遭遇戦 その3
以前も触れたかもしれないが、軽戦士というのは前衛の中でもテクニカルな職である。
どの型でも機動力・回避力が要求され、スキルも癖が強いものが多く揃う。
ちなみに壁役で最も人気があるのが、安定感のある重戦士の防御型。
泣き所である魔法抵抗の低さは、防具の属性耐性をバランスよく盛ることで補うのが主流だそうだ。
次いでカウンターに慣れがいるものの、物理・魔法受け共にバランスがいい騎士の防御型。
三番目に、自己回復が嵌まると長く粘れる武闘家の気功型が。
短所は重戦士と同じく、魔法に対する耐性の低さ。
次にHPがやや低く物理攻撃に弱いものの、自己・他者の回復が可能で、魔法受けなら最も強い神官の前衛型が四番目。
そしてトビ、それから対面のルミナスの軽戦士・回避型だが……。
「いざ、参る!」
安定感に欠けるとあって、壁役として最も不人気だ。
軽戦士の攻撃型は小回りの利くパーティの遊撃枠として、罠型はレンジャー系のスキルが活きるダンジョン探索などで重宝されるが……。
軽戦士の中だけで見ても、やはり回避型はあまり人気がない。
ただ、回避型を使いこなせずにキャラをリメイクしたプレイヤー。
そして、一部の熟練者を見たことのあるプレイヤーは口を揃えてこう言う。
「スキルを上手く使いこなせたら、やばくなる感じはする」
……つまり、職に備わる「潜在能力」の高さは折り紙付きということだ。
多くのプレイヤーに伸びしろを感じさせ、また、多くのプレイヤーに難しいと言われる回避型。
この職を象徴するスキルは、主に二つ。
「落ち着け、ルミナス。一度――」
「うるさい! 邪魔するなぁ!」
――殺意すら感じさせるほど、怒りに燃えたルミナスの顔。
鬼の形相ってああいうのを言うんだろうなぁ、美人だから余計に怖い。
メディウスの制止の声も聞かず、トビの首を刈り取るように二本の剣を高速で振るが……トビの姿がルミナスさんの前から掻き消える。
「しっ!」
「――!」
そして地を舐めるような低い姿勢で現れたかと思うと、メディウスの太もも付近を斬りつけ、また消える。
メディウスのカウンターを狙ったらしい槍は、トビが消えた地面に突き刺さっていた。
ほとんど結果しか見えなかったんだが……MPが残っていたとしても下手に手を出せんな、これは。
「逃げるな! カイトォォォ!!」
……回避型を象徴する一つ目のスキルは、言わずもがな。
この『縮地』という移動技だ。
移動技としては低消費MP、短WT、座標指定に、発動時に乗っている移動の慣性まで保存できるという、長所だけを見れば異常に高性能なスキルである。
ただし――
「逃げるなと言ったでござるか? では、遠慮なく」
「!?」
真後ろから足払いをかけ、再びルミナスさんを上から見下ろすトビ。
わざと……だったらいいのだが、まさか天然でやっていないよな?
どうもルミナスは気位が高いようだし、二度もそんなことをしたら。
「お前ぇぇぇぇぇぇ!」
トビに転がされたルミナスの姿がその場から消える。
あっちも『縮地』を使い始めたな……。
そしてやや高空、トビの頭上から現れたルミナスは、トビに向けて二本の剣を振り下ろした。
が、トビはそれを見もせずに『縮地』で躱す。
今度は音もなくMPチャージ中の俺に向かってきていたメディウスの目の前に立ちはだかり、密着するように槍の動きを封じ込める。
ルミナスはトビを追うように、『縮地』でメディウスのやや後ろに……と。
そう、この差だ。回避型を語る上で、この差は非常に大きい。
「メディウス! カイトを抑えて! 私が始末する!」
「ほほー。お怒りでござるなぁ? ル・ミ・ちゃん? かかっていらっしゃーい」
「――――――!」
もはやルミナスは怒りが声にならない状態だ。
『縮地』の麻痺ペナルティを恐れず、間合いを完全に支配するトビに対し……。
怒りも手伝ってか、ルミナスの『縮地』は精度が低い。粗い。
……というよりも、大多数のプレイヤーならルミナスのような使い方が『縮地』の基本である。
危機からの離脱、ある程度有利な場所へのポジション取り、それらを安全マージン多めで行うという。当然だ。
少しでも地面、人、オブジェクトに触れた位置へ瞬間移動した時点でその決闘は終了だからだ。
高性能を帳消しにする多大なペナルティを受けてしまう。
「拙者はここでござる! 捉えられるものなら、捉えてみよっ!」
普通はあんなにギリギリの場所に『縮地』で移動はしないし、できない。
膨大なプレイ時間が可能とする、熟練の技が対面の二人を圧倒する。
攻防、押し引き、自由自在だ。
……だが、あまりにあいつを手放しで褒めちぎるのも何か違う。釈然としない。
「おい、トビ。今回は妙に調子いいな? もう重戦士のおっさんの胸倉と同化したり、阿修羅像ごっこしたりしなくてもいいのか?」
「ほ!? う、うるさいでござるよ! ハインド殿は黙ってMPチャージしてる!」
