継承スキルの動向予想
「強い継承スキルをくれそうな有名NPCって、そこまで多いわけではないじゃないですか」
話は結論寄りのところから、端的に。
これだけで、同じゲームをやり込んでいる仲間……スピーナさんなら理解できるはずだ。
「なるほどなぁ。いくらNPCからと言ったって、その辺の町人から教われるもんじゃねぇしなぁ……」
王都・広場にあるベンチ周辺で話す俺たちの前を、革のボールを追いかける女の子が走っていく。
サーラらしい元気な褐色の娘さんである。
……君、メディウスたちを一発で倒せるような超絶奥義を持っていたりしない?
しない? 残念。
「つまり、ハインド殿はこう言いたいのでござるな? 習得法や使用法こそ特殊なれど、その数は無限ではない。故に、対処も対策もある程度は可能と」
「ああ。その“ある程度”ってところが味噌だけどな……」
普通のスキルよりも種類が多く、対処が難しいことには変わりがない。
それに、弱スキルを独自の使い方で活かすプレイヤーだっている。
定石外しは一発勝負において有効だし、可能性を挙げ始めればキリがない。
「でも、そういう定石外しって普通のスキルにも言えることだし。そこら辺は勘と柔軟な対応でどうにかするしかないな、残念だけど」
「定石外し……ハインドがゲーム序盤で使ったサクリファイスなんかもそうじゃんな?」
「ですね。あの時期はポイントが苦しいのもあって、サクリファイスはほとんど誰も取得していませんでしたから」
『サクリファイス』、すっかりPKたちの自爆特攻スキルになってしまった感があるが。
相変わらず普通のプレイヤーたちからは需要がなく、人気のないスキルとなってしまっている。
「でも、職によって強い組み合わせ……その定番みたいなのって、どのゲームにもあるじゃないですか?」
「あるなぁ」
「あるでござるな……」
いわゆる鉄板の組み合わせ、テンプレ構成というやつだ。
強スキル、環境スキルで固めると、あら不思議。
ゲームによっては、中級者が上級者に食らいついていけるほどの威力を発揮する。
しかも通常、博打要素のあるものはテンプレ構成に組み込まれることは少ないので、安定感まで出るという。
「言い方は悪いんですけど。結構、自分で考える気がなかったり、その余裕がなかったりするプレイヤーはいますから」
「あくまで勝ちにこだわるなら、それはそれでありでござるよ?」
「うん。俺もそういう人を否定したいわけじゃないからな。プレイスタイルは人それぞれだ」
「ま、そうなぁ。ともかく、だ。継承スキル込みでのテンプレ構成が固まったら、決闘環境も落ち着いてくる?」
「と、俺は勝手に思っています。ただ、ちょっと入手法が特殊な継承スキルの場合だと……」
ここからは、継承スキルがちょっと普通のスキルと違うところだ。
聞くに、継承スキルはNPCとの親交度、それから性格や立場に左右される面がかなり大きいとのこと。
誰にでもスキルを教えてくれるわけではないし、日ごろの交流が大事になってくる。
つまり――
「今後は習得難度に応じたテンプレが、職ごとにいくつか誕生。やり込みが足りない人は簡単なテンプレ構成に、そうでない人はより難度の高く性能のいいスキル構成に……といったように。なので、最終的にはかえって今以上に上級者とそれ未満との差が開くのではないかと」
「はぁー」
まずは、簡単に誰にでも教えてくれるNPCのスキルの中でも、有用なものがいくつかピックされる。
これが組み込まれたものの中で使いやすく強いものが、初級者向けのテンプレ構成へと昇華。
次に、習得条件がやや難しいが、頑張ればそれなりの人数が取得できて有用なものが発見されるはず。
それを含んだものが、中級者用の構成に。
最後に、そもそも習得自体が難しく、その上で強いものを組み込んだもの……と、最後に行くに従い「テンプレ構成」から「理想の構成」へと流れていく。
だから結局は差が開くと踏んでいるのだが、どうなるだろうな?
