継承スキル探索 その4
国外のスキルを探しにいくにあたり、サーラ国内の心当たりは網羅しておきたい。
もうすでに、メンバーそれぞれが一定の成果を上げている。
みんなが隙間時間を上手に活用してくれた結果だ。
しかし――
「む……別に嫌っているわけではないぞ? 他の者の話を聞くにつけ、ああ見えて苦労しているのは知っているのだし。だから、今となっては嫌っているわけではないのだが……」
「ハインドさんに色目を使う女は全て敵です」
「ええと……普通に話す自信がないのもそうなんだけど……弓、使えるのかな? あ、使えても全然驚かないんだけど。その……」
ここまでが渡り鳥・女性陣の言葉だ。
それを聞いたヒナ鳥たちが続く。
「スキルのついでにセクシーになる秘訣を訊きにいこうと思ったら、サイちゃんに止められました!」
「私たちだけの話で済むなら、リコを止めなくてもよかったと思うのですけれど……失礼を働いたら、同盟全体への評価が下がるということはありませんか? それが心配で」
「二人が行っていないのに、私が率先して行くわけないじゃないですかー。面倒だし」
「え? もしかして、全滅?」
まさかの誰も女王様……パトラ女王に会いにいっていないという事態に。
今日は国内総仕上げということで、時間を合わせてホームの談話室に集まっている。
シエスタちゃんがいつも通り机に半身を預けつつ、のっそりとした動きでこちらを向いた。
「そう言う先輩だって、まだ女王様に会いに王宮に行っていないですよね?」
「行っていないね……ティオ殿下のところには行ったけれど」
「ふわぁぁぁ……んむ。嫌いなんですか? 女王様のこと」
「いや、決してそんなことはないよ」
あくび混じりの問いに、首を横に振る。
嫌いというよりは、現地人の中でも特に複雑な性格をしていて非常に気を遣うというか。
女王様だが、他のプレイヤー間でも、あの絢爛な容姿に惹かれた野郎どもからの人気はそのままに……。
その内面が周知されるや、女性の間でも徐々に人気が出るという面白い経緯を辿っている。
ユーミルの発言からもそれはわかるだろう。
「……で、トビ。さっきから黙っているようだけど、お前は?」
「……」
俺の問いに、トビは無言のままで首を横に振った。
ただし、その口元はにやけるのを抑えているような様子だ。
どういう反応だよ? それは。
「……ふむ。一人で会いに行く度胸はなかったけど、本当は女王様の姿を舐め回すように見たい? 今日はみんないるみたいだし、チャンスだ! と。なるほど」
返事がないことに若干イラッとしたので、適当にトビの内心を代弁してみる。
すると、示し合わせたようにシエスタちゃん・ユーミル・リィズの三人が反応。
「トビ先輩、さいてー」
「見損なったぞ! 元からだが!」
「チキンの癖に、見るものは見たいと? 情けない」
「言っていないでござるよ!? 言っていないでござるからね!? 大体合っているけど!」
「合っているのですか……?」
トビの言葉にサイネリアちゃんが苦笑する。
そこまでで話を切り上げるべく、俺は席を立った。
「じゃあ、みんなで行くとしようか。王宮に」
王宮への出入りに関しては、国にそれなり以上の貢献をしているプレイヤーなら容易である。
それにはいくつかクエストをクリアすれば済むので、正直、緩いと言っていい。
ただし、女王への謁見となると話は別だ。
平気で数日単位……ゲーム時間換算で、だが。
数日待たされることもあるし、全く姿を見せない期間もある。
だから、俺たちも出直すことになる可能性は頭の中にあった。
駄目だったら、久しぶりに素材集めでもして時間を空けて――などと考えていたのだが。
「お会いになられるそうです」
「あれぇ!?」
あっさりと出された謁見許可に、思わず面食らってしまった。
それどころか、女官さんたちが背を押すような前のめりな対応を俺たちにしてくる。
まるで早く会ってくれ、と言わんばかりだ。
そうしてあれよあれよと、気が付けば謁見の間ではなく、練兵所へと通され――
「遅かったではないか」
――そこには準備万端、女王様が待ち構えていた。
無手だが、いつもの衣装よりは動きやすそうな恰好をしている。
宝石などが装飾されているのは変わらず、豪奢には違いないが。
必然、元から高い肌の露出が増えており、トビの鼻息が荒くなっている。
……スクショ、撮っておいたらスピーナさんが喜びそうだ。
「ええと……女王陛下。これはどういう――」
「察してみよ」
「え゛っ」
「妾がこんなことをしている理由を察してみよ。ハインド」
「ええー……」
最初に声をかけたのが悪かったのか、唐突に名指しで無茶振りをされてしまう。
誰も話そうとしないんだものなぁ。
こら、そこ。
話す気がないなら、せめてヒソヒソ話はやめてくれ……女王様の逆鱗に触れそうだがら。
「ひ、ヒントを」
「お前は悪くない。しかし、お前たちが悪い」
「は、はぁ……」
