クリスマス・イブ その3
何故、何故なのか。
いちゃつくなら他にもっといい場所がある。
こんな色気も何もないところよりも、外の公園や商店街に出ればイルミネーションで一杯だ。
だというのに、どうして……どうして。
「と、通れねぇ……」
娯楽施設ではないスーパーなんかで、派手な服装のカップルが腕を組んで歩いているのか。
一応女性のほうが買い物かごを持っているものの、中身はスカスカだ。
というか、ほとんど空のかごを体のほぼ真横で持っているので……理世が眉根を寄せる。
「邪魔ですね……消し――迂回しますか? 兄さん」
「そうだな……」
俺は軽く頷いてから、隣に立つ妹の顔を二度見した。
表情は全く変わっていないが、聞き間違いだろうか?
「今、消すって言いかけなかった?」
「気のせいです」
「……ま、まぁ、波風立てるのも馬鹿らしいし。先に飲料系でも見にいくとするか」
ショッピングカートを方向転換。
だが、その動きを制止するように未祐が手を俺の前に出す。
「いいや、その必要はない! ここは任せろ! 私が進路を切り拓く!」
「マジで? ……言っておくけど、体当たりは駄目だからな?」
「分かっている!」
ゲーム風に言うなら――道を塞ぐカップルが現れた! といった感じだろうか。
そんな経緯で、未祐がカップルとの戦闘を開始する。
彼氏のほうが結構強面っぽいから、やめておいたほうがいいと思うのだけど。
無茶しそうになったら止めねば。
「……!」
未祐が通路の右、左と隙間を探す。
今、俺たちがいるスーパーの通路はそう狭くはない。
しかし腕を組んだカップルは、何事かを話しながら左右に蛇行。
本来であれば十分にすれ違う余裕があるはずのスペースを、たった二人で身勝手に食いつぶしていく。
「くっ……!」
そしてその蛇行幅の倍は左右に動き、どうにか前に出ようと試みる未祐。
だが、わざとやっているのではないかというほどに、カップルは的確なタイミングで進路を塞いでしまう。
未祐の足取りからは、段々と怒りが増しているのが見て取れる。
カップルはゆっくりとは進んでいるものの、明らかに周囲のお客さんの歩行ペースとは合っていない。
「あっははは!」
「それでぇ……」
「むぅぅぅぅ!」
遠慮なしの一際大きな笑い声が周囲に響く。
無理矢理通ろうと思えば、通れなくもない。
それでも、さっき俺が注意したことを憶えているのだろう。
未祐は、体力測定なら余裕でトップを取れそうな速度で反復横跳びを繰り返し――
「ぬああああっ!!」
「何でぇ!?」
苛立ちを解消すべく、俺に体当たりを敢行した。
さすがに真後ろで奇声を発したり奇行に走ったりしたためか、カップルは素直に道を譲った。
こいつらやべえという視線を受けつつ、カートを押してそそくさと前へ。
「お前、いい加減にしろよ……」
「不機嫌だな、亘! 商店街でロクなものを買えなかったからか!?」
「たった今、自分がしたことは棚上げか!? なあ!」
俺の怒りの原因はこいつの体当たりだが、買い物が上手くいっていないのは確かだ。
……やはり商品が高い、いつもと品揃えが違う、買い慣れていない人が多い、どことなく店員が疲弊しているなど、特殊な日だけあって中々に厳しい環境。
ご店主や店員さんが疲れているのが分かると、値引き交渉などもし難いよなぁ。
商店街はほとんどが個人商店で、顔見知りばかりなだけに。
そんなわけで、俺たちは商店街の少し先にあるスーパーに訪れたのだが。
「オードブルしか並んでねえ!」
入り口にオードブル、普段特売品の野菜が置いてある場所にもオードブル、惣菜売り場にはもちろんオードブルと、どれだけ料理をさせたくないんだというラインナップ。
ある程度は予想していたが、それを大きく超える拡張具合だ。
そういやこのスーパー、惣菜の味がいいって評判だったな……滅多に買いにこないから、忘れていたが。
「亘、ローストビーフ!」
「自分で作るわ、そんなもん!」
「亘、エビフライ!」
「自分で揚げるわ、そんなもん!」
「亘、チキン!」
「誰がチキンだ! 俺だって直したいわ!」
「そういう意味ではないが!?」
グサッと来たぞ、自覚があるだけに。
ちなみにここまでの会話、当然ながら周囲や店員さんに聞こえないように配慮している。
目的がスーパーの特色に合っていないのは、どちらかというと俺たちのほうだし。
惣菜売り場に用はないので、くだらない会話と共にスルーして進んでいくと――
「あ」
「え?」
途中、サンタと目が合った。
長くて白い髭に、赤い帽子。
赤い衣装に、右肩に担いでいるのは大きな白い袋。
一瞬、俺はスーパーの売り場を担当している店員さんかと思ったのだが……。
「近付いてくるぞ!?」
「何かのキャンペーン……では、なさそうですね」
「絶対違う。だって他の店員さん、目を丸くしているもの」
身長はそれほど俺と変わらない。
体型からして男のそいつは……。
迷いのない足取りでそのまま接近すると、馴れ馴れしい手つきで俺の肩に手を置いた。
だ、誰だ? もしかして、知り合いか? 知り合いなのか?
