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継承スキル探索 その3

「……つまるところ、俺に技を教わりたいと」


 営業中にもかかわらず、ヤイードさんは素早く面会に応じてくれた。

 忙しそうな様子だったので、既に用件は手短に伝えてある。

 場所は以前も使った上客用の応接室……この時点で、俺たちをどう評価してくれているかがある程度わかるような。


「ハインドたちは大蛇を倒してくれた恩人だ。その上、最近は戦士団を鍛えてくれているんだってな?」


 興味深そうに話を聞いてくれていた時からそうだったが、ヤイードさんの態度は終始好意的だ。

 これは期待できる……と思っていたのだが、不意にその表情が曇る。


「だがまぁ、教えてやりたいのは山々なんだが。ほれ」


 荒い手つきで、ヤイードさんは片足をバンバンと叩く。

 いつも引きずっているその足は、あまり痛みを感じないらしい。


「この通りだからな。どうしたもんか……」


 諦念(ていねん)と、僅かに残るもどかしさ。

 彼の表情からはその二つが読み取れた。

 実際ヤイードさんの年齢からして、本来ならまだ戦場にいてもおかしくない。

 体が万全なら団長を続けていた可能性もあるし、それだけの経験があれば傭兵としても重宝されただろう。

 今は今でこうして財を成してはいるが、他人には口を出し難い問題だ……。


「では、口伝(くでん)でよくないか?」

「おおっ?」


 しかし隣にいるこいつにとっては、どうやらそうでもないようで。

 軽く流されることを予期していなかったヤイードさんは、面食らっている。


「……すみません。不躾(ぶしつけ)な態度で」

「いやいや、かえって気持ちがいいってもんさ。下手な気遣い程、扱いに困るもんもない。それに比べたら……やっぱいいなぁ、ユーミルの(じょう)ちゃんは!」

「それほどでもない!」


 最近になって実感と共にわかってきたことだが、砂漠の民は嘘や誤魔化しを極端に嫌う。

 以前聞いた、クラリスさんのおばあさんの評価は正しかったということだ。

 だから、ユーミルの性格は『サーラ王国』の現地人に非常に受けがいい。

 ヤイードさんはその傾向が顕著(けんちょ)なようで、初めて会った時からユーミルのことを気に入っていた。


「うんうん、教えてやるぞ! と行きたいところだが……」

「口伝では駄目なのか?」

「嬢ちゃん……そもそも、言葉で教えられて実践できるタイプなのか?」

「む……」


 おそらくだが、ここでどう答えようと話の流れには関係ないと思う。

 先程から、ヤイードさんは何か条件を付けたがっているようだし。


「でき――」

「よくお分かりで。できません」

「おい! ハインドォォォ!」


 や、やめろ、襟首(えりくび)(つか)むな揺さぶるな。

 激しく前後する俺の肩から離れたノクスが、部屋の中を飛び回る。


「ははははは! ま、俺もあまり口が上手いほうじゃなくてな。そこで、だ」


 お、いい毛並みしてんなぁ、幸せ者め――などと言いつつ、腕に止めたノクスを撫でてヤイードさんが椅子から立つ。

 おお、視界がぐらぐらする……。


「戦士団で俺と同期だった、フラッグって男が近くの町に住んでいる。そいつをここに連れてきちゃあくれないか?」




「今回は条件付きか……ハインドのスキルはすんなり教えてくれたのにな」


『砂漠のフクロウ亭』を出て、数分後。

 再びラクダで砂漠を移動中、ユーミルが愚痴を……というよりは、純粋に思っただけのことを口にしているようだ。

 表情に険しさはない。


「そこら辺は、教えてくれるNPC次第らしいけど……ティオ殿下の場合、事前に完了させておいたクエストが、ヤイードさんに比べて多いからじゃないのか?」

「ほう」


 少ないながらも、今日までに得た情報を総合するとそう推測できる。

 習得難易度の高い継承スキルは、事前にクリアしておくべき――そうだな。

 所謂(いわゆる)、キーとなる別のクエストが存在している可能性が高い。


「ティオ殿下が出してきたもので、キークエストっぽかったのは……えーと……ああ、あれだ、聖女の杖。憶えているか? ユーミル」


 ついさっき、俺にスキルを授ける際にも使用した杖のことだ。

 殿下は雑に扱っていたが、サーラ王国の創設期から存在する国宝らしい。

 俺の問いかけに、ユーミルは少し目を閉じて考え……記憶の中に引っかかるものを見つけたのか、しばらくすると大きく手を打った。


「杖……はっ!? そういえば! 私が小さいころに買ってもらったアニメの魔女っ娘の杖に、お前が可愛いリボンを巻いてくれて――」

「いつの話をしてんだ!? しかもティオ殿下、全然これっぽっちも関係ねえ!」


 杖というワード以外、まるで繋がっていないユーミルの話に頭が痛くなる。

 というか、逆にお前の頭の中ではどう繋がってそうなった……?


