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遭遇戦 その1

 一目見て受けた印象は、非常に大人っぽい少女というもの。

 しなやかな細い体に、動きやすそうなショートボブ。

 女性にしては背も高く、トビと同じか少し低いくらいあるだろうか?


「ふふふ……」


 少女はトビを昔のプレイヤーネームで呼んだ後、髪を軽く掻き上げて余裕の笑みを見せる。

 強気な表情が容姿によく似合っていたのだが……。


「いや、なに格好つけているのでござるか? ルミちゃん。おひさー」

「なっ!」


 トビの一言によってあっさりとポーズが崩れた。

 ちなみに俺がトビから聞いた話では、彼女はトビに気がある。多分。

 過去のプレイヤーネームがルミナス、トビはルミちゃんと呼んでいた……だったっけか?

 表示されている名前は、どうやら今も同じようだな。


「……トビ。もしかして、ルミナスさんと会うのは小学生の時以来なんじゃねえの?」


 あちらに聞こえないよう、トビの襟首を引っ掴んで小声で話す。

 俺の言葉を聞いたトビは首を傾げる。


「そうでござるが? メディウスにはTB内で再会済みでござるが」

「じゃあ五年近く経っているんだよな? 何か、他にもっと言うことがあるだろう?」

「え? ……え?」


 本気で分からないという顔をしていやがる。

 こいつ、偶に美醜の感覚が麻痺しているんじゃないかと思うときがある。

 お姉さんたちも揃って美形な上、ゲームばかりやっているから……。


「……例えば、綺麗になったねーとか。それでなくても、再会できて嬉しいとか、こう……何か気が利いたことが言えないのか?」

「何で拙者がそんなことを……」

「昔は、お前に当たりがキツかったんだろう? ここは心機一転、関係を改めるチャンスじゃないか?」

「おお!」


 彼女、明らかに変化した己の容姿に対する感想を求めている顔だった。

 急げ、早くしないと決闘が始まってしまう。


「る、ルミちゃん!」

「……なに?」


 二人の間に緊張が走る。

 と同時に、戦闘開始の合図が鳴ってしまったが……。

 メディウスは苦笑しつつ腕を組んだままで、その場から動かない。

 さすが、紳士だな。

 あまりに何もしないまま時間が経過すると、談合・八百長などの不正検知に引っかかってしまうだろうが……。

 少しくらいなら、きっと大丈夫だろう。


「き……」

「……?」

「キレイニナッタネー」

「……」


 こういった言葉を言い慣れていないという事実と、心にもない内容であるという事実。

 その二つが生み出す「棒読み」という名のハーモニー。

 それを聞いたルミちゃんこと、ルミナスは……。


「くたばれ、バカイト!」

「ひいっ!」


 黙って二本の剣を抜くと、トビに向かって襲いかかった。

 情けない悲鳴を上げつつ、俺の肩を掴んで旋回するトビ。


「何故!? 褒めたのに!」

「当たり前だ、この馬鹿!」


 ルミナスの職は軽戦士、スタイルは短剣による二刀流。

 スピードがかなりあり、怒りに任せて斬りかかった割には隙も少ない。

 というか、トビ! 俺を巻き込むように逃げてくるんじゃねえ!


「一旦、逃げるぞ! 体勢を立て直す!」

「合点!」

「待て! 逃げるな!」


 トビと息を合わせてバックステップ、同時に横から静かに回り込んできていたメディウスに『シャイニング』を浴びせる。

 どういう仕掛けか、即着弾のこれを軽々と(かわ)されたものの……メディウスの攻撃タイミングを外すことに成功。

 俺たちは広場を抜け、路地に入り込むことができたのだった。




「はーっ……怖い怖い。油断できない相手だな」


 二人とも足が速かったため、索敵範囲から逃れるのは大変だったが……。

 あちらが遮蔽物の多いステージを選んだことが幸いした。

 今は退路を確保しつつ、入り組んだ路地の一画で呼吸を整えている。


「昔から運動神経はよかったらしいでござるよ、ルミちゃん……」

「そうか。お前の動きを見慣れていなかったら、危なかったな」

「拙者の?」

「気が付かなかったのか?」


 トビが過去にやっていたVRゲームは、現行のものほど現実の能力を反映しない。

 らしいと言っているのは、そういう話をしたことがあるということだろう。

 そしてそのルミナスの動きは、かなりトビのそれと似通っていた。


「……トビ。メディウスは、どうして市街地ステージを選んだと思う?」

「そうでござるなぁ……奴なら、大事な局面で意味のない選択はしないでござろうな。しかし、ルミちゃんの気まぐれチョイスという可能性もなくはないでござるよ? この決闘、相手を指名したわけでもないのでござるし」

