結成・リィズ応援隊(臨時)
TBにおける魔導士同士の戦いは、通常攻撃・短詠唱魔法による詠唱阻害が要となっている。
一部の停止必須の魔法を除き、大多数が詠唱しながらでも動ける仕様。
そしてダメージを受けると詠唱が止まるという仕様があるため、普段パーティで前衛の壁に守られている魔導士だが……。
それが存在しない一対一では、フットワークを活かす戦い方を強いられる。
相手のMPチャージを防ぐ意味合いもあり、戦闘内容は普段の魔導士のイメージとは真逆の方向へ。
中規模以上の魔法を放つ機会は極端に減り、地味な牽制合戦に陥りやすい。
「はっ、はっ……」
リィズの呼吸が荒い。
逃げながら魔法重視で戦うか、詰めて近接戦を交えるかは人それぞれだが……。
リィズのスタイルは前者だ。
武器としている魔導書が、近接戦に対して不向きという理由もある。
そして、パトラ女王は――
「どうした? その程度か?」
「くっ……」
――見る限り、後者だ。遠距離・近距離どちらも行けるタイプか。
得物は先程、口元を隠すのに使った扇子である。
どうやらあの扇子、暗器として用いられる鉄扇のようだった。
女王はそれと分からないよう音も立てずに閉じていたので、戦闘が始まるまで気付かなかった。
「調子に、乗らないでください!」
激しい言葉とは裏腹に、冷静にカウンターのタイミングで魔導書を振りかぶるリィズ。
貧弱な杖よりも低い物理攻撃力を持つ魔導書だが、特性として長めのヒットストップが付与されている。
これが反撃の狼煙となればよかったのだが……。
「思い切りの良さは買うが……青い!」
一撃、二撃。
ダメージからして大幅に手加減されているようだが、リィズは強かに肩と腕を打ち据えられる。
後退しつつ回転しながら攻撃を放った女王は、鉄扇を開いてもう一回転。
膝を屈するリィズを見下ろし、艶然と笑んだ。
「――はっ!? こ、これはリィズ殿、劣勢でござるか……?」
女王の舞うような動きに目を奪われていたトビだが、リィズの減ったHPを見て我に返る。
残り六割……厳しいな。
「そもそもの運動能力に差があるな。本人が一番分かっている事だと思うが」
「む……」
ユーミルが顔をしかめるが、それで事態が好転するわけでもない。
現在の戦況だが……離れて戦いたいリィズが距離を詰められている時点でわかるとおり、不利は明らかである。
運動神経が悪――あまりよろしくないのは、俺たち兄妹共通の悩みだ。
持ち味の活きる純粋な魔法戦に持ち込めなかったのは痛い。
「女王様、魔導士にしてはかなり動けるでござるな。予想通りではござるが」
「あれなら弓も引けそうだね……」
「胸がつっかえなければ、でござるがな! がはははは!」
「え? あ、あの……」
このところ下品になっているトビに、天誅を下す時が来たのかもしれない。
よりにもよってセレーネさんにそれを言うか?
一人で笑っていたトビだが、周囲の冷めた空気を察してようやく黙った。
そして慌てた様子でこちらを見る。
それに対し、俺は無言で乾いた視線を返した。
「……」
「……。す、すみませんでした……」
俺が溜め息を吐くと、戦闘を見るのに夢中なユーミルを除く女性陣が揃って苦笑する。
何だかんだで超を付けてもいいほど優しいよな、このメンバーは。
「全く、野郎だけの場ならともかく……それに、前にも言ったよな? 気を付けないと、ハラスメント判定を受けてアカBANされるって。寛大なセレーネさんに感謝しろ」
「そ、そうでござった。セレーネ殿、申し訳ござらん!」
「あ、う、うん。みんな思うよね……口にはしないってだけで……」
そりゃ、俺だって同じことを思った。
ただ、それを口に出して言うかどうかには大きな差がある。
口に出すやつはセクハラ野郎で、出さないやつはむっつり助兵衛である。
どっちもどっちな感じだが、きっとむっつりのほうがマシだ。
「あー……で、先輩。妹さん、私たちが無駄話をしていた間に負けなかったんですね? 今も上手いこと持ち堪えていますけど」
シエスタちゃんが気を遣い、話題と視線をリィズへと戻してくれる。
中学生くらいだと、先程のような発言に嫌悪感を抱きそうなものなのにな。
実に人間ができている。
「私も疑問に思っていました。女王様は本気でないにせよ、それなりに攻めていたように見えたのですが」
「リィズ先輩が急に闇の力に覚醒したとかではないんです?」
うんうん、残りの中学生組もちゃんと乗ってきてくれた。ありがたい。
……って、リコリスちゃん?