「へいへい。あ、自分から縮地で槍に突き刺さりに行くのもなしな? 笑って詠唱ミスっちゃうから。いやー、あの時は――」
「もう黙って!? 何で格好よく決めているのに、人の痴態を次から次へと暴露していくわけ!?」
うん、満足。
やっぱりトビは、そのくらい力が抜けてダサくなければトビではない。
「随分と仲がいいじゃない……ええ? カイト……」
が、俺たちの会話を聞き、またもルミナスさんの怒りの質が変わる。
今度は怒りが沸点を超えて上昇し続けた結果、不意に冷静になったかのような顔だ。
これはこれで怖い。
……肝心のトビは、それを全く感じ取っていないみたいだが。
「へ? そりゃー、ハインド殿と拙者はマブダチでござるし……」
「異議あり!」
「何でルミちゃんならともかく、ハインド殿が異議を申し立てんの!? 泣くよ!?」
大体、ヤンキーが苦手なくせにツッパリ系発祥の言葉を使うな。
そういうチグハグなところが俺としては納得いかない。
「確かに、少し変わったな……カ――トビは。昔はPvPになると、話は聞かない上に、人が変わったように凶暴だったはずだが」
「い、いやいや! もうルミちゃんと二人でバーサーカーコンビだったころの拙者ではござらんし!? 拙者、超冷静! それに、小さな戦闘マシーンとか言われていたメディウスに言われたくないでござる! お前は別の意味でやばかったでござろう!」
「色んな異名を持っていたんだな、君ら……」
ランカー潰しの次は、バーサーカーに戦闘マシーンか。
どちらが先の……いや、今はそれどころではないか。
話しながらも、メディウス・ルミナスはじりじりと間合いを詰めてくる。
「……まぁ、何でもいいや……戻ってくる気のないやつに用なんてない」
「ルミナス」
「潰す……潰すっ!」
「ルミナス!」
「お?」
メディウスの声を無視して、ルミナスが動く――が、直線的な動きだ。
序盤にあったしなやかさは失われ、見る影もない。
当然、トビが簡単にいなしてしまう……メディウスが他の動きを取る間もないほどにあっさりと。
「このっ!」
二合、三合と互いに二本の得物を用いたせめぎ合いが続いたが、徐々にルミナスのダメージだけが増えていく。
このままでは、むしろ相手に失望するのはトビのほうになりそうだ。
……そう思いかけた時だった。
槍の石突が、強く煉瓦敷きの地面を叩く……否、煉瓦を砕いた。
「――!」
「いい加減にしろ、ルミナス。これでは戦いにならない」
メディウスの口調はあまり変わらない。
それでも、静かな怒りが俺のほうにまで伝わってくる。
……こいつも、大概迫力あるよなぁ。本気で怒らせたくはないタイプだ。
「で、でも、メディウス! 私は――」
「また負けたいのか?」
「!!」
突き離すようなメディウスの一言。
それにルミナスは凍り付き……しかし同時に冷静さも取り戻したのか、『縮地』を使ってメディウスの隣まで一旦引いた。
トビは無理に追わない。
二人の様子を黙って見ている。
「……あんたは悔しくないの? メディウス。私は嫌よ。せっかく再会できたっていうのに、あそこまで馬鹿面で平然とされると、何だか……あの頃の思い出まで――」
「そんなことはない。あの頃の記憶はそのままだ。時が経とうとも」
「……」
「と、言いたいが……確かに、不思議としこりのようなものを感じる。何故だろうな?」
「!」
言葉と共に、メディウスの構えが変わる。
右手で持った槍を半身で後ろ側に構え、左手はこちらの動きを制するように前へ。
……何だ?
騎士の攻撃型のスキルは完全に把握しているつもりだが、大技を撃つにしては少し妙だ。
あの職は『バーストエッジ』を始めとした瞬発力が売りだというのに。
あんな、何かを「チャージ」するような体勢のスキルは……?
「メディウス……! いいの!?」
「……ルミナス。君も例のスキルを使っていい」
「……了解! そうこなくっちゃ!」
やはり、何かをする気らしい。
ここまで、ルミナスさんを怒りに怒らせて強引にペースを掴んできたが。
トビに向ける特別な感情が枷となり、また、それに気付いていないトビ自身がやり過ぎた結果……。
メディウスの力を引き出すには至らず、ルミナス本来の持ち味も見られていない。
……だが、ここに来て風向きが変わった。
明らかに先程までとは空気が違う。
「カイト!」
「な、何でござるか!? メディウス、一体何を――」
「本当は今日、ここで見せるつもりはなかったんだが……特別サービスだ」
メディウスの槍の先端に光が集まり始める。
それを守るように、ルミナスが二本の剣を構えて軽やかにステップを始める。
……今度は怒りも何も感じない、柔らかな動きだ。
先程まであった隙を、今は全く感じさせない。
「は、ハインド殿!」
「ああ……なんか、まずい感じだ。まずい感じだけど……」
俺とトビは視線を交わすと、同時に頷き合う。
これはこれで、俺たちの目論見通り……というか。
それ以上に、何をしてくれるのかという妙な期待感で胸が高鳴るのを感じた。