結果発表とアクセサリー展示会 後編
ツリーあらかた見終えると、今度は自然とアクセサリーたちに目が向く。
実のところ、既に受賞の通知は各プレイヤーに届いている。
「結果を知っている割には、みんなアクセを見る目が真剣だな。どうしてだ?」
しかし、周囲のプレイヤーの様子を見たユーミルが、そう疑問を呈する。
ユーミルの予想では、自分のアクセがどこに飾られているか? というのがプレイヤーたちの目下の関心事だと考えていたのだろう。
「この展示会は、展示即売会……ってわけではないけど。この後の、プレイヤー間での売買に繋げやすいようにっていう配慮もあるんじゃねえかな? 仕様を見た感じ、そんな気がしたけど」
「おお、そうか! レプリカが配布されるトップ賞とは別に、自分で量産して売ってもいいのだな!?」
「そういうこと」
展示されている受賞アクセサリーには、提出者による売買予定の有無が表示されている。
絶対に守らなければいけないものではないが、一種の目安にはなる。
また、見た人が購入したいと思うかどうかをカウントしてくれる機能もあり、その多寡を見てから売るかどうかを決めるのもいいだろう。
「展“示”会だものね。展“覧”会ではなく」
「確か、展覧だと見るのが中心になるんですよね? 非売品系の……美術品とか?」
「うん。そのはずだよ」
セレーネさんが軽く補足を入れてくれた。
企業などが商品をお客さんに見せる場が、よく展示会と呼称される……らしい。
見本市というものもあるが、まぁ。
とにかくだ。
「つまり、みんながやっているのは品定めだな。だから、数の少ない上位賞から見ている人が多いだろう?」
「本当だ!」
後から公式サイトで画像を確認することもできるが、やはり実物を見られるのは大きい。
……実物というか、オリジナルはプレイヤーの手元に返却されている都合上、データ上は全く同一なコピー品なのだが。
ちなみに上位賞は豪華なケースに入れられ目立つ場所に、それ以外は賞の種類ごとに――
「一つのケース内でシャッフルか……展示スペースに限界があるとはいえ、これはどうなんだ?」
俺たちは混みあっている上位賞のゾーンを避け、一般賞から先に見ることに。
ケースの中では置かれたアクセサリーが一定カウントごとに切り替わり、同一賞のアクセを順番に紹介しているらしかった。
「む……これはこれで、自分のアクセがいつ出るかという楽しみがあるぞ?」
「あー、そっか」
今度は俺がユーミルに教えられる番だった。
上位賞と同じ購入希望数を計る機能もあるし、自分のものを一発で表示する機能もあるようだが、自動表示に任せて待つというのも面白い。
事実、齧り付くように見ている人もいることだし。
「ちなみに、みんながもらった賞は?」
俺がそう問いかけると、メンバー内の数人が一斉に視線を逸らした。
会話に参加せず、展示品を見ていた面子も……そっちには何もないぞ?
明後日の方向を見ている。
「え……なに?」
「ハインドさん……今回のイベントの賞、どう思いますか?」
「どうって……」
「特に、各賞の名称。おかしくありませんか?」
リィズにそう問われ、少し考える。
今回のイベントの賞は、基本的に「何々で賞」といったように、該当するジャンルごとに名が付けられている。
その中には、こんな反応も納得の奇抜なものも含まれていたと思うが――
「拙者はオリエンタルで賞でござった」
「そ、そうか。オリエンタル……東洋的、だっけ? なるほど……」
「私のマントは洒脱で賞だったぞ! 妥当な評価だな!」
「まだ普通だな。っていうか、いい評価じゃん」
「ポカポカで賞ー」
「まんますぎる……」
トビ、ユーミル、シエスタちゃんはこんな感じだそうだ。
どれも一般賞だが、ちゃんと審査してくれていることがわかる分類。
問題は、後の三人らしい。
「か、可憐で賞……でした」
「……ちょっと恥ずかしいね?」
「言わないでください!」
「恥ずかしくない! リコリスは可愛い!」
「ゆ、ユーミル先輩!? 嬉しいですけど、アクセサリーの評価ですよ!?」
「うん。それに異存はない」
「ハインド先輩まで!?」
リコリスちゃんはこれ。
ちょうど一般賞である『可憐で賞』なら、この近くにディスプレイされ……ああ、どことなく女子限定空間。
周囲に男性プレイヤーが全くいない。確かに、あれには近付き難い。
「サイネリアちゃんは? 髪紐、結構な完成度だったと思うけど」
「あ、その……う、美しいで賞……だそうです……」
「おお! すごい、確か上位賞じゃないか!?」
「マジでござるか!? それならそうと、もっと早く教えてほしかったでござるよ!」
「やるな! リコリス同様、何も恥ずかしがることはないぞ!」
「む、無理ですよ……」
サイネリアちゃんの髪紐は一般賞を突き抜け、上位賞という評価をもらったらしい。
さもありなんだが、やはり直球な賞の名が恥ずかしいとのこと。
上位賞のほうは――まだ混んでいるから、残念だけど確認するのは後になりそうだな。
後は、リィズとセレーネさんだが……まずはマフラーを作ったセレーネさんから。
「あ、私は職人技で賞で……」
「上位賞ですよね?」
「上位賞だな!」
「上位賞でしょう。セッちゃんですし」
「上位賞でござろうなぁ」
「ですよね!」
「私もそう思います」
「ふわぁぁぁ……っていうか、さっきツリーの近くの目立つとこにありましたよ? セッちゃん先輩の。鍛冶マークのふかふかマフラー」
「うぅぅ……」
あ、照れて黙ってしまった。
本人的には慣れないジャンルで不安があったようだが、俺たちから見れば要らない心配である。
例のマフラーの出来は性能以前に目で見て分かるし、触れれば滑らかさに息を呑む。
そんな完成度なので、あれが上位賞でなければ何だと言うのか。
「……で、リィズは? 例のセーターは――」
「私のセーターは、あそこです」
リィズが渋い顔で示したのは、一般賞ながら何故か上位賞並みに人が多い一画。
見られているのは並んだ二つの賞っぽいが……何だ?
