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「いきなりゲーム!?」
ログインするなり、体が再構成しきるよりも早くユーミルが叫ぶ。
前回ログアウトしたの、そこだったか……。
大体みんな談話室でログアウトするよな。俺もそうだし。
「どうしたよ? ユーミル。いきなり叫んで」
「あ、いや……」
あまりに淡々と言葉を返しすぎたせいか、ユーミルに落ち着きが戻る。
代わりに、妙に戸惑った様子でこちらを見ているが。
「どうして温泉に来たのに、部屋に着くなりゲームなのかと思ってだな……」
「一応、VRギアの接続テストっていう名目だけど」
さすが高級ホテル、部屋の豪華さは言うに及ばず、ネット環境もバッチリだった。
セキュリティ面も完璧なようで、安心して機器を繋げられた。
ユーミルにもお願いしたのは、部屋が違うということで念のためだ。
「一番は、秀平が――」
「スキル! スキル! 新スキル! 新スキルゥゥゥ!」
ユーミルと同じように、こちらもログインしながら叫んでいる。
何でもいいけど騒がしいな、こいつら……。
俺はトビのログインを見てから、ユーミルに視線を戻す。
「――トビが、ゲーム欠乏症に陥ったからだな」
「何だそれは……あ、いや、説明はいい」
トビは俺たちに目もくれず、その場で武器の素振りをはじめた。
謎のやる気が漲っている。
「どぅぉぉぉぉぉぉ! 拙者の! 魂が! 戦いを求めているぅぅぅ!」
「……見れば大体わかる」
さしものユーミルも呆れ顔だ。
闘争を求めるトビは後で神殿にでも置いてくるとして、せっかくログインしたのだ。
「旅行中の目標でも設定するかぁ」
「目標って……ゲームのか? ハインド、いいのか?」
ユーミルが気にしているのは、簡単に言えば「大人たちの目」だ。
別荘地に行った時とは違い、今回は小春ちゃんたちのお母さんがいる。
あまりゲームばかりしている姿を見せるのもどうか、といったところだろう。
「言いたいことはわかるけど、大丈夫だ。お母さん方にも、俺たちがそういう集まりだって理解されているから」
「そうか。つまり、私たちが温泉そっちのけでコスプレに勤しむ集団だということが――」
「違うぞ!? あ、いや、ある意味合っているんだろうけど……」
こういう冒険者っぽい服をコスプレと言われれば、何も間違っていない。
改めて考えると、ちょっと恥ずかしいような気がしてくるな。
慣れって怖い。
「……ともかく、大丈夫のはずだ。心配なら、少し話してみるといい」
「誰とだ? 椿のお母さんか?」
「どうして一番気難しそうな人を選ぶかな……」
「む?」
椿ちゃんのお母さんは冷静で理知的なタイプだ。
明瞭な答えは返ってくるだろうが、はたして未祐との相性はどうだろうか。
「ま、いいや。ユーミル、何か思いつく目標ってあるか?」
「あるぞ!」
「何だ? やっぱ継承スキル関係か?」
「うむ! 一撃で――」
「決闘行ってきていい!? ねえねえ!? 時間ないけど、決闘行ってきていい!?」
「――……」
笑顔で発した言葉を遮られ、ユーミルが表情を消して口を閉じる。
かなり頭に来ているみたいだな……再び笑顔が作られはしたが、目が笑っていない。
「一撃で、うるさい忍者を黙らせるスキルだな!」
「今、明らかに最初に考えたのと違うことを言ったよな?」
確かに腹が立つのはわかる。
一人で行けばいいのに、寂しがってこちらの反応を待っているのがまた……。
「っていうか、一撃必殺スキルは微妙だろ。よっぽど性質が違うスキルでない限りはさ」
「なぜだ!?」
「もうバーストエッジがあるし。バーストエッジを強化できるような補助スキルなら大賛成だけど。前にもこんな話、しなかったっけ?」
「……なるほど! じゃあそれで!」
「ユーミル……お前、まーた俺に判断を丸投げする気だな?」
「全て任せる!」
「少しは否定しろ」
大技二つの択を上手く押し付けられるプレイヤーなら、活かせる可能性は残るが。
ユーミルには、出すことが分かり切っている技でも強引に当てていける能力がある。
だったら、それを伸ばすほうが賢いのでは? というのが俺の意見だ。
もちろん正解とは限らないので、なるべく自分で考えてほしいところなのだが。
「ちょっと! 拙者を無視して、いつものやり取りをしないで!? そんなの見飽きてるんだよ、こっちは!」
