継承スキル探索 その1
継承スキル探し、初日。
プレイヤーによって、親しくしているNPCは様々だ。
町人・商人・権力者に、兵士や技術者、研究者などなど……。
その中から俺たちが最初に会いに行くとしたら、まずはこの人だろう。
「でーんーか!」
「スキルおーしえて!」
「……」
いきなり女王様は怖い。
かといって、戦闘面で平凡な能力しか持たないNPCのもとを訪ねても仕方ない。
彼女はどうしてか、俺とユーミルの軽すぎてどこかに飛んでいきそうな挨拶を聞いて、表情が引きつっているが。
スルーもやむなし、といった失礼さである。
「あのね。私、これでも王族よ? 女王の妹よ? 国民に大人気の聖女様よ? 小さい子が友だちの家の戸を叩くような、その気さくな挨拶は何よ」
それでも応えちゃう辺り、ティオ殿下も人がいいというか脇が甘いというか。
俺たち二人が来たのは、宮殿内にあるティオ殿下の邸宅だ。
「自分から大人気とか言っちゃう辺りが、ティオが残念聖女様たる所以だな! さすがだ!」
「うるさいわね!?」
「今の挨拶が駄目って……俺たち、友だちじゃなかったんですか!?」
「え!? も、もちろん友だちよ! で、でも、私にも保たなければならない威厳ってものがあって……だから、その……」
怒ったり慌てたりするティオ殿下を、俺とユーミルはニヤニヤ……を通り越して、いっそニコニコと見守る。
無駄に高飛車だったころのティオ殿下に、この姿を見せて差し上げたい。
きっと、今のような素敵なリアクションをしてくれるはずだ。
あのころから、根の素直さは変わっていないから。
「……!? あ、あなたたち、まさか!」
あ、からかっていることを気付かれた。
ちょっと怒らせてしまったが……同時に少し楽しそうなので、これで正解だったのだと思える。
同年代で上下がない関係が新鮮な殿下にとっては、こういう会話の流れに免疫がないのだろう。
……何だろう、そういえばヘルシャ――マリーなんかもこういうところあるよなぁ。
現実の友人との不思議な共通点に、俺は笑みを深くするのだった。
「無理ね。あの技は第一に、信仰心が鍵になっているの。それも癒しの力を受け取る側の信仰心が、ね」
俺たちがスキルを教えてほしいと正式に要請すると、殿下から返ってきたのはこんな言葉だった。
特に国別対抗のギルド戦で見せてくれた『聖女の祈り』は可能かと尋ねてみたのだが。
「信仰心? しかし……」
ユーミルが疑問の声を上げた。
これは別に宗教を馬鹿にしているわけではなく、受け手側の心が大事だという部分に対してのものだろう。
ティオ殿下もそれを感じ取ったのか、怒りを露にすることなく冷静に言葉を返してくれる。
「ユーミル、あなたの言いたいことはわかるわ。信仰心のあつさなんて、人によって千差万別。国教だからといって、民は特に行動を強制されたりはしていないしね。でも、この国にある宗教は一つなの。そして、子どものうちに一通りの勉強はするようになっている」
各人に似通った知識があれば、心に思い浮かべるものも近くなる、とティオ殿下。
使う言葉は易しいが、口調はそれこそ説法か何かをしているかのようだ。
普段はあまり見られない、聖女様……神官らしい一面である。
「要は、イメージの共有が大事なのよ。私が各人の神様に対するイメージを共有・増幅して癒しの力に変えて返す。そしてそれを行う術師は、神様から聖痕を与えられた聖人でなければならない。これが第二の条件」
ティオ殿下が背を向け、髪を除けて背中の辺りを指で示す。
そこに聖痕とやらがあるのか、へえ……などと、褐色の首筋からその下へと視線を向けていると、ユーミルに視界を強引に上に戻された。
な、何だよ? 首が痛いんだけど。
「えーと、つまり。あの技は聖女であるティオ殿下にしかできないし、サーラ国民にしか効果はない?」
「癒しの力の余波で、近くにいるあなたたちにも影響がある可能性は否定できないけれどね。来訪者と言えどサーラに居を構える以上、サーラ国民と言えなくもないのだから」
街中で何気なく見ている像やレリーフ、フィールド上にある遺跡も宗教関係のものがあると、ティオ殿下は説明してくれる。
なるほど……そういやギルド戦で回復効果が俺たちにも、うすーく適用されていたような。
「じゃあ、その神様に認められるか、急に聖痕でも生えてこないと無理ってことですか」
「生えてくるって、酷い言いようね……でも、そういうことよ。もしくは、同じ原理を生み出す機構を一から作ればいいんじゃない? それこそ、宗教を新しく生やしちゃえば?」
「新興宗教っすか? えー……」
「作るか!? ハインド教を!」
「作っちゃえば? ハインド教」
「ティオ殿下まで。やめてくれ……」
そんな訳の分からない宗教に信者が集まってたまるものか。
どうせやるならせめて、コーヒーの神様とかを祀って――って、真面目に考えてどうする。やらん。絶対にやらん。
しかし、予想の範囲内ではあったが……。
魔法とかって、割と宗教絡みの話になりがちではあるよな。
これは、国によってそれぞれ魔法系の継承スキルに特色とかがありそうな予感。
「と、ともかく、あの技を行使するのが大変難しいのはわかりました。あれはつまり、選ばれし者の御業なんですね」
「そうよ。もっと崇めなさい。頭が高いわよ」