「色んなNPCと交流あるのは、結局のところ古株連中だもんなぁ。確かにハインドの言う通り、お祭りは今だけで……最終的な差は開きそうではあるなぁ」
「スピーナ殿、スピーナ殿。運良く武闘派の移動型NPCに会えれば、初心者でもワンチャンないでござるか?」
「移動型? ……ああ。初期のクラリスちゃんみたいな? ハインドが速攻でここに定住させた」
「そうそう。ハインド殿が一瞬でサーラに定住させた、クラリス殿みたいな」
「……」
あれは俺がどうこうではなく、既定路線だったと思うのだが……。
クラリスさんは一旦置くとして。
TB内には「流浪の剣豪」や、人里離れたところに移り住む「伝説の魔法使い」といった種類の移動型NPCも存在している――らしい。
「でも、俺ぁ会ったことねぇな……」
「拙者も」
「俺もです」
掲示板での目撃情報の数を見るに、嘘ではないだろう。
例の情報屋さんも間違いないと言っていたことだし、知り合いの中にも会ったという人がいる。
「運が悪いと、とことん会えねえなぁ……逆に運がいいと会いまくりか?」
「で、親交を深めて継承スキルでござるか? 羨ましい!」
「浪漫あるな……何度か会う内に、NPCが次はどこに行くのか分かってきそうだし」
そういった具合に、初・中級者がレアスキル一つで下克上! ――というのも、絶対に有り得ないとは言えないだろう。
むしろそういう人が少しくらいは出てきても、個人的には面白いと思っている。
……そろそろ話を戻すとしよう。
頭の中で内容を整理しつつ、改めてスピーナさんに向き直る。
「と、移動型NPCなんかのイレギュラーは付きものではありますが。強くてお手軽なスキルに人が群がるのは対戦ゲームの常ですし、環境が落ち着くのは時間の問題ですよ」
「確かに! 拙者も異議なし、でござるよ!」
「……うん、まぁ、そうだよなぁ。やっぱ、ハインドと話して正解だったわ」
それに継承スキルの情報が出揃い、全体の傾向が掴めてくれば……。
ある程度、対戦相手がどんな継承スキルを選択してくるか一応の予想を立てることができる。
全くの初見スキルでも、系統くらいは読めるようになるという寸法だ。
「そんじゃあ、今後の環境を考察してくれたところで。礼として、サーラ国内にいる有力NPCの話を教えとくわ。もちろん、継承スキル関連な」
「おっ」
「ハインド殿、交代」
トビが立ち上がり、ベンチに座っていいと場所を空けてくれた。
立って話していた俺は腰かけると、肩のノクスを膝に降ろして少し身を乗り出す。
「それは是非。出遅れたせいで色々と手つかずなんですよ、俺たち」
「って、どうせ女王様とその周辺の人間の話でござろう? スピーナ殿の場合」
「そう言いなさんなってぇ。情報を確認する手間は省けるだろ?」
「そうだぞ、トビ。滅茶苦茶ありがたいじゃないか。素直に受け取ろう」
「いやいや、おかしいでござるからね? どうせ継承スキルのことなんてついでのついでで、いつもの女王様ウォッチング中に偶然拾った情報でござろう?」
「……」
ベンチに後ろで壁に首を擦りつけていたキリンのエリザが、急に押し黙ったスピーナさんの頭を丸かじりにする。
そんな自分の神獣の行動にも反応がなかったスピーナさんは、不意に己の膝を叩くと笑みを交えて軽快に話し始めた。
「さぁて、サーラの王族様方だがな!」
「スルーでござるか? 図星? ねぇねぇ、図星なの?」
「やっぱ、かなり魔法系に寄っているみてぇだなぁ。女王様は言わずと知れた大魔導士だし、妹のティオ殿下だって聖女と呼ばれる特殊な神官だ」
そういや、女王様の育ての親というお爺さん……。
宰相のアルボルさんからして、魔導士だものな。
ちょっとレベルは落ちてしまうが、近接職のスキルを教わるなら戦士団の誰かになるだろうか? ここ、王都ワーハの場合は。
……戦士団か。
少し思い付いたことがあるので、後で試してみるとしよう。
「魔法系NPCは、近接スキルを完全に教えられないってわけではないらしいんだがな。武闘家が属性系の遠距離攻撃したりとか、戦士がドレイン系の剣技使ったりとか、見なかったか? ああいうの、一部は魔導士経由らしいぞ」
「ついさっき見たでござるよ! まさにそれ系のスキル! ね、ハインド殿!」
「ああ、いたな。拳から炎を出している人が……あの、スピーナさん。一つ質問が」
「何だぁ? ハインド」
スピーナさんが齧られっぱなしの頭をこちらに向ける。
……それ、こっち見えていますか? 随分とガッツリ噛まれていますけど。
よく笑っていられますね。すげーな。
「もう継承スキルを教えてもらう条件、クリアできているんですか? スピーナさんが魔導士だったら、普通に女王様から教えてもらえたような口ぶりでしたけれど」
「いんや、全然」
スピーナさんのとぼけた答えに、思わずずっこける。
だったら、どうしてそこまで詳しいのだろうか?
「ただ、もし何か技を教えてくれるなら……ってぇ程度の質問には、それなりの親交があれば答えてくれるみてぇだ」
「あ、ああ……でも、スピーナさんって女王様に対してそれなり? の、付き合いなんですね。あんなに熱心に城に通っているのに」
そんな質問に、スピーナさんは手を左右に振った。
その動きに合わせて、ノクスがくるくると首を回す……って、そんなに的外れなことを言っただろうか?
「あのなぁ、ハインド。あのお美しい女王様が簡単にデレるよう玉だったら、魅力半減だろうが。なぁ、トビよぉ」
「全面的に同意するでござる!」
「っていうか、トビ。お前、強気な女は苦手な癖に、どうして女王様は平気なの? 前にもこの質問、したことあったっけ?」
「馬鹿でござるか、ハインド殿! 女王様と、その辺の小娘が居丈高になるのとでは種類がまるで違うでござるよ! 完全に別物! 月とスッポン! 提灯に釣鐘!」
「小娘って……」
トビの言葉に我が意を得たりと言わんばかりに、エリザ付属のスピーナさんが何度も首を縦に振る。
世の中、格が違ってしまえば同じ行動をしても周囲の扱いが変わる。
気品、容姿、声、生まれや社会的立場などもそうだろう。
そういうことは往々にしてあるとは思うが、この場合は――
「ソーデスカ……」
どうなのかよく分からなかった俺は、そう答えるしかなかった。