「そうだね、リコ。妹さんは闇の力に目覚めた結果……」
「ごくり……け、結果?」
「腹がより黒くなったね。間違いない」
「シーちゃん!? リィズ先輩、レッサーパンダだったの!?」
「……あのね、シー? リコ?」
シエスタちゃんが悪乗りした結果生じたボケの渋滞に、サイネリアちゃんが頭を抱える。
ちなみにレッサーパンダのお腹が黒いのは、木陰などに潜んだ際、外敵に発見されにくくするためである。
性格が悪いからお腹が黒いのではなく、あれは保護色だ。
「あ、あの、御三方? 失言したばかりの拙者が言うのも変でござるが、その辺にしておくことを強くおすすめしたく……彼女、こういった際は極めて地獄耳なの――」
「聞こえていますよ」
「でぇっ!?」
「ええ、聞こえていますとも。最初から、最後までね……ふふ、ふふふふふ」
「あ、あああああ……」
前科が多すぎる故か、特にリィズに対して何も言っていないトビが一番怯えている。
というか、リィズ? その声、どっから出ているんだ? 背中越しとは思えないほどダイレクトに聞こえてくるのだけれど。
そしてトビ、俺を盾にするな。無駄だろう、色々な意味で。
「ま、真面目に考えるなら! ハインド殿と同じ、先読み回避&逃走の合わせ技でござろう!?」
「あー」
「なるほど……」
「つまり、予知能力ですね!? すごい兄妹です! エスパー兄妹です!」
「リコリスちゃんの中で、俺らはどういう位置づけになってんの?」
そもそも、そういった先読みは意識せずに大多数の人がやっていることである。
俺たちはそれをより意識的に、足りない運動能力を埋めるため、脳をフル稼働にして補っているだけだ。
あまり褒められたものではないし、運動神経が優れている上に同じことをできる――という人も存在する。
「にしても、足めっちゃ遅いですねー、妹さんは。私とあんまり変わらないんじゃ?」
シエスタちゃんの指摘通り、リィズの回避動作そのものは緩慢だ。
女王が時折繰り出すフェイントに、必死に反応しないよう細心の注意を払いつつ凌いでいる。
「それでも生き残っているんだ。その分だけ、俺よりも先読みの精度が高いって証拠だと思うけれど」
「ハインド先輩は、きちんと基礎体力ありますものね……」
サイネリアちゃんがそう言った直後、リィズが大きく右に――踏み出そうとした足を、バランスを崩しつつ引っ込める。
間一髪、女王の鉄扇が一瞬前までリィズがいた空間を通り抜ける。
……分かる、分かるぞ。
頭で正しく判断できていても、体が過剰に反応しそうになるんだよな。分かる。
つい最近、リプレイで見た自分の姿と重なるところが多い。
ちなみに俺やリィズが苦手なのはフェイントだけでなく、速すぎる攻撃には体がついていかない。
リィズの被弾原因は主にそちらで、このことからも女王の手加減振りが窺える。
「ぐぬぬぬぬ……」
要はその気になれば、女王はいつでも戦いを終わらせることができるのだ。
見ようによっては、時間をかけて痛めつけているとも取れる。鉄扇の刃も立てていないようだし。
だからだろうか?
