遭遇戦 その4
回避型を象徴するスキル、その二つ目は『分身』である。
性能はHPを消費し、自分と同等の攻撃性能を持つ分身体を作りだすというもの。
分身体の耐久は低めで、消費したHP分よりも少なくなる。
全職の中で最も非力な魔導士でも、通常攻撃一発あれば倒せる程度だ。
しかし、使いこなせば単純に火力が二倍になる……やや机上の空論に近いものがあるが。
使いこなせなかったプレイヤーたちの意見としては、
「頭がこんがらがりそうになる」
「自分が動きながら操作は無理」
「分身の操作に縮地を使った自分の移動が混ざると、もはや意味不明」
「自分の姿が視界に入ると、急に現実に引き戻された感じがする」
「ぶっさ!? 誰だこいつ!? ……あ、俺かぁ!」
と、こんなところだったか。
……最後の二つだけは、モニターを消したら変なオッサンが映るんです! という昔よくあった定型句に近いものを感じるが。
光沢なしのモニターを使おう。
ちなみにトビによると、分身はラジコンを操作するのに近い感覚らしい。
細かな操作も可能だが、大雑把に方向を指定しての攻撃・回避も可能とのこと。
大雑把な指示の場合、スキル発動者の普段の攻撃モーションなどをトレース・平均化して実行するという優れものだ。
簡易的なAIを搭載していると言ってもいい性能をしている。
「る、ルミちゃんが二人……何という悪夢でござるか……」
「カイト……マジで潰すよ?」
それでも、セミオートというほど自動で補完してはくれない。
細かな指示を、それも自分も戦闘行動しながら送らなければならないため、せっかく出した分身が棒立ちになってしまっている軽戦士もよく見かける。
だから多くのプレイヤーから敬遠されているのだ。
言葉で説明するほど簡単なものではないらしい。
で、ルミナスさんが繰り出した分身体だが――
「ふん……今のうちに、精々余裕を見せておくといい。私たちのところに戻らなかったこと……死ぬほど後悔させてやるから!」
「分身と同時に来た!? トビ!」
「応戦するでござる!」
何の問題もなく動かせているようだ。
もうトビの挑発にも乗ってこない。
それどころか、本体と遜色ない攻めを……あれっ? どっちが本体だっけ?
よく見れば分身体は微妙に透けているし、本人がスキルを使用すれば一発で分かるはずだが。
どちらがそうなのか判別不可能なほど、ルミナスとその分身体は位置を入れ替え、交差し、同時に攻めてくる。
これは……。
「ぬおおっ! は、ハインド殿! このままでは、メディウスのスキルどうこう以前の問題でござるよ!」
「……何とかする!」
『縮地』の精度ではトビが大幅に上回っていたが、『分身』ではルミナスにかなり分があるようだ。
ただ、相手の組み合わせにHPの回復手段はない。しかもルミナスは軽戦士だ。
本体だろうと分身だろうと、弱い攻撃でも当たれば痛いはずだ。
クリティカルを狙わずに、確実に胴撃ちで『シャイニング』を……そこだ!
「ルミナス!」
「分かって――」
発動タイミングを見切られた!?
メディウスが声を上げた直後、ルミナスの姿がその場から消える。
瞬く小さな光が、ルミナス一瞬前までいた空間で虚しく飛び散った。
「いるって! メディウスはさっさとチャージを済ませて!」
依然としてトビよりは出現位置が遠いが、さっきまでよりも『縮地』の精度が……!
ルミナスは俺の近くに出現するや、一足飛びで懐に飛び込んでくる。
うわっ、動き速っ!
「やめてくれ! こんな運動音痴相手に!」
「どこがよ!? メディウスの攻撃を凌ぎ切ったくせに! 本当に運動音痴なら、大人しくやられなさい!」
メディウス相手だった時は、偶然波長が合ったというか……。
異常に鋭いものの、無駄がないメディウスの動きはかえって読みやすかった。
しかし、こう波がある動きだとやり難い。
ユーミルから感じるムラッ気ともまた違う性質のものだ。
きっと、意図的に緩急をつけているのだろう。
さすがに観察できた時間があまりに短いので、まだルミナスの動き全てを読み切ることはできない。
広場に設置してあるオブジェクトを上手く使い、『縮地』の使用を抑制しつつ必死に距離を取る。
助けて、皇帝様! ……の、銅像!