「私が新品を落っことして、大きな傷ができて半べそをかいていたら……どこかからリボンを持ってきて、傷が見えなくなるように巻いてくれたのだったな? 憶えているぞ!」

「いや、その話はもういいから……確か、あのリボンは(かあ)さんに頼み込んで――」


 亘、何に使うの? もしかして……自分に!? などと言われ、当時は母さんにありもしない疑惑を持たれたような気がする。

 多少薄れかけていた記憶の一つだったのだが、その時のインパクトもあり、ユーミルの言葉が切っ掛けで一気に脳裏に蘇ってくる。

 結果、俺の頭痛は更に増した。


「……はぁ。あのなぁ……いい加減、話を戻しても?」


 額を抑える姿を見て、ようやくここまでだと判断してくれたのだろう。

 ユーミルは一笑(ひとわら)いすると、ラクダを巧みに寄せて俺の背を叩いた。


「ふふっ、冗談だ! 冗談! 聖女の杖のことも、ちゃんと憶えているぞ。修繕(しゅうぜん)に特殊なアイテムが必要とかで、結構苦労した記憶があるな!」

「そうそう、それそれ。一応、修繕という点で繋がっていなくもないのか……」


 ともかく、だ。

 ダンジョンに(もぐ)り、秘境に住む少数部族に会いにいき……と、『聖女の杖の修繕』は中々に大変なクエストだった。

 古代の遺物に、失われた技術が使われているのはRPGのお約束とも言えるが。

 情報収集、文献(あさ)りと、とにかく最初のヒントを探すのが難しかった記憶がある。


「絶対にあれがキークエストだった、とは断言できないけどな。でも、そういう積み重ねがあったから、すんなりスキルを教えてもらえた……なんて流れじゃないかと」

「なるほど!」


 別に、俺のほうが今回のケースよりもティオ殿下から得ている好感度が高いから――などということはないだろう。

 ヤイードさんからの好感度という点では、バジリスク討伐と戦士団の教練で充分なように思えるし。


「ただ、そういうのに関係なくスキル習得の際は別途条件を――っていうNPCもいるんだろうけど」

「どっちだ!?」

「まだわからないんだよ、色々と。継承スキルは実装されたばかりだから」


 更に言うなら、無条件で汎用性の高いスキルを教えてくれる神か仏のようなNPCもいると聞いている。

 ここまで好感度の話をしておいてなんだが、習得に際して好感度以外が条件ということもあるだろう。

 それは強さであったり、特定のアイテムを持っていることだったり……様々だ。

 TBは現在イベント的には空白期間になっているが、その複雑多岐なスキル習得条件のせいで、プレイヤーたちはみんな忙しそうにしている。


「むぅ……ともかく、今は人探しだな! フラ……フタ?」

「フラッグさんな」


 かくいう俺たちも、そこは変わらない。

 手に入れた継承スキルが必ずしも実用的とは限らないので、なるべく多く習得しておくのが大事だ。


「そうだ、フラッグ! つまり、(はた)さんだな!? 旗さーん!」

「日本人ぽく呼ぶな。何でも、戦士団ではヤイードさんの補佐役を務めていた人らしい」


 町の著名人だから、町民の誰かに訊けば居所はわかる……と、どういう人なのか詳しくは教えてくれなかったが。

 剣技を伝授する手助けをしてくれるのだから、その人も腕が立つ元・戦士には違いないのだろう。

 ……ふと、そこで会話が切れる。

 俺はラクダの背で揺られるユーミルを見て、浮かんだ小さな疑問を口にした。


「しかし、ユーミル。お前……」

「何だ?」


 先程から気になっていた。

 ユーミルには新スキルへの期待感から来る落ち着きのなさこそあるものの、今の状況を疎ましく思っている様子はない。


「お前はこういうたらい回しというか、RPGのおつかいっぽいのは嫌いかと思っていたんだけど。今は平気なのか?」


 普段なら、そろそろ不満ゲージが上がってくるころだと思っていたのだが。

 大体、今日のログインだって、家事を片付けている時から随分(ずいぶん)()かされてのスタートだ。

 てっきり、継承スキルが一時的に遠ざかったことで不機嫌になるものかと。


「何だ、そんなことか。退屈な道中も、ハインドと話していれば一瞬だからな! 一人用のゲームでこうだったりとか、TBでもお前の妹が絡んできたりするとイライラするが、今は気にならん! むしろ楽しい!」


 ごちゃごちゃと考えている俺に対し、返ってきた答えは簡潔で明瞭だ。

 そして自分の目に映るのは、淀みのない綺麗な笑顔である。

 ……何だろうな、こいつのこういうところ。

 いつまで()っても慣れないし、言われる度にずるいと思う。

 だから俺は、決して自分も同じ気持ちだとかそんなことは言わずに――


「……そうか」


 とだけ、顔を背けて短く答えるのだった。

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