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クリスマス・イブ その2

「そういやお前たち、学校の友だちとかからパーティに誘われていないのか?」


 玄関に鍵をかけ、コートの襟元を締めながら問いかけた。

 未祐の顔の広さは言うまでもないし、理世も本人の態度こそこうだが人気はある。


「誘われたぞ! 断ったが!」

「同じく」

「そっか……べ――」


 ――別にそっちを優先してもいい。

 俺はそう言いかけたものの、途中で言葉を飲み込んだ。


「……!」

「……」


 しかし二人は拳を握ると、コートの上からぼこぼこと何度も殴ってきた。

 厚手のコートに手袋越しのパンチなので、全く痛くはない。

 痛くはないのだが、そう激しく叩かれると心情的には――


「痛い痛い! 何でだよ!? まだ全部言っていないし、途中で引っ込めたじゃんか!」

「思っただけでアウトの判定だ! 馬鹿者め!」


 厳しいなぁ……。

 でも確かに、二人のいないクリスマスはちょっと想像しただけで寂しい。

 心にもないことは言うもんじゃないな。

 言ったの、たった一文字の気がするけど。


「悲しいことを言わないでください、兄さん」

「ごめんな」

「私のクリスマスの予定は、この先もずっと兄さんで一杯です。兄さんだけです」

「そ、そうか。ありがとう?」

「重っ!? 亘、何だこいつ!? 今すぐ捨てたほうがいいぞ! 持っていると重さで沈む! 沈むぞ、絶対!」


 未祐は己の体を抱きかかえるようにすると、理世と距離を取るように俺の背に回った。

 理世は呪いのアイテムか?


「はて? 私の記憶では、未祐さんのほうが重いはずですが。確か――」

「た、体重の話ではない! 貴様、分かっていて言っているだろう!?」

「はたして、捨てられるのはどちらでしょうね?」

「上等だ! 勝負してやろうか!?」

「体重で?」

「違う!? 体重から離れろ! 背が全然違うのだから、勝負になるか! このちんちくりんが!」


 まぁ、どちらが重いのかはさておき。

 今日は寒いなぁ……天気もあまりよくないし。

 雲が垂れこめていて、日が差す兆しもあまりない。


「そういや、秀平はモテない同盟でパーティやるとか言っていたっけなぁ……津金家、秀平以外は留守らしいし」


 余計にどんよりと悲しい気分になるような気がするのだが。

 一応、羽目を外し過ぎていないか心配なので、後で差し入れを持って様子を見に行くつもりだ。

 まぁ、秀平の交友内で……例えば、酒を持ち込んじゃうようなやつはいないと思うが。

 念のため。


「む……私の友だちも、男なんかいるか! パーティを開くと言っていたぞ。彼氏がいない女子限定で」

「随分な負け惜しみだな、おい」


 言い換えてしまえば、どちらも残念会の類である。

 敗残兵の集まりだ。

 他人に迷惑をかけないやり方・範囲であれば、好きなだけ騒いで英気を養えばいい。

 そもそも勝負をしていない敗残兵未満の俺には、それを咎める権利はないのだ。


「ちなみに、私も誘われたぞ。何故か亘を連れてこいと言われたが」

「身の危険を感じる……と同時に、男としてカウントされていない悲しみを感じる」

「断って正解でしょう、そんなもの……兄さんを不毛な会に出席させることはありません」


 俺自身が目的というよりも、きっと愚痴聞き役にされるのだろうが。

 学内だと割としょっちゅう回ってくる役回りだ。

 同世代・恋愛経験なしに、みんな何を期待しているのだろう?