片方は『バカップルで賞』で、もう片方は――
「病んでいるで賞……?」
その名称を不思議に思い近付いてみると、『病んでいるで賞』の中身はどうやら……。
クリスマスのカップルを妬む意図を含んだアクセサリーたちのようだった。
般若の面に呪いの人形、割れたハートのネックレス、そしてリア充専用爆弾。
……爆弾?
「爆弾って。もうアクセじゃないじゃん……」
「まんま爆弾でござるな。どこに身に着けるの?」
「せめてイヤリング型の小型爆弾にするとか、工夫をだな……」
「……それよりも、ハインドさん。わざとですよね? この配置は……」
セーターをバカップル用と言われるのはリィズも本望だろうが、隣で暗黒のオーラを漂わせるアクセたちが気に入らないようだ。
しかし、折よく表示されたリィズのセーター……思いの外、購入希望の数が多かったような。
どこに需要があるのだろうか? 俺からしてみれば、よく分からない話である。
そして、この配置にしてあるのが故意かどうかは――運営のみぞ知る、だろうな。
「しっかし、これは面白いでござるな………………どれか買おうかな」
「……トビ?」
病んでいるアクセたちを真剣に見ていたトビが、ポツリと呟く。
一応確認だけど、クリスマスはもう終わったからな?
「現実で無理だからって、ゲーム内でカップル狩りなんかするなよ? 面を着ければいいって話じゃないからな?」
「い、いやいや、冗談でござるよ!? 買わない買わない! ……そ、それにしても、ハインド殿のアクセはここじゃないのでござるな! どうしてでござるか!?」
「ここって……ここか? 俺のアクセのどこに“病み”要素があるんだ?」
「え? だって……え?」
「……?」
一瞬、トビが何を言っているのか本気で分からなかった。
だが、自作アクセサリーであるスノードームリングに付いた名前……『雪庭ニ舞フ二羽ノ鳥』の存在に、しばらくしてから思い至る。
「――ああ、名前のことか!? って、病みは病みでも、意味が全く違うだろ!?」
「あっはっは。これは失敬」
「本当に失敬だな!? 俺よりも、名付け親のパストラルさんに謝れ!」
こいつ、分かっていて言っていやがったのか。
そっちの意味では確かに病んでいるかもしれないが、この怨念こもったアクセたちに混ぜられたらさすがに泣くぞ。
モデルにされたノクスとマーネ、それにルートだって、きっと納得いかないだろう、
「む、違うのか?」
「ユーミルさんは黙っていましょうね。話がややこしくなりますから」
「何だと!?」
話に付いてこられていないユーミルが、リィズの言葉に声を荒げた。
見かねたセレーネさんがフォローに入り、噛んで含めるような説明をしてくれる。
「ハインド君とトビ君が言っているのは、体に封じられた闇の力が暴れ出す感じのやつだよね……? こう、思春期入りたての子がなりがちな」
「ああ! 片目が疼いたり、片腕が疼いたりするアレのことだな!?」
「そうだけど、もう細かい説明はいいから……何だか、聞いていて背中が痒くなっちまったよ」
「掻いてやろうか!?」
「いや、いい」
これだけ話して、そのものずばりな例の病名が誰からも出てこないのはすごいが。
でも確か、最初に使った人の意図と違ってしまった言葉だったかな?
