鍋と炬燵とコンビ談義
冬――それは鍋料理の季節である。
地域によって種類は様々だろう……少し前にもゲーム内でこんな話をしたな、そういえば。
また、同じ種類の鍋料理でも各家庭によって更にアレンジされる。
苦手な具材を抜いたり、他とは違った変わり種が入ったり。
肉、野菜の配分なども好みによって変わるだろう。
育ち盛り、部活をやっている少年少女のいる家庭では肉大盛りになる……などということも充分に考えられる。
さて、我が家の鍋はというと……。
「できたぞー。座れ座れ」
俺はミトンを着けた手で、卓上コンロに置かれた鍋の蓋を取った。
湯気がふわっと広がり、寒いキッチンで少し冷たくなった鼻先を温めていく。
外は雪が降っているほどなので、今夜は全員こいつでしっかりと体を温めておこうじゃないか。
「おおー! 待っていたぞ! 中身は!?」
「えーと……豚肉の――」
「豚肉か! そうか!」
「最後まで聞けよ。肉の種類さえ分かれば何でもいいのか? お前は」
「む?」
呼びかけに勢いよく寄ってきたのは、もちろん人一倍食欲旺盛な未祐だ。
今日の鍋は、豚肉の寄せ鍋とでも呼べばいいだろうか?
特定のどれかの鍋ということはなく、自分で好きに味を付けられるよう薄味になっている。
大根おろしを使ってしゃぶしゃぶのようにしてもいいし、味噌ダレ、胡麻ダレなどなど。
味は自由に変えていい。
もちろん出汁はしっかりしているので、塩味だけでさっぱり食べるのもよし。
「兄さん、蓋をこちらに」
「ああ、サンキュー理世。熱いから気を付けてくれよな」
「にーく! にーく!」
ウチの鍋の具はバランスがいい。
肉・野菜がレシピ本の配分に近い量で入り、我ながら見た目は上々の出来だ。
「未祐……」
「な、何だ!?」
問題は、食べる人間のバランスである。
真っ先にお玉に飛びついた未祐の取り皿には、一見大盛りの白菜、ネギ、シメジ。
だが、作った人間は鍋の残量を見れば分かる。
「……野菜の下に肉を隠すな。それも大量に」
「何故バレた!?」
未祐が驚きつつ、取り皿に入れた具材を箸で軽くかき混ぜる。
すると、中から肉がゴロゴロと……。
白を切らずにすぐ認めるのは、こいつの可愛いところではあるが。
「っていうか、別に取り合う相手もいないじゃんか。今夜は母さんいないし」
「そうだった……つい、癖で」
食べる料理を共有する焼肉などの鉄板系、そして鍋、大皿料理のときは未祐と母さんの間で取り合いが発生することがある。
何だろう、他の家庭の事情を詳しくしっているわけではないのだが……何かおかしい気はしている。
そして、バランスが悪いといえばこちらも。
「……理世は、もうちょっと肉を食べような?」
野菜ばかりをもそもそと食べる理世は、まるで小動物のようだ。
理世が草食動物ならそれでもいいだろう。
だが、雑食で生きている人間にとって摂取する品目の数は大事である。
ましてや、体が小さく貧血を起こしやすい理世には沢山お肉を食べてほしい。
理世が俺に促され、煮える鍋の中身をじっと見つめる。
「このブタを、ですか?」
「豚肉を蔑むような目で見るなよ。何でだよ」
そんなやつ初めて見たよ。
……前言撤回、草食動物はきっとこんな目をしない。
仕方ない、理世には後で脂身の少ない赤身肉を出すとして。
「だったら豆腐でもいいぞ。大豆には女性に嬉しい栄養素が一杯入っているんだ。タンパク質も豊富だし、何でも女性ホルモンに好作用とか――」
「長い! 食事時にうんちくはいらん!」
「……」
豆腐の効能を話していたら、未祐に鋭く制されてしまった。
まあ、確かにくどかったかもしれんが……もういい、俺は食べる。
俺だってお腹は空いているんだ。
「……今よりも綺麗になりたかったら豆腐を食え。以上」
「!?」
「……!」
バランスよくと言った手前、自分の分はそう取り分けるつもりだ。
小皿の中で小さい鍋を作るつもりでよそい……うん、美しい。このバランスだ。
味はどうするかなー。
やっぱり、最初は薄めで素材の味を噛み締めてから……。
「未祐さん、早くおたまを返してください。私は豆腐を食べねばなりません」
「待て! 私も食べる、食べるぞ!」
「大量の肉のせいでもう小皿に入らないでしょう。大人しく寄越しなさい」
「ぐぬぬ……!」
何だかんだ、いかに変な性格だろうとこいつらも女子である。
美容を盾にされると弱いのだ。
ちなみに鍋に入っている豆腐は商店街のもので、国産大豆を使った逸品である。
市販の豆腐よりもしっかりしていて味が濃く、簡単には煮崩れしない。鍋には最適だ。
ただし値段が少し――
「美味い! スーパーの豆腐じゃない!?」
「川中豆腐の木綿」
「それを先に言え!」
――張ってしまっているが、食材選びに手は抜いていない。
家計が許す範囲で、なるべく美味しいものを選んである。
その場の三人が熱さで上着を脱いでしばらくすると、鍋の中身はすっかり空になっていた。
締めの雑炊まできっちりと終え、居間には食後の気怠い空気が漂っている。
珍しく理世が少し苦しそうになるまで食べていたので、個人的には会心の出来だったと思う。
あまりに満腹なのは体によろしくないが……まぁ、普段小食な理世にはこれでも丁度いいくらいか。
「ところで、亘。私がいない間に決闘で負けたというのは本当か? それも新参ランカー相手に」
「うっ」
炬燵を挟んだ反対側、体を起こしながら未祐が問いかけてくる。
――いてっ! 足! 蹴るな!
