決闘を終えて
王都の神殿に戻ると、ノクスが出迎えてくれる。
おっと、長い時間待たせたから羽ばたきが……この肩に乗る重みと温度。
癒されるなぁ、負けた後は特に。
ちなみにフクロウの体温は約四十度あるが、この癒しの力の前では些細な問題だ。
暑いとか言わない。
「プレイヤースキルでは勝っていた! 勝っていたでござろう!? ……聞いているのでござるか!? ハインド殿!」
「あー、聞いているよ……よしよし、ノクス。外に出たら餌やるからな」
「くそう! ハインド殿、拙者にもノクス貸して!」
手の内を探るという目的を達したとはいえ、負けて気分のいい人間などいないだろう。
表現の仕方は様々だが。
必死に勝っていた部分を言い募るトビに対し、俺の返事は適当なものになる。
「でも、あれでまだ始めたばっかりなんだろう? ……ほら、腕を出せ」
「一ヶ月とか言っていたような気がするでござるな……ノクスゥー! 拙者を慰めてぇぇぇ!」
「たったの一ヶ月か……レベリング早いな。当然のようにカンストしていたし、練度も始めたばかりとは思えない感じだった」
細かな検証は後回しにするとして、先程の戦闘。
二人とも、短い期間の割にはTBに慣れ……いや、違うな。
ゲーム全般に慣れている感が凄まじかった。
似ているゲーム、近いジャンルのゲームをやった経験で差を軽々と埋めてきているという印象。
しかし、俺の言葉のどこかがトビの癇に障ったようで――
「……相手を褒めて自分だけ余裕な空気出すの、やめてくれる!? 一人で怒ってる俺が馬鹿みたいじゃん! ――ぐえっ!?」
トビの腕から逃げ、そのまま頭の上にドスッと着地したノクスは動じない。
だが、残念ながら俺はノクスのようにはいかなかった。
「黙れ。俺だって素直に感情を出せば即座に顔真っ赤になるわ。次は勝つために、我慢して分析しているだけだ。普通に馬鹿仲間だ」
「お、おお?」
トビの熱に中てられたか、ついつい隠していたものが顔を出す。
だったら負けを込みにした作戦を立てるなという話だが、理性と感情を切り分けられるほど大人じゃない。
というか、ゲームをやっているときの自分はいつだって子供っぽいものだ。
無関係の人に当たり散らすという論外のことさえしなければ、感情を抑えなくたっていいと思う。
悔しいものは悔しい。
「……失礼いたした。では拙者たち、揃ってゲーム馬鹿でござるな!」
「違いない。もっとでかい舞台で、今日の分を返してやりゃあいいんだ」
次はこうはいかないという気持ちは同じだ。
それを察したトビは、怒りを解いて相好を崩す。
「にしても……ハインド殿の怒り方って、ちょっと怨念じみたものがあるでござるな。そういうところ、リィズ殿もそっくりでござるが……」
根に持つタイプというのは否定しないが……。
何だよ。距離を取るなよ。
「怒りをストレートに表して得することって、基本ないじゃんか。ただ……」
「ただ?」
「黙って受け入れるだけだとすっきりしないから、やられた分は利子付きで返したいよな?」
「うわ……負けた今でも、選び直せって言われたらまたハインド殿を選ぶでござるよ。拙者」
くわばらくわばら、とノクスを撫でまわすトビ。
そろそろノクス、嫌がってきているけれど……大丈夫か? こいつ。
色々と鈍いんじゃないのか?
「ルミナスさんにだけは言わないほうがいいぞ、それ」
「?」
あくまで理解できないと……まあ、いいや。
トビの言っていた通り、激しい性格の人だったな。ルミナスさんは。
落ち着くにつれて手強くなっていったので、常に冷静なメディウスとはいいコンビか。
「……さて、どうする? やることは終わったし、ログアウトするか?」
「そうでござるなぁ……」
まだ時間の余裕はあるが、継承スキル関係に本腰を入れるには微妙だ。
トビが思案しつつ、周囲を何とはなしに眺めた――そんな時だった。
「おー、渡り鳥のお二人さん」
人の集まるモニタースペースから、見覚えのある顔が出てくる。
スピーナさんか……シーズンランク決定直前は混みあうので、いてもおかしくはないが。
タイミング的に、こちらとしては妙にバツが悪いというか。
「あそこまで競って負けるとは、珍しいじゃねえの。それも新参連中相手に」
「くっ……黙っていようと思ったら、もうバレているでござる!」
「諦めろ……Sランはそれだけ人数が少ないんだ」
どうやら、先程の戦いをしっかり見ていたらしい。
ランクが高い者同士の決闘は、神殿内・決闘待合所のモニターに流れることがある。
会話までは聞き取れないので、トビが持つメディウスたちとの関係については触れられなかったが……あれを見ちゃったかぁ。
「調子が悪いなら、俺らともやっていくか? 決闘」
親指で後方、モニター付近の人混みを示すスピーナさん。
どうやら、カクタケアのメンバーの誰かと一緒に来ているようだが……。
あの戦いの後でスピーナさんと?
普通に強いしタフだし戦い慣れしているしで、今やりたい相手ではない。
「どうしてでござるか……論法おかしくない? 戦いながら調整しろという話で?」
トビも同じ気持ちだったようで、こんな返しをしている。
するとスピーナさんは、白い歯を見せつつこう続けた。
「いいや、不調のままでいい。ハインドたちは女王様のお気に入りだし、それに勝ったとなれば俺らの株も上がる! やろうぜぇ!」
「……」
「……」
彼はいいやつなので、この挑発じみた発言は多分わざとだ。
ガス抜きを手伝ってくれるというのだろう……だったら乗ってやろうじゃないか。
「何だと、この不死身マン。勝てれば何でもいいんですか? あ?」
「ドMの不死身マンと違って、こちとら打たれ弱いのでござるよ! っていうか、さっきので規定数クリアだし! 今日はもう店じまいでござるっ!」
「ちょ、冗談、冗談だって。しかも口調の割に全力拒否かよ、つれねぇなぁ……そうやって冷静な部分が残っている辺り、やっぱ怖いわ。お前ら」
軽口で返してはみたが、決闘のほうはそうはいかない。
今夜の俺たちは、もう冷静に戦える状態ではなくなっている。
こんな状態で戦っても連敗するだけだ。
「……で、どうよ? 例の継承スキルについては」
元々、本題はこちらだったのだろう。
スピーナさんの声色が変わったのに応じ、俺たちも声を低くする。
「やっているほうは快感、やられているほうは不快……でござるかな?」
「いやいや、そういうこっちゃなくてな?」
「俺ら、一方的にやられるほうだったな……早く使う側に回りたいな?」
「おい、ハの字。お前までそっちに回るんじゃねえのよぉ。話が進まないだろ?」
分かっている。
一人につき一枠とはいえ、多様なスキルの出現により、今の決闘環境は非常に混沌としている。
対策は可能かという話だろうが――
「ランクが落ち着くのも、時間の問題だと思いますよ。一部の特殊なものを除けば、今の初見殺し状態は徐々に解消されるはずです」
「ほーう。というと?」
スピーナさんが興味深そうに顔を寄せてくる。
が……周囲のプレイヤーが聞き耳を立てている気配。
そんな大層な考察を述べるつもりはないが、声を高らかにというのも何か変だ。
そこまで自分の意見を信じられないし。
ということで、俺は一度神殿の外に出ることを提案した。