リィズと女王
「むむっ!」
会話を止めた二人が、ほぼ同時に戦闘を再開。
リィズがファイアーボールを撃ちつつ後退、女王が回避しながらそれを追う。
「ぬるっと動きだしたぞ!?」
「そりゃ、普通はお前みたいに毎度毎度“行くぞっ!”とか叫ばないって」
「少数派だよね……」
ユーミルの言葉に、俺とセレーネさんは半笑いだ。
それにややムッとしているようなので、付け加えるなら……。
「後からリプレイで見返すと、それがわかりやすくもあり、ついつい見入る要因になったりもするんですけどね。わざとやっているんじゃないかってくらいに」
こいつからすればナチュラルな行動でありながら、メリハリが出るというか。
他人の目をあまり気にしない割に、勝手に格好がつくというか。
そういう「ちょっとずるい」特性をユーミルは昔から持っている。
「ああ。だからユーミルさん、余計に人気が出るんだね……納得かも」
セレーネさんが眩しいものを見るような視線をユーミルに送っている。
まあ、普通は恥ずかしくてできない行為ですが。
セレーネさんは真似しなくていいですからね? もちろん。
「む? よくわからんが、私は褒められているのか?」
「半々だな」
「そうか、半々か! だったらいい!」
「いいんかい。お前は悩みが少なそうで羨ましいなぁ……」
さて、さすがにおしゃべりもこの辺りにして。
長期戦で溜まったリィズのMPは最大値の半分、大技連発には心許ないが……。
どの道、一対一で長い詠唱の魔法を使う隙はない。
小技の連携でどうにかすることを考えるなら、潤沢であるとも言い換えられる。
その証拠に、リィズは魔導士共通の初期スキル『ファイアーボール』を連発。
これまでの防戦から一転、弾幕を張りつつ攻勢に出る。
「せめて、一撃……!」
そのまま、焦りを帯びた表情で魔法を連発する……が。
これは非常にリィズらしくない台詞である。
俺以外にも、ユーミルと――シエスタちゃんには、同種の違和感があったようだ。
あの執念深くて根に持つ生粋の負けず嫌いが、せめて一撃だって? 嘘だろう?
「ふふ」
しかし、パトラ女王は連続で放たれる火球を涼しい顔で躱していく。
リィズが一撃と言ったように、彼女はここまで一度もダメージを負っていない。
「どうした? それがお主の見せたかったものか?」
「……!」
リィズは女王の言葉に応えない。
ただ、益々焦りを募らせたように魔法の連射が速くなる。
おお、最速連射か……?
WTを完璧に把握しているのといないのとでは、秒間辺りの発射数に大きな差が出る。
これは計算が得意なリィズならではの技だろう。
そして、そんな精度を要する技が撃てるということは?
「!!」
やはり、あの表情は演技か。
リィズが放つ魔法の弾道が、直線的に女王を狙うものから大きく転じる。
狙いは下……女王の足元に撃ち込まれた複数の火球が、衝撃で大量の砂を巻き上げた。
「おおっ!」
見ていて思わず声が出た。
練兵場の足元だが、その大部分は砂地になっている。
これは主に砂漠で戦う戦士団が砂地での足運びを熟達するためのものであり、転倒時の怪我防止にも一役買っている。
粒子が細かく柔らかいので、『ファイアーボール』程度の衝撃でも簡単に砂が飛ぶ。
「小賢しい!」
扇子を振りかざし、パトラ女王が『ダークネスボール』を目の前に設置する。
すると巻き上げられた砂の大部分だけでなく、リィズが続けて放ち続けている火球までをも吸い込んでしまう。
弱い魔法やスキル・投擲物に限ってだが、あの魔法の吸着・吸収可能対象は広い。
しかし、それを見たリィズは狙い通りとばかりに次の行動に。
放たれ続ける火球の弾道が再び傾向を変え、今度は女王の手によって設置された闇の近くを通過する軌道に。
あ、これはまさか……。
「ファイアーボールの曲げ撃ち!?」
「マジでござるか!? 変態的な計算力とテクニック!」
小ブラックホールに吸われ、火の球が緩やかに軌道を変える。
移動しながら放たれた『ファイアーボール』は、当たりはしなかったものの……。
女王の進路を塞ぐように、絶妙な角度で曲がりながら闇の中へと吸われていった。
駄目押しのように、自らも『ダークネスボール』を女王から付かず離れずの位置に設置。
更に更に、リィズは砂地を撃つ火球を混ぜることもやめない。女王の視界を悪化させる。
その合間に、WTが明けたそばから『ダークネスボール』を追加していく。