「さあ、答えよ。妾の気が変わらぬうちに」
あれ? そもそも女王様、最初からちょっと機嫌が悪いな。
ということは、この問いもそう複雑なものではなさそうだ。
答えるスピードのほうが大事なのだろう、おそらく。
そして今のヒントで、引っかかったのは……「お前たち」という部分の対象だ。
これ、この場にいる「俺たち」のことではないよな。きっと。
「……もしかして、来訪者が大挙して押しかけましたか? 女王様のところに」
そうした思考の末に出した答えは、こうなった。
お前たちというのは来訪者全体のことで、失礼だが女王陛下をティオ殿下と比べたときに……。
どう見ても力関係も実際の力も上の女王様のところには、殿下以上にスキル目当てのプレイヤーが殺到するだろうことは容易に想像できる。
答えを聞いた女王様は、寄せていた眉根を僅かに緩ませた。どうやら正解らしい。
「すまなかったな。ただの八つ当たりじゃ」
「あ、いえ」
「そういえば、王宮の衛兵が増員されていた気がするでござるな……」
トビの呟きに、王宮内の様子を思い出す。
そういえばプレイヤーも現地人も多くて、慌ただしい雰囲気が漂っていたな。
何か行事でもあるのかと思ったが、原因はそれか。
「政務にも支障が出ておる。さりとて国に貢献しておる者からの謁見願いを、無碍にするわけにもいかぬのでな」
「何と言いますか、その……すみません」
「よい。己を高めたいという欲求からの行動であり、悪意がないのはわかっておる。もっとも、悪意がなければ何をしてもよいということにはならぬが」
「仰る通りで……」
行動というか暴走だな。
中には駄目元で押しかけているプレイヤーもいそうだ。
王宮に入る条件が緩い弊害とも言えるが、明確に積み上げが足りないまま突撃するのはいただけない。
もしかしたら、という気持ちになるのはよく分かるのだが。
「そこで、じゃ。妾は一策を講じることにした。国への貢献度が最も高い来訪者の一団……」
「ギルドですか?」
「そうじゃ。そのギルドに所属する者にのみ、妾が直々にスキルを教えてもよいという触れを出すことにした」
「それは……」
「おお!」
聞いた感じ、俺たちにとっていいことしかないようであるが……ユーミル、ちょっと待て。
翻せば、国内ギルド一位の座を明け渡せば、スキルを教えてもらう権利が移動するということになる。
更に考えると、それはスキルがほしい一団に狙われる可能性が出ることを意味している。
つまりこれは「教えてやる代わりにリスクを負え」と言われているのだ。
それを踏まえつつ、少しの間を置いてから俺は女王陛下に慎重に頷きを返す。
「……ありがとうございます。では、スキルの継承はリィズにお願いします」
「話が早いのう。さすがじゃ」
俺たちの中で魔導士なのはリィズだけだ。
女王様は光系統を除いた全属性の魔法を使うと聞いたことがあるし、魔導士の型による制限はきっとないだろう。
俺の言葉を受け、リィズが一歩前に……あれ? こっちも機嫌が悪そうな顔をしているな。
女王様を睨みつけるようにしているが、一体どうした?
「……スキルはありがたいのですが。女王陛下」
「何じゃ? 言いたいことがあるのなら、申してみよ」
「今、女王陛下は兄さ――ハインドさんに甘えましたよね? 分別のないプレイヤーたちに代わって、下げる必要のない頭まで下げさせて。それについて何か仰ることは?」
「……否定はせぬ。必要ならば、謝罪もしよう」
度量の広さを見せ付けるように、あくまでも涼し気にリィズの言を受け止めるパトラ女王。
しかし、続いたリィズの――
「……そういったことはご自身で婿でもお迎えになって、その人にでもなさればよいのでは?」
――鋭いナイフのような言葉に、美しい黄金色の瞳が僅かに細められる。
そのまま浮かんだ怒りを隠すかのように、胸の間から取り出した扇子で口元を覆いつつ……陛下は小さく笑った。
おい、トビ。奇声を上げるな。空気を読め。
「ほほう。なかなかに生意気な口を利く」
「あ、あのですね、陛下!」
リィズの言葉は多分、俺を思いやってのものだ。
嬉しくないはずがない。
それでもスキルをもらえないのは元も子もないと思い、弁明しようと思ったのだが。
「言わずともよい、ハインド。リィズの申す通り、先に無礼を働いたのはこちらじゃ」
全て分かっていると言わんばかりに、陛下に言葉を封じられてしまった。
こういう頭のキレがよすぎるところが、やりにくいと感じる主原因だ。
この人に嘘や誤魔化しは通用しない。
「しかし、妹……妹か。フフ、面白い」
パトラ女王がリィズを誰と重ねているのかは、明白だろう。
ここに至っては反抗的な目下の者の態度を、むしろ楽しんでいるような素振りすら見える。
扇子を閉じ、閉じたそれをリィズに突き付ける。
「構えよ、リィズ。我が魔術の一端、しかとその身に刻んでくれよう」
まるで攻撃宣言のような言葉と共に、女王陛下の周囲から黒霧が噴き上がった。