旅行に向けて 前編
俺とトビが、メディウスの放った光の中に消える。
続いてLOSEの文字が出て、リプレイはそこで終了となった。
自室のモニターから目を離し、小さな動作で固まった体をほぐす。
「うーん……」
この前の敗戦を、一通り振り返って見た感想だが。
敵がどうこうという以前に、何だろう……俺たちの、この体たらくは。
立ち回りはともかく、決闘中に騒ぎすぎである。非常に恥ずかしい。
いざ映像に残った自分の姿を見ると、思っていたよりも動きが滑稽だったりするものだ。
昔、母さんが撮ってくれた運動会のビデオを思い出すな……あの時の感情によく似ている。
PCを操作し、少しリプレイの時間を戻す。
ルミナスさんの攻撃を上手く避けている――のはいいのだが、よく見ると足がもつれているじゃないか。
「神官服のおかげで、多少はそれらしく見えているのが救いだな……」
足元、手元が見えにくい服は多少行動の妨げになるものの、相手に動きを読ませない効果がある。
この決闘では、それが一応プラスに働いていたようだ。
ルミナスさんが攻めあぐねているのが分かる。
にしても、もっとスタイリッシュに回避……いや、無理か。俺にそんな運動神経はない。
それよりも、もっと距離感を大事にしたほうがよさそうだ。
近付かれる前に、素早く牽制しつつ位置を変える。
基本だが、やはりこれしかない。
「この戦い、トビのほうは悪くねえんだよなぁ……」
むしろ動きにキレがあって、調子は上々だった。
俺のほうも、決して良くはないが最低限合格と言えるだけの支援はできているように思える。
改めて見ると、メディウスのそつのなさが非常に光っていた。間違いなく地力が高い。
高威力な継承スキルこそ引き出せたものの、実力の全てを見せたわけではなかった気がする。
恐ろしい相手だ。
……ちなみにだが、みんなが言っていた「この一戦に対する掲示板の反応」というのはこんな感じ。
314:名無しの騎士 ID:QurLnaV
決闘が荒れているみたいね
315:名無しの弓術士 ID:SYdsciy
継承スキルのせいでしょ?
316:名無しの重戦士 ID:9pjp4Ex
俺も持ってるよ、継承スキル
一瞬で爪がピカピカになるぞ!
317:名無しの魔導士 ID:CR9zuks
意味ねえ
318:名無しの神官 ID:VRGCJTS
それはフラッシュ的な? シャイニングみたいに
319:名無しの重戦士 ID:9pjp4Ex
ううん、爪がピカピカになるだけ!
320:名無しの魔導士 ID:tHAT56Q
マジ意味ねえ
深夜通販の謎アイテムかよ
321:名無しの騎士 ID:pXPsPFh
偶にそういう無意味なスキルあるよね……
何のために設定したんだろう?
322:名無しの騎士 ID:QurLnaV
ごめん、そういうのじゃなくて
コンビ戦でランカーが次々と負けているって話じゃない?
しかも新参っぽいプレイヤーに
323:名無しの軽戦士 ID:5Veu5By
何だ、上のほうの話か……興味なし!
324:名無しの武闘家 ID:maQsNQV
あんまり上ばかり見ながら話していると、
首が疲れちゃうからね
325:名無しの軽戦士 ID:5Veu5By
その通り、よく分かったな!(万年Dラン)
首は疲れるけど、
目から出る水が流れないようにする効果もあるよ!
326:名無しの魔導士 ID:y29esKG
悲しいね……ところでこれ、本スレ案件?
ランカーの話ってあんまりしないよね?
327:名無しの弓術士 ID:SYdsciy
いいんじゃないかな?
こっちには話題の縛りなんてないんだし
328:名無しの重戦士 ID:wnNUx3V
んだんだ
愚痴・晒し以外なら、いつも通りまったり語ろうぞ
329:名無しの武闘家 ID:phUy3GF
このスレにランカーがいないとも限らないしね
自由に書き込みんさい
330:名無しの武闘家 ID:maQsNQV
で、誰が負けたって?
ランカーっていっても、ピンキリでしょ?
331:名無しの騎士 ID:QurLnaV
有名どころだと、例えば
ポルティエ・フォル兄妹とか
332:名無しの神官 ID:QurLnaV
え、あのヤンキー神官負けたの?
(フォルさんかわいい)
333:名無しの騎士 ID:QurLnaV
(確かにかわいい……)
上位陣だと、リヒト・ローゼも負けてる
あ、ちなみに全部二対二のコンビ戦の話ね
さっきも書いたけど
334:名無しの武闘家 ID:maQsNQV
へー、そりゃ残念
折角上位に返り咲いたのにねぇ
335:名無しの騎士 ID:QurLnaV
あ、あと渡り鳥も負けたって
336:名無しの魔導士 ID:y29esKG
え? いや……え?
337:名無しの神官 ID:3ARKUGi
はい?
338:名無しの弓術士 ID:rWV52Zs
えー……
339:名無しの魔導士 ID:pXPsPFh
ここまで挙がった他のランカーはともかく、トップ中のトップじゃん
何してんの?