……主語が抜けているが、決闘というのはTBの決闘のことで間違いないだろう。
「本当だよ……相手はトビの昔の知り合いでな」
「そうなのか? 細かい事情は分からんが、トビとのコンビでは仕方ないな! 私と組んでいればそうはならなかっただろうが!」
「お、おう……どうだろうな?」
一応、俺たちは過去の決闘イベントの覇者ではあるが。
今やったらどうなるんだろうな?
あれから結構時間も経ったし、レベル上限も増えて環境が変化している。
そんなことを考えていると、未祐の姿が視線の先から消える。
「――どうだろうな、ではない! そこはそうだと断言するところだろう!? 私たちが最強だ!」
「わ、分かった、分かったから!」
炬燵を揺らしながら、未祐が中を通って眼下に再登場。
どっから顔を出しているんだ、お前は!
「何を仰っているのですか? 私と兄さんのコンビよりも上の存在はありませんよ?」
「だから、お前と亘では後衛同士ではないか! 何度も言わせるな!」
理世に強制移動させられながらも、未祐の強弁は続く。
ああ、炬燵布団とカーペットが引っ張られて滅茶苦茶に……。
頼むから、台に載った鍋やら食器類は落とさないでくれよ。
「それこそ、何度も言わせないでください。私と兄さんが組んだ時点で全てにおいて勝ちなのです。勝ち確です」
「おい、亘。さすがに何か言ってやれ……」
「ゲームを一緒にやってくれるのは嬉しいけど、理世が段々と俗な言葉に染まっていく……勝ち確なんて言葉、以前は使わなかったのに……」
「そこか!?」
多分、理世は胃のほうに血が行っていて頭が働いていないのだろう。
言っていることにいつもの切れ味がない。
これだけ未祐を引きずり回してエネルギーを消費している以上、段々と元の状態に戻ると思うが。
「理世、貴様……時々、私よりも馬鹿になるな?」
「言っている意味が分かりませんね。愛は全てを超越します」
「確かに、それが本当ならゲームシステムを超越しているな……」
勢い任せの謎理論を披露する理世と、それに首を捻る未祐。
普段と立場が逆転している。
「しかし、コンビか。先々週くらいに対戦したローゼとリヒトなんかは前よりも強くなっていたよな? 連携が一段階上の領域に入ったというか」
「私と亘で倒した! 成長は認めるが、まだまだ敵ではない!」
「あと、ヘルシャとワルター。色んな意味で不変なヘルシャはともかく、ワルターが段々と逞しく……」
「私と亘で倒した! 逞しくといっても、女顔で華奢なのは変わっていないがな!」
「やめてあげて。強いといえば、やっぱアルベルトさんとフィリアちゃんだよな」
「私と亘で……!」
ここ最近、再戦の機会があったコンビを次々と挙げていったのだが、途中で未祐の勢いがしぼむ。
リィズはそれを見て、すかさず口の端を吊り上げながら問い質した。
「どうしました? アルベルトさんとフィリアさんに?」
「くっ!」
「事実は変わらないのですから、素直に。どうぞ」
「このっ……! ま、負けた! 負けたのだ! これで、通算成績が一勝一敗になってしまった……」
「最強コンビが聞いて呆れますね」
「あ、あいつらは別格だろう!? 例外! ジョーカー!」
「正直、闘技大会で勝てたのは奇跡に近いからなぁ……」
あの時、逆襲の切っ掛けにした『シャイニング』による目潰しが再戦時に効かなかったのは当然として。
躊躇なしに俺を潰しに来たからな。
弱いほうから狙うのは戦いの定石で……ルミナスさんは褒めてくれたが、もっと逃げ足を鍛えておかなければ。
「ま、二対二にも色々あるわな。俺たちだけの話でも、実際にやった感じ未祐……ユーミルと、リコリスちゃんのコンビは中々よかったと思うし」
「うむ、ダブル騎士だな! 割と強いぞ!」
「型が違って、防御役と攻撃役が明確だからな。後衛同士でも、セレーネさんとリィズ。それから、セレーネさんとサイネリアちゃんは事前の予想通り悪くなかった。むしろ強いまである」
「弓は後衛の中で最も手数が多いですからね。セッちゃんは単発型ですが、それでも魔法職よりはマシですし。何よりも距離の取り方が抜群に上手です」
「SAを持っている重戦士さえ敵にいなければ、前衛コンビにもある程度まで通用するよな」
俺とシエスタちゃんだけは回復が腐る関係で前衛ありきだが、これはシステム上仕方ない。
理世が主張する魔法魔法コンビで勝つには、もっと遮蔽物や高台が多いステージが登場しないと。
後は……ああ、そうそう。
例の継承スキル次第では、そういう変則コンビで勝てる可能性が出ないこともない――かもしれない。