ツンデレとかと一緒で。
「でも、そういうのってどうして目とか腕が定番なんでしょうねぇ? アゴが疼いたり、鼻が疼いたりはしませんよね?」
「シー。鼻が疼くだと、ただの鼻炎とか風邪の予兆じゃ……?」
「うん。私も自分で言ってて、これはないなと思った」
「アゴはケツアゴ化の予兆だね! シーちゃん!」
「あー」
「いや、待って? 三人とも。もういいって、俺言ったよね?」
ヒナ鳥たちまでおかしなことを話し出した。
背中の痒みは止まったが、収拾がつかなくなる予感に俺の頭が病みそうだ。
「ケツアゴ化かぁ、リコの発想は独創的だなぁ……」
「リコ、シー。汚い言葉を使っちゃだめよ」
「え? どこどこ、サイちゃん? どの言葉が汚かったの?」
「正式な名称は割れ顎って言うらしいよー? リコ。それを踏まえて、自分の言葉をよく思い出してみー?」
「――あ、そっかぁ! ケツアゴのケツの部分が……って!? はぅっ!?」
「あ、気付いた」
「遅い、遅いよリコ……」
「恥ずかしいです! 今日は恥ずかしいことばっかりです!」
顔を両手で覆って小さくなるリコリスちゃん。
『可憐で賞』はともかく、今のは自爆だと思うが。
俺が表情を引きつらせていると、何故かトビが肩に顎を乗せてくる。
「拙者の顎が疼くぜぇぇぇ! ひゃっはぁぁぁ!」
「うるさっ!? 人の肩で顎をグリグリすんな! 気持ちわりぃ!」
「ケ……割れ顎になりたいのか!? トビ! 私は止めんぞ!」
「嘘でござるが! ケツアゴは嫌でござる! っていうかユーミル殿、止めてよ!? 拙者の顔面、これでも一応イケてるほうよ!?」
「お前の顎がどうなろうと興味はない!」
「ひでえ!?」
「それに、ケツアゴでも格好いい人はいるだろうが! ケツアゴを馬鹿にするな!」
「そうだけど! って、結局ユーミル殿もケツアゴって言っちゃってるじゃん! 二回も!」
「――はっ!?」
「堪えたの最初だけ! ほら、ユーミル殿。りぴーとあふたーみー、割れ顎! さあ!」
「うう、うるさい!」
「………………なぁ、リィズ。セレーネさん。俺、もう帰ってもいいかな?」
俺はしばらく悩んだ後、全てのツッコミを放棄することにした。
騒ぐトビを肩からどけると、リィズが腰の辺りに手を。
セレーネさんが控えめに袖をつまんで慰めてくれる。
「ま、まぁまぁ。みんな、ハインド君の元気が出たから甘えているんだよ。許してあげて?」
「いつもよりはしゃいでいますよね。仕方のない人たちです」
「……そう言われると、弱いんだけど」
あれでも、数日前の元気がなかった期間は手加減してくれていたらしい。
みんなに贈られた品々の温度を思い出し、俺は静かに息を吐く。
それから空気を大きく吸うと、頭を掻きつつ小さな笑みを浮かべるのだった。
「で、結局ハインド殿のアクセはどこに? 一通り見て回ったはずが、まだ出ていないでござろう?」
「俺のは……ああ、あった。あそこだ」
トビに改めて問われ、俺はツリー近くにあるケースを示した。
ケースの上部に浮かんで表示されているデジタルプレートには、『審査員特別賞』の文字が躍っている。
「おお……審査員特別賞?」
「名前は大層だけど、サイネリアちゃんやセレーネさんと同じ上位賞の一種だな。ノンジャンルっていうか、分類に困ったアクセがここに入っている感じだった」
「病んでいるで賞、ではなかったのでござるか……」
「しつこいな!? 違うって言ってんだろ!」
大賞には届かなかったものの、上位賞になれたので満足だ。
上位賞は一種類につき三人から五人ほどなので、プレイヤー全体の数パーセントしか該当者はいない。
ランキングなどがないので分かりにくいが、賞の本数を考えると誇っていいはずだ。
「何はともあれ、上位賞おめでとうだ! ハインド!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう、ユーミル。リコリスちゃんも。ただ、まぁ……」
「む? どうした?」
俺のアクセを見たプレイヤーが、足を止めてスノードームリングに顔を近づける。
その後、感心したように頷き、購入希望のボタンを押していってくれる。
去り際、生産者とアクセサリーの名前を確認し……ちょっと笑ってから、ちらりと横目でこちらを見た。
あああ……。
「あの名前を見て、俺にそういう傾向ありと考える人が増えると思うとな……」
「あー。先輩じゃなくて、パストラルさんが考えた……なんて分かるのは、身内だけですもんね?」
「晒し者でござるな! しかしハインド殿が自己申告した通り、これは身から出た錆でござるし! くくく……」
「ぐっ……と、とにかく。ここから出たら、パストラルさんにも受賞の報告をしないと……」
そういえば、パストラルさんは何かアクセサリーを作ったのだろうか?
せっかくなので報告のついでに、色々と訊いてみることにしようか。