女王を取り巻く環境
パトラ女王とリィズが練兵場中央に移動していく。
女王との対峙という緊張から解放された俺は、長い息と共に大きく肩を落とした。
疲れる……。
「ハインド殿、ハインド殿」
邪魔にならないよう移動する途中、トビが俺の腕を掴む。
何だ? もう女王様観察はいいのか?
「あの人たち、普通に戦いはじめてしまったのでござるが?」
「何ぃ!?」
慌てて視線を戻すと、既に両者は詠唱を始めていた。
黒紫の光が二人の体を覆っている。
「お主に合わせて、妾も闇魔法のみで戦ってやろうぞ」
「いらないお世話です!」
もう止められそうもない。
話の流れでは、すんなりスキルを教えてくれそうだったから油断した……!
「あー……思うに、妹さんの挑発めいた発言がまずかったんじゃ?」
「そ、そうだね……全くその通りだね……」
シエスタちゃんの全く動揺していない間延びした声で、どうにか平静を取り戻す。
考えてみれば、勝ち負けはあまり関係ないか……女王様はそこまで狭量な人ではない。
どうあがいてもあちら側が手加減しない限り、現状で勝てるプレイヤーは存在しないのだし。
「挑発? シエスタ、どれのことだ? ハインドに甘えるな的なやつか?」
「いえいえー、ユーミル先輩。そっちじゃなくて」
「多分、その後のほうだな。婿とかどうとかのほう」
はっきりと顔色が変わったのは、あの場面だろう。
即座に立て直しはしたが、隠しきれない怒りのようなものを感じた。
「先輩。女王様って、未婚でしたっけ?」
「そもそも女王様の年齢、何歳なのでしょう……?」
「お相手の身分とかって、どうなんでしょう? 普通の恋愛結婚とか、あんまりできないイメージです!」
「それ以前に、女王本人に結婚の意思はあるのか?」
「っていうか、TBのNPCってそういう大きく身分が変わる行動をするんでござるっけ? 基本事項のはずでござるが、ど忘れしちった」
「うーーーん……」
一気に質問が来たなぁ。
順番はシエスタちゃん、サイネリアちゃん、リコリスちゃん、ユーミルにトビといった具合だ。
質問がなかったのは、黙って苦笑しているセレーネさんのみだ。
それらに、俺が持っている情報で答えるとすると……。
「まず、女王様は未婚だ。年齢は――二十代じゃなかったかな? 推定だけど、半ばまで行っているかどうかは微妙な感じ」
「ほほー。戴冠したのがもっと若いころ、十代なんでしたっけ?」
「そうそう」
シエスタちゃんはぼーっとしているようでも、しっかり情報の要点は抑えているよな。
確か、彼女が女王になってから十年経っていないはず。
しかも先代までは腐敗した貴族政治が横行していて、大きな政争があったとか。
今のサーラ王国は女王主導のもと、改革の真っ最中だ。
「二十代ですか……色気のある女性って、実年齢より少し大人びて見えますよね」
サイネリアちゃんが唸り、同意するようにリコリスちゃんが何度も頷く。
二人の視線の先には、リィズと一緒に暴れ回る女王様……の、ボディライン。
うん、暴れているな。何がとは言わないが。
「む……ハインド!」
「何だ? ユーミル」
「私も! 私も、私服だとよく大学生に間違われる!」
「……」
急に何を言い出すのだ、こいつは。
もしかして女王様と張り合っているのか?