「うわー! 何ですか、何ですかこれ! ね、サイちゃん!」
「二つの初級魔法だけで、こんな……本職の炎系魔法を超えた光景ね。すごい……」
「ごほっ、ごほっ! ああ、熱いし空気が悪く……ちょっとー、妹さーん」
砂塵と共にパチパチと火の粉が散る。周囲に浮かぶ黒球が増えていく。
砂と火、それらが何度も混ざり合ってこの場の気温すら上がったかのようだ。
それだけの数を撃ったのだ、当然リィズのMPは底を尽きかけている。
だが、ついに――
「ちっ!」
――リィズは女王を捉えた。
舌打ちと共に、パトラ女王が扇子を持っていないほうの腕を火球に向けて突き出す。
この戦いで初めて採った、回避ではなく防御の行動だ。
シールド系の魔法を詠唱している様子はないので、有り余る魔法抵抗の高さで受けきるつもりなのだろう。
「……陛下? 私ごときの攻撃を、よもや避けきれないとは仰いませんよね? まさか、まさかとは思いますが……本当に、こんな小娘の攻撃でダメージを負ってしまうおつもりですか? 本当に?」
「!!」
その場にいた中で、本人以外の誰が……リィズがここまで、女王に接近していることに気が付いただろうか?
それと同時に放たれた呪いのような言葉が、女王の行動を縛りつける。
一撃だけでも当てると一方的に宣言したのはリィズの側であり、女王がそれに従う理由など微塵もない。
しかし、それでも。
女王としての矜持が挑発の言葉を許さず、結果。
パトラ女王は激しく身を捩り、曲がる『ファイアーボール』の回避に成功した。
「お見事。ですが……」
小さな体で精一杯跳躍し、全体重を乗せて本を振りかぶる。
どれだけステータスが高かろうと……。
限界に近い回避運動を行った直後の女王に、避ける術はない。
そのまま全身でぶつかるように、リィズは女王の交差させた腕に魔導書を叩きつけた。
「終わりです!」
「――リィズ! 貴様ぁぁぁ!」
……負けが最初から決まっている戦いにどう臨むか? というのは、人それぞれだろう。
精一杯あがくひともいれば、最初から諦めて流してしまう人もいる。
リィズの場合は――己の中で、一つの達成目標を設定したのだ。
「私の勝ちです」
それは即ち、相手を「一度でも転倒させる」こと。
背丈の差から、常に見上げる格好だったリィズが……今は、無表情で女王を見下ろしている。
勝ち誇るでもなく、相手を馬鹿にするでもなく淡々と。
「……」
砂地に倒れた女王は、それを黙って見返している。
もちろん、正確にはこれで勝利が確定したわけではない。
この両者の体勢にあって尚、女王には反撃に手札があるだろうし、反対にリィズには致命傷を与える手段がない。
武器は腕に抱えた本一冊。
最高火力魔法の『シャドウブレイド』が直撃したところで、きっと女王はぴんぴんしているだろう。
どの道、もう撃つだけのMPも残っていない。
また、大前提として女王の手加減が甚だしい。
結局、宣言通り使ったのはリィズに合わせた闇魔法だけで、しかも先程の『ダークネスボール』一度きりだ。
だが……。
「フッ……フハハハハ! そうじゃな! あははははははは!」
状況の全てを受けとめた上で、女王は高らかに笑った。
自慢の美貌が砂と煤で台無しだったが、その顔は心底楽しそうだった。
「ふふふ……よいよい。妾の負けじゃ!」
HPが1しか減っていない女王は、そうして敗北を宣言。
満身創痍の小さな魔導士が差し出す手を取り、立ち上がるのだった。
「ところで、一つ質問してもいいかのぅ?」
「どうして私がこんな真似をしたか、ですね?」
戦いを経て、二人……女王とリィズの受け答えはスムーズになっている。
やはり直接的なぶつかり合いは、時に百の言葉を重ねるよりも相互理解に有効らしい。
……ユーミルの影響だ、なんて言ったらリィズは怒るんだろうなぁ。
黙っておこう。
「私たちに応対した女官の態度、それから王宮内の様子で気が付きました。ハインドさんも同じことを感じたそうなのですが……陛下。今日、なのではないのですか?」
リィズは具体的に何が、とは言わない。
それだけで、女王には伝わったようだ。
「そうじゃ、と言ったら?」
女王からビリビリとした空気が周囲に発散される。
それは魔力を伴い、ユーミルの『勇者のオーラ』のように視覚化され――だから、トビ。
俺を盾にするなって。
ユーミルはオーラで対抗しようとするな、シエスタちゃんは寝るな! 大物か!
