継承スキル探索 その2
初めて得た継承スキルは『ルクス・オブ・サーラ』という大層な名前をしていた。
スキル名を呼ぶのが恥ずかしいような気もしたが、きっとパストラルさんのおかげで耐性が上がっているのだろう。
俺の中で、ギリギリセーフという判定が下された。
「ノクス?」
「いや、ルクス。光とかそんな意味だったはず」
「紛らわしい!」
「プレイヤーが付けた神獣のニックネームなんて、開発さんには関係ないからな……」
ひとまず細かなことは置くとして、だ。
TBのスキルツリー画面でスキル名に指を乗せると詳細な説明が表示される。
だから早速、俺は得たスキルの説明を読もうとしたのだが。
「説明文なっっっが!」
指をスキル名に合わせた瞬間、見たことがないほど縦に長く大きなウィンドウが現れた。
その中をびっしりと埋め尽くす文字、文字、時々数字。
横から興味津々、一緒に覗き込んでいたユーミルが即座に顔を背ける。
そして叫ぶ。
「ハインドォ!」
「短くまとめてから、話して教えろってんだろ? ……あ」
やや大きい声のやり取りだったせいで、周囲の注目を引いてしまった。
声をひそめ、道の端にある家屋の壁際にユーミルを連れていく。
やはり、一度ギルドホームに戻るべきだったか。街中で確認するのは失敗だった。
ユーミルが急かすのと、俺自身も気になるのとで、つい待ち切れずにメニュー画面を開いてしまった。
「っていうか、ちゃんと言葉にしろよ……名前を呼ぶだけで済ませようとすんな」
「通じているのだからいいではないか!」
「はいはい。じゃ、少し待っていろ」
覚悟を決めて、スキル説明文を読み込んでいく。
スクロール、スクロール……本当に長いな。
簡単にまとめると、このスキルはティオ殿下の言っていた通り。
徳を積む――つまりNPCの好感度と密接に結びついている。
「より多くの現地人に対して親切に……つまり好感度を上げれば上げるほど、技の効果が上がっていくみたいだ」
説明が長いのは、好感度の高さによってスキルの効果がレベル分けされているためのようだ。
レベル0は効果なし、1で『ヒーリング』相当、2で『ヒーリングプラス』相当と下位はかなり渋い。
この辺りだとレベルにかかわらず据え置きな高消費MPと、長いWTとのバランスはかなり劣悪だ。
おおよそレベル5辺りから効果と消費が釣り合ってくるように思える。
おそらくだが、詠唱完了にかかる時間も長いのではないだろうか?
詠唱時間はマスクデータなので、実際に使ってみるまでは何もわからない。
「と、こんな感じだ。どう思う?」
「ハインドがN――現地人に嫌われているかどうか、一発でわかるスキルだな!」
「だよなぁ……」
何とこのスキル、現地人に嫌われているとマイナス効果が付与される。
嫌われるといっても、説明文によると盗賊やら犯罪者など、無法者のそれはカウントされないらしい。
普通のプレイヤーには関係のない話だが……現地人を乱暴に扱ってきたプレイヤーには使用不可のスキルといえる。
因果応報、悪因悪果。
「初めての継承スキルがこんな成長型かぁ……極まれば強いんだろうけど」
「私たちらしいではないか! 勇者のオーラよろしく、きっちり育ててやろうではないか!」
「まぁ、そうだな。っていうか、マイナス効果についてだけど……そもそも暴力的なプレイヤーは、ティオ殿下にスキルを教えてもらえないんじゃ?」
「教えてもらったあとに、闇落ちというパターンを考慮しているのではないか?」
「あー」
確かに、そういうプレイヤーがこのスキルを使っているだけで違和感がすごい。
まあ、マイナス効果が出るとわかっているのに、あえて使う人はいないと思うが。
無駄なところにまで力が入っていることが多々あるんだよなぁ、このゲーム。
「俺、結構クエストとか受けているつもりだからさ。マイナスはないだろうけど、レベル5を超えていなかったらへこむな。この説明だとレベル5がスタートラインって感じに見えるし」
「心配するな! 駄目だったら、私がレベル100分の親愛度を送って慰めてやる! 沢山あるから、遠慮することはないぞ!」
「え?」
「えっ?」
お前はNPCじゃないだとか、システム的に不可能だとか、そんなことよりも。
発言の意味を深く……いや、深く考えるまでもなく。
「えっと……そりゃ、ありがとう。嬉し――」
「わー! わー!」
急激に跳ね始める心臓を抑えつつ、ひとまず礼の言葉を口にしたのだが……。
その先はまだ聞きたくないといった様子で、ユーミルが大声で遮る。
ユーミルは続けて赤い顔で何か言おうと口を開閉した後、盛大にあさっての方向を見た。
「――い、今から使うのが楽しみなスキルだな!」
「おい、流せってか? 今のを流せって言うのか? さすがに無理がないか?」
そう返した今の俺の顔も、どんなふうになっているんだろうな?