「フォフォフォ、メリー……」
「め、メリー?」
「……」
サンタコスが肩に手を置いたまま沈黙する。
メリー、と来たらクリスマスと続けるのが普通に思えるが。
何かを逡巡しているようにも見える。
沈黙を嫌ってか、未祐と理世も男に声をかけた。
「どうしてそこで言葉を止める……?」
「というか、誰ですか? 気持ち悪いので、言うなら最後まで――」
「メリー……ゲームセールぅ!」
「「「!?」」」
最終的に、サンタコスは肩に担いでいた白い大袋に手を入れ……。
近くのゲーム屋の商品が入った袋を、中から勢いよく取り出した。
意味が分からな――いや。
俺たちの前でこんな言動をするやつは、一人しかいない。
「……お前、秀平だろう? なあ? 秀平だよな?」
「秀平? 一体それは、誰のことでサンタ?」
「安直な語尾はやめろ! 完全に秀平じゃねえか!」
直感に任せて言ってみたが、よくよく考えてみれば声が一致。
歩き方の特徴が一致、体形が一致と、このサンタクロースは秀平そのものだ。
「何でそんな恰好、っていうのは一旦置いて……そういや、クリスマスはゲームの商戦期だもんな。安かったのか?」
「二本買って、ネット通販よりも二割安く買えた!」
「おお……」
ネット通販全盛の今、価格競争で勝つのは簡単ではない。
そして現物ありのソフトということは、少し古い品だろう。
近頃はダウンロード販売のみというソフトも増えてきたので、コレクターや現物派の俺のような人間にとっては寂しい話だ。
「クリスマスに意中の子に告白するギャルゲーと、クリスマス前までに戦争を終結させるアクションゲーの二本だぜ! そしてそれを、サンタコスで買いにいく俺っ!」
「パーティの罰ゲームとかじゃないのか!?」
どうも秀平、この衣装は自分の意志で着ているらしい。
パーティはこれからで、スーパーにはお菓子を買いに来たとのこと。
未祐が腕を組んで呆れ顔になる。
「クリスマスを拒絶したいのか、満喫したいのか、どっちなのだ? こいつは……」
「この恰好を恥ずかしいと感じない時点で、大分頭のネジが緩んでいるのは間違いないと思うが……」
「陽気のせいにするには、随分と厳しい寒さですよね……」
「はっはっはぁ! 聞こえないぃぃ!」
随分と都合のいい耳だが、秀平サンタはさっきから子どもに指をさされたり、近くを通った人に笑われたりと散々だ。
しかし、そんなことしていたのがいけなかったのだろう。
「あー、サンタいるじゃん! ははは!」
「何かくれんの? プレゼント、プレゼントちょーだい!」
さっき追い抜いたカップルが、秀平を店員と勘違いして寄ってくる。
だが秀平は、相手がカップルと見るや血走った眼をぐりっと向けた。
「ああん!?」
更に、低い声で威嚇する。
クリスマス仕様の無駄にでかいスティックチョコ二本を、剣のように振り回しつつ……って、砕ける砕ける。
「こら、やめろ。メンチを切るな」
そして買えよ、そのチョコ。
カップルは一瞬、たじろいだ後に何か言い返そうとしていたものの……。
サンタと一緒にいたのが俺たちと見ると、無言でその場から立ち去っていった。
ある程度距離が開いたところで、悪態らしき言葉が聞こえてくる。
「……普段なら、ああいう輩に弱いくせに。一声かけられただけで、なにキレてんだよ」
「兄さん。それは長い髭と長い眉毛で、顔の大部分が隠れているからかと」
「つまり、身バレする心配がないから気が大きくなっているのだな? ダサいな!」
「冷静に分析しないで!」
あまり騒ぐとカップルと同じ迷惑な客になるので、ほどほどにしておく。
せっかくなので俺たちは、スーパーを出るまでは一緒に買い物をすることにした。
どうにか、足りなかった調味料やキッチン用品は買い揃えられそうだ。