「ははー。聖女様、ティオ様ー」
「ははー」
「や、やめなさいよ!? 本当に平伏しようとしないで!」
そうやってすぐ狼狽えるから威厳がないのである。
反作用として、親しみやすさは大幅にアップしているのだが。
「それはそれとして、ティオ殿下。一般の回復・支援スキルに該当しないもので、俺でも習得できそうなスキルをご存知ないですか?」
ティオ殿下のゲームシステムから見た職業は、神官の支援型。
それも純粋な専門家タイプなので、変わり種よりは正統派の回復魔法スキルを教えてくれる可能性が高い。
俺としては、それを期待しているのだが。
「そうね……この国には、徳を積んだ高位の神官だけが使えるという秘伝の技があるにはあるわ」
「徳ですか……また具体性のない」
徳を積む、つまり善行を数多く為せ――かぁ。
神官という職からすると正しいだろう行いとはいえ、ゲーム的な視点では変わったスキルだな。
しかし、殿下のこの様子だと継承スキルが空振りに終わるという心配はなさそうだ。
『聖女の祈り』が無理だと言われた時にはどうなることかと思ったが。
「一応、形だけならすぐにでも教えられる。もっとも、私にはまだまともに扱えない技だけれど……」
「まだ? ほーう」
「まだ、なの! これから使えるようになるのよ、ユーミルのアホ! ……はぁ。ハインド、どうするの?」
条件付きスキルか。
見たところ、もうティオ殿下はそれ以上スキルに関して説明してくれる気はなさそうだ。
だったら、覚えてみないことには何もわからないか。
「もらえるものはもらっておけ! ハインド! 継承などとは言っても、授けた人間がスキルを取り上げられるわけではないのだし!」
「怖っ!? 何よ、その理不尽な仕組みは! え、大丈夫? 大丈夫よね?」
ユーミルとティオ殿下の言葉に、一瞬だけ考える。
戦闘中に使用できる継承スキルは一つだが、習得数に上限はない。
もちろん、教えたスキルをティオ殿下が使えなくなるなどということもありはしない。
……つまり、デメリットは一切なしだ。
となれば、答えは決まっている。
「……ありがとうございます。よろしくお願いします、殿下」
ここは余計なことは言わずに、しっかりと殿下に対して頭を下げる。
正直、初めての継承スキルに心が躍っている。
あんまり顔に出すとがっついている感じがして気持ち悪いかもしれないので、気を付けなければ。
顔を上げるまでに少し落ち着いて……よし。
頭の位置を戻すと、ティオ殿下が大きな頷きを一つするのが見えた。
「ん。言っておくけど、他の来訪者には言い触らさないように。あんまり大勢に押しかけられても面倒だから」
と、継承の前にティオ殿下からこんな言葉が。
そういえば、スピーナさんがNPCによっては継承に人数制限を設けたりすると言っていた気がするな。
一人にしか教えない、などとなれば非常にレアなスキルということになってしまうのか。
発言からして、ティオ殿下の継承可能人数は結構少なめになっているようだ。
しかし、こう釘を刺してくるということは――
「もしかしてですけど、ティオ殿下。最近になって、来訪者が特殊な技をほしがっているのは……」
「知っているわ。全く、どういうつもりなのかしらね? ただでさえ、来訪者は戦いの才能に溢れた連中ばかりだっていうのに」
「あー、まあ……」
そりゃ、プレイヤーはレベルを上げれば誰でも同じスキルを習得していけるからな……。
それを崩すシステムが、今回の継承スキルになるわけだが。
現地人からしたらインチキみたいな成長力と強さに見えるだろうな。
「それじゃあ、ハインド。早速――」
「私は!?」
「……」
装飾が豪華で美しい聖女専用の杖を取り出し、こちらに向けたティオ殿下が沈黙する。
遮るようにでかい声を上げたのは、もちろんユーミルだ。
「私には何かないのか!? スキル! ティオ!」
「ないわ」
「即答!?」
杖の石突を足元にある分厚い敷物にドスッと突き刺し、ティオ殿下が吐息を一つ。
この態度は当然といえば当然か。
だって、ティオ殿下の戦い方は混じりっ気なしの後衛スタイルだし。
「私は神官よ。ユーミルは騎士なのだから、戦士団の誰かにでも訊いてみれば?」
「弱くないか!? あいつらのスキルだと!」
「酷いわね!? 何も間違っていないけど!」
「いやいやいやいや! 二人とも!? 最近はちゃんと強くなってきているからな!?」
国が抱える戦士団・砂漠の梟のレベルは教練の甲斐あって日に日に上がっている。
多くのプレイヤーが参加してくれているだけあって、他の国に追いつくのもそう遠くないはずだ。
しかし、戦士団に籍を置く殿下の口からそれを言ってほしくはなかった……少しは国別対抗戦で自信が付いたと思ったんだけどなぁ。
元の状態が元の状態だけに、謙虚なのはいいことと捉えるしかないか。
「私もほしい! ほーしーいー!」
「まあ、待て。落ち着け、ユーミル」
「ずるいぞハインド! 私にもおニューのスキル!」
「待てってば。お前の継承スキルに関しては、ちゃんと他に当てがあるから」
「本当か!?」
「戦士団以外で?」
「いや、あの、ティオ殿下。ちゃんと戦士団関係者ですって……元、ですけど」
「「?」」
ともかく、まずは俺の継承スキルのほうをお願いしたい。
ユーミルのスキルについては、その後で。