「確かに……」


 この決闘は不意の……いわば、遭遇戦(そうぐうせん)のようなものだ。

 トビの言う通り、お遊び感覚でステージを選んだだけということも充分にあるだろう。


「だったら、あれこれ考えるのはかえって危険か……深読みが過ぎると、動きに迷いが出る」

「されど後々、イベントなどでぶつかるのは必定の相手でござる。絶対に上がってくるでござるよ、メディウスの一派は」


 確信を持ってトビが拳を握る。

 それはもちろん、トビの過去を聞かされた俺も分かっていたつもりだったが……。

 珍しく真剣なこいつの目を見るに、きっとまだ考えが甘かったのだろう。

 自分の中で、メディウスへの警戒度を最大まで上げることにする。


「……トビ。もう一度確認するけど、メディウスたちからの勧誘は――」

「断ったし、心変わりすることもないでござるよ。ご案じ召さるな!」


 俺の背をバシバシ叩きながら、トビが小さく肩を揺らして笑う。

 いてえ。

 痛いし、音を立てるとバレるじゃないか……全く。


「了解。じゃあ、この決闘でやることは一つだな」

「ここで叩き潰す! ……ではなく。お得意のデータ集めでござるな?」


 分かっているなら話は早い。

 いつだって、どのイベントだって、俺たちがTBを攻略する時は情報集めから始めてきた。

 そこから考えるなら、この状況はピンチでも何でもない。

 むしろ幸運が舞い降りたと言っても何ら差し支えない。

 ……いずれ大きくなるであろう勢力に対する、下調べだ。

 二人に見つかる前に、さっさと方針を立てることにする。


「……最悪なのは、一瞬で勝負に決着がつくことだ。データ集めと言うからには、戦闘をなるべく長引かせたい」

「つまり、ハインド殿。この戦い……引き伸ばしさえ可能なら、いっそ勝たなくてもよいと?」

「うん。多分だけど、もうお前の決闘ランクは確定しただろう?」


 連勝もしたし、レートが下といってもメディウスたちはSランクだ。

 負けてもAランク相手ほどは減らないだろうし、この一戦で規定数を満たすことができる。

 規定戦闘回数に勝敗は関係ない。


「でも、追い詰めたりその気にさせたりしないと、きっと狙いがバレる。更に言うなら、相手の引き出しをほとんど開けてもらえず終いってことになりかねん。これは二番目に(おちい)りたくないパターン」

「本気を引き出すために、手抜きは厳禁と? というか、もしかして拙者らより奴らのほう……既に手を抜いて……?」

「あー……かもな」


 俺たちはかなり早口、かつ小声で話しているものの……。

 いくら何でも、索敵がぬるすぎる。

 見つかるまでの時間が長い。

 こちらがどう出るか値踏みしているというか、観察しているというか。


「気に入らんでござるなぁ……きっと拙者が弱くなっていないか、確認するつもりでござろう」

「なるほど」


 しかし、それは「実際の手応え」を知る以外の意味はあまりないように思える。

 あちらは戦い方のほとんどが不明。

 隠す利点も意味も多いが、俺たちの側はそうではない。

 それこそイベント系の動画も決闘系の動画も、渡り鳥・ヒナ鳥のものは結構な数がネット上に存在してしまっている。

 結論――


「だったら、まずは相手をその気にさせる。トビ、得意だろう? そういうの」

「任されよ! 拙者のウザさと挑発力、そしてハッタリの上手さをご覧に入れよう! ……ぐふっ!?」

「自分の言葉でダメージ受けんな。挑発はマナー違反に抵触しない範囲でな。それでもメディウスたちが本気で来ないようなら、少しでも追い詰められるように頑張ろう。この決闘が終わったら、動画リプレイもちゃんと保存するつもりだし」


 得られる情報の価値は、希少性という点でこちら側のほうが圧倒的に高い。

 やるからには、相手の戦術・傾向・思考を丸裸にする勢いで行くつもりだ。


「ふふふ。しかし今の拙者たちが本気になれば、案外あっさりと倒してしまうかもしれないでござるな! いっそ倒しちゃってもいい!? メディウスの余裕ぶった(つら)を歪ませてやるぜ!」

「……いや、お前が簡単な相手じゃないって念を押したんだからな? むしろその言葉は、敗北フラグってやつなんじゃないか?」

「え?」


 不意に、警戒していなかった頭上から影が差す。

 次いで、どこからか出現した細身の体が至近距離に着地。


「みぃつけた……」

「ひいぃぃぃぃ!!」

「うわー……」


 整った顔立ちを鬼の形相に変えたルミナスが、トビに向けて酷薄な笑みを向けた。

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[一言] トビぇ…
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