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クリスマス・イブ その4

 買い物の最後に足を向けたのは、小麦が焼ける香ばしい匂いを漂わせる一画。

 近くのケーキ屋さんにささやなライバル心を燃やす――


「あれ? 井山ベーカリーに寄るの?」


 そう、井山ベーカリーだ。

 クリスマス相談会の材料を取りに来て以来なので、数日ぶりになるか。


「そうだけど……秀平、いつまでついてくるんだよ?」


 いくらサンタがそこら中にいる日とはいえ、目立つから嫌なのだが。

 どこに捨ててくればいいんだ? フィンランドか? それともトルコ?


「いいじゃん、モテパまで小一時間あるんだよ。で、何しに来たの?」


 そのどちらに送っても即突っ返されそうな秀平サンタは、フゴフゴと髭を動かしてそんなことを訊く。

 どうやら付け髭が邪魔で、話しにくいようだ。

 しかし、それに答える間に一つ気になったことが。


「モテパっていう略称だと、逆にモテる人間の集まりみたいだな……」

「わざとではないのか?」

「かえってみじめでは……?」

「放っておいてくれる!? 言い直すよ、言い直せばいいんでしょう!? モテない同盟のパーティですよ、うぉぉぉぉん!」


 赤い袖で目元を覆う秀平。

 こんな秀平だが、ちゃんと行動を起こした結果の状態なのは偉いと思う。

 今月の頭ころに同学年の女子をデートに誘うも、失敗。

 残念だが、秀平の性格は学校では知れ渡っている。

 誘えば文句を言いつつも十中八九受けてくれる女子を一名知っているものの、それ以外の女子で成功する確率は最初から低かった。

 ならばと以前、PKから助けた子とVRデートに洒落込もうとするも、こちらも失敗。

 ……だが、俺から言わせてもらえば行動を起こせる人間はそれだけで尊い。

 で、あれば――


「泣くなよ……あとで、作ったケーキを差し入れてやるから」


 提案すると、秀平は袖をすぐさま下ろして顔を上げる。

 そこにある表情は、さっきまでの泣き顔からは程遠い笑顔だった。


「マジで!? わっちの手作りかよ、最高じゃん!」

「あ、立ち直った。早いな! 爆速だな!」

「起き上がり小法師のような精神構造ですね……」


 起き上がり小法師とは、倒してもすぐに起き上がる縁起のいい郷土品のことだ。

 ともかく、井山ベーカリーに来た目的もそこにある。

 早速、店の扉を開け――




 気が付けば、俺たちは井山ベーカリーの一人娘……井山実乃梨先輩の手により、井山家の奥へと連れていかれていた。

 背を押され、狭めの廊下を一列になって歩いていく。


「あの……先輩。俺たち、スポンジケーキを買いにきたんですけど」

「知っているわよ。たまには楽したいっていう亘ちゃんの心と……」

「まあ、合っていますが」


 家にはオーブンがあるので、自分で焼こうと思えば焼ける。

 だが、井山ベーカリーのスポンジは非常にできがいい。

 ここで購入していけば、わざわざ自分で焼く必要もないという話だ。

 今日はパーティの他に、用事もあるしな……。


「それと、私たちへの義理立てよね? まいどごひいきにー」

「ま、まぁ、そうなんですけど。明け透けに言われると、同意し難いですね……」

「そんなこと言ってぇ。優しいんだからぁ、このこの」


 井山先輩が頬を突っついてくる。

 店の制服を着た先輩の手からは、小麦やら酵母やらの柔らかな匂いがした。


「私たちの前でイチャつくとは、いい度胸だな……みのりん先輩」

「そうですよ。兄さんには、あとで今の記憶が薄れるくらい私が頬をプニプニするとして」

「私もやる!」

「やめてくれ……」


 あまり突かれると、頬が(しぼ)みそうだ。

 もしくは()れそうだ。

 理世は言葉を一旦切ったものの、後ろを指してこう続ける。


「それよりも、さっきからこの恰好に一言のツッコミも貰えない秀平さんが惨めだとは思わないのですか? 井山さん」


 最後尾にひっそりと立つ、一向に周囲に幸せを振りまかないサンタ。

 どころか、理世の指摘を受けて不幸なオーラを纏い出す。


「やめてよ理世ちゃん!? 自分で言い出すならまだしも、人に言われると悲しみが増すんだけど!?」

「そうだぞ! 突っ込んでやってくれ、みのりん先輩!」

「俺からもお願いします、井山先輩」

「やめてって言ってんでしょ!? また泣くよ、俺!?」

「ふふっ、あははは!」