顔、ちょっと赤いぞ。
「……つまり、こう言いたいんだな? 女王様にセクシーさでは負けていないと」
「そ、そうはっきり言われるとアレだが……ま、負けていないだろう!?」
「うん、まあ、そうな。負けていないな」
「!?」
スタイルで劣らず、顔の造形もまるで引けを取っていない。
正直、作られた美であるゲーム内のキャラと張り合える時点でこいつはおかしい。
こういったことがある度に、毎回同じことを思う。
ただ、それもこれも――
「黙っていれば、の話だけどな」
「……は?」
見た目だけは最高クラスのダークエルフが呆気に取られた表情をする。
そりゃあ、初対面の人なら受ける印象は違うだろうよ。
見た目でしか判断できないのだから。
「だって、お前の諸々の言動を考慮すると、マイナス五歳分くらいなんだもの」
「おい!」
「容姿と合わせて、結果的にトントンなんだもの。はぁー……」
「何だ、その心底残念そうな溜め息は!?」
「結論、俺がお前を大人っぽいと思ったことはない。一度も」
「おい、ふざけるな! ……ハインド? ハインドぉ!」
これ以上は何も言わん、という意思表示を込めて俺は耳を塞ぐ。
ユーミルが犬か猫のように背中を爪で引っ掻いてくるが、これもスルー。
「皮肉っぽいようでいて、聞きようによっては滅茶苦茶褒めているのでござるがなぁ……気付いて、ユーミル殿」
「先輩、ユーミル先輩に対してはあんまり素直じゃないですからねぇ。ね、セッちゃん先輩」
「あ、え? ど、どうして私に振るの……?」
ユーミルに耳を塞いでいた手を強引に外されると、トビ、シエスタちゃん、セレーネさんのそんな話が聞こえてきた。
シエスタちゃんに話を振られたセレーネさんは、酷く困惑している。
「先輩、セッちゃん先輩に対しては妙に素直だなーって思いまして。どうなんです? そこのところ」
「出たー、ハインド殿の年上女子に弱い傾向。どうなのでござるか? セレーネ殿」
「あ、あの……だとしても、それこそ私の消極性と足すと……トントン、じゃないかなぁ?」
「あー」
「そうでござるなぁ……こちらも、何とも残念な」
本人が会話に参加していないところで、何やら好き勝手言われているようだが。
気を取り直して、一気に質問に答えてしまおう。
「じゃあ、ここからは残り三人の質問への回答な。傾向が近いから、三つまとめていくぞ。まず、現地人……」
と、話を切って一瞬だけ戦っている二人の様子を見る。
……熱戦になっているので、こちらの声は全く聞こえていないと思われる。
これなら、言葉を選ぶ必要もないか。
分かりやすさ重視で行くとしよう。
「……NPCは、恋愛結婚も見合いの結婚もする。そして、子どももちゃんと作る」
「ふぁっきゅー!」
「トビ、うるさい。ただ、これらはプレイヤー側から見てネームレスの村民・町民が主で、女王様みたいなキャラにそれが該当するのかは不明だ」
一部、ネームドでそういった報告がないわけでもないのだが。
それらは、特殊なクエストを経て関係が進展するのが基本らしい。
プレイヤーが誰も関わっていないのに、勝手に――ということは、基本的に起きないようになっているものと推測される。
「で、女王様本人に結婚する気があるかどうかだけど」
物凄い勢いでカクタケアの面々がキレそうな話題だが、ここに女王様シンパはいない。
実際にそれが起きたら、カクタケアに限らず炎上しそうということも一旦置いて。
「その気はあるんじゃないかな。というか、そうしないと王家の血筋が絶えちゃうし」
「おー」
「そりゃそうでござるな。妹のティオ殿下が、という手もあるでござろうが」
「まあ、傍系で王位継承権のある人が次代の王になる可能性もあるけどな。ただ、サーラはプレイヤー出現以前に、政変で荒れたばかりっていう流れがあるから……」
「直系に越したことはないという話でござるな」
ただ、先程の理由でそれがゲーム内で実現しないだろうこともわかっているが。
運営も、わざわざ男性プレイヤーが減るような真似はしないだろう。
……実際のところ、どこまでAIの判断に行動を委ねているのだろうな?
