後発ランカー 前編
年末年始に限らないのだが、長い休みだからといって暇があるかというと、必ずしもそうではない。
折しもTBでは、大方の予想通り大型アップデートが告知された。
それから数日……。
「あれ? マッチング画面でもしやと思ったけど、本体と忍者……!?」
「引退したんじゃ!?」
「誰が引退勢でござるか!」
「たった数日、ログインしなかっただけなんだけど……」
繰り返しになるが、長い休みだからといって暇とは限らない。
だからランク維持のために出た決闘で、顔見知りからこう言われるのは心外だ。
場所は円形闘技場、過去に実装された自動マッチングによる異空間での戦いだ。
あれから使用可能なステージも増えたが、フラットな地形である初期ステージの人気は依然として高い。
「大型アプデ前後にいないランカーのほうが珍しいって! え、なに? もしかして、まだ継承スキ――」
「お、おい、もう戦闘開始……」
「参る!」
トビが不意を突き、開始と同時にダッシュする。
全くルール違反ではないが、正直きたないと思う。
決闘を終え、待合ロビーへと戻ってくるトビと俺。
戻ってくる決闘用ロビーは異空間だが、神殿のある地域に依存するので、ここにいるのはサーラのプレイヤーばかりだ。
「よし! 何とか勝利でござる!」
「騙し討ちみたいな形だったけどな……」
「勝てばいいのでござるよ、勝てば!」
TBの決闘ランクはシーズン制である。
シーズン終了時に滞在しているランクに応じて報酬が支払われるが、決闘回数が少ないとレートが自然に減少していく。
また、報酬受け取りに必要な戦闘回数も設定されており、運や偶然で上がったランクを逃げ回って維持することはできない。
「いやー、ハインド殿。拙者の戦闘回数消化に付き合わせて、申し訳ないでござる」
「いいって。リィズは塾、ユーミルはおばあさんのところに行っていて暇なんだ」
暇ができたのは今日になってからだが。
年末は大掃除に、明けてからは親戚の家へ挨拶に。
我が家は訳あって親戚筋との関係が薄いのだが、母の姉……つまり、叔母さんの家だけは例外である。
沢山のおせち料理を手土産に、少し遠い叔母の家に泊りがけで出かけ、戻ってきたのは昨日のこと。
「しかしお前、一人でログインしなかったのか? 軽戦士なら、ソロでも決闘に行けるだろう?」
ソロとそれ以外との決闘ランクが共通なことに賛否はあるが、翻せばどちらで回数を稼いでもいいということになる。
他のメンバーと戦闘回数の調整に行くことは多いが、トビが期限ギリギリまで回数を満たしていないのは珍しい。
「親戚巡りをして、お年玉をもらうのは基本! ……後は、わかるでござろう!?」
「……ああ、そう」
要はログインしていない間、お年玉集めに奔走していたと。
何て迷惑……いや、こういうちょっとお馬鹿なやつのほうが、大人たちは可愛いものだろうか?
トビの表情を見るに、成果は上々だったようだし。
「それはそうと、さっきからの対戦……結構きつくないか?」
「きついなんてもんじゃないでござるよ。戦闘に関係するアプデもあっただけに、乗り遅れたのは……」
「……まあ、でも仕方ねえか。今日は決闘ランクの確定日だしな、動きようがない。とにかく、さっさと規定数まで決闘を終わらせよう」
「合点承知!」
大型アップデートによる新要素、継承スキル。
各地に存在するNPCから、一定条件を満たすことで習得することが可能……とのことだ。
習得できるのは一つのみだが、入れ替えは可能。
過去に教えてもらったものを再度NPCから教えてもらい直すこともできるらしい。
……低ランク帯なら、きっとまだ取得していないというプレイヤーもいるだろう。
しかし、大型アップデートが行われたのは去年のうちだ。
当然ながら、高ランク帯のプレイヤーはそう優しくはない。
「本体、覚悟! ファイア・ナックル!」
「何そのスキル!? そんなの聞いていないぞ!」
拳の形をした炎が遠距離から飛んでくる。
あまり大きくない炎の見た目から、威力はそれほどでないと判断するが……。
近接職の武闘家が、遠距離攻撃を!? 定石から外れているにも程があるだろう!