じっと戦況を見守っていたユーミルは、いつの間にか爆発寸前である。
「かーっ!」
「うわっ!? びっくりしたぁ!」
などと考えていたら、想定よりも早く爆発した。
何だよ、その叫びに合っていない変なポーズは。
「――何とかならんのか、ハインド!」
ポーズを解くなり、ぐるりと首を回してこちらを見るユーミル。
怖いぞ、その動き。
「お前、普段仲が悪いのに……」
「あいつが簡単に負けるのは、こう……納得いかん! 納得いかんのだ!」
「まぁ、言いたいことは分かるけど」
自分の手で負かしたい相手が他の人間に負けるのは、胸中複雑なものがある。
そういう意味では、俺も似たような相手が最近できたところだ。
ただ……。
「今更、俺たちにできることは何もないぞ? もう戦いは始まっているんだし」
「ハインドお得意の作戦とか!」
「あいつの頭の出来は俺よりもずっと上だ。そんなやつに、今から即席で練った作戦を提案……効果、あると思うか?」
「むぅ……むぅぅぅぅ!」
「ちょ、やめろ! 服を引っ張るな!」
俺から出せる作戦はないが、リィズが無策で耐えているとは考えにくい。
何かしようとしているのは間違いないだろう。
そんなリィズに対して、俺たちができること……うーん。
「強いて言うなら、応援とか?」
絞り出した答えは、非常に凡庸なものだった。
やる意味がないとまでは言わないが、我ながらこれは……。
「よし、応援だな!? みんな、分かっているな!」
「はい!」
「え? 本当にやるの?」
提案した俺のほうが面食らう反応だが、ユーミルは乗り気である。
真っ先に呼応したリコリスちゃんと一緒に、声が通りやすいよう俺たちを整列させた。
「行くぞ! せーの……」
横に並んで、息を大きく吸う。
そして、リィズが撃ち込んだ『ファイアーボール』を女王が回避した直後。
「「「頑張れ頑張れ、り・い・ず!」」
「「「ま、負けるな負けるな、り・い・ず……」」」
やや不揃いではあったが、俺たちはリィズにエールを送った。
動きまで付けてノリノリなのが、ユーミル・リコリスちゃん・トビの三人だ。
セレーネさんとサイネリアちゃんはぎこちなく、シエスタちゃんはやる気なく。
まとまりのない応援の声が、練兵場の中で巻き起こる。
「「「わー!」」」
「わ、わー……」
「は、恥ずかしい……」
「今ので気力が根こそぎ持っていかれたので、帰って寝てもいいですか?」
ちなみに俺がどちら側だったかというと……。
大事な妹を全力で応援しない兄はいない。いないのだ。
――と、それはさておき。
戦いのほうはどうなったかな?
「……調子が狂いますね。悪い気はしませんが」
「くくく……」
俺たちの急な行動に驚いたのか、戦闘は一時中断していた。
女王陛下が玉座ではあまり見せない、珍しい笑い方をしている。
「こらっ! そこで止まるな、ちんちくりん! 今のうちに肘を入れろ、肘を!」
「勝ってください、リィズ先輩! 勝って、小さくても強いんだぞーってことを証明してください! レッサーパンダ魂です!」
「おー。がんばれー、レッサーパンダー」
「拙者は口を閉ざすのみ……だ、駄目だ、笑うな……わら――ぶふっ! あっはっはっは! ひっでえ応援!」
「……あれを聞いても本当に、悪い気はせぬのか?」
「あの人たちは……!」
気が抜けたところで、このまま戦闘が終了……という流れもありそうだが。
先に動きを見せたのは、リィズではなく女王様のほうだった。
「さて、リィズ。声援を受けたところ悪いのじゃが、そろそろ降参せぬか? これだけ打ち合って力の差がわからぬほど、お主は愚かではあるまい」
「お断りします」
「フッ……早々に音を上げたとて、妾は意地悪く使えぬ魔法を授けたりはせぬぞ?」
「……まだ、こちらの手の内を全て見せたわけではありませんから」
「……ほう」
どうやら、戦闘を続行するようだ。
終局に向けて両者が再び、互いに武器を構えた。