そう考えてしまう層にも、ある程度は参加してもらわないと運営としては困るのだろう。
「よっぽど天界の塔の参加率がよかったんだろうなぁ。そもそもあのイベント、報酬そのものもおいしかったけど。野良パーティとかソロに優しかったのも大きい」
「TBのプレイ人口はまだまだ多いけれど……先々を見据えた方針転換なんだろうね」
「今時、ライト層への配慮が一切ない、ガチガチの固定パーティ必須のゲームなんて流行りませんしね」
固定パーティでばかりプレイしている俺が言うのも何だが。
社会人だとプレイ時間も安定しないだろうし、学生でも、身近な友人と趣味が合うとは限らないからなぁ。
ゲーム内でフレンドを作るのなんて、始める前に思っていたよりもずっと難しいし。
俺は恵まれすぎているくらいだ。
「固定パーティ用の報酬もしっかり残っている辺り、両取りを狙っている……ってことなのかな?」
「だと思います。これまでのTB運営の動向から察するに、まだまだ多方面に気を配る余裕があるでしょうし」
プレイ対象を絞るほど、TBというゲームは追い詰められていない。
むしろ、間口を広げるための調整の一環――といった様相か。
「……総括しますと、ワープシステムが追加されたことで、レンタル馬のみでも充分大陸中を快適に移動可能に。目的はイベント参加率の上昇……今回はそんなアップデート、ということになるでしょうか?」
と、また思考が脇に逸れていたな。
本筋と全く関係ない話という訳でもないが。
推測……そう、あくまで推測だが。
運営の意図を推測した結論は、今リィズの言った通りだ。
「ああ。かといってワープ可能地点がそれほど多くないから、馬の価値がそこまで落ちることもないと……個人的には、悪くないアプデだと思う」
「所持している馬と一緒に転移可能っていうところ、結構大事な部分だよね」
「ええ。結局、ダンジョンやら辺境に行く際に使うのは、馬か自分の足ですから。そこは不変です」
あくまでも、転移可能なのは主要都市のみだ。
馬の価格にそれほど影響は出ないであろう反面……。
このアプデで大きな町の地価は、また上がることになるかもしれない。
「……しかし、この面子になるとこういう話になりがちだな。くどかったら、すまん」
俺は最も聞き役に回っていたリィズに、軽く頭を下げる。
正直、ワープ実装! わーい! で済ませても問題ないといえばないのだ。
ユーミルなんかはそんな感じだし。
「私は嫌いではありませんよ? こうやって理屈をこね回すのは」
「そりゃ、俺もそうだよ」
「では、どうか遠慮なさらずに。ハインドさんのお話でしたら、私は何でも聞きたいです」
「あー、その……うん。サンキュー」
「ふふ」
セレーネさんが微笑みを向けてくるのが照れくさい。
俺やリィズを始め、理屈っぽい人間は割と話し好きが多いような気がする。
持論をちゃんと聞いてもらえると嬉しくなっちゃうんだよな……。
今のように、ともすれば硬めの内容に偏りがちだが。
「セッちゃんはどうですか? 今のような話は」
「あ、もちろん好きだよ? 私も……“都市間移動システム実装”っていうのを見た時に、ほとんどハインド君と同じようなことを考えたから」
「そうですか。ゲーム歴の浅い私では、瞬時に運営の意図を読み取ることはできませんでしたが……なるほど……」
「ううん、リィズちゃんはすごいよ。明らかにゲーム慣れしていないのに、いつもきちんと話についてきてくれるもの」
ただ、相手によっては、独り善がりに話しすぎないように気を付ける必要があるだろう。
鬱陶しがられる。
それこそ、このメンバーならその心配はいらないみたいだが。
「あ、あの、それで……なんだけど」
「はい?」
「……?」
セレーネさんが急にもじもじしつつ、言い淀む。
ピークタイムを迎えて、神殿付近に増えてきた周囲のプレイヤーを気にしている……わけではなさそうだ。
「その……さっきハインド君が話していた、ゲーム終盤の飛空艇とか巨大ロボットの話なんだけど……」
「あ、セッちゃん、本当に続けるのですね……別に構わないと思いますけれど」
「ははっ」
……セレーネさんはこの中でも特に、自分の趣味の話を聞いてもらう機会に飢えているようだ。
よし、ならばやることは一つ。
「聞きましょう。聞きたいです、セレーネさんの一押し。な? リィズ」
「ええ、ハインドさん。話してください、セッちゃん」
「あっ……!」
綺麗な笑顔が一つ、その場に咲いた。
メジャータイトルの有名な乗り物から、マイナータイトルのマイナーな乗り物まで。
俺の知識を総動員して話を聞かせていただこうじゃないか。