「ちっ!」
慌てて避けるも、意表を突かれたのが悪かった。
体の一部を炎が掠め、詠唱していた魔法が中断させられてしまう。
「悪い、トビ! カバーできるか!?」
「お任せあれ!」
遠距離攻撃の隙を見て取り、トビがお返しとばかりに相手の後衛に飛びかかる。
敵後衛は連射型の弓術士だ。
あそこまで近付けば、もう有効な自衛手段は――
「来ないで!」
「ごべっ!?」
地面が急激にせり上がり、遮蔽物のなかった闘技場に壁が出現。
トビの空蝉が割れ、それでも殺し切れなかった勢いにより壁で頬が潰される。
幸い、ダメージはない。
「何そのスキル!? そんなん聞いてないでござるよ!」
「ぷふっ!?」
「ぶはっ!? 二人してほとんど同じセリフやめて! 笑わせにこないで、ずるい!」
「そんなつもりは……」
ともかく、笑いが起きた隙に体勢を立て直す。
……このように先程から“何そのスキル”のオンパレードである。
だから、俺たちも手段を選ばない。
否、選べない。選ぶ余裕がない。
「仕方ねぇ……トビ、例のやつやるぞ! 短期戦だ!」
「承知! しかし、さっきからずっと同じ戦法になるでござるな!」
「文句言うな! 俺だって本当は嫌なんだよ、頭使っていないみたいで! それなりにリスクも高いし!」
「何する気……?」
武闘家が疑問の声を上げるが、答える義務はない。
まずは『空蝉の術』で、トビが一撃のダメージを無効にする。
続いて、さっき俺が中断された詠唱を完成。
『ホーリーウォール』を重ね、二枚の壁をトビが纏う。
更に――
「分・身!」
トビの体がブレ、二つに分かれる。
必要な攻防のバフは俺が逃げ回りながら、全て使用済みだ。
そして――
「突撃! でござる!」
「と、突撃! お、おりゃー!」
「本体も!?」
「ええっ!?」
ユーミルならノリノリで突っ込むところだろうが、俺はそういう気分にはなれない。
――作戦は単純明快。
俺が片方の敵をどうにかして抑え、その間にフルバフ状態のトビが敵を減らすというもの。
いわゆる疑似タイマンというやつだ。
「トビ、そのまま引き離してくれ! 一応、不意の射撃に注意してくれ!」
「お任せあれ!」
理想はトビが『縮地』を活かして縦横無尽に飛び回り、二人を相手に戦場を支配。
俺は支援に徹するという形で……ランクを維持するための勝敗はもちろん大事だが、時間のこともある。
この戦法だと安定感は出るが、いかんせん長い対戦を繰り返すと、数をこなすことができない。
だから……
「このっ!」
「そんな遅い拳、当たらないでござるよー。蚊が止まっちゃうでござるよ? スローすぎてあくびが出るでござるよ?」
「はぁ!? 何なの!? 真面目にやってよ!」
「おっほっほー! 怖い怖い! ……あ、やっぱ怖くないや。だって当たらないもの」
「ああああっ!!」
トビが相手を煽って空振りを誘発させる。
更には回避の合間に分身を使って小突いたり、自分も大してダメージにならない攻撃を繰り出したりして挑発を繰り返す。
トビの装備詳細を知っている俺からすれば、狙いは明白だが……相手からそればそうではない。
軽い攻撃ばかりで回避重視のトビに、前がかりになる可能性は非常に高い。
挑発もかなり効いているようだし。
「ちょっと! 攻撃が単調に……っていうか、それ以上は射程外になる! 戻って!」
「おっと、君の相手はこっちだ」
俺は俺で、トビの鬱陶しい声を聞きながら弓術士の女の子を……嫌だなあ、やりにくいなぁ。
女性コンビは何となく苦手なんだよな、せめて混合だといいんだけど。
とにかく、トビに矢を撃つ暇を与えないよう杖と初期魔法『シャイニング』で牽制する。
これだけ至近距離まで近付けば、神官の低い防御力でも問題にならない。
「せいっ!」
「この、どいてよ! 援護させろ、バカ本体!」
金属がぶつかり合い、硬質な音が強く鳴り響く。
この弓術士、射撃精度はもう一つだけど、位置取りはいいし自衛能力も高いな。
目を狙った『シャイニング』も避けられてしまった。
これは無理にダメージを与えようとせず、射撃妨害に徹するのが正解な気がする。
……金属製の弓だから、殴られたら痛そうだし。
「まあまあ、そう言わずに。ちょっと付き合ってよ」
「え? ……べ、別にいい、けど?」
「へ?」
「……」
俺と弓術士の少女の間の攻防が止まる。
何だ、この変な空気。
俺、目の前の子に今どう呼びかけたっけ?
ちょっと近接戦に付き合ってよ……と言っただけだった気がするけれど。
――あれ? もしかして言葉、抜けていたか!?
「い、いや、そういう意味じゃないからね!? 決闘中にそういうの、有り得ないから!」
「あ、そ、そうだよね!? し、知ってた!」
「知っていた!? 何で!?」
決闘中にナンパする変態扱いされずに済んだのはよかったが、未だ心中の混乱が収まらない。
しかし、相手もそれは一緒だったようで……。
「だって、よくイベントの動画とかで見て――」
「よっしゃぁぁぁ!」
こぼれかけた言葉をトビの歓声が遮る。
防御態勢を取りつつ後方に目を向けると、『見切りの指輪』の効果により、攻撃力を大きく上げたトビが武闘家を転がしていた。
「やっぱ見切りの指輪、さいこぉぉぉ!」
「あっ」
「あー……」
効果絶大……早かったな。
やっぱりあのアクセサリー、嵌まれば最高に強い。
あろうことか、簡単に割れるはずの分身もまだ残っているし、よほど煽りに耐性がなかったらしい。
「さあ、弓術士のお嬢さん! 後はそちらだけでござるよぉ! ぐへへへへ……」
「っ!」
「やめろ、トビ。言い方が下衆いせいで、完全に引いちゃってんじゃねえか」
というか、俺のフォローを当てにした発言をするな。
いざ本当に相手に怯えられたら、どうしていいか分からず狼狽えるくせに。
偶には、フォローせずに放置してやろうかな……と、それはそれとして。
「……どうする? 勝負は決したと思うけど。最後まで戦う?」
「……ううん。降参する」
問いかけると、弓術士の女性が降参の意を示す。
……今日は特に相手の質に波があるのだが、この戦いは俺とトビの完勝で終わった。