「トビが憎いなら、そっちに行ってくれよ! 俺のことはお構いなく!」
「うるさい! あんたのことも気に入らないの! 仲良すぎ!」
「くっ……と、トビ! そっちが分身だ! 早く片付けて、救援頼む!」
体を半回転させるようにしつつ、二本の剣で斬りつけてくるルミナス。
分身のいるトビの方向が視界に入るよう移動しているのは分かっていたが、攻撃を防ぐので手一杯だ。
致命傷を防ぐのが精々で、HPがどんどん削られていく。
「――トビ!? どうした!?」
返事がないことに焦りを感じるが、偶然トビがルミナスを挟まずに自分の後方にいるという位置関係になった。
これを利用し、防御しつつ一気に下がって合流を試みる。
一対一を二ヶ所でなく行うのではなく、二対二に持ち込めば……!?
「って、何じゃあ!?」
一定距離を下がり、どうにか振り向いて状況を確認。
すると、トビが複数のルミナスに追われていた。
といっても、本体がそちらに移動したわけではない。
要は、本来であれば一体しか出せない分身体が――
「増えとる!」
「増えたでござるよ! 何なの!? これ何なの!?」
増えていた。
いや、可能なのか? 二体の分身を同時に操作しながら戦うなんて。
よく見ると別個ではなく、後から増えたらしい分身は追従するような動きと取れなくもないような……ええい、深く考える余裕がない!
じっくり観察したいところだが、こちらはこちらで近くに生じた異様な気配を察知。
慌ててルミナスに向き直る。
「って、こっちも増えているじゃねえか! 何だこれ!?」
ルミナス本体の近くにも一体増えていた。
何だこれ、の答えはもう出ているが。
今日は何度も同じようなことを言いっ放しだ。
間違いなく何かしらの「継承スキル」で――ルミナスの動きが変わる。
「!!」
体に二度の衝撃。
アバターが瀕死に限りなく近づき、視界が赤く染まる。
「ハインド殿おおおおおお!!」
「まだ生きているの!? どれだけ自衛力が高いのよ!」
一瞬、回復での立て直しが頭の中でチラつくが……。
トビの叫びにあったのは、単に危機に陥ったことによる驚きだけではない。
俺は『縮地』で真横に出てきたトビに、『エントラスト』でMPを譲渡。
短い詠唱で戦況を変えられそうな魔法はこれだけだ。頼む!
「は!? 嘘!?」
「おおおおおお!」
とどめを差しに来たルミナスが、叫んだまま急に近くに出現したトビに呆気に取られる。
しかもトビのMPは一気にフルに近くなり、分身の攻撃を利用したのか、見切りの指輪が発するエフェクトも大きくなっている。
ただ『空蝉の術』が割られている辺り、苦戦したのは間違いないようだ。
まずトビは上がった攻撃力を使い、ルミナスをガードの上から吹っ飛ばした。
すかさず俺はMPチャージの体勢に入る。
「おおおおおお!」
「このっ!」
『縮地』、攻撃、『縮地』、攻撃、攻撃、『縮地』……トビが瞬く間にルミナス本体の攻撃を防ぎつつ、その分身を消して回る。
ついでにチャージ中のメディウスにもちょっかいを出そうとしたが、これはルミナスが『縮地』を使って阻止。
一連の動きでトビのMPが瞬く間に減っていくが、劣勢だった戦況を五分まで戻すことに成功した。
「おおおおおお!」
「はあ!?」
その勢いのままに、トビがルミナスに突っかける。
上がった攻撃力と体重の乗った攻撃が、ルミナスの体を大きく吹き飛ばした。
三度も転ばされたルミナスは、もうどう反応していいか分からないといった様子だ。
「おおおおおお! おおおおおおおお!」
「うるせえ! いつまで叫んでんだ!」
「おふっ!?」
「あっ……」
トビにかかっていたバフの効果が消失。
といっても、俺がツッコミと共に蹴りつけたせい……ではない。
二人は『縮地』でメディウスの近くに跳んでいったので、距離も開いている。
目を凝らすとルミナスが無茶な体勢から横っ飛びし、トビの足を斬りつけていた。
指輪のバフだけでなく、残っていた『ホーリーウォール』も割れて消えてしまう。
形勢が五分から微不利に……まだ粘れるか?
そんなことを考え、メディウスに目をやった直後だった。
「――」
俺もトビも、声を上げることすらできなかった。
目の前が、広場内が、全てを飲み込む膨大な光に包まれる。
意識が途切れる瞬間、槍を収めたメディウスが背を向けるのが見えた。