「何だよ、トビ。お前こそ、一人で決闘に行く気がないなら話し合いに混ざれよ」
「三人で決闘に行こうよ! 三人で!」
やはり、一人で行く気はないらしい。
待っているみんなには、すぐ済むって言って接続確認に入ったんだけどな。
TBの決闘はランク分けされているので、よほど格下と当たらない限り、瞬殺・即決着ということにはなりにくい。
「えー。軽く相談だけして、さっさと温泉に行かないか……?」
「私もハインドと同じ意見だ。決闘は好きだが、さすがに今は温泉に行きたい!」
「一戦だけ! 一戦だけでござるから! 新スキル使おうぜ!」
結構粘るな……。
それならそれで、そのエネルギーを別方向に転化する案がないこともない。
みんなの意見を聞いた上で、提案しようと思って温めていたものだが。
……この際、それで収まるようなら言ってみるか。
「この温泉旅行中、魔界行きを目指すって言ってもか?」
「へっ?」
「む?」
パトラ女王やティオ殿下と接触したことで、一部の継承スキルには人数制限があることがわかった。
いつチャレンジしようかと悩んでいたが、こうなったからには早いほどいい。
「首尾よく事が運べば、魔王ちゃんにも会えるかもしれないぞ」
「マジでござるか!?」
「マジマジ。だから、楽しみは後に取っておけよ」
「うっひょおー! じゃあ我慢するでござる! 拙者、魔界行きに全エネルギーを注ぐ!」
目論見通り、トビは決闘に対する欲求を引っ込めた。
こいつに対して魔王ちゃんの効果は絶大だ。
「みんなの決を採ってからだけどな。VRギアは全員、持ってきているみたいだけど……温泉に来てまで、そんなに長くゲームをやりたくないって人もいるかもだし」
「大丈夫! 反対意見は拙者が黙らせる!」
「黙らせる? ……ヘタレのお前がか?」
「聞き捨てならないでござるな、ユーミル殿! 拙者だって――」
「何だ。試しに私を黙らせてみるか? やってみるがいい」
「あ、その……だ、黙って? 少しでいいから……」
「黙らせるっていうか、ただのお願いだな……」
むしろトビが一睨みで黙らされた。
弱いな、おい。
「しかし魔界……言ってみれば新天地か。私も楽しみだが、ハインド……本当に行けるのか?」
「多分、としか。でも、魔界行きに必要な手掛かりはちゃんと揃っているぞ」
「そうか。では、全て任せる!」
「またかよ。どうして魔界狙いなのか、とかさ。もうちょっと色々と気にしようぜ」
「全て任せる! 任せるったら任せる!」
「思考停止やめろって!? ムキになってんじゃねえよ!」
駄目だ、この場にいるメンバーだとまるで話が進まない。
細かいことは後回しに――トビ? どうした?
「ハインド殿、もしかしてでござるが……魔界を目指すのって、メディウスのことが関係していたり?」
もう魔王ちゃんのことしか眼中にないと思っていたのだが、これは意外だ。
トビの推測は概ね当たっている。
「まあ、関係なくはないな。単純な対抗意識が全くないと言えば、嘘になる」
「なにっ? メディウスというと、お前たちが決闘に負けた相手だな?」
「うん、合っているぞ」
「誠に遺憾ながら、その通りでござる」
後ろに「けっ」とか付け足したくなるが。
俺もトビも、未だに決闘で負けた悔しさは抜けていない。
「どういうことだ? どうして魔界を目指すことと、そいつが関係してくるのだ?」
「やっとそこら辺に興味を持ってくれたか……と、時間だな。とりあえず、一度ログアウトしようぜ。この続きは現実で話すから」
「むー! じれったい!」
部屋に荷物を置いて落ち着いたら、ホテル内を見て回る約束をしている。
このログインはその隙間時間を使って行ったものだ。
これ以上は引っ張れない。
「そう言うなって。それこそ、理解があるとはいえ、最初のうちはなるべくゲーム以外のことをやっている姿を親御さんたちに見せないと」
「純粋に温泉も楽しみでござるし! ユーミル殿、我儘はよくないでござるよ!」
「うむ……って、いの一番にゲームを優先しようとしたお前が言うな!」
「そうだ! お前が言うな!」
視線を泳がせながら舌を出し、トビが頭をかく。
イラッと来る仕草に、二人同時に睨みつけると――。
トビはそのまま逃げるようにログアウトしたので、俺とユーミルも追いかけるように後に続くのだった。