知りたいような、知らないままのほうがゲームが楽しいような。
「で、リコリスちゃんが言った身分のことだけど。察しの通り、いくら腐敗貴族が一掃されたからといって、平民からっていうのは難しい」
「ですよね……」
「でも……例えば平民でも、戦争で大功を挙げた英雄とかが出現すれば、話は別になる」
「わあ……!」
リコリスちゃんが落胆から一転、キラキラと目を輝かせる。
いわゆる救国の英雄というやつだ。
「おお! ファンタジー系ではスタンダードな筋書きだな! 浪漫たっぷり!」
「どうあれ、女王様次第だけどな。王様が姫を嫁にやるよりはハードル高いぞ、多分」
その場合でも長子がきっちり他にいること、それによって国政に影響が出るか否かなど、現実的に考えれば考えるほど難しい問題となる。
そこはユーミルが言った通り「ファンタジー」世界の話ということになるか。
姫をもらった英雄がその後どうなったか、なんて深く考えるのは……うん。野暮だろう。
「ただなぁ。噂では、女王様には将来を誓い合った男性がいたって話もあって……」
「ちょ、ハインド殿。過去形ということは……」
「ああ。例の政争でな……」
俺がそうこぼすと、場が若干しんみりとした空気になる。
リコリスちゃんだけが頭の上に大きな疑問符を浮かべているが、例によってサイネリアちゃんが何か耳打ちしているので大丈夫だろう。
「ハインド殿。そういう情報って、どこから拾ってくるのでござるか? 掲示板じゃないよね? 情報屋?」
「え? そんなの……早朝、町の裏手にある井戸の近くに行けば――」
「井戸端会議でござるか!? 完全に行動が主婦じゃねーか!」
もちろん、裏取りは必須だが。
ああいう人たちの無責任な噂は、大概話が盛られていたり、真偽が定かでなかったりする。
ただ、量が膨大なので情報収集の取っかかりとしては優秀だ。
大事なのは、それによって先入観を持ってしまわないことである。
「とある引退した女官さんからも同じ話を聞けたから、間違いないと思う」
「わざわざ聞きに行ったのですか?」
少し下世話では? といったサイネリアちゃんの視線。
このところ、サイネリアちゃんは俺に対してやや遠慮がなくなってきている。
……ただ、こういった攻撃的な態度でそれを表明されるのは不本意だ。
だから、しっかりと誤解は解いておくことにする。
「いや、他の情報収集のついで。ティオ殿下の杖を直す時に、王家の歴史について調べたじゃない?」
どちらかというと、聞いてもいないのに一方的に語られたというか。
もしかしたら、幼いころの世話係なり乳母だったりしたのかな……あの人。
どうしてか、そこまで踏み込んでは聞けなかったんだよな。
女王様への愛情は存分に伝わってきたが。
「……そういうことでしたか。すみませんでした、ハインド先輩」
「謝らなくていいよ。むしろ、俺のやっていることがおかしいと思うときはどんどん言って。そのほうが嬉しい」
「あ……はい!」
うんうん、素晴らしい笑顔。
盲目的になられるよりは、遠慮なく話せる関係のほうがいいに決まっている。
しかし、そのサイネリアちゃんの反応を面白がる人物が左右から忍び寄る。
「ふーん……」
「な、何? シー……」
「へー」
「り、リコも? 一体どうしたの?」
「「別にー?」」
「何なのよ、もう!」
二人からしても、彼女の素直な笑みは珍しいらしい。
……と、それはともかく。
「あれぇ、ハインド殿? 拙者が知らないうちに、妙にサイネリア殿と距離が縮んでいないでござるかぁ?」
「気のせいだ」
「ハインド、お前いい加減にしろよ? と言いたいところなのだが……」
「お、おう」
「サイネリアの笑顔があまりにもよかったので、今回は目を瞑ろう。な? セッちゃん」
「あ、えっと。何だか、前々からサイネリアちゃんにあった硬さが少し取れたみたいで……うん。いいと思う」
と、ともかく!
みんなが最後に話した女王様の情報を知らなかったことから分かるように、あの時は分散して聞き込みに行っていたので――
「ああ、そうか。もしかしたらリィズのやつ、それを憶えていてわざと……」
――あの時、俺に同行していたのは確かリィズだったはずだ。
記憶力のいいリィズが、意識せずに女王様に対して無神経なことを言うとは考えにくい。
で、あれば何か意図があるのだろう。
俺たちはそこで話を切り上げると、予想外に長引く戦いへと目を向けた。