後発ランカー 後編
「要は、盛大な分からん殺し状態だよな……今の決闘環境」
勝利し、対戦相手が消えたところで対戦続行を選択。
何だかんだで、残り一戦を終えれば規定数はクリアだ。
「拙者の見切りの指輪も実装間もない分からん殺しなので、分からん殺し殺しでござるな!」
「……まあ、間違ってねえな」
軽戦士、中でも特に火力のない回避型に瞬殺されるのだから理不尽極まりない。
攻撃を躱す度に妙なエフェクトが大きくなっていくので、勘のいい人は途中で気が付くだろうが。
「今夜は拙者、絶好調でござるよ! どんな攻撃も当たる気がせぬ!」
「……。じゃあ、セレーネさんの――」
「セレーネ殿の矢以外は!」
「はっ」
「鼻で笑わないでよ!?」
……きっと大きくなっていくエフェクトから来る対戦相手の焦りも、トビは上手く利用しているのだろう。
以前は火力不足で苦しかったトビとのコンビ戦だが、今日は素直に頼もしい。
また、決闘そのものも楽しいと感じる。
絶対に声に出して言う気はないが。
「つくづく、これで継承スキルがなければな」
「もっと楽勝だったでござるな?」
「ああ。負ける気がしなかっただろうな、多分」
互いに伏せたカードを持てるなら、それはそれでやりようはあるのだ。
だが、今は乗り遅れたせいで知らないスキルが「相手側からのみ」飛んでくる状態。
たった一つとはいえ、職業特性の枠を超えたスキルなり、更に特性を強化するスキルなりを持てるのは大きい。
この決闘が終わったら、俺たちも継承スキル習得に向けて動き出したいところだ。
「でさ、トビ。さっきの女性コンビもそうだったけど――」
「ハインド殿、弓術士の子と何か話してござったな? 一体何を?」
「うっ」
詳しく訊かれても、非常に答えづらい。
後ろめたいことはないものの、どう話したとしても……こいつ、間違いなくからかってくるな。
やめよう、話すの。
「そ、それは置いといて」
「え? 何で?」
「何でも」
俺の……というか、プレイヤー「ハインド」のファンって存在していたんだな。
何度か繰り返し動画を見てくれていたような口ぶりだったし。
……だからどうした、ということもないのだが。
改めて事実を確認すると、また気恥ずかしくなってきた。
「と、とりあえず、話を戻すぞ。今日は普段、Sラン帯で見ないプレイヤーが多くないか? ってことを言いたかった」
ここまで十戦近く決闘を行っているが、顔馴染みに会ったのは数える程度。
上のランクに行くほど人数が減る都合もあって、こういったことはこれまでに経験がないパターンだ。
「確かに! ……おそらくでござるが、獲得した継承スキルが大当たりだったのでござろうなぁ」
「俺もそう思った。さっきのコンビ、綺麗に弱点を補う良スキルを習得していたもんな」
武闘家のほうに、意表を突けて詠唱妨害にも便利な遠距離攻撃。
弓術士が自衛に便利な壁生成と、まるで誂えたかのようなスキル構成だった。
「彼女ら以外も、多くはそういった手合いではないかと。急にレート上がっちゃった勢でござるな」
「S・A帯でこうなんだから、Bからはもっと大荒れってことも?」
「有り得るでござる」
「だよなぁ……」
だから素の立ち回りが多少劣るプレイヤーを多く見かけるのだ。
それでも、スキル一つで引っくり返るのが決闘の怖いところで。
「不意の事故当たりで負けるのは勘弁だよな。職業の枠組みを超えたスキルが、予想外のタイミングで急に飛んでくるんだから」
「理論派のハインド殿は特にそうでござろうな。だからこそ、ここは見切りの指輪ゲーでのゴリ押しが一番確実でござろう! 全て避ける! そして勝つ!」
「……強みの押し付け合いは、対戦ゲーの常道ではあるけども。お前、あんまりやり過ぎると早期に対策されるぞ」
「拙者は常に進化する男でござるよ!? 心配ご無用!」
「そうかい」
指輪はイベント報酬な上に獲得者も発表されているので、確かに隠す意味はあまりないが。
使う頻度が少なければ、それだけ対戦者たちの意識からは薄くなっていく。
それを考えると、本当は使わずに勝てるならそうしたい。
……今が、こんな決闘環境でなければ。
そもそも、慎重なプレイヤーは情報が集まるまで今の決闘に近付かないはずなのだ。
「理想は、これという継承スキルを習得するまで決闘に出ないことなんだけど。それでも決闘常連とか腕に覚えがある連中は、お構いなしに出てくる可能性はあるか?」
「スキルの試し撃ちというパターンもあるでござるし。PvPとPvEでは、まるで使用感が別物故に。そっちパターンで決闘慣れしているプレイヤーを引いたら、苦戦は必至でござるな」
「……」
こういうことを言っていると呼び寄せてしまいそうな気がして、俺は口ごもる。
目の前の操作パネルには、まだマッチング中と表示されていた。
――今、一瞬物凄く嫌な予感がしたのだが。
気のせい、だよな?
