遭遇戦 その2
実のところ、TBの決闘における制限時間というものは結構長い。
そして、その時間を超えて決着がつかないことは稀だ。
これはランクが上がるごとに制限時間が伸びるという側面もあるが、基本的には決闘におけるダメージのバランスが関係している。
「と、トビ! 助けろ!」
「無理でござるよ! こっちも手一杯!」
すなわち、攻撃優勢。
通常攻撃数発とMP消費の少ない下級近接スキル、それらを叩き込めば魔法職は簡単に落ちる。
逆に守り切ってMPが溜まり始めたら、そこからは魔法職を抱えるパーティのターンだ。
だが――
「どうして隠れている間にMPチャージをしなかったのでござるか!」
「馬鹿たれ! そんなことをしたら、チャージの発光で位置がバレるだろうが! ……あぶねっ!?」
こう攻撃がうるさくては、MPチャージどころの話ではない。
市街地の広場に出た俺たちは、退きながらの戦いを強いられている。
噴水を中心に、周囲を回るように移動しながら応戦中だ。
どの対戦ゲームでも「待ち」が強いとユーザーの不満が増える傾向にあり、運営側はそうならないよう配慮するものだが……。
TBにおいては少人数戦ほどその傾向がより色濃い。
最初のころにあった大型の決闘イベント『闘技大会』の時からそうだが、二対二の鉄板は前衛+前衛の速攻コンビ。
それを覆すには、高い連携とプレイヤースキルを要する。
「と、トビ! せめてメディウスはお前が担当しろよ! 槍のリーチがきつい!」
「嫌でござるよ! まだハインド殿の杖のほうが、拙者の刀よりもリーチ差がマシでござろう!」
「おい! 今すぐ竹槍持って転職しろ! お前に軽戦士としてのプライドはないのか!?」
「剣道三倍段という言葉を知らんのでござるか!? 剣と槍では、三倍の力の差が必要なのでござろう!? しかも拙者の武器、短刀だし!」
「そりゃ無手と剣の場合だ! どっちも間合いの話だから完全な誤用とも言い難いが、正確じゃねえ!」
「そうなの!?」
高い連携と……連携?
連携って、何だっけ?
「何だかなぁ……カイトたち、一応ランカーなんだよね?」
メディウスの相手を押し付け合う俺たち。
それに、自分が比較して下に見られているとむっとした様子だったが……。
呆れが怒りを上回ったのか、ルミナスさんが距離を取って半眼を向けてくる。
「失礼な! こちとらガチガチの古参ランカーでござるよ、この新参!」
「うーわ……出たね、古参ムーブが。ちょっと早く始めたからって、偉そうにするんじゃない!」
「偉ぶっていないでござるー。ただ経験の差を見せ付けてやりたいだけでござるー」
「それが偉そうだって言っているんでしょ! カイトだって昔は――」
俺は会話の隙に魔法の詠唱を開始しようとしたのだが、即座にメディウスのパルチザンが唸りを上げた。
トビも目標に入れた大きな横薙ぎに、俺とトビは同時にバックステップを入れる。
「挑発に乗るな、ルミナス。大口を叩きたいなら、まずは勝ってからだ」
「……そうね。ごめん、メディウス」
「ランカー潰しらしい意見でござるなぁ、誠に! すーぐマウント取ろうとして!」
「……ランカー潰し?」
トビから不穏な単語が飛び出したが、問答している暇はなかった。
会話を断ち切るように振るわれる槍が、徐々に鋭さを増していく。
メディウスの目の色がさっきまでと違う……どうやら、勝負となると熱くなるタイプのようだ。
ルミナスさんはともかく、もうメディウスに手を抜かれる心配は、おそらくない。
……むしろ、さっさとこちらのギアも上げていかないと不味い感じか。
「――トビ!」
「お任せあれ! ……せいやっ!」
「――!」
トビがやや大袈裟な掛け声と共に、上段からの攻撃で防御を誘う。
上手い、ここしかないというタイミングで……回避が不可能な軌道で仕掛けた。
おかげでルミナスの動きが止まった。
これなら!
「だっ!?」
ルミナスの目元に『シャイニング』を撃ち込むと同時、肩口に痛みが走る。
嘘だろ、目を離したのは一瞬だぞ!?
無言で肩を抉ってくるとか、怖いなこいつ!
見ると、いつの間にか『アサルトステップ』の光がメディウスの足元を覆っている。
「ちっ!」
あ、しかも『シャイニング』による目潰しが失敗している気配。
見て確認はできない。
もうメディウスの相手で手一杯……というか、気を抜くと即座にやられそうだ。
ルミナスさんは鬱陶しそうに舌打ちこそしたものの、視界が潰されたほどの動揺は感じ取れなかった。
「せーいっ!」
「は!? 蹴りぃ!?」
トビが発生源であろう打撃音と、今度こそ動揺した声が耳に届く。
だが、まだ優勢確定では……頬がいてえ!