「じゃあ、理世が誘われたっていうのは? 訊いてみてもいいか?」


 ここまで来たら教えてほしいものだ。

 さすがに前二つのものと趣旨が被ることはないと思うが。


「構いませんよ。といっても、特に面白みのあるものではありませんが」

「何だと!? 何か面白いことを言え!」

「無茶言わないでください。仲のいい数人で集まる、普通のパーティです」

「ていうか、俺らのも別に面白いもんでもなかっただろ……」


 怨嗟の声に満ちているだけで。

 詳しく話を聞く前に想像力を働かせてみると、理世の友人間でのパーティがそうなる理由には、思い当たる節がある。


「ああ、そっか……理世の学校、進学校だから。何かと行事で大騒ぎしている俺らの学校とは、根本的に違うんだな」

「ああ、校風の違いですか。それはあるかもしれませんね」

「お行儀がいいということだな! つまらん!」


 俺たちの高校は、偏差値的に精々が地域で中の上といった位置づけだ。

 有名大学に進む人もいれば、専門学校、そのまま就職まで。

 良くも悪くも幅が広い。


「そっちはすごい大学進学率だもんな。みんな、恋愛より勉強って感じか?」

「どうなのでしょう? 隠れて付き合っている人もいると思いますが。よく分かりません」

「曖昧だな……」

「すみません。他人の恋愛に、あまり興味がないもので」

「けっ!」


 話が合わない、といった様子で小石を蹴り飛ばす未祐。

 理世らしいといえば理世らしい話だ。

 妹の周囲に向ける目は極端で、興味のない人は記憶の端にも残らない。


「あ、亘! いいことを思い付いた!」


 と、そっぽを向いていた未祐が、いい笑顔で会話に戻ってくる。

 ……一体、何を持ち帰ってきた?

 本人が言うような“いいこと”になる予感は全くしないが。


「……何だ? 言ってみ」

「どうせなら秀平のところと、男なんかいるか! 組のパーティを合同開催すればいいのではないか? 失敗した者同士、カップルが誕生するかもしれん!」

「いや、駄目だろ」

「どうしてだ!?」


 だって、その二つって俺と未祐の友だちグループだろう?

 そこまで親しくなくとも、互いを知っている程度の面識はあるわけだ。

 だったら、心の中で既に「こいつはないかな……」というランク分けが済んでいる可能性が高い。

 結論、合同開催は不幸しか生まないということになりかねない。


「もちろん絶対そうとは限らないし、何かのきっかけで変わることはあるかもしれないけど。かなり難しいと思うぞ?」

「初対面の人が多い、合コン? などのほうが、幾分マシでしょうね」

「合コンって言い慣れていない感がすごいな、理世……まぁ、とにかくそういうことだ。未祐」

「むぅ……」


 大体、彼ら彼女らはもうそういう段階を過ぎている。

 気の合う友人同士、騒いで解消! という気分になっているだろうから、今更そういう提案をするのは微妙だろう。


「大体、こういう集まりって友だちの友だちが多いときつくないか? さっきの二組だと、そればっかりになるぞ。話し難くねぇ?」

「私はそうは思わん!」

「お前はな。でも、普通はそう簡単に打ち解けられる人ばかりじゃないだろう?」


 誰も彼もが、未祐みたいに社交性の塊のような性格をしているわけではない。

 というか、未祐みたいに中心になってくれるやつが抜けた瞬間の空気……。

 怖いよな? そこまでいかなくても、居心地が悪いはずだ。普通は。


「カズちゃんなんて、友人の中でも特に親しい人でなければ円滑に話せませんよ?」

「言われてみれば! というか、未だに亘以外にはどもるし!」

「ああいった人からすれば、友だちの友だちなんて……」

「ああっ!? すまん、カズちゃん! 私が悪かったぁぁぁ!!」


 未祐がパーティに放り込まれた和紗さんを想像し、悲痛な叫びを上げる。

 犬の散歩をしていた近所のおばさんが、そんな未祐を見てから苦笑を俺に向けてくる。

 すみませんね、いつもいつも……。


「何気に酷いな、お前たち……しかし、その和紗さんは今日、どうしているかな?」

「実家に帰っているそうだから、家族でパーティではないのか?」

「そうらしいです。大学の集まりから逃げてきた、と笑っていましたよ」

「「へー」」


 大学の集まり……しっかり主催者と出る人を調べて、それから出欠を選ばないと大変なことになりそう。偏見だろうか?

 成人もいるし、場合によっては酒も入る。

 和紗さんはそもそも出る気はなさそうだが――と、それはそれとして。


「商店街に入ったら、足を速めるからな。準備はいいか?」

「任せろ! 進路を遮る鬱陶しいカップルがいたら、体当たりをかませばいいのだな!?」

「いやいや!? 気持ちは分かるが!」

「ふっ、冗談だ。持ち切れない荷物はどんどん私に回せ!」

「では、細かい計算は私に」

「あ、ああ。頼んだからな」


 本日の買い物の目的は、パーティの不足品を狙い撃ちで。

 もし安ければ、正月のおせち用食材も買う……といったところか。

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