340:名無しの魔導士 ID:y29esKG
勇者ちゃんが負けたの? 嘘だぁ
本体が先にやられたとか?
341:名無しの神官 ID:BaAEy2z
俺たちのリィズ様が……
342:名無しの重戦士 ID:sge72kX
鍛冶屋ちゃんのメガネ割れちゃった……?
343:名無しの騎士 ID:QurLnaV
違う違う、負けたのは忍者と本体
勇者ちゃんチガウ
リィズちゃんでもなければ、鍛冶メガネさんでもないよ
344:名無しの弓術士 ID:QpfKJdr
あー……
345:名無しの軽戦士 ID:5Veu5By
何だよ、変態忍者のほうかよ
相方が忍者じゃあ本体も調子出ないだろうしな、仕方ねえな
心配して損した
346:名無しの武闘家 ID:maQsNQV
よかった、犠牲になった渡り鳥の女の子はいなかったんだね……
さすが忍者、変わり身の術とは
この俺の目をもってしても
「誰が変態忍者じゃい!? ぶっとばすよ!!」
適当に該当箇所と思われる辺りを流し読みしていると、真横から声が上がる。
俺はその声の主にゆっくりと視線を向けた後、椅子を動かして座卓の上にあるテキストに目を通した。
さっきチェックしたところから、ほとんど進んでいないじゃないか。
「……おい」
「はい」
「……座れ」
「はい……」
敷いてある座布団を指差し、秀平を着席させる。
こいつの性格を知る人であれば、今なにをしているのか大体察しが付くであろう。
「いいのか? 秀平。せっかく温泉旅行に誘われているのに、お前だけ宿題が終わらずに不参加で」
「嫌だ! 温泉卓球でわっちの顔面にスマッシュを決めない限り、俺の冬休みは終われねえ! ほっぺた洗って待っていやがれ!」
「ふざけんな! 逆にお前の額に、消えないピンポン玉の跡を付けてやるわ!」
「うるせぇー! 大体、何でわっちだけ掲示板で微妙に擁護されてんのさ!? 納得いかねぇぇぇ!」
「ふはは、日頃の行いの差だ! 馬鹿め!」
そもそも、行った先に卓球台はあるのだろうか?
……まぁ、細かなことは諸々置いておくとして。
冬休みの終盤、俺たちには温泉旅行の予定が入った。
それに向け、秀平は終わっていない冬休みの課題を終わらせるため、俺の部屋を訪れている。
なるべく自力で問題を解きつつ、どうしてもわからないところは訊くという形だ。
「……はぁ。ともかく、不参加になりたくなかったら、もっと気合を入れろよ。間に合わないぞ」
「うっす!」
さっき見ていたスレは決闘スレ……の、分家にあたる決闘雑談スレだ。
本スレは常時ギスギスしているので、まったり系のスレが誕生するのは必定だったと言えるだろう。
つまり、まだ俺たちへの言葉もソフトということになる。
「でも、わっちも協力してよ! 横でそんなの見ないでほしいんだけど!? ゲーム好きにとっては拷問じゃん!」
「暇なんだよ……お前が問題を解いている間、何をしていろって言うんだよ?」
本当は一階で残っている家事を済ませたいのだが、こいつは監視していないとサボりそうだ。
よって部屋にいるしかないのだが、既に俺のほうの課題は終わっている。
漫画……いや、もう新しいのも読んじゃったからなぁ。
棚に伸ばしかけた手を引っ込める。
「あ、読まないの? だったら、その漫画本でドミノでもしていたら?」
「不毛にも程がある。本が痛むし」
いつもは万事、時間が足りなくて苦労しているのだが。
いざ時間が空いても、こう制限があっては……上手くいかないものだなぁ。
「じゃあ昼寝するとか。シエスタちゃんに一秒で眠る方法とか、教わっていないの?」
「ねえよ、無茶言うな。ってか、いつまで喋っているんだよ。お前、もう集中力が切れているんじゃないのか?」
「正直に言っていい? ……完っ全に切れてます、はい」
「だろうな……仕方ねえ。それが終わったら、気分転換も兼ねて助っ人がいるところに場所を変えるぞ」
こういう時は思い切って環境を変えるのが大事だ。
俺たち凡人は一部の集中力に優れた人間のようにはなれないので、工夫が必要である。
……やっぱり理世ってすごいよなぁ、ほとんど全部自室で終わらせるもんな。それも短時間で。
「え、助っ人って誰? 誰よ? わっちの知り合いだし、女の子でしょ!?」
「行けば分かる。それと、人を女好きみたいに言うな」
「またまたぁ。前にも言ったけど、わっちの周辺にいる子に俺の好みのタイプはいない! しかし! しかーし! 見た目だけは一級品揃いだからね! そりゃもう、やべーレベルで! よって、視界にいてくれるだけで目の保養にはなる! 結果、俺は助かる!」
「……」
とりあえず、これ以上喋る気はないと沈黙を返しつつ。
俺は椅子から立つと、押入れを開けて外出の準備を始めるのだった。