「……どっちにしても、荒れた内容になるのは確定か。全く、誰かさんが期限近くまで決闘をサボっていなければ……」
「誰でござるか、その不届き者は! 拙者が成敗してくれる!」
「お前だお前。切腹しろ」
トビ以外は、みんな早期にランク維持が確定している。
ずっとゲームをやっている割には、プレイ内容に偏りが多い。
普通の倍は決闘に出たかと思えば、長いこと行かなくなったりもするという。
「しかしゲームの中まで宿題残すって、どういうことだよ。いくら強制じゃないにせよ」
「宿題って言い方やめてくれる!? 一気に萎えるんだけど!」
「わざと言っているからな」
「この鬼畜! デイリーとかミッションとか、何のために運営側が微妙な言い回しをしていると――」
「あ、マッチング終わった」
「ちょっとぉ!」
ちなみに「課題」なんて直球な名前にしているゲームもあったと思うが。
それこそ、運営の匙加減……んん?
今、対戦相手に見覚えのある名前が表示されたような。
「おっと、移動か」
足元に転移の魔法陣が浮かび上がる。
割と長い待ち時間があったので、体がスムーズに動くか少し心配だ。
「ってことは、闘技場以外でござるな」
空間が歪み、周囲の景色が変化する。
ステージ選択に関しては、双方の希望場所が同じであればそこに。
違う場合、レートの低いほうが希望したステージに飛ばされることになる。
同じステージでも転移を挟むことはあるが、その場合は先にマッチング待ちになっていた側が移動なしとなり……といった具合に、何度も決闘をしていると感覚的に分かることだ。
「拙者、遮蔽物が多い場所がいいでござるなぁ……遠距離攻撃を掻い潜るの、割と骨でござるし」
「狭けりゃ狭いで、縮地ミスが怖いじゃんか。どこでもいいように心の準備はしておこう」
「そうでござるな」
足が接地する感触と入れ替わるように、浮遊感が消える。
転移終了と同時に、周囲を確認……どうやら、ここはグラドの市街地ステージのようだ。
広場が二つあり、狭い路地や銅像、噴水などもあるため、トビの希望はそれなりに叶っていると言える。
相手は――
「やっぱり……メディウス!」
あの装備、身なり、どこか余裕を感じさせる佇まい。
間違いない、前に野良パーティで組んだ槍を持つ騎士だ。
トビの旧友であり、海外の大学を卒業済み。
その上で、ゲームプレイで生計を立てると断言した異端児である。
「トビ、ハインド。思ったよりも、早く再会することになったな」
「げっ!?」
トビがそんな声を上げたのは、メディウスに対するものがおよそ三割。
残りの七割は、どうやらそのパートナーに向けてのもののようで……。
「げっ、とは何さ。随分なご挨拶じゃん……カイト」
どえらい美人が、メディウスの隣に立っていた。