この場に他のメンバーがいなくてよかった……。
「……それはそれとして! ハインド!」
「お、おう。待ってくれ。今、呼吸を整えるから」
ついでに頭も切り替えるから。
いつかはという想いと、まだもう少しという想いが綯い交ぜになる。
もどかしいような、はたまた先送りにほっとするような。
「……もういいぞ。で? どうした? ユーミル」
「私のスキル! 私のスキルは!?」
「ああ、そうだったな。ルクス・オブ・サーラの試し撃ちは後にするとして、次はお前の継承スキル探しにいくとすっか」
「!」
口角を上げ、先程までとは違う意味で頬を紅潮させ、鼻息を荒くしたユーミルが俺の腕を引っ張る。
いや、そっちじゃない……そっちじゃないって。
どうしていつも目的地がわかっていないのに歩き出そうとするんだ、お前は。
二人での移動ということで、まずは念のため。
ギルドホームでお留守番だったノクスをパーティインさせておく。
モンスターはともかく、PKの類が怖い。
ノクスは順調に育ってきているので、補助火力としては充分頼りになる。
そして久しぶりにラクダを使い、二人と一羽と二頭は王都から東へ。
「む?」
見覚えのある……といっても、見渡す限りの砂の海なのだが。
見覚えのある景色にユーミルが頭を捻る。
ついでに肩に乗ったノクスも一緒に首を捻る。
砂山の形が変わることもあるとはいえ、何となくでも現在地がわかるようになるとは……。
俺たちもすっかりTBの砂漠の民になったなぁ、としみじみ。
さて、肝心の継承スキルを教えてくれそうな人物だが――言うな! 当ててやる! とユーミルに遮られたため、まだ明かせていない。
だから、ユーミルはラクダの背で先程から難しい顔で考え込んでいる。
別に、取り立てて隠すようなことじゃないんだけどなぁ。
「むむ?」
砂漠の景色が変わり、進路はオアシスへ。
ここは『オアシスの町・マイヤ』だ。
初めて王都へ向かった際に休んだ他は、クエストで数回訪れた程度。
王都とはまた風情の違う美しい町だが、そこまで縁が深い場所ではない。
流通関係の中継地であるマイヤでは、今日も沢山のキャラバン関係者が宿泊場所を求めて歩き回っている。
「むむむ?」
ユーミルがキャラバンの近くで立ち止まり、指をさす。
それに対し、俺は黙って首を横に振った。
残念ながら、キャラバンを護衛している傭兵の誰かではない。
ともすると国軍の戦士団よりも、経験豊富な腕利きが多いのは確かだが。
「むぅ……」
どうやら、お手上げのようだ。ノクスがユーミルの肩の上で両羽を広げる。
クイズを出しているつもりはなかったのだが、答えを求めているようなので教えてやることに。
せっかくここまで引っ張ったので、俺は一目でわかるやり方で答えを示した。
すなわち――
「ああっ!」
目的の場所は、ここ『砂漠のフクロウ亭』である。
納得したような声を出したので、頷きを返すと……ユーミルが店の扉に手をかける。
この宿を経営しているのは、ヤイードさんという元戦士団団長だ。
過去の戦士団は非常に強かったと聞いているので、何か強スキル――とまではいかなくとも、ヒントくらいもらえると踏んでいるのだが。
果たして、どうなるだろうか?