「こういう日を迎えた時にほしいものは、腫れ物に触るような扱いでも、図々しい態度でもないはずです。いつもと変わらない日常と、変わらず接してくれる自然な態度でしょう。少なくとも、私はそうですし……そうしてもらって、とても嬉しかった」
つい最近、「その日」を通過したばかりの俺には身につまされる話だ。
リィズ自身も、父親――悟さんのことを思い出し、こう言っているのだろう。
思い出を共有している俺へと、視線を向けてくる。
女王様としても共感できる部分があったのか、最初は頷きながらリィズの話を聞いていたのだが……途中、何かに気付いたように首を傾げる。
「そ、そうかえ? お主、結構図々しかったように思うが? 不敬にもこの女王に向かって、婿を取れだなどと……」
「私はあれが自然体です」
「何じゃとっ!?」
「冗談です。体を動かして発散するほうが、あの時はいいと思いましたので……すっきりしましたか?」
気遣っているようでいて、慇懃無礼な態度を全く隠さない。
相変わらずの女王を挑発するような言葉に、後ろで聞いている俺たちはハラハラしっぱなしだ。
だが、やはりそこは女王様。
それで腹を立てるような小物ではなく、薄い笑みと共に切り返す。
「全く、この小娘は……気に入らんな」
「でしょうね。重ねてのご無礼、何卒お許しください。陛下」
「構わぬ。しかし、まるで心がこもっておらぬ言葉よのう……」
変わらないリィズの態度に、どちらともなく笑みを交わしあう。
和やかというよりは、皮肉の応酬を楽しんでいるような雰囲気。
「ただ、後継とそれに付随する問題。それらは解決……する姿勢だけでも、見せておいたほうがよろしいでしょう。臣下の方々も安心します」
「……それで婿か。生涯、一人しか愛さぬような性質のお主が言うか? それを」
「よくお分かりで。ご不満でしたら、ティオ殿下のお相手を探して差し上げるのがよろしいでしょう」
この国の神官は結婚を禁じられていない。
しかしそのティオ殿下が駄目なら、近しい親族の誰かということになる。
王位の継承順位に関しては、どうなっているのだろうな?
それも政争の影響で、順位通りというわけにいかないことは想像できるが。
「ティオ、か……妹という存在は、実に面白いのう? ハインドよ」
「……そうですね」
一瞬、急に話を振られてびっくりした。
だって、そこでこっちに来るとは思わないじゃないか……。
どうにか、同意の言葉をつかえずに発することができて一安心。
だったのだが……。
「陛下! 辺境伯がお待ちですよ! 一緒に外出なさるのでしょう!?」
噂をすれば影がさす、というか。
不意に響いた高い声に、俺は今度こそ体をびくりと震わせた。
何だ何だ? 予想外の展開が続くな。
辺境伯というと、もしかしたら例の陛下の想い人の――父親に当たる人か?
どこかで「辺境伯の息子」だったと耳にした記憶があるが。
とにかく、今は新たに現れた声の主に対応しないと。
「……ティオ殿下? どうしてこんなところに?」
「ああ、あなたたちだったのね! 用事はもう済んだ!?」
「あ、えーと……」
「悪いけど、急用があるから続きは今度にして! 陛下は連れていくわね! ――姉上、急いでください!」
「こ、こら! ティオ、引っ張るでない! 転移魔法を使えばよかろう、新条約で解禁されたのだから!」
「術者個人での使用は認められていないでしょう!? いいから早く!」
殿下はよほど焦っているのか、身内用と外行き用の口調が混ざって中途半端だ。
一緒にいたのが俺たちだと分かったからか、それが更に荒くなっている。
王族にあるまじきバタバタとした走りで近づくと、あっという間に女王の手を引き出口へ向かっていく。
「あ、よく見たら姉上ったら砂まみれ!? 一体、何をしたらこうなるの!」
「我が妹は、誠に喧しいのぅ……」
去り際、リィズに視線を向けた女王陛下の口が動く。
声は届かなかったが、「感謝する」と……俺には、そう言ったように見えた。