ひ、『ヒーリング』だ! 回復回復! HPがやばい!
何だよ、この鋭い突きは……早く何とかしてくれ、もたないぞ! トビ!
「ひひっ!」
「!?」
――と、トビの口からやや品のない笑い声が漏れる。
聞きようによっては危ないなぁ……賊の笑い方だぞ、それ。
あ、逃げていたら上手いことトビの背中が見える角度に来た。
HPが大幅に減っていることから見て、分身を使って挟み撃ちにしたようだ。
ルミナスさんは背後から一撃を受けたのか、転倒している。
「よし……!」
状況を把握した俺は、即座にMPチャージを開始した。
メディウスが倒れたルミナスさんのほうを一瞥もせず、煉瓦の敷かれた地を蹴り迫ってくるが……。
足を止め、闘志に満ちたメディウスの目を見ながらチャージを続ける。
いや、しかし……滅茶苦茶怖いな! 何であんなにマジな目なの!?
槍の切っ先が高速で突き出され――
「おっと、そこまででござるよ!」
虚空から出現した忍者が、そしてその刀が、パルチザンの先端を力強く弾き飛ばす。
そう、『縮地』ならあの位置からでも余裕で間に合う。
来たタイミングは余裕とは程遠かったが……これはトビが遅いというよりも、メディウスが速すぎるせいだ。
肝が冷えたぞ……。
「カイトォ!」
うわっ、びっくりした!
メディウスが急に大きな声を……塔ではあんなに静かな佇まいだったのに。
対人戦だからなのか、それとも相手がトビだからだろうか?
先程からの様子といい、あの時とは随分と印象が違って見える。
「すぐ熱くなるところは変わっていないでござるな! 挑発必要なしでござるか!」
トビもどこか楽し気に言葉に応じる。
リーチ差の不利を埋めるべく、果敢に懐に飛び込んでいく。
――この決闘をこちらのペースに引き込むには、ここしかない。
MPは……ギリギリだが、どうにか行けるだろう。
詠唱開始だ。
「やるな、カイト! ゲームセンスは衰えていないようだ!」
「言ったでござろう! ……こちとら、サービス初期からの古参勢でござるよ! それに――」
まずは『ホーリーウォール』から。
軽戦士との相性、いざというときの保険、消費MPに対する効果。
どの視点から見ても、現在最優先になる魔法だ。
一瞬メディウスがこちらを見たものの、無事に発動。
続けて、詠唱の短い『アタックアップ』を使用……他のバフは、トビには必要ない。
耐久で受けるのではなく、回避とスキルで戦線を維持するのが軽戦士のスタイルだ。
壁なしでは大技に耐え切れないので、防御力はあまり意味を持たない。
「今の拙者は、渡り鳥のトビでござる! カイトではござらん!」
「――そうだったな! 全力で行くぞ、トビ!」
「望むところでござるよ!」
支援型の神官が少人数の決闘ですべきことは、とにかく前衛が二人分以上に働ける環境を構築すること。
味方全体のMPの自然回復量を上昇させる新スキル『ウォーソング』を発動。
ここで俺のMPは完全に空になった。
「……許さない……許さない!」
それと同時にルミナスさんが立ち上がり、一瞬でトビの分身体を片付ける。
メディウスと戦闘中でコントロールが覚束ないとはいえ、瞬殺か……先程は油断したようだが、やはり手強いな。
よほど転倒させられたことが腹に据えかねたのか、それとも別の理由からか。
怒りで体が左右に揺れている。
「カイトォォォォォォ!」
メディウスが発した声を上回る声量だ。
鼓膜に、肌に、ビリビリ来る。
「おお、怖……」
「調子に乗んなぁ! すぐに昔みたいにボコボコにして、地面に這いつくばらせてやる!」
「む、昔の恐怖を呼び起こそうったって、そそそうはいかないでござるよ! せせ、拙者にはハインド殿というつつつつ強い味方が」
「声、震えてんぞ。大丈夫かよ?」
「カイト! カイトォォォ!」
「ひいっ!」
おいおい……。
後はMPチャージをしつつ、基本的には見守ることしかできない。
使った支援魔法とトビの立ち回りで、果たして二人を相手にどこまでやれるか。
とりあえず、ルミナスさんの狂騒にビビり気味のトビの背中を強めに叩く。
「――!」
「翻弄してこい、トビ! 昔とは違うんだろ?」
「……承知!」
折り重なるようなバフ魔法の光に包まれたトビが、二振りの刀を構え直す。
そして恐れを振り払うように、メディウスたちに向かって全速力で駆けだした。