 嫌味なくころころと笑う井山先輩。

 それに毒気を抜かれたのか、わめいていた秀平も大人しくなる。


「はー。ところで、津金君はどうしてサンタさんのコスプレをしているの?」

「今っすか!? 今、訊くんですか!? い、井山先輩!?」


 秀平の井山先輩に対する態度は、どこかぎこちない。

 あまり接点がないのと、穏やかな性格の年上に耐性がないせいだろう。

 和紗さんも一部近いところはあるが、あの人は色々と特殊なので。


「で、結局なんなんです? 部長。どうして俺たち、家の中に通されたんですか?」

「あれよ、あれ」


 井山先輩が静かにドアを開ける。

 すると、その隙間からは――ケーキを前に、真剣な表情で手を動かす佐野先輩の姿が見えた。

 ああ、なるほど。そういうことか。


「苦戦しているみたいですね……」

「うん。時間がないところ悪いんだけど、助けてあげてくれる? 亘ちゃん」

「それはもちろん」


 時間がないといっても、見た感じ佐野先輩の作業はもう終盤だ。

 仕上げに苦戦しているようなので、多少のアドバイスがあれば問題なく完成するはず。

 生クリーム、少し硬かったんじゃないだろうか?

 味にさえ問題なければ、修整は可能だ。


「健気よねえ。お父さんに贈るケーキ作りの道具が足りないから、貸してくれってわざわざ来たんだけど……」

「……お父さん? ケーキは弟さん、妹さんにって聞いていたんですけど」

「そうなの?」


 五人で縦に顔を出し、隙間から佐野先輩の姿を見守りつつ、コソコソと話す。

 どうも、下の弟妹がいるというのは本当のことらしい。

 あれが家族用のケーキということも。

 しかし、井山先輩に明かした本心では特にお父さんに――とのことで。


「……もしかして、照れくさかったのかしら?」

「思春期特有の病気だな! 私は父が不在がちだから、あれだが!」

「あー。俺らの年頃の女子だと、お父さんと仲いい子のほうが少ないかもねぇ」


 何にしても可愛らしいレベルの嘘なので、別に目くじらを立てるようなことではない。

 そういえば、最初にケーキを作りたいと言った際に少し言いよどんでいたな。

 話してくれた動機に嘘が混ざっていたのが原因か。


「ちょっと前までやんちゃしていたからねぇ、あの子。普通の子よりも、お父さんに対する感情は複雑なのかも」

「へー、そうなんすかー……へー……」

「……秀平、お前及び腰になってねぇ? 井山先輩にっていうよりも、佐野先輩に対してか?」

「ななな、なんのことだいわっち!? 俺は別に、ギャルっぽくて怖いとか思ってねーし!」

「初対面だっけ? そういや」


 アクセ案のやり取りは俺がしていたので、秀平は佐野先輩に会っていない。

 これまでも、考えてみれば接点はなかったか。

 しかし佐野先輩、お父さんへのケーキか……。


「何も、照れることないのになぁ。そういうの、素直に羨ましいなって思いますよ。照れくさかったり恥ずかしかったりっていうのも、今だけの大切な感情でしょうし」

「そう……ですね」


 言ってから、俺は“しまった”と思った。

 理世がやや沈んだ声で返事したのを契機に、未祐と秀平がこちらのほうをじっと見る。

 井山先輩だけは不思議そうな顔をしたが……。

 心配させるようなことを言ってしまった。

 特に「今日」は、この手の発言をするべきじゃない。

 自分自身のためにも、同じ境遇にある理世のためにも。


「……亘、早く佐野ちゃんを助けに行ってこい!」

「って、どうした? 唐突だな、未祐」


 そんなに押したら、佐野先輩にバレるじゃないか。

 これだけ近くで話していても分からないほど集中しているので、もしかしたら肩でも叩くまでは平気かもしれないが。


「こういうときはな、亘。深く考えるな! 騒がしく煩わしく事態に飲み込まれて、心が沈まないように動きまくるのだ! 忘れる必要はないが、捉われる必要もない!」

「お、おお?」

「お前が行かないなら……おーい、佐野ちゃーん!」


 未祐がでかい声と共に、強めに扉を開けて入っていく。

 さすがにこれには佐野先輩も気が付いたようで、肩を大きく震わせて驚きの叫びを上げた。

 幸いにも、ケーキは無事である。

 ……未祐は未祐なりに、俺のことを心配してくれているらしい。

 理世が優しく背を押すのに合わせて、俺